第六章 「ざわめき」
試合場の熱は、まだ冷めていなかった。
「見えたか?」「大剣が折れたぞ」「今の何だったんだ」観客たちが口々に言う。
「霧の剣士って言ったよな」「初参加だろ?」
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武人たちは黙って試合場を見ていた。
一人が呟く。「……技だ」
「技?」隣の男が聞く。
男は頷く。「斬撃も、足運びも、間合いも、全部違う。引き出しが多すぎる」
別の武人が言う。「守りも硬い。大剣の守りを崩した。普通の剣士じゃない」
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少し離れた場所では、別の噂が流れていた。
「聞いたことあるぞ」一人が声を落とす。「旅の人斬り」
周りが振り向く。
「山賊が一晩で全滅したって話。何をされたか分からなかったらしい」
別の男が言う。「盗賊団が一人に斬られたって噂もある」
沈黙。
「……まさか、噂の影か?」
男は肩をすくめる。「さあな。ただ」試合場を見る。「今の剣なら、あり得る」
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その頃、リーナは通路を歩いていた。少し前まで席を外していた。用を足して客席へ戻る途中だった。通路には観客や選手が行き交っている。
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その時。「おい」一人の男が声をかけた。
リーナが振り向く。男は笑っていた。「一人か?」
「いえ……」リーナが少し困った顔をする。
男が近づく。「大会見に来たんだろ?俺の試合見てけよ」
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その時、別の男が鼻で笑った。「おい、試合前にナンパか?」
最初の男が睨む。「関係ねぇだろ」「女の一人も連れられねぇのか?」
空気が変わる。二人の距離が詰まる。周囲の人間が少し距離を取った。
「すみません」リーナが言う。だが男が腕を掴もうとする。
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その瞬間。
ヒュッ。
風が走る。男の袖が裂けた。「なっ……?」
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通路の上。猫のような女が壁に座っていた。足をぶらぶらさせている。
「ダメだよ〜。女の子困らせたら」
男が怒鳴る。「てめぇ!」
猫女が笑う。「大会前に怪我したいの?」
男は舌打ちする。「チッ……」
揉め事は、そこで止まった。
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リーナが小さく息を吐く。「助かりました……」
少し頭を下げる。「リーナといいます。ありがとうございました」
猫女が笑う。「気にしないで。猫女でいいよ、あたしは」
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その時、猫女の視線が通路の奥へ向く。
そこに一人の男が立っていた。
影。
壁にもたれ、静かに見ている。
猫女が笑う。「見てたでしょ?」
影は何も言わない。ただ二人を一度見て、歩き去る。
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リーナが呟く。「……今の人」
猫女が言う。「霧の剣士」
リーナは少し迷う。「少し……」
猫女が振り向く。「ん?」
リーナは小さく言う。「天膳さんがよく話してくれる人に、少し似ている気がして」
猫女が目を細める。「へぇ」
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その時、通路の奥から足音が聞こえた。「おーい」
天膳だった。
猫女が手を振る。「遅いよ」
天膳が肩をすくめる。「色々あってね」周りを見る。「何かあった?」
猫女が笑う。「ちょっと揉めてた。この子助けただけ」
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天膳がリーナを見る。「大丈夫だった?」
リーナが頷く。「はい、おかげさまで」
天膳が猫女を見る。少し笑う。「風か」
猫女が肩をすくめる。「ちょっとだけ」
天膳が軽く言う。「うち来ない?」
猫女が吹き出す。「軽っ」
天膳が笑う。「強そうだったから」
猫女が腕を組む。「考えとく」
天膳が頷く。「それでいい」
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その頃、影は客席へ戻っていた。
天斬が腕を組んで待っている。影を見ると少し笑った。「見ていたぞ」
影は黙る。
天斬が続ける。「女が巻き込まれていたな」少し間。「助けなかったのか?」
影は短く答える。「……助かった」
天斬が笑う。「確かに」そしてからかうように言う。「だが、少しくらい格好つけても良かったんじゃないか」
影は何も言わない。
天斬が肩をすくめる。「まあいい。お前らしい」
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その時、大会責任者の声が響く。
「通路での騒ぎにより、試合場の整備と選手の調整が必要となった!よって、ここで一度休憩とする!」
観客席が再びざわめいた。
大会は、まだ続く。
第六章終~




