第十八章 「それぞれの思惑」
話は少し遡る。
影たちが街で復興に汗を流していたその頃。
別の街道では、一台の幌馬車が走っていた。
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御者台に座った商人の老人が手綱を操っている。
荷台の中。天膳一派が窮屈そうに収まっていた。
「乗せてもらえて良かったですよ」斧男が息を吐く。「ここまで歩いてたら死んでました」
弓使いが苦笑する。「本当に」
リーナが御者台へ声をかける。「本当にありがとうございます」
商人の老人が手綱を持ったまま笑う。「いいってことよ。道連れがいた方が賑やかでいい」
猫女は荷台の端に寝転がって空を見ていた。
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しばらくして。
老人がぽつりと口を開く。「次の街へは商売か?」
リーナが答える。「えっと……旅です」
「そうか」老人は少し顔を曇らせる。「あの街は最近妙でな」
弓使いが眉を動かす。「妙?」
「夜になると怪しい連中が出入りしてる。闇で武器が流れてるって話も聞いた」
少し声を落とす。「商売仲間が巻き込まれてな……それから俺はあの街には近づかないようにしてる」
荷台の中が静かになる。
天膳は窓の外を見たまま、何も言わない。
猫女は目を閉じたまま、耳だけが動いた。
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しばらくして。
斧男がぽつりと言う。「天膳様、次の街で何をするんですか?」
天膳は少し間を置く。「……用がある」
それだけだった。
斧男が弓使いと顔を見合わせる。
リーナは何か聞こうとして、やめた。
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猫女はまだ目を閉じていた。
幌の隙間から風が通り過ぎる。
「……ふぅん」小さく笑う。
リーナが小声で聞く。「何かあったんですか?」
猫女は目を開けない。「……さあ」
少し間。「風の噂ってやつ」
リーナは首を傾げる。「……?」
猫女はそれ以上何も言わなかった。
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夕暮れが近い。
遠くに街の輪郭が見え始める。
天膳は窓の外を見たまま小さく呟く。
「……近いな」
何が、とは言わない。
ただその目は、どこか遠くを見ていた。
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街に入ると人の往来が多かった。
活気がある。だが――どこかざわついている。
「大きい街ですね」リーナが辺りを見渡す。
「まず宿を取ろう」天膳が言う。
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数日。
一行は街で依頼をこなした。
荷運び。道案内。護衛の下働き。
地味な仕事だが金になる。
斧男が銀貨を数えながらぼやく。「こういう仕事も悪くないですけどね」
弓使いが頷く。「食えますし」
リーナが小さく笑う。「天膳様がいると依頼が集まりますよね」
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その頃。
猫女は街を歩きながら耳を澄ませていた。
「……色々流れてるね」
誰にも聞こえないくらい小さく呟く。
街の路地。
子供が一人、泣いていた。
猫女は足を止める。
しゃがみ込む。
「どうしたの〜」
子供が上を指さす。
猫女が視線を上げる。
屋根の端。
風船が引っかかっていた。
「あー」
猫女はにやっと笑う。
次の瞬間、軽く跳ぶ。壁を蹴る。屋根へ。
風船を掴む。するりと降りる。
子供の前に屈んで差し出す。「はい」
子供が目を丸くする。おずおずと受け取る。
猫女がくすっと笑う。「泣き止んだ」
そのまま立ち上がる。歩き出す。
子供がぺこりと頭を下げた。
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宿に戻ると皆ぐったりしていた。
斧男が床に倒れ込む。「……疲れた」
弓使いも壁にもたれる。「同感です」
リーナが辺りを見渡す。「……あれ」
「猫女さんは?」
全員が顔を見合わせる。
「……いつの間にかいなかったな」斧男が言う。
「また抜け出したんじゃ」弓使いが息を吐く。
天膳は椅子に座ったまま笑う。「まあいいだろ」
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しばらくして。
扉が開く。
猫女がひょっこり顔を出す。「ただいまー」
全員が振り向く。
斧男が眉をひそめる。「どこ行ってたんですか」
猫女は首を傾げる。「ちょっとそこまで」
「ちょっとそこまでって……」
猫女の手に何かある。
しぼんだ風船だった。
リーナが首を傾げる。「……それ」
猫女はにやっと笑う。「屋根に引っかかってたから取ってあげた」
少し間。「子供が泣いてたから」
斧男が脱力する。「……そのために仕事サボったんですか」
猫女が笑う。「サボってないよ。ちゃんと終わってから行ったし」
弓使いが頭を抱える。「終わってからって……」
天膳がくすっと笑う。「まあいいだろ」
リーナは猫女を見ていた。
しぼんだ風船を持ったまま、けろっとしている。
「……変な人」
小さく呟く。
だが、口元が少し緩んでいた。
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ある日の夕方。
宿の近くの広場。
一人の男が声をかけてきた。
身なりは整っている。物腰も柔らかい。
「旅の方ですか」
天膳が振り返る。「そうだけど」
男は笑う。「実は護衛を探していまして。腕の立つ方を」
「報酬は弾みます」「短い期間で構いません」
斧男が天膳を見る。弓使いも見る。
普通の依頼だった。
男の話し方も、態度も、どこにも怪しいところはない。
「……いいよ」
天膳が答える。
男が頷く。「助かります。では明日、詳しい話を」
男が去る。
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仲間たちが顔を見合わせる。
「珍しく素直に受けましたね」斧男が言う。
天膳は軽く笑う。「たまにはいいだろ」
リーナはその笑顔を見ていた。
いつもと同じ笑顔。
だが――なぜか、引っかかった。
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猫女はその場にいなかった。
少し離れた路地。
壁にもたれて空を見上げていた。
「……やっぱりね」
小さく笑う。
風が路地を抜けていった。
第十八章終~




