第十七章 「平穏の裏で」
朝の街は静かだった。
復興の音はまだ続いている。木材を打つ音。人の声。だが昨日より少し落ち着いていた。
屋台が並ぶ。子供たちが走る。老人が縁側に座っている。
日常が、少しずつ戻ってきていた。
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憲兵の詰所。
小さな部屋の隅。
簡素なベッドの上に子供が寝ていた。
見張りの憲兵が椅子に座ったまま、うとうとしていた。
その時。
「――っ!!」
子供が叫んだ。
憲兵が跳び起きる。「な、なんだ!?」
子供は起き上がっていた。目を見開いている。息が荒い。
視線が泳ぐ。
「じ、じいちゃん……!」
「じいちゃん!!」
憲兵が慌てて駆け寄る。「お、落ち着け!ここは街だ!安全だ!」
子供は憲兵を見る。知らない顔だ。
さらに叫ぼうとする。
扉が開く。医者が飛び込んでくる。
「起きたか」
素早く子供の傍に座る。
「大丈夫だ。怪我の手当ては済んでいる。ここは安全な場所だ」
穏やかな声。
子供の息が少しずつ落ち着いていく。
「……じいちゃんは」
医者は少し間を置く。
「……今は休め。話はその後だ」
子供の目が揺れる。
その答えで、全部分かってしまった。
「……」
子供は黙った。
ただ、布団を握りしめていた。
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しばらくして。
子供が少しだけ話してくれた。
断片的だった。
「……荷車で、じいちゃんと移動してた」
「急に、男たちが来て」
「じいちゃんが庇ってくれて」
「……それから分からない」
憲兵が帳面に書き留める。
「男たちは何人いた?」
「……分からない。多かった」
「何を持ってた?」
「剣……と」少し考える。「大きな荷物」
「荷物?」
「じいちゃんの荷車にあったやつ……全部持ってった」
憲兵が視線を上げる。医者と目が合う。
「荷物の中身は分かるか?」
子供は首を振る。
「……じいちゃんしか知らなかった」
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その頃。
街の長の屋敷。
天斬と長が向かい合っていた。
茶が並んでいる。
長が口を開く。「昨夜の件で、警備を強化したいと思っております」
天斬が頷く。「そうじゃな」
「街の各所に憲兵を増やします」長は続ける。「それと……街外れの村にも回したいのですが」
少し間。
「人手が足りなくて」
天斬は茶を一口飲む。「ほう」
長が苦い顔をする。「お恥ずかしい話ですが、今の人数では手が回らなくて」
天斬は少し考える。
そして軽く言う。「一人、心当たりがある」
長が顔を上げる。「……本当ですか?」
天斬はくつくつと笑う。「まあ、本人は嫌がるじゃろうがな」
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老婆の家。
ライは薪を割っていた。
「……なんで俺こんなことしてんだ」
いつものぼやき。
その時。老婆が縁側から声をかける。
「ライ、ちょっとおいで」
ライは手を止める。「……何」
「お使いを頼みたくてね」
老婆は当然のように続ける。
「この村の見回りをしておくれ」
ライが眉をひそめる。「……見回り?」
「そうそう。最近物騒だからね」
「いや俺は居候で――」
「ほれ」
老婆が手ぬぐいを投げてくる。
「暑いだろうから」
ライは手ぬぐいを受け取る。
「……話聞いてる?」
老婆はにこにこしている。
「頼んだよ」
扉が閉まる。
ライは手ぬぐいを見る。
「……上手いな、このばあちゃん」
ため息をつく。
そのまま歩き出す。
「ったく……」
ぼやきながら村の道へ出た。
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同じ頃。
森の奥。
薄暗い場所。
男が一人、地図を広げていた。
指が止まる。
ある一点。
「……ここか」
低く呟く。
立ち上がる。
「動かせ」
短い命令。
周囲に気配が広がる。
静かに、だが確実に。
何かが動き始めていた。
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だが。
その場所を。
暗闇の奥から、じっと見ている目があった。
音はない。気配も薄い。
ただ――
確かに、そこにいた。
第十七章終~




