第九章 「前夜」
夜の街は、まだ騒がしかった。
武術大会の熱気は簡単には冷めない。酒場では武人たちが昼の試合を語っていた。
「見たか?」「双剣の男」「相手を斬り刻みやがった」
別の男が言う。「大会じゃ珍しくない。だがあれはやりすぎだ」
別の席ではまた違う話。「天膳も異常だ」「何もさせなかった」「動きが見えなかった」
酒場は、その話で持ちきりだった。
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その頃、別の酒場。
天膳は仲間たちと席に座っていた。酒が並び、仲間たちが騒いでいる。
「今日の試合すごかったですよ!」「相手何もできてなかった!」
天膳は軽く笑うだけだった。
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その時、酒場の扉が開く。男が入ってくる。両腰に二本の剣。ライだった。
酒場の空気がわずかに変わる。男はそのまま天膳の席へ歩く。
「久しぶりだな」
天膳が少し笑う。「来ていたのか」
仲間の一人が小声で言う。「知り合いですか?」
「昔の知り合いだ」天膳が言う。
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ライが椅子を引く。酒を一口飲む。そして言う。「霧の剣士。明日当たるのは俺だろ?」
天膳が頷く。「そうなるな」
リーナが驚く。「え、あの霧の剣士と?」
ライが笑う。「面白そうだ」
天膳が言う。「殺すなよ」
ライが肩をすくめる。「保証はできないな」
天膳が静かに言う。「簡単には死なん」
ライが少し笑う。「なら、楽しめそうだ」
夜は、ゆっくり更けていく。
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その頃、影は宿の部屋にいた。だが眠れない。
影は立ち上がる。外へ出る。夜更けの空気は冷たい。静かな通り。影はしばらく夜風に当たっていた。
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その時、ふと風の流れが変わる。包まれるような感覚。
影が振り向く。猫女が立っていた。猫のような笑顔。
「気づいた?」
影は反射的に距離を取る。
猫女が笑う。「別に食べたりしないよ〜」少し近づく。「寝れないなら」少し色気を混ぜて言う。「一緒に寝る?」
影はすぐ答える。「断る」少しだけ動揺が混じる。
猫女が楽しそうに笑う。「ちゃんと男の子だねぇ〜」
「……何の用だ」
猫女が肩をすくめる。「別に?私も寝れないだけ〜」
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夜風が二人の間を通り過ぎる。
猫女が言う。「明日、双剣だよ」
影は答える。「知っている」
猫女が笑う。「強いよ?」
影は短く言う。「だろうな」
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猫女はしばらく影を見る。そしてくすっと笑う。「ほんと、面白い人」
猫女は屋根へ軽く飛び上がる。「じゃ、また明日ね」
夜の闇へ消えていった。
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影はしばらくその方向を見ていた。
妙な女だ。なぜ自分に絡んでくるのか分からない。何が目的なのかも。
ただ、少しだけ調子が狂う。影はそう感じた。
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影はしばらく空を見上げる。夜空には静かな月。風がゆっくり流れる。
影が小さく呟く。「明日の試合……」
少し間。
「俺が死ぬ……か」
影は小さく笑う。「……ふっ」「楽しみだ」
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夜は静かに更けていく。
そして明日。霧の剣士の試合が始まる。
第九章終~




