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「界」  作者: 緑陰
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第二十一章 「片鱗」

影が静かに刀に手をかける。


その瞬間。側近が動く。無言で前へ出る。刀に手をかける。


斧男が息を呑む。「……やばい」


弓使いが矢を番えながら小声で言う。「……さっきの刺客と全然違う」



次の瞬間。二人の姿が消えた。「……!?」斧男が目を見開く。


ガキンッ!!激しい金属音。二人は鍔迫り合いの状態だった。


側近が口を開く。「……なかなかやるじゃないですか」影は答えない。「こんな場所に一人で来るとは」少し笑う。「度胸はありますね」


影は無言。ただ前を見ている。側近の目が細くなる。「……口を開かない人ですか」


その瞬間。影が軽く振り抜く。ドンッ。


側近の体が後ろへ滑る。数歩。「……っ」


側近は体勢を立て直す。手が震えていた。


(……軽く振っただけか)さっきまでの自信が、一瞬で消えた。表情には出さない。だが額に汗が滲んでいた。



だが側近は退かない。刀を構え直す。再び踏み込む。


刃が交差する。ガキンッ。速い。連撃。影は受け流す。流す。捌く。


「……!」斧男が前へ出ようとする。だが動けない。二人の速さに目がついていかない。


弓使いが矢を番える。狙いをつける。だが――「……撃てない」


影は常に側近を盾にする位置にいた。影踏。滑るような足運び。側近が動くたびに影も動く。常に弓使いの射線上に側近が来るように。


「……意図的にやってる」弓使いが息を呑む。


斧男が歯を食いしばる。「……くそ、入れない」



側近の動きが変わる。速度が上がる。


「……!」影がわずかに後退する。


斧男が目を見開く。「今の……押した!?」弓使いが息を呑む。「……やるな」


側近の目が光る。畳み掛ける。さらに速く。さらに鋭く。


そして――燕返し。上段から振り下ろす。影が躱す。即座に刀を返す。下からの切り上げ。


「……っ」影がわずかに後退する。


次の瞬間。影の刀が動く。断空。下から振り上げる重い一撃。ドォンッ!!


刃がぶつかる。衝撃。側近が大きく後退する。


斧男が固まる。「……」弓使いも動けない。「……」



影は動かない。静かに構える。


だがその目が違った。殺意。ただ静かに、冷たく。側近を見ている。


斧男が息を呑む。「……やばい」弓使いが一歩退く。「……あの目」



側近は体勢を立て直す。ゆっくりと息を整える。


そして――刀を鞘へ収める。カチッ。居合の構え。空気が変わる。


だが側近の手が、わずかに震えていた。気力で構えている。今まで相手してきた敵とは違う。何かが、違う。



少し離れた場所。天膳は黙って見ていた。その目が細くなる。


動き。足運び。刀の捌き方。「……」小さく呟く。「まさか」



二人の間に静寂が落ちる。


次の瞬間。影が踏み込む。決着の一撃。


だが――「……え?」斧男が目を見開く。


いつの間にか。側近の前に天膳が立っていた。剣で影の刃を受けていた。誰も動きを見ていなかった。


「……いつの間に」弓使いが息を呑む。側近も動けない。


天膳は軽く笑う。「やらせないよ」


その瞬間。影の手が動く。クナイ。側近目掛けて一直線。


側近が咄嗟に動く。ギリギリ。クナイが頬をかすめる。血が散る。「……っ」側近は体勢を立て直す。



天膳が剣を振り抜く。風が走る。影は後退する。距離を取る。


刀を両手で握る。腰を落とす。霞穿の構え。


斧男が息を呑む。「……あの構え」弓使いの目が細くなる。「……大会で見た」二人が顔を見合わせる。「まさか」



天膳も構える。剣を下げる。自然体。だが空気が変わる。


影と天膳。二つの視線がぶつかる。



次の刹那。影が消えた。「……!?」斧男が叫ぶ。


次の瞬間。天膳の眼前。影がいた。霞穿。最速の刺突。空気が裂ける。


だが――(……何か)違和感。影は構わず突く。当たらない。


天膳はそこにいない。いや、いる。だが届かない。


影の思考が走る。切り返す。連撃。一撃。二撃。三撃。全て防がれる。音もなく。いなすように。



馬車の幌が少し開く。黒幕が外を覗く。武装した男たちも動きを止めていた。誰も声を出さない。ただ見ていた。



その時。天膳の目が変わる。一閃。鋭い。速い。影の動きの隙を縫うように。


スッ――浅く。だが確かに。影の胸に刃が入る。血が滲む。


影の動きが止まる。「……っ」距離を取る。胸を押さえる。


天膳が剣を下げる。軽く笑う。「今なら見逃してやる」少し間。「引け」


影は動かない。


天膳が続ける。「どうせ当たらないよ」少し間。「一度見せてもらったから」



その時。天膳が側近に目をやる。ほんの一瞬。


側近が動く。馬車の方へ向かう。


影が反応する。踏み出す。


だが――天膳が前に立つ。剣を構える。「こっちだ」



側近が馬車の幌に近づく。低い声で言う。「合図と共に全速力で通過してください」


幌の中から声が返る。「……分かった」少し間。「……あの刺客は何者だ」


側近は答える。「分かりません」「……ただ」一瞬止まる。「てん……」


少し間。「……グレース様が居なければ、全滅すら有り得たかもしれない」


幌の中が静かになる。


手下が小声で言う。「親分、きっとあいつですよ。我らの後を嗅ぎ回ってた」


黒幕は黙っている。しばらくして。「……厄介だ」小さく呟く。



影が再び踏み込む。影踏。滑るような足運び。


二天斬。左右から同時に斬撃。天膳が受ける。ガキンッ。


静刃。音もなく滑り込む一撃。天膳がわずかに体を流す。かすりもしない。


霞斬。鋭い横薙ぎ。弾かれる。


影は止まらない。再び影踏。


次の瞬間。影が消えた。無影。視界から完全に消える。気配もない。


次の瞬間。天膳の背後。影がいた。刃が走る。だが――天膳は振り向いていた。剣が受け止める。ガキンッ。


「面白い」天膳が笑う。



斧男が口を開けたまま固まっている。「……何が起きてる」


弓使いも矢を番えたまま動けない。「……全部見えない」


二人とも目が追いついていなかった。



影が踏み込む瞬間。


側近が叫ぶ。「今だ!」


弓使いが我に返る。「……っ、分かった!」


矢が放たれる。一本。二本。三本――矢の雨。


影が動く。躱す。躱す。躱す。


馬車が動き出す。全速力で旧道を駆け抜けていく。



影は馬車を目で追う。「……クソ」小さく吐き捨てる。


天膳が静かに前に立つ。


「諦めな」軽く笑う。「詰んでる」


その瞬間。空気が変わった。


重い。冷たい。


斧男が動けない。「……っ」弓使いの手が止まる。矢が番えられない。側近が歯を食いしばる。「……これは」


天膳の目が細くなる。


普通の人間なら膝をついていた。ただの剣士ではない。これは――



次の瞬間。白い煙が広がる。あちこちから。「煙玉!?」斧男が叫ぶ。


煙が影を包んでいく。


弓使いが咄嗟に矢を放つ。だが――矢は煙の中を突き抜けた。何も当たらない。「……いない」



次の刹那。


弓使いの体が吹き飛ぶ。強烈な蹴り。茂みの木に激突する。ドンッ。


一瞬だけ影の姿が見えた。次の瞬間には消えていた。


天膳は動かない。ただ煙の中を見ている。


側近と斧男が背中合わせになる。「……どこだ」「見えない」


その時。クナイが2本。


側近が弾く。斧男が弾く。


その瞬間。斧男の目が動く。煙の中に影が見える。「そこだ!」咄嗟に切りつける。居ない。「……っ」


煙の中。気配がない。だが確かに何かがいる。時折姿を表す。そして消える。


側近が歯を食いしばる。どこを向けばいい。どこを警戒すればいい。分からない。


煙の中は影のステージだった。



戦いが続く。影が現れる。消える。現れる。消える。


側近が切りつける。空を切る。斧男が斧を振るう。届かない。


クナイが飛んでくる。躱す。躱せない。斧男の腕に刻まれる。「……っ」


また影が現れる。また消える。側近が傷を負う。弓使いはまだ立てない。


斧男がよろめく。膝をつく。「……ちくしょう」息が荒い。体が言うことを聞かない。


「……ここまでか」歯を食いしばる。それでも斧を手放さない。



やがて。煙が晴れていく。ゆっくりと。静寂が戻る。


月の光が差し込む。


その中に影が立っていた。動かない。乱れた外套。血が滲んでいる。


だが目は違う。冷たい。静かな。殺意。


月夜に照らされたその姿は、まるで修羅のようだった。


斧男は膝をついたまま動けない。側近も肩で息をしている。弓使いはまだ倒れたままだった。


誰も声を出せなかった。



静寂。誰も動かない。


その静寂を破ったのは天膳だった。


「下がれ」静かな一言。


斧男が顔を上げる。「天膳様……」「下がれ」もう一度。


側近が動く。斧男を引き起こす。弓使いを抱える。後退する。


天膳は動かない。影を見ている。


そして――ゆっくりと剣を構える。空気が変わる。


影もゆっくりと刀を鞘へ収める。カチッ。居合の構え。


月夜の中。二人が向かい合った。


静寂。風が吹く。互いの目がぶつかる。



次の瞬間。


二人が動く。


風が一瞬、強く抜けた。


そして――


「だめええええ!!」


叫び声が夜に響いた。



リーナだった。


息を切らして二人の間に飛び込む。


刃が止まる。


リーナの首ギリギリ。


両側から。


誰も動かない。


リーナの目から涙が溢れる。


恐怖。だがそれだけではない。


「天膳様が……天膳様が誰と戦ってるか、分かってるんですか」


声が震えていた。



沈黙。


影が動かない。天膳も動かない。


リーナだけが、二人の間に立っていた。


猫女が後ろで息を整えながら見ている。「……」静かに。ただ見ていた。


第二十一章終~

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