第十五章 「兆し」
夜。
街外れの森。焚き火のそば、影は一人座っていた。
パチ、と枝が弾ける。静けさが続く。
目を閉じる。
「……まだ弱いな」
理解していない。制御もできない。
「あの時……」「……終わってたかもしれない」
大会での記憶が蘇る。すぐに消える。
思考を切り替える。
⸻
街のざわめきが耳に残っていた。
「また消えたらしい」「街外れの村だ」「痕跡が少なすぎる」
別の声。「盗賊が増えてる」「最近、やり方が変わってきてる」「荷をやられた」
さらに。「場所がバラバラだ」「時間も合わない」「妙だな……」
断片。揃っていない。
だが――
「……同じだな」
影は目を開く。
失踪。痕跡の少なさ。盗賊の増加。
「……妙だな」
大胆になってきている。時間も場所も揃っていない。
(撹乱か)
断定はできない。だが、切り離すには近すぎる。
「……足りない」
何か一つ、見えていない。それが全体をズラしている。
⸻
影は立ち上がる。
焚き火に土をかける。火が消える。闇が戻る。
「……行くか」
向かう先は決まっている。最初に人が消えた村。
影は歩き出す。森の奥へ。足音はない。気配も薄い。
⸻
やがて、風の流れが変わる。視界が開ける。
影は足を止める。
村。
静かだ。灯りは少ない。人の気配がない。
踏み出す。家の前で止まる。扉は閉じられている。壊された様子はない。
視線を横へ。別の家。同じだ。荒らされていない。
だが――生活が止まっている。
「……いないな」
わずかな気配。森の奥。
「……避難か」
一つ整理される。だが――
影の視線が落ちる。地面。足跡。
「……浅い」
しゃがむ。土に触れる。軽い。踏み込みが足りない。
視線を動かす。血の跡。引きずられた痕。
ある。だが――
「……整いすぎている」「……見せてるな」
罠。誘導。
だが――「……混じっている」
違う何か。
⸻
影は立ち上がる。周囲を見る。静かすぎる。
一歩踏み出す。村の奥へ進む。
建物が途切れる。再び森の中。
足が止まる。地面。踏み荒らされた跡。新しい。
しゃがむ。「……軽い」血痕が点々と続いている。
立ち上がる。奥へ進む。「……罠か」
そのまま進む。
地面が沈む。空を切る。刃が走る。届かない。
何も起きていないように、ただすべて外れている。
「……多いな」「……そこまで隠すか」
⸻
その時――遠く、わずかに揺れる光。
影の視線が動く。火。煙が上がる。一瞬。
奥へ続く気配。罠の先。そして火の手。
影は進む。火の方へ。速い。足音はない。木々の間を抜ける。
火の揺らぎが大きくなる。煙の匂い。焦げた匂い。熱が伝わる。
⸻
視界が開ける。
道。その上に――崩れた荷車。散乱した荷。焼け焦げた跡。争った痕跡。血。まだ乾ききっていない。
影は足を止める。
視線が動く。倒れている影。近づく。護衛だ。深く斬られている。動かない。
周囲は踏み荒らされていた。争いは一瞬だったことが分かる。
さらに――別の影。老人。倒れている。無造作に切り捨てられている。血の匂いが強い。
「……」
少し離れた場所。小さな影。倒れている。子供。息がある。浅い。
影はしゃがむ。状態を見る。出血。浅くない。
布を裂く。巻く。押さえる。最低限。それでいい。
子供を背負う。立ち上がる。
⸻
周囲を見る。静かだ。気配はない。
血の跡。途切れている。
「……一つじゃない」
影は足を踏み出す。止まる。
視線が奥へ向く。罠の先。隠された場所。
背中の重み。
「……」
影は向きを変える。街の方へ。静かに走り出す。
⸻
森の奥。
暗がりの中。二人の男が立っていた。
一人が低く言う。「……外れた」
もう一人は黙っている。
「全部だ」「一つも引っかかってない」
沈黙。
「……見えてたのか」
返事はない。ただ、遠ざかる影の背中を見ていた。
「……まずい」「報告しろ」
男が動こうとする。その時。
もう一人が小さく言う。「……待て」
「あいつ」少し間。「子供を背負ってる」
沈黙。
「……なんで」
男は答えない。ただ、影の消えた方向を見ていた。
「……想定外だ」
低い声。「上に伝えろ」
「あの剣士」少し間を置く。
「……厄介だ」
⸻
同じ頃。
街外れの村。
夜。
老婆の家の裏。
ライは薪を積んでいた。
「……なんで俺こんなことしてんだ」
ぼやく。誰も聞いていない。月が出ている。静かな夜だった。
⸻
その時。気配。複数。
ライの手が止まる。「……」
薪を置く。音もなく。
塀の向こう。人影。一つ、二つ――多い。
「……十か」
⸻
男たちが動く。静かに、だが慣れた動きで敷地へ入ってくる。武装している。
「……下っ端か」
ライは腰の剣に手をかける。その瞬間。気づく。
「……あ」
⸻
静電気が走らない。いつもなら自然と体に纏わりつく感覚。ない。
「……マジか」
試す。何も起きない。
「……完全に死んでるな」
⸻
男たちが気づく。一人が叫ぶ。「いたぞ!」「殺せ!」
ライは息を吐く。「……面倒くさい」
双剣を抜く。「まぁ」少し笑う。「別にいいか」
⸻
男が踏み込む。剣が振り下ろされる。ライは半歩ずれる。刃が空を切る。そのまま柄で顎を打つ。ドンッ。一人、倒れる。
⸻
二人目。三人目。同時に来る。ライは前へ出る。二人の間へ。左の剣を弾く。右の男の腕を掴む。投げる。
だが――踏み込んだ瞬間、包帯の下が軋む。
「……っ」
一瞬、動きが鈍る。三人目が剣を振るう。浅く、腕を切られる。
「……ちっ」
構わず押し込む。二人まとめて倒れる。
⸻
「……速いぞ!」男たちがざわめく。「囲め!」
四方から来る。ライは動かない。中心に立つ。
腕から血が滲む。じわりと広がる。
「……まずいな」
だが表情は変わらない。「……来るか」
⸻
一斉に踏み込む。ライが動く。最初の一人。剣を受け流す。腕を取る。盾にする。後ろの男が止まれない。仲間に当たる。
さらに二人。横から。ライは低くなる。二本の剣が頭上を通る。
だが体勢を戻す瞬間、古い傷が走る。
「……っ、くそ」
歯を食いしばる。立ち上がりざまに肘を入れる。一人の鼻が折れる。もう一人の膝を蹴る。崩れる。
⸻
息が少し乱れている。血が垂れる。
「……思ったより堪えるな」
⸻
残り三人。立ち止まっていた。
「……なんだこいつ」「村人じゃないぞ」「誰だ、お前」
ライは双剣を下げる。肩をすくめる。
「ただの居候だ」
少し間。目が細くなる。「それにしては、弱すぎたな」
⸻
三人が顔を見合わせる。
その時。遠くから足音。複数。
「憲兵だ!」「逃げろ!」
二人が踵を返す。
ライは踏み出す。
だが――腕が軋む。脚に力が入らない。
一歩。止まる。
「……っ」
歯を食いしばる。二人の背中が闇に消える。
「……くそ」
小さく吐き捨てる。万全なら追えた。それだけは分かる。
⸻
憲兵が三人、駆け込んでくる。辺りを見渡す。倒れた男たち。血の跡。立っているライ。
一人が叫ぶ。「お前、何があった!」
ライは腕を押さえながら答える。「客が来た」少し間。「歓迎してやったよ」
⸻
憲兵たちが顔を見合わせる。「……逃げた奴がいるな」「追うぞ」
足音が遠ざかる。
⸻
静けさが戻る。
ライは倒れた男たちを見る。意識はない。だが死んではいない。
「……」
腕の傷を見る。じわりと血が滲んでいる。
「……派手にやられたな」
その時。家の扉が開く。老婆が顔を出す。
「ライ!怪我してるじゃないか!」
「……大したことない」
「嘘つくんじゃないよ!早く入りな!」
ライは少しだけ苦笑する。そのまま引きずられるように家の中へ消えた。
第十五章終~
後書き
ここまで読んでくださりありがとうございます。
十五章、いかがでしたでしょうか。
影が単独で動き始め、街の外で何かが起きていることが少しずつ見え始めました。そしてライも別の場所で、異能なしという状況の中で自分の力と向き合っています。
物語はここから本格的に動き出します。影が掴もうとしている「何か」、街の外に広がる気配、そして各キャラクターが少しずつ交差していく展開へ。
引き続きよろしくお願いします。




