第十一章 「嵐の中で」
闘技場の中央。影とライ。二人の剣士が再び動く。
斬撃がぶつかる。ギンッ!ガンッ!火花が散る。
ライの体の周りでバチバチッと雷が弾けた。
「なんだ今の……」「雷……?」観客席がざわめく。
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ライが踏み込む。今度は剣ではない。体術。肩がぶつかる。足が絡む。影の体が浮く。空中へ。
その瞬間、ライが片方の剣を投げた。回転する刃。一直線。
影は空中で体をひねる。刀が動く。カンッ。綺麗に弾く。
そのまま空中で刀に手を添える。居合の構え。
「……!」「あの構え!」「また来るぞ!」観客席がざわめく。
猫女が身を乗り出す。「まさか……」
天斬がニヤリと笑う。「ほう」
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闘技場の中央。ライもそれを見て笑う。「空中居合。さっきのやつか」双剣を構える。「だったら、また受けてやる」
影の体が落ちる。その瞬間、刀が抜かれる。
霞絶。
空から落ちる居合の一閃。落下の勢いを乗せた斬撃。空気が裂ける。
ライは双剣を交差する。受けに入る。だが――ぶつかる瞬間、ライの目がわずかに見開く。「……まずいか」
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次の瞬間。ドォンッ!!
爆発のような衝撃。衝撃波が闘技場を揺らす。砂煙が舞い上がる。
その中から一つの影が吹き飛ぶ。ライだ。体が宙を舞い、闘技場の壁に激突する。ドンッ!!
「入った!!」「やったぞ!」「今の決まっただろ!」観客席が一斉に沸く。
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砂煙の中、影は着地していた。刀を振り抜いたまま。だが影の目は変わらない。静かに煙の向こうを見る。
武人たちもざわめいていた。「……いや」「あれは」「完全には入っていない」
煙がゆっくり晴れる。そこには――壁にもたれながら立っている男。ライ。血を流しながら笑っている。
「……危ねぇ」双剣を構え直す。「今の、まともに受けてたら終わってた」
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影は気付いていた。ぶつかる瞬間、ライは後ろへ飛ぶように受けていた。衝撃を逃がすために。
ライは笑う。肩を回す。「いやぁ、マジで危なかった」
腕から血が流れている。だが倒れない。双剣を軽く回す。
そして、さっきまで笑っていた顔から表情が消える。「……」
影を見据える。「いいね」小さく呟く。「ここまでか」
肩を回す。血を振り払う。そして静かに言う。「遊びは終わりだ」
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その瞬間、空気が変わる。ライの周囲でバチッと火花が弾けた。さっきまでの静電気とは違う。重い。圧。
「なんだ……?」「空気が……」観客席がざわめく。
猫女が目を細める。「……あれ」
天斬も腕を組んだまま静かに見ている。
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闘技場の中央。ライの周囲で雷が弾ける。バチバチッ。空気が震える。
その瞬間、空が曇る。観客が空を見上げる。「おい」「天気……」
黒い雲が集まり始める。そして――ドォンッ!!
雷が落ちた。闘技場の外。轟音が響く。観客席が騒然となる。「落雷!?」「嘘だろ!」
ライは静かに立っていた。双剣を構える。雷が体の周りで弾けている。目が細くなる。「……さぁ、続きだ」
影もゆっくり構え直す。刀を握る。呼吸を整える。影の目が鋭くなる。
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次の瞬間、ライが消えた。観客席がざわめく。
その瞬間、影の背筋が凍る。死。突如として予感する。見えていたわけではない。だが体が動く。咄嗟に刀を構える。防御の体勢。
次の刹那――ドンッ!!
影の体が吹き飛んだ。まさに雷そのものだった。
観客席が一瞬静まり返る。誰も何が起きたのか分からない。ただ影の体だけが闘技場の砂を滑っていた。
その沈黙を破ったのは猫女だった。「影っち!!」
「今の何だ!?」「見えなかったぞ!」「やられたのか!?」観客席がざわめき出す。
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闘技場の中央。影は動かない。砂の上に倒れたまま。血がゆっくりと広がる。
観客席の空気が変わる。「……終わりか」誰かが呟く。
ライは静かに立っていた。双剣を下げたまま。雷が体の周りで弾けている。バチッ。バチッ。ゆっくりと歩き出す。影の方へ。
「……」立ち止まる。見下ろす。「終わりか?」小さく呟く。
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その瞬間、砂がわずかに動いた。
ライの眉が動く。影の指がゆっくり砂を掴む。
「動いた!」観客席から声が上がる。
影の体がゆっくりと起き上がる。服は裂け血が流れている。だが影の目は、まだ死んでいない。
影は小さく息を吐く。そしてかすかに笑う。「……これは、きついな」
「まだ立つのか……!」「さっきの直撃だぞ!」観客席がざわめく。
猫女は身を乗り出していた。「影っち……」
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ライは静かにそれを見ていた。双剣を軽く回す。「へぇ。まだ立つか」
影は答えない。ただゆっくりと息を整える。
ざわめく観客席。悲鳴。雷鳴。その中で影の頭はひたすら回っていた。
速さ。手数。速さ。手数。速さ。手数。
足りない。どう埋める。どう覆す。
呼吸を無理やり落ち着かせる。そして――影の目が開く。
「……なら」小さく呟く。
刀を両手で握る。腰を落とす。顔の横。刃先はまっすぐライを捉える。
「……なんだ?」「あの構え」「居合じゃないぞ」観客席がざわめく。
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闘技場の中央。ライが眉をひそめる。「……は?」ぽつりと呟く。「その構え、なんだそれ」
影は何も答えない。ただ静かに構えている。
次の瞬間――影が消えた。
「消えた!?」観客席がざわめく。
ライの目が見開く。一瞬。そして既に目の前にいた。影の姿。
突き。
霞穿。
一直線。最速とも言える刺突。空気が裂ける。
ライの思考が一瞬で走る。
――速い。これは、弾けない。受けも無理だな。
体が動く。咄嗟に身をひねる。刃が胸をかすめる。血が散る。
ライはそのまま踏み込む。カウンター。双剣が振り下ろされる。
だが終わらない。影の足が動く。影踏。滑るような足運び。距離を詰めたまま。
霞穿。二撃、三撃、四撃。連続の刺突。
ライの目が見開く。
――この状態の俺より……速い……!?
「なんだ今の!」「突きが……見えない!」観客席がどよめく。
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天膳もわずかに目を細めた。「……これは」小さく呟く。「予想外だ」
その横でリーナが目を輝かせていた。「これ……!いけるんじゃないですか!?」
いつの間にかその隣に猫女が立っている。腕を組んでニヤニヤしていた。「これは惚れますな〜」
リーナが振り向く。「え?」
猫女がにやりと笑う。「影っち」
リーナの顔が一瞬で赤くなる。「ち、違っ……!わ、私は天膳様だけです!!」
隣にいた斧の男が突然殴られる。ゴッ。「ぐはっ!!」「なんで俺!?」
リーナが叫ぶ。「知らない!!」
猫女はケラケラ笑いながら、いつの間にかその場を離れていた。
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ライの目が細くなる。次の瞬間、空気が弾けた。ドンッ!!
爆発的な加速。ライが踏み込む。双剣が振るわれる。影の突きが強引に弾かれる。火花が散る。
ライはそのまま距離を取るように双剣を振り下ろす。だが影は下がらない。
一歩踏み込む。刀が動く。断空。下から振り上げる重い斬撃。ドォンッ!!剣がぶつかる。衝撃。空気が震える。
双剣と刀が交差する。一瞬。そして二人の位置が入れ替わる。互いの背がすれ違う。
その瞬間、影の刀が鞘へ収まる。カチッ。
「居合……!?」観客席がざわめく。
⸻
次の瞬間、影の刀が抜かれる。
霞絶。
上段から叩き込む居合の一閃。空気が裂ける。
ライの目が見開く。脳裏に走馬灯が走る。幼い頃、雷に怯えた日。怪物と呼ばれた日々。屈辱。野望。すべてが一瞬で流れる。
我に返る。「終わってたまるかぁぁ!!」
双剣が動く。斬撃を弾く。火花が弾ける。
「今の居合を……!」「弾いた!?」「嘘だろ……!」観客席がざわめく。
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影はそのまま距離を取る。静かに構え直す。
だがライの周囲の空気が明らかに変わる。風が止まる。空がさらに暗くなる。雷鳴が轟く。ドォンッ――
雨が降り始める。嵐が闘技場を包む。観客席が騒然となる。
天膳が小さく呟く。「……暴走か」
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闘技場の中央。ライは静かに立っていた。目はどこか焦点が合っていない。雷が体の周囲で弾けている。
そして――落雷。
次の瞬間、影の背筋が凍る。見えたわけではない。だが確かに感じた。
影の視線が前へ向く。そこにライがいた。既に。目の前。
「速い……!」「いつの間に!」観客席がざわめく。
ライの体から雷が弾けている。バチバチッ。空気が震える。双剣を握る手がわずかに震えていた。まるで力が溢れて抑えきれていないようだった。
そしてライが呟く。「――雷天斬」
双剣が空へ掲げられる。その瞬間、空が光る。
落雷。ドォォンッ!!
雷がライへ落ちた。観客席が悲鳴を上げる。
雷光の中、ライの双剣が振り下ろされる。上からの斬撃。そして横からもう一撃。同時。十字の斬撃。
影の目が見開く。受けきれない。
――死。
⸻
その瞬間。
観客席の端で、天斬の手がそっと刀に触れた。
源断。
雷鳴が途切れる。嵐が裂ける。
誰も何が起きたのか分からない。ただ落ちかけていた雷が消えていた。ライの体を包んでいた雷も、音もなく消えていく。
バチ……。バチッ。
「……え?」「雷が……」「なんだ今の……?」観客席がざわめく。
⸻
闘技場の中央。ライの動きが止まる。振り下ろされるはずだった双剣が空中でわずかに止まる。「……?」ライの眉が動く。
その瞬間、影の刀が動いた。
残霞一閃。
一瞬の居合。斬撃が走る。
ライの体がわずかに揺れる。そして双剣が手から離れた。
カラン……
音を立てて地面に落ちる。
ライの口から言葉が漏れる。「……クソが」
体がゆっくりと前へ倒れた。パタン。
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闘技場に一瞬静寂が落ちた。誰も動かない。誰も言葉を出せない。
そして観客席が一気にざわめく。
「倒れた……」「今の……」「何が起きた!?」「雷が消えたぞ!」「いやそれより!」「いつ斬った!?」
ざわめきが波のように広がる。
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闘技場の中央。影はその場に立ったまま動かない。刀をゆっくりと鞘へ収める。カチ。静かな音。
影の目はライを見ていた。倒れたまま動かない。だが死んではいない。
影は小さく息を吐く。胸が大きく上下する。体中が痛む。服は裂け血が流れている。
雷天斬。あれをまともに受けていたら。影の目がわずかに細くなる。
(……助かった)
だが理由が分からない。あの瞬間、何かが起きた。雷が消えた。嵐が裂けた。
影は空を一瞬だけ見る。そして小さく呟く。「……なんだ今の」
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その瞬間、観客席から声が飛んだ。「影っち!!」
猫女だった。身を乗り出し闘技場を見つめている。その声をきっかけに止まっていた空気が一気に動き出した。
「勝った!!」「今の見たか!?」「いや待て!」「雷……消えたよな!?」「嵐まで止まったぞ!」
観客席が騒然となる。
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影はその場に立ったまま動かない。視線は倒れたライへ向けられている。双剣が地面に転がっている。呼吸はある。死んではいない。
影は小さく息を吐いた。体中が軋む。さっきの一撃、あと一瞬遅れていたら。
影は小さく呟く。「……勝った気がしないな」
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観客席で天斬は腕を組んだまま静かに見ていた。そして小さく呟く。「……ほう」その目はどこか楽しそうだった。
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少し離れた席。天膳が口元を歪める。「やるじゃないか」
仲間たちはまだ状況が理解できていない。
弓使いが言う。「……今の、見えました?」
斧の男が首を振る。「いや。何が起きたんだ……」
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その時、審判がようやく声を上げた。「――勝負あり!!」
闘技場が歓声に包まれた。
だがその歓声は長く続かなかった。観客席の上空にまだ黒い雲が残っている。闘技場の外では落雷の跡が煙を上げていた。壊れた観客席。崩れた外壁。嵐の爪痕があちこちに残っている。
「……これ、続けられるのか?」「いや無理だろ」「死人が出るぞ」ざわめきが広がる。
大会役員たちが慌ただしく動き始める。そして審判が再び声を上げた。
「本大会は――」一瞬間を置く。「これ以上の続行は危険と判断!ここで終了とする!!」
「えぇ!?」「決勝は!?」「まだ試合残ってるぞ!」観客席が一斉にざわめいた。
だが闘技場の惨状を見れば誰も強くは言えない。落雷、嵐、異能の暴走。被害は明らかだった。
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闘技場の中央。倒れているライの元へ医療班が駆け寄る。担架が運ばれてくる。ライは意識を失っていた。血に濡れた腕。それでも口元だけがわずかに動く。
「……チッ」小さく舌打ちする。そのまま担架に乗せられ運ばれていく。
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観客のざわめきの中、影はただ立っていた。嵐の残り風が髪を揺らす。静かに刀に手を置く。そして小さく息を吐く。
「……終わったか」
その時、観客席から声が飛んだ。「影っちーー!!」
猫女だった。身を乗り出しこちらに手を振っている。
影は少しだけ眉をひそめる。そして小さく呟いた。「……元気だな」
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遠く、観客席の端。天斬は腕を組んだまま闘技場を見下ろしていた。そして静かに呟く。「……面白くなってきたの」その目は完全に弟子を見ていた。
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一方、別の観客席。天膳たちも立ち上がっていた。観客たちはまだ騒いでいる。だが天膳はもう興味を失ったように背を向ける。「行くぞ」仲間たちもそれに続く。
弓使いがまだ闘技場を見ながら言う。「しかし……凄かったですね」
斧の男が腕を組む。「正直、途中で死ぬかと思った」
リーナも小さく息を吐く。「雷……本当に落ちましたよね」
その時、刀使いの側近が静かに言う。「……あれ、雷だけじゃない」
天膳がわずかに笑う。「気づいたか」
側近が視線を戻す。「一瞬、嵐が切れました」
天膳は歩きながら軽く肩をすくめる。「世の中にはおかしな剣士が多い」
仲間たちは顔を見合わせる。斧の男がぼそっと言う。「……お前が言うな」
天膳はくすっと笑う。そして小さく呟いた。「それにしても」視線を一瞬だけ闘技場へ向ける。「影か」
そのまま歩き出す。「やっぱり、面白い」
天膳一行は、そのまま会場を後にした。
第十一章終~
ここまで読んでくださりありがとうございます。
十章、十一章と大会のクライマックスをお届けしました。影対ライの戦闘、いかがでしたでしょうか。霞穿の連撃、雷天斬、そして最後の残霞一閃と、書いていて一番熱が入った場面でした。
ライの異能が本領を発揮した時、果たして影はどう戦うのか。そこを一番大切に書きました。
大会編はひとまず区切りを迎えましたが、物語はまだまだ続きます。引き続きよろしくお願いします。




