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「界」  作者: 緑陰
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第二章 「無名の剣士」

街の広場は人で溢れていた。

広場の中央には大きな試合場が作られている。その周囲を観客席が囲んでいた。貴族、商人、武人。様々な人間が戦いを見に集まっている。そして賭け。金が飛び交っていた。

この大会は武を競う場であり、見世物でもある。武器は自由。降参するか倒れるまで続く。時には死人も出る。それでも観客は歓声を上げる。

試合はすでに始まっていた。

剣士と槍使いが戦う。刃がぶつかる。観客が沸く。血が飛ぶ。倒れた武人が担架で運ばれていく。それでも観客は歓声を上げていた。

観覧席に、静かに試合を見ている男がいた。

天斬。その隣に影が立っている。

影は試合を見る。剣、槍、体術。様々な武人が戦う。だが影の目は、静かなままだった。

その時、審判の声が響く。

「次の試合!」帳面を見て名前を呼ぶ。「影!」

観客席がざわつく。

「誰だ?」「聞いたことないな」「初めて見る顔だ」「どこの流派だ?」

武人たちも同じ反応だった。誰も知らない。ただの無名の剣士。

影は静かに歩き、試合場へ降りる。

相手の剣士が影を見る。「新人か?」

影は答えない。ただ、刀に手を置く。

審判が手を上げる。「始め!」

相手が踏み込む。速い。普通に強い武人だった。

だが次の瞬間、影の足が動く。一歩、踏み込み。

無影。

一閃。

次の瞬間、相手の剣が地面に落ちていた。影の刀は相手の喉元で止まっている。寸止め。

静寂。

審判が叫ぶ。「勝者、影!」

影は試合場を見渡した。倒れた剣士。散らばった観客の視線。

だが何も感じなかった。ただ、刀を鞘に収める。

観客席がざわめく。

「……え?」「終わった?」「今何した?」

多くの者は何が起きたか分からなかった。

観覧席で、天斬は何も言わない。ただ試合場を見ている。

別の席。一行の頭、天膳が影を見ていた。そして刀を見る。

鞘は擦り切れて古い。だが刃は、異様に綺麗だった。

天膳は小さく呟く。「……妙だな」

「何がです?」仲間が聞く。

「刀だ」

仲間は首を傾げる。「刀って斬るためのものですよね?」

天膳は笑う。「人を斬った刀は、そんな顔をしていない」

その時、天膳は視線を上げた。

観覧席の上。そこに天斬がいる。目が合う。ほんの一瞬。

だが天膳は感じた。異常な気配。そして影の刀――あの男のものだ。

一方、天斬も天膳を見ていた。小さく呟く。

「……ほう」そして笑う。「あいつ、何かを隠しているな」

試合場では次の試合が始まっていた。

鋼牙の相手は若い槍使いだった。構えは綺麗だ。踏み込みも速い。技術だけなら十分な水準だった。

だが鋼牙は最初の一合で分かった。

試合開始。若い槍使いが踏み込む。鋼牙は受けない。わずかに体を流す。突きが空を切る。

「……速いな」若い槍使いが呟く。

再び踏み込む。今度は角度を変える。工夫はある。だが鋼牙の体はすでに動いていた。

槍が合わさる瞬間、鋼牙の穂先が相手の軌道をわずかに逸らす。たったそれだけで、若い槍使いの体勢が崩れた。

鋼牙は踏み込まない。ただ静かに待つ。崩れた体勢を立て直そうとする。だがその一瞬が遅い。鋼牙の槍が喉元に届いていた。

寸止め。

若い槍使いは動けなかった。何が起きたか分からない顔をしていた。

鋼牙は静かに槍を引く。「悪くない。場数を積め。そうすれば、まだ上に行ける」

それだけだった。

試合は続く。審判が声を上げる。「次!影!」

二戦目の相手は槍使いだった。

街の憲兵隊長。名を、鋼牙。大会常連の武人で、観客からも名前が知られている。

「鋼牙だ!」「今度こそ終わりだな」観客がざわめく。

試合開始。槍が動く。突きが速い。しかも間合いが正確。影はなかなか踏み込めない。

「槍の方が強いな」「今度は厳しいぞ」観客がざわめく。

影は踏み込む。だが槍が先に届く。影は後ろへ下がる。再び踏み込む。槍が戻る。戦いが続く。

観覧席で天斬が呟く。「……まだ迷っているな」

天膳は楽しそうに笑う。「はは、いい槍だ」そして影を見る。「どうする」

その時、鋼牙が動きを止めた。影を見る。

「……なるほど。ただの新人じゃないな」

しばらく影を見つめ、静かに笑う。

「久しぶりだな。本気を出させる相手が来たのは」

槍を構える。空気が動く。

「少し本気を出す」

槍を振るう。その瞬間、風が走った。突きのリーチが伸びる。槍の軌道が変わる。

観客がざわめく。「なんだ今の!」「能力か!」

風が槍を包む。影の間合いがさらに広がる。

影は構える。鋼牙が踏み込む。風の突きが迫る。影が後ろへ飛ぶ。

観覧席で天膳が笑う。「いいな、面白くなってきた」

天斬は静かに言う。「……さて」

鋼牙が槍を構える。風が唸る。

影は、その前に立つ。


第二章終~

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