第十章 「雷鳴」
大会二日目。朝から街は騒がしかった。
「今日はライと影がぶつかるのか」「さすがにやばいんじゃない?」「双剣のライだぞ?」「昨日の剣士でも……さすがに無理だろ」「死人出るな……」
期待と不安が入り混じる中、人々は闘技場へと向かっていた。
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闘技場。観客席の一角。その会話を聞きながら天膳一派が座っていた。
「盛り上がってますね」「完全にあの二人の話題ですね」
リーナが言う。「本来この大会、天膳様が主役みたいなものなのに。完全に話題持っていかれてますよ?」
天膳は観客席を見渡し、ニヤリと笑う。「彼に話題を持っていかれてるってことは、それだけ面白いってことさ」
「余裕ですね……」「普通なら面白くないはずなのに」
天膳が言う。「強い者が現れるのは歓迎だよ」そして闘技場を見下ろす。「楽しみだ」
仲間たちは少し引いた顔をしていた。「ええ……」
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別の観客席。天斬は静かに座っていた。横から声がする。
「今日は影っちの試合だね」
天斬が答える。「ああ」
「相手ライでしょ?さすがにやばくない?」
天斬が言う。「まあ……普通にやれば死ぬじゃろうな」
「普通ってなにさ」
「普通は普通じゃ」
「雑」
「……」
猫女は闘技場を眺めながら言う。「でも影っちならやるでしょ」
天斬が答える。「どうじゃろうな」
「えー?」「相手が相手じゃ」「双剣のライかぁ」
少し沈黙。天斬がふと横を見る。
猫耳。猫尻尾。当たり前のように座っている猫女。
「……」
「……え?」
もう一度見る。「……」
「なんでお主ここにおるの!?」
猫女が笑う。「普通に会話してたじゃん。気づくの遅くない?」
「それはそうじゃが」「そうじゃが!!」
「でしょ?」
「でしょ?じゃない!!」
猫女はくすっと笑う。
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その時、視線を動かす。闘技場の入口近く。一人の男が立っている。影。
「あ」天斬が「?」と見る。
猫女が立ち上がり歩き出す。影の方へ。
影は気配で振り向く。
「影っち?」
影はポカンとしている。
「……なにその顔」
「……呼ぶな」
「いいじゃん影っち」
「やめろ」
「決定〜」
「……」
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その時、闘技場に司会の声が響いた。「続いての試合!」
観客席が静まり返る。
「双剣の剣士!ライ!!」
観客席がざわめく。「出た……」「殺し屋だ」「また死人出るぞ」
「対するは!初参加ながら怒涛の勝ち上がり!霧の剣士!影!!」
歓声が上がる。
影は猫女を無視して歩き出す。
「影っち〜」
影は答えない。
「死なないでね?」
影は答えない。ただ闘技場へ降りていく。
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中央。そこにはすでにライが立っていた。
影が立つ。二人の剣士が向き合う。
ライは影を見るとニヤリと笑った。「簡単に死なないでくれよ?」
観客席からブーイングが飛ぶ。「またあいつか!」「人殺し!」「何人殺してると思ってんだ!」
影は何も言わない。ただ静かに刀に手を掛ける。
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審判が手を振り上げる。「――始め!」
声が落ちるより早く、ライが動いた。ほとんどフライングに近い踏み込み。双剣が閃く。
「速っ!」観客席がざわめく。
影は動かない。だが次の瞬間、斬撃が届く直前、身体がわずかに動く。紙一重。刃が空を切る。
「へぇ」ライが笑う。
双剣が続けて振るわれる。縦、横、斜め。間髪入れない斬撃。影はそれを避ける、流す、弾く。最小限の動きで。
「見えてるのか!?」「速すぎる!」観客が叫ぶ。
ライは笑う。「いいねぇ。逃げるだけじゃない」
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双剣が交差する。影の首を狙う斬撃。影は身体を沈める。同時にクナイが投げられた。
カンッ!ライが双剣で弾く。
その瞬間、影の姿が消える。
影踏。
視界の外から斬撃。ライは振り向きざまに受ける。火花が散る。
「お前も忍びの類か?」
返事はない。
影の斬撃が続く。霞斬。ライは双剣で受ける。ガンッ!重い音が響く。
ライの口元が歪む。「なるほど。昨日の勝ちは伊達じゃないってわけか」
影は何も言わない。ただ刀を構える。
ライは笑った。「でもな」双剣を軽く回す。「まだ軽い」
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次の瞬間、ライの踏み込みが変わった。爆発的な加速。影の視界から一瞬消える。
「!?」観客が息を呑む。
影は咄嗟に刀を上げる。ギィンッ!!双剣が叩きつけられる。重い衝撃。影の足がわずかに滑る。
「ほら。こっからだ」ライが言う。
「今の速さ……」「さっきと違う!」観客席がざわめく。
影はゆっくりと呼吸する。刀を握り直す。視線はライから外さない。
ライは楽しそうに笑っていた。影の口元がわずかに歪む。それは笑っているようにも見えた。
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観客席の上で天斬が腕を組みながら呟く。「……ようやく始まったか」
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影は呼吸を整える。
ライは楽しそうに笑っていた。双剣を軽く回す。「どうした?来ないのか?」
次の瞬間、影が動いた。「行った!」観客が叫ぶ。
踏み込み。速い。ライは笑う。双剣を構える。
影の刃が振るわれる。霞斬。ガンッ!!ライが双剣で受ける。火花が散る。
だが影は止まらない。そのまま身体を捻り、刃が弧を描く。月断。
ライの体勢がわずかに崩れる。「今のは……!」観客が沸く。
影はその隙を逃さない。踏み込む。左右から斬撃。二天斬。ライは咄嗟に受ける。
だが次の瞬間、音もなくもう一撃。静刃。
スッ――
刃が走る。ライの肩から血が流れた。
「入った!」「ライが斬られた!」「初めて見たぞ!」観客席がざわめく。
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ライは一歩下がる。肩の血に触れる。指についた赤を見てニヤリと笑った。
「なるほど。そう来るか」双剣を構え直す。「いいじゃないか。やっと面白くなってきた」
影は静かに構える。
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観客席で猫女が身を乗り出す。「おお〜。やるじゃん影っち」
隣で天斬が腕を組んだまま呟く。「まだじゃ」
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闘技場の中央。影とライ。互いの視線がぶつかる。
ライの笑みが変わった。双剣を交差させる。「じゃあ、少し上げるか」
空気が変わる。観客が息を呑む。影の目が細くなる。
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次の瞬間、ライの姿が消える。「!?」
影の背後。斬撃。影は咄嗟に動く。刀――間に合わない。
その瞬間、袖からクナイを滑り込ませる。キィンッ!!金属がぶつかる音。
だがライは止まらない。「無駄だ」クナイごと斬り抜ける。
スッ――
影の身体が裂ける。観客席から悲鳴。「入った!」「やられた!」
影の身体が吹き飛ぶ。地面を滑る。闘技場の砂が舞う。
「影っち!?」猫女が叫ぶ。
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影は転がりながらなんとか体勢を立て直す。血が流れる。
だが影の口元がわずかに歪んだ。笑っている。
ライは双剣を肩に乗せる。「へぇ。まだ立つか」
「今の食らって……!」観客席がざわめく。
天斬は腕を組んだまま呟く。「……まだじゃ」
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影はゆっくりと刀を構え直す。呼吸を整える。視線はライから外さない。その目は、まだ死んでいなかった。
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次の瞬間、影が踏み込む。横薙ぎの一閃。ライの双剣が動く。刃を滑らせるように受け流す。金属音が響く。
だが止まらない。そのまま二人は距離を詰めたまま斬り合いに入る。刃が交差する。火花が散る。一撃、二撃、三撃。
「速い!」「さっきより激しい!」観客席がどよめく。
ライは笑う。「いいねぇ」双剣が唸る。
影は無言。刃を合わせ続ける。互いの剣がぶつかり、弾け、また交差する。
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影が踏み込む。斬撃。ライが双剣で受ける。その瞬間、影の足が動く。
影踏。
死角に潜り込み一閃。ライが振り向きざまに弾く。さらにもう一撃。双剣が受け止める。
だがそれが狙いだった。影はその反動を利用して後ろへ跳ぶ。距離を取る。
「離れた!」観客が叫ぶ。
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闘技場の中央。影が止まる。そして刀に手を掛ける。鞘に収まったままの刀。居合の構え。
「居合だ!」「ここでか!」観客席がざわめく。
刀を使う剣士なら理解する。居合はカウンター。そして恐ろしいのは動き出しが見えないこと。抜かれた瞬間には、すでに斬られている。それが居合。
ライの口元が歪む。「面白い」
ライは居合の恐ろしさを知っている。だからこそ影の間合いを測る。どこまで踏み込めば届くのか。どこに立てば斬られるのか。
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その瞬間。バチッ。静電気が走る。ライの身体を淡い光が包む。
次の瞬間、姿が消える。一瞬で影の間合いの半歩外へ。
「消えた!?」観客が叫ぶ。
フェイント。だが影は刀を抜かない。微動だにせず、ただライを見ている。
ライの口元が歪む。「……やはり引っかからないか」
ライは影の周囲を回る。半歩外の距離を保ったまま円を描く。静電気が弾ける。闘技場の空気が震える。観客席でもバチッと火花が散る。
影は目で追う。一瞬も逸らさない。
ライが笑う。「なるほどな。そこまで集中してるか」
円を描く動きの中でライの加速が上がる。
――ならば、いいだろう。
次の瞬間、その勢いのまま正面から突っ込む。
――居合を受け切り、その心を折ってやる。
ライが影の間合いに完全に入る。
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その瞬間、影の指が動く。
刀が抜かれる。
残霞一閃。
空気が裂ける。
ライはその勢いのまま双剣を交差させる。受けに入る。
激しい衝突。凄まじい金属音が響く。衝撃で砂煙が舞い上がる。
「今のは……!」「当たったのか!?」観客席がどよめく。
砂煙がゆっくりと晴れていく。
影は刀を振り抜いた姿勢のまま。
そして――ライは血を流しながらも、双剣で受け止めていた。
口元が歪む。「居合……敗れたり」
「受けた!?」「嘘だろ!」「今の居合だぞ!」観客席がどよめく。
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闘技場の中央。影はそのまま立っている。刀を下げる。しばらく沈黙。
そして影の口元がわずかに歪む。笑っていた。
久しぶりの感覚。ずっと修行の日々、ただ刀を振るい続けた日々。そんな影にとって、今の戦いは久しぶりの感覚だった。
影は静かに言う。「……そうか」
ライの眉が動く。影の目は完全に変わっていた。楽しそうに。
ライの笑顔が消える。「……まじか」小さく呟く。ほんの少しだけ引く。「こいつ……」
すぐに双剣を構え直す。
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観客席で猫女が目を丸くする。「えっ。まじかあの双剣使い。あの居合止めたの!?」
天斬は腕を組んだまま、ニヤリと笑う。「……ほう。あれを止めるか」
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闘技場の中央。影とライ。二人の剣士が再び構える。
さっきまでとは空気が違う。
今度は――本当の戦い。
第十章終~




