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「界」  作者: 緑陰
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第十三章 「それぞれの道」

天膳たちが闘技場を後にしたのは、日が傾き始めた頃だった。


弓使いが周囲を見る。「……派手にやりましたね」


斧男が鼻を鳴らす。「大会どころじゃねぇな」


リーナが小さく呟く。「怪我人も多いみたい……」


側近の刀使いは無言で地面を見る。刻まれた傷。焼けた跡。


「……異常です」


天膳は闘技場を見上げる。「これでもまだマシな方さ」


その一言に、わずかに空気が止まる。誰も何も言わない。天膳はただ、立っていた。



静かな部屋。窓から光が差し込む。ベッドの上でライは目を開けていた。天井を見ている。


「……」ゆっくりと息を吐く。「……クソが」小さく呟く。


あの一瞬が残っている。受けきったはずの斬撃。それでも終わらなかった。


「……なんだよ、あれ」



扉が開く。足音。天膳たちだった。


ライは視線だけ向ける。「……団体かよ。見舞いにしちゃ多いな」


誰も返さない。短い沈黙。


側近が一歩前に出る。「……動けますか」


ライは鼻で笑う。「見りゃ分かんだろ。無理だ」


少し間。天膳が口を開く。「生きてるだけマシだろ」


ライの目が動く。天膳を見る。数秒、測るように。「……相変わらずだな」


天膳は何も言わない。


ライは視線を外す。天井を見る。「で?何しに来た」


少し間。「顔見に」それだけ。


ライは一瞬止まる。そして小さく笑う。「はっ。物好きだな」



静寂。外の風の音。


ライがぽつりと呟く。「……あいつ」少し間。「なんなんだよ」


誰もすぐには答えない。ライは目を開ける。天膳を見る。「なぁ、お前となら」少し笑う。「どっちが勝ってた?」


部屋が静まる。天膳はわずかに視線を向ける。間。「さぁ」それだけ。


ライは一瞬止まる。そして小さく笑う。「はっ。逃げたな」


天膳は何も言わない。


ライは天井を見る。「……まぁいい」少し間。「結局、俺は負けた」


目を閉じる。小さく息を吐く。「次は、勝つ」



部屋を後にする。扉が静かに閉まる。廊下。足音だけが響く。誰もすぐには話さない。


しばらくして斧男が息を吐く。「……しぶといな」


弓使いも頷く。「普通なら死んでますよ」


リーナが小さく呟く。「でも……あの感じ。まだやる気だね」


側近は無言。ただ前を見て歩いている。天膳もまた何も言わない。



廊下を抜ける。外。空気が変わる。


その時。「ねぇ」


声。斧男が眉をひそめる。「……誰だ?」振り向く。


そこに猫女が立っている。


リーナが目を見開く。「……あの時、助けてくれた人だよね」


猫女は軽く笑う。天膳に視線を向ける。「さっきの、返事しに来た。少しの間なら」肩をすくめる。「付いてってもいいよ」



一瞬の沈黙。天膳が少しだけ笑う。「お!これでまた面白くなりそうだ」


猫女は笑う。「よろしく〜」


くるりと背を向ける。自然に一行の横に並ぶ。


斧男がぼそっと。「……マジかよ」弓使いが小さく息を吐く。リーナはまだ猫女を見ている。側近は何も言わない。ただ視線だけを向ける。



風が吹く。一行はそのまま街を抜ける。門を越える。外。人の気配が減る。道が続く。


しばらく誰も話さない。


やがて弓使いが口を開く。「……そういえば」少し間。「いいんですか?あの剣士と会わなくて」


天膳は前を見たまま少しだけ間を置く。「いいさ。またどこかで会う事になる気がするし」


そのまま歩を進める。「さっさと次の目的地行くぞ」


それ以上は何も言わない。


斧男が肩をすくめる。「相変わらずだな」リーナは小さく笑う。猫女は横で面白そうに見ている。側近は無言。ただ前を見ている。


一行は、そのまま進んでいく。



影は静かに立っていた。広い部屋。中央に街の長が座っている。


短い沈黙。空気は張り詰めている。


長はその空気を感じ取るようにゆっくりと口を開いた。「よく来てくれました」少しだけ表情を緩める。「どうぞ、お掛けくださいな」軽く手で示す。「お茶しかありませんが、今、用意させます」


その言葉に天斬が口を開く。「ほう」わずかに目を細める。「お言葉に甘えて頂こうかのう。この街の茶は名産と聞く。楽しみにしておった」


長がわずかに頷く。「ええ。この地の水と風が育てたものです」


控えていた者が静かに動く。



影は何も言わない。ただその場に立っている。その様子を見て長がふと口を開く。


「影殿は」少し間。「お茶は苦手だったですかな?」


影の肩がわずかに動く。一瞬だけ視線が揺れる。「……いや」短く答える。だがどこかぎこちない。


その空気を天斬が拾う。「はっは」軽く笑う。「こやつはあまりこういう場に慣れとらん。気にせんでええ」


長は小さく頷く。「なるほど。それなら良かったです」



控えていた者が静かに茶を運ぶ。湯気が立つ。香りが広がる。


天斬はそれを手に取り一口。わずかに目を細める。「……良い茶じゃ」


長が穏やかに頷く。「お口に合ったようで何よりです」


少し間。長が口を開く。「それにしても」天斬を見る。「お変わりなく。こうしてまたお会いできて何よりです。幼き頃に一度お会いしたきりですが……あの時と、何も変わっておられぬ」


天斬は軽く笑う。「そうかのう。時の流れは早いもんじゃ」


長もわずかに笑う。「この街でも、先々代より語り継がれております」



その視線が影へ移る。「影殿も、お若いのに見事なご活躍でした。噂はかねがね聞いております」


一瞬、空気が変わる。「それにしても、その噂は……事実なのですか?」


天斬が口を開きかける。「その話は――」


その前に影が言う。「事実だ」短く。静かに。「……あの時は、まだ」それ以上は語らない。


沈黙。長はすぐに頭を下げる。「……これは失礼した。気に触れたようで、申し訳ない」


天斬がくつくつと笑う。「よいよい」影を見る。「人は変わるものじゃ。お主が人斬りであったからこそ」一瞬の間。「あの時ワシと出会った」


影は何も言わない。ただわずかに目を伏せる。



長が続ける。「……ということは、影殿が天斬殿のお弟子、ということですな」


天斬が軽く鼻で笑う。「まあ、そんなところじゃ」


長は頷く。「鍛冶師殿から聞いておりました。弟子を取った、と。気まぐれな方ですが、こうして街の仕事も時折引き受けてくださる。何かと縁のあるお方でしてな」


天斬が小さく笑う。「相変わらずじゃのう、あやつは」


長は一度頷き影を見る。「通りで……お強い訳だ」



一拍。空気が締まる。長は姿勢を正す。「――本題なのですが」湯呑みを置く。


「近頃、この街の周辺で、少し妙な話がありましてな」穏やかな口調のまま続ける。「人が、ぽつぽつと姿を消しておるのです」


天斬が軽く眉を動かす。「ほう」


長は静かに頷く。「憲兵隊の方でも調べてはおるのですが……はっきりしたことは、まだ何も」


一拍。「そこで──」空気を切り替えるように言葉を続ける。「無理にとは言いません。街の復興の手伝いの合間で構いませんので」


影へと視線を向ける。「軽く調査の方もお願いできたらなと」


一瞬、言葉を選ぶように間を置く。「ご迷惑はお掛けしません。些細なことでも、わかった事などあれば都度共有して頂けたらなと。その後の対処はこちらの方でいたします」


静けさが落ちる。影は静かに頷いた。


天斬が軽く笑う。「決まりじゃな」


長はほっとしたように息をつき、深く頭を下げた。「ありがとうございます。無理のない範囲で構いませんので、どうか、よろしくお願いいたします」


天斬は軽く手を振る。「気にするでない」



そのまま二人は席を立つ。「では、また」


長に見送られ、部屋を後にした。


廊下を歩く。静かな足音。外に出ると、昼の光が差し込んだ。


天斬が軽く伸びをする。「さて……ひとまず戻るかのう」


影は無言で頷く。



宿。簡素な部屋。静かな空気。


影は腰を下ろす。しばらくの沈黙。


天斬がふっと笑う。「妙な縁じゃな」


影は答えない。ただ、目を閉じる。戦いの疲れが、遅れて体に残っていた。


「休める時に休んでおけ」天斬が静かに言う。


影はそのまま、言葉もなく横になった。



翌日。街は、まだ騒がしかった。


木材を打つ音。人々の声。土埃が舞う。大会の余韻など、すでに消えている。今この街にあるのは復興だけだった。


その中に影の姿があった。無言で瓦礫を持ち上げる。運ぶ。積む。戻る。ただ、それを繰り返す。止まらない。休まない。


次第に周囲の人間が気づき始める。「……おい」「あいつ……」視線が集まる。「頑張り過ぎじゃねぇか?」「さっきから休んでねぇぞ」少しざわつく。



その時、近くで作業していた男が声をかける。「おーい、兄ちゃん」


影は手を止める。男は軽く笑いながらも、どこか心配そうに言う。「無理すんなよ。まだ傷、残ってんだろ」


視線が影の体に向く。戦いの名残。完全には消えていない。


「倒れられたら、こっちが困る」冗談めかした口調。だが、その目は優しい。


影は一瞬だけ黙る。「……問題ない」短く答える。再び瓦礫を持ち上げる。


男は苦笑する。「問題あるやつが言うセリフだぞそれ」


周囲に小さな笑いが広がる。空気が、少しだけ和らぐ。



「おにーちゃん!」甲高い声。振り向くと、子供たちが立っていた。少し離れた場所には様子を見守る大人たち。


一人の子供が前に出る。「僕たちもさ!お兄ちゃんみたいに強くなれる?」無邪気な目。


周囲の大人たちが「あー……」と少し困った顔をする。


影はわずかに目を細める。一拍。「……分からない」


子供たちの顔が少し曇る。「えー……」


影は静かに続ける。「ただ、何もせずに強くはなれない」


一人の子供が困った顔で言う。「じゃあさ……頑張ったら強くなれるの?」


影はその目を見る。そして「ああ、きっとな」ほんの僅かに、口元が緩む。


周囲の大人たちが一瞬驚いた顔をする。


子供は一瞬だけ考えて「よーし!頑張って強くなって!絶対この街のヒーローになる!」元気よく叫ぶ。


大人たちが笑う。子供たちはそのまま走り去っていく。土埃の中、小さな背中が遠ざかる。


影は静かに仕事へ戻る。



昼。作業の手が止まる。


「はいどうぞー!」女性たちと子供たちが食事を配って回る。影の前にも布に包まれた食事が差し出される。中には握り飯と簡単なおかず。


「どうぞ」少し照れたような笑顔。


「……ありがとう」小さく呟く。そのまま座る。握り飯を手に取り、静かに口に運ぶ。素朴な味。だが、どこか温かい。自然と、人の輪の中にいた。



「いやぁ、昨日の大会見たか?」「ああ、あの双剣のやつヤバかったな」「でもあの剣士も……」


ちらりと影を見る。「……すげぇよな」


影は何も言わない。ただ、静かに食べる。


「そういやよ」別の男が口を開く。「最近この辺、物騒らしいぞ。人が消えてるって話、聞いたか?」


空気が少しだけ変わる。影の手がわずかに止まる。


「なんでも盗賊とは違うらしい。痕跡がな……妙なんだと。雑なとこもあれば、妙に手慣れてるとこもある。気味が悪いって話だ」


誰かが肩をすくめる。「まぁ、憲兵も動いてるし大丈夫だろ」


会話は流れていく。笑い声が戻る。だが影は静かに聞いていた。何も言わず。ただ情報を拾うように。


第十三章終~

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