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人類の脅威であるアビスを殲滅するために、僕はアビス王と契約する~信用させて、キミを殺す~  作者: 夜月紅輝
第3章 嫉妬の罪、それは無理解の証

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第93話  嫉妬という感情、そして暴走のイノ#3

 ノアの咄嗟に魔力解放により、イノは無事に「嫉妬」の影響下から脱した。

 しかし同時に、その侵食症状を抑えるために体力を消費したのが、そのまま眠りにつく。

 そんな彼女を腕の中に抱えながら、ノアは一先ずの安堵を吐いた。


 先程のイノの症状は明らかに限界ギリギリと言った所だ。

 それこそ、イノが自身の魔力でギリギリまで抵抗していなければ手遅れだっただろう。

 とはいえ、まだその影響から完全に脱したわけではない。


「動力コアの再起動を実施。循環効率から最適魔力の確保。

 検証の結果、『嫉妬』の魔力を動力コアとして運用。

 これより、戦闘シークエンスの再開を実施――敵の殲滅を継続します」


「くっ、こっちは無理だったか!」


 ノアの魔力もとい「傲慢」の瘴気によって影響を受けていたのは人形も同じ。

 しかし、イノとは違いAIが合理的な選択を下した結果、「傲慢」の侵食は跳ねのけられたようだ。

 つまり、この先も人形は敵として存在し続ける。


「せめてイノだけでもどこか安全な場所に移したいけど――」


「第一目標、第二目標を共に確認。

 第二目標の沈黙、先ほどの戦闘データより第二目標がウィークポイントと認定。

 第二目標への攻撃を意識しつつ、第一目標の殲滅が最適解と判断」


「全く、高性能な知能してるな!」


 ノアが皮肉を吐いた直後、人形の左右の砲筒の照準がこちらに向く。

 そしてそこから何発もの魔力弾が一斉に発射された。

 それをノアは人形を旋回しながら容赦のない弾幕を躱す。


(なんか違和感のある攻撃パターンだな......)

 

 荒れ狂う魔力弾の嵐、周囲にいくつもの爆発と粉塵が起こる中で、ノアの脳裏に過った確かな疑問。

 そんな疑問を確かめるように魔力弾をよく見てみれば、若干高さが違うことがわかった。


 その軌道を予測してみると、丁度自分と抱えているイノが直撃する位置だ。

 つまり、先ほどの宣言通り、的確に搦め手で攻撃して来てるのがよくわかる。


「脚部に耐雷プロトコルを構築。身体に掛かる負荷及び損傷を再計算。

 身体範囲内での雷魔技の運用を開始――迅雷先光」


 瞬間、人形の足元にバチッと紫電が走ったかと思うと、その姿がノアの視界から消える。

 僅かに終えたのは移動した影のみで、存在を次に確認したの背後からの殺意だった。


「――っ!」


 横抱きしているイノを若干圧し潰しながらも、上半身を咄嗟に曲げて身を低くする。

 瞬間、ノアの頭上に人形の刃が通り抜け、移動が遅れた毛先が僅かに宙を舞う。


「離れろ!」


 イノを抱えていることで若干重心移動に手こずりながらも、ノアは咄嗟に背後に足を突き出す。

 しかし、人形を吹き飛ばすつもりで蹴った攻撃は、人形に砲筒の腕二本でガードされてしまった。


 それどころか先程薙ぎ払った刃とは別の刃を真っ直ぐ縦に振り下ろしてくる。

 腕四本相手に対する物理的アドバンテージと言えよう。


 加えて、今のノアはイノを抱えて両腕が制限されている。

 そんな状態で今のノアに出来るのは、精一杯攻撃を躱すことだけだ。


「くっ!」


 咄嗟に、ノアは軸足のつま先を反転しつつ、同時に体を人形に向かい合うようにねじる。

 そこから人形に触れている足で、体を後方へ押し出すように蹴った。


 それにより人形の重心が僅かに後方に傾き、同時に刃とノアの間に僅かに距離が出来る。

 そして振り下ろされた刃はノアに向かって真っすぐ振り下ろされ――股下をギリギリ通過した。


(男のシンボル、斬られるかと思った.....!)


 スレスレに通過する刃を見て、ノアは股間に感触を感じなかったことに恐怖と安堵を同時に感じる。

 思い返すはアストレアの妹・ユリハに蹴り上げられた想像を絶する痛み。


 とはいえ、あの時はまだ打撃攻撃だ。しかし、今回は斬撃攻撃。

 もはや当たっていたらどうなっていたことか......考えたくもない。

 そんな玉ヒュンの危機一髪を経験しながら、ノアはそのまま大きく距離を取る。


「先程の攻撃速度を再計算――修正完了。

 弱点を抱えている以上、こちらへの攻撃はほぼ皆無。

 最適ポイントへと誘導を開始」


 すると、体勢を立て直した人形が魔力弾を撃ちながら近づき、再び刃を振るってきた。

 しかも今度は、こちらに動きを予測させないようにやたらめったらに振ってくる。

 その攻撃に対し、ノアが出来るは後ろに後退することだけだ。


 ノアが距離を一歩下げれば、それに合わせ人形も距離を一歩詰めてくる。

 加えて、通過直後の床はどこもそこも斬り刻まれた跡が残った。

 そんな時間がジリジリと続けられる中、人形は次なる攻撃に移る。


「雷影潜行」


 瞬間、目の前の人形の体が左右に高速でブレ始める。

 また、そのブレた際に生じた影が左右にどんどん広がっていき、やがて八体の人形の残像がノアを取り囲んだ。


 その残像は一斉に刀を持つ両手を掲げ、砲筒の両手を正面に向ける。

 もはや絶対に殺すという意思が感じられる戦術に、さしものノアも顔を青ざめさせた。


 瞬時に、この場からの活路を模索するが、今のノアの出来るのは上へ跳躍して逃げることのみ。

 しかし、相手が高性能AIでこちらの行動を分析・学習しているのであれば、その行動は推測できるはず。


 むしろ、そちら側へ逃げることを誘導するようにこの攻撃に移ったと考えるべきだ。

 そこまで発想が至っているにも関わらず、自分が出来る行動は限られている屈辱。

 もはや自分は完全に後手だ。ならば、まずはそれを受け入れろ。


「刀雷乱舞」


 刹那、周囲を囲む人形が一斉に二本の刀、合計十六本の乱刀が振るわれる。

 もはやみじん切りにするかのような圧倒的殺意を、ノアは頭上に向かって跳躍して躱した。

 すると案の定、逃げた先に十六個もの砲筒が向けられ、直撃――なんてしてたまるか!


「特魔隊式格闘術・脚式――白震」


 その瞬間、ノアは一瞬にして天井まで跳躍後、放たれた弾幕が迫るよりも早く天井を蹴って落下。

 その勢いを真っ直ぐ地面に伝え、それによって発生する地震により人形の体勢を崩した。

 

 ノアが着地した周辺から地割れが少しずつ広がっていき、やがて周囲の人形の足場を崩す。

 それによって、周囲の人形の影が一斉に霧散し、その衝撃に刀を突き刺して耐えるたった一体の人形が露わになった。


「兎火蹴り!」


 そこに向かってノアは一気に近づくと、右足を思いっきり振り回した。

 その右足は空気との摩擦により発火し、炎の脚部が人形の胴体を穿つ。

 一発の衝撃、それが人形の体をくの字に変え――、


「――っ!?」


 体勢を崩してからの攻撃、それは確かに人形の隙を作った。

 そしてそこからの追撃は相手が通常の人であれば、避けようのない攻撃だっただろう。


 しかし、今のノアが相手にしているのは腕が四本の人形。

 つまり、体を支える刀とは別に、砲筒のあるの二本腕がクロスガードでノアの攻撃を防いだのだ。


「想定外の反撃。しかし、許容の範囲内です。

 相手の体勢の揺らぎを確認。このまま反撃に移ります」


「くっ!」


 砲筒の腕に弾かれ、ノアの体が後ろに向かって弾かれた。

 それによってノアが後退した直後を狙って、今度は人形の方から距離を詰めてくる。


 この流れ、先ほどと完全に同じだ。

 となれば、再び周囲を囲まれて逃げ場を潰されるだろう。

 ただし、次に囲まれれば、先ほどの攻撃に対する想定をしてくる。


 自分がしたあの攻撃、もはや一瞬の閃きとも言えるもので二度も使えるものじゃない。

 ましてや、自分が思いつく限りの対処法はあれしかなかった。

 要するに、何にしても二度目はないということ。


「近づかれる前に、なんとしても距離を取らないと――ぉ!?」


 一気に後方へ下がり、再び下がろうとした瞬間、視界が突然上を向いた。

 視線は動かしていない。足が斬られた? いや、違う。

 今、一瞬かかとに何かがぶつかった感触があった。

 まさか、この状況で躓いた!? 嘘だろ!?


「目標の体勢が崩れるのを確認。このまま終幕を下ろします」


 ノアの視界が人形を追えば、そこには両手の刀を掲げる人形の姿があった。

 その構えは、明らかに自分とイノをいっぺんに斬り刻むものだ。


 咄嗟に距離を取りたいが、イノを抱えているため体勢を変えられず、足も躓いたばかりで踏み込めない。

 つまり、確定で攻撃が当たるということだ。


「まず――」


 「い」と最後の言葉を吐こうとした瞬間、一つのがなり声が響いた。


「姉ちゃんを傷つけんなァ!」


 ガコンッと人形の頭が、フルスイングされた金属製の釘バットでぶん殴られる。

 頭の装甲の一部が剥がれたのか、その一部がノアの視界の中で舞い、それを遮るように小柄な背中が遮る。


 そんな光景を視界に収めながら、ノアはそのまま尻もちをつく。

 そしてその小柄な振り返ると、眉間にしわを寄せた物騒な瞳がノアを睨み、


「おい、テメェ......姉ちゃんは無事なんだろうな?」


 そう言って、シシマルが釘バットを肩に担いだ。

 姉を映すその瞳には、確かな憂慮が込められていた。


*****


 イノが生まれた家庭は、特にこれといって特筆すべきことのない一般家庭だ。

 未熟児として生まれたイノは、幼少期こそ体の弱さを家族や祖父母から心配されていた。


 しかし、その心配も跳ねのけすくすくと育ち、周りより身長こそ低かったものの、何事にも元気に取り組む元気な少女に育っていく。


「こら、シシマル! また片付けてない!」


「いいじゃんよ、それぐらい。

 気づいたんだったら姉ちゃんがやってくれよ」


 そんなイノには四歳下にヤンチャな弟がいた。加えて、小生意気。

 弟が生まれ、姉としての自覚が芽生えたイノは何かと世話を焼くが、なんだかんだで弟に逃げられる。


「シシマル! 危ないから木から降りてきなさい!」


「へへ~ん、登れないからって下ろそうだなんてそうはいかないぞ」


「にゃろ~、お姉ちゃんを舐めるな!」


 もはや何をしでかすかわかったもんじゃない弟のお目付け役を自ら買って出て、その割には弟に煽られては負けん気で張り合っていく。

 

 そんな微笑ましい光景は、それこそ近所でも評判な仲良し姉弟として有名になった。

 もっとも、当の本人達はそんなことを露知らず、毎日泥棒と警察のように逃げて追いかけを繰り返しているだけだったが。


 そんなイノにも小学校に上がる前に魔力測定試験の日がやってきた。

 子供が六歳になると全国的に行われる魔力保有者か否かを調べる試験であり、特魔隊への入隊は任意であるが、魔力保有状態で断った場合には魔力を封じる特殊な道具を身に着けることになる。


 そしてイノは魔力所有者でありながらも、家族のことを考え入隊を断った。

 ましてや、今やシシマルだけで手一杯なのだ。


 あんな生意気な弟を一体「お姉ちゃん」である自分以外、誰が制御できるというのか。

 いくら成長しても手のかかる弟だからこそ、「お姉ちゃん」がいないといけない。


「こら、男子! そんなところでプロレスすんな! 邪魔!」


「別にプロレスじゃねぇし。てか、どこで何してようがこっちの勝手だろ」


「そうだそうだ! 邪魔って言うなら、どう邪魔か言ってみろ!」


「うるさい! 迷惑がってるのは周りにもいるの! やるなら受けて立つ!」


 そんなシシマルとの日々が災いというべきか、性格に影響したというべきか。

 小学校に上がった頃には、すっかり「お姉ちゃん」気質が全面に出るようになっていた。


 それこそ、周りが困っているなら持ち前の負けん気で堂々と前に立つ姿勢。

 弟のために「お姉ちゃん」を遂行した結果、もはや完全な委員長として確立していた。


 周りが困っているなら正義感で前に立ったり、自ら率先して手伝ったり。

 たとえそれが自分のキャパを明らかに超えていようとも、自分は「お姉ちゃん」だから。


「母さん、これ欲しい! 買って買って!」


「シシマル、カートに入れてから交渉するな。ハァ、それだけだからね。

 イノも何か一つお菓子買ってもいいわよ」


「なんで姉ちゃんには文句言わないんだよ!」


「イノはいつもあんたみたいなじゃじゃ馬を相手にしてるからでしょ。

 それにイノは『お姉ちゃん』だからって何でもかんでも我慢しようとするし。

 いつも我慢させてる分、甘やかしてあげないとダメでしょ。ほら、イノ何か入れていいわよ」


「ううん、私はいいかな。特に、欲しいものないし」


「本当にいいの......?」


「うん、大丈夫」


 そんなイノの回答に、母親も困惑した表情を見せた。

 親としては聞き分けのいい子は手がかからない。

 ましてや、ヤンチャな弟の世話を昔から引き受けてくれるのだ。


 しかし、それはそれとして親としては心配になる部分でもある。

 なぜなら、それはあまりにも他人軸の生き方をしているように見えるからだ。

 特に、今は弟で親である自分もいるからいいもの、これが将来的にどう成長するか。


 尽くすタイプと言えば聞こえはいいが、それだけで都合よく利用されて終わりだ。

 母親としてはイノの性格は良くも悪くも悩ましく、かといってこれといった解決策が見つからない難題でもあった。


「なら、俺は姉ちゃんの分をもう一個買うね」


「じゃあ、代わりにさっきの棚に戻しておくわね」


「ケチー!」


 そんなイノの誰かに尽くす生き方。

 そんな内情の裏に隠された抑圧された感情というのを、母親は敏感に感じ取っていた。


 だからこそ、父親と一緒にイノに積極的に話しかけては、その感情を少しでも吐き出させようと努めるが、イノ自身が決めた自分の在り方を覆すには至らず。

 それどころか――、


「私は『お姉ちゃん』だから大丈夫!」


 そう、「お姉ちゃん」という言葉を繰り返すようになったのだ。

 一人称だって前までは自分の名前を呼んでいたのに、いつの間にか「私」だ。

 理由を聞けば、「子供っぽいから」という理由。


 確かに、女の子は男の子より精神の成熟が少し早い――いわゆる、「ませる」という状態になる。

 そういう意味でも、イノが子供っぽいという理由で一人称を変えたのも納得だ。


 でも、親だからこそ自分の子供のことはよくわかる。

 それがただの「ませた」だけの結果ではないことぐらい。

 そしてそんな悩みの日々は続き――最悪な形で解決へと繋がることになった。


 それはイノが十一歳、シシマルが七歳の頃だ。

 二人が暮らす小さな街にアビスゲートが発生したのだ。

 発生したゲートは一つ、しかしそのゲートの大きさが巨大であった。


 ゲートの大きさは瘴気の濃さ――魔力濃度に影響するため、それが大きければ大きいほど脅威度の高いアビスがそこから出現するとされている。

 故に、そのゲートを閉じるには十分な戦力が必要だ。


 しかし当時は、「傲慢」のアビス王が引き起こした「鏖殺の傲慢戦」の三年後。

 特魔隊が被った影響は色濃く残っており、すぐに送り出せるのはせいぜいB級の隊員かたまたま被害を逃れた数少ない影響の隊員のみだ。


 結果、その小さな街はあっという間に多くのアビスによって蹂躙された。

 それはイノとシシマルも例外ではなく、家族四人で逃げる中で瓦礫が崩れ母親が足を負傷、その救助に当たっている最中に一体のアビスと対面する。


「イノ、シシマルを連れて逃げろ! ここはパパが時間を稼ぐ!」


「でも、私達だけじゃ!」


「イノは『お姉ちゃんだ』! だから、出来るはずだ!」


「――っ!」


「姉ちゃん......」


 当時十一歳に突きつけられた究極の二択。

 イノの目の前には三メートルのアビスと引け越しで睨み合う父親。

 そして隣には、いつもヤンチャな弟が震えながら怯えている。


 今の自分に力こそあるが、それが通じるのはせいぜい一般人だ。

 ましてや、今や封じられているので結局一般人と変わりない。

 つまり、出来るのは逃げることのみ。


「どうして......」


 どうしてこうなってしまうのか、ただ普通の日常を送っていただけなのに。

 そんな気持ちが含んだ言葉が、脳内で響き渡る。


 今までの記憶にあった楽しい日々が、次々と焼き焦げていき消失していく。

 するとどうか、今度はその失われていく日常に対しての「羨望」が強くなるではないか。


「イノ!」


「――ぃ!」


 突きつけられた選択肢。しかし、はなから選択の余地などなかった。

 父親の言葉に触発され、イノはシシマルを引きつれてこの場を去る。

 シシマルが必死に「パパが! ママが!」と叫ぶが、それを無視しながら。


 それから一体どこまで走っただろか。

 とにかく逃げることに必死で、どこまでやってきたかどこに向かっているのか全然わからない。

 しかし気が付けば、周りにも同じように避難している人達がいた。


「家族.....」


 たまたま見かけたのは、小さな女の子を抱えて走る若い男女の夫婦。

 それこそ年齢で言えば、自分の両親より五歳ぐらい若いだろうか。

 いや、そんなことはどうでもいい。あっちには両親がいる。

 先程自分が涙も堪えて振り返らずに走ったパパとママが。


 なのに、抱えられてる女の子は当たり前のように泣きじゃくって。

 なんで、なんで自分は両親を失って、あっちはいて。

 なんで、自分が涙を堪えて必死に逃げているのに、あっちは泣いても抱えられて逃げられて。


「ズルい......」


「.......姉ちゃん?」


 シシマルからの心配をよそに、イノの綺麗で純粋な橙の瞳がジュンと薄く濁る。

 まるで透明な水に一滴の墨汁を垂らしたように、たった少しの不純が思考を汚した。


 そしてそれは壁に開けた小さな穴のようなもので、その先には堰き止められていた大量の感情がある。

 時間経過でその穴は少しずつ広がっていき、やがて崩壊した。


「なんで......ズルい、ズルいズルいズルい。

 私は......わたしはパパとママも失ったのに、あの子の両親は生きている。

 どうして? どうしてわたし達ばっかりそんな気持ちにならないといけないの?」


「姉ちゃん? 」


「泣いてれば、誰かに助けてもらえる?

 わたしは『お姉ちゃん』だから頑張ってきたのにそれは間違いだったって言うの?

 やだ、やだやだ、そんなのやだ。わたしは、イノは間違ったことしてないもん」


「姉ちゃんってば!」


「イノはただ皆のためを思って、でもそれじゃなんでパパとママはいないの?

 神様は頑張ってる子を見てくれるんじゃなかったの? イノは頑張ったよ?

 なのに、イノからパパもママも、イノの友達も奪うの?

 ズルいズルいズルい、皆ばっかりズルい! イノも頑張ってたのに!」


「姉ちゃん、落ち着いてってば――ぁ」


 その場に立ち止まり、頭を抱えながら黒く濁り始めた瞳を虚ろにして口走るイノ。

 そのあまりに異常な状態に、さしものシシマルも異変を察知し止めようと声をかけ続けた。

 しかし、その言葉は一切届かない。


 それどころか、どこもそこも燃えている被害現場の中で立ち往生して独り言など自殺行為。

 そしてそんな自殺志願者を迎えに、冥府の使者はやってくるのだ。


「姉ちゃん、姉ちゃんてば! 来てる! 目の前に、化け物が!」


「ばけ......もの.....?」


 シシマルの言葉がようやく通じたかと思えば、イノの黒々とした瞳は目の前の使者に向く。

 その次に、シシマルの方をチラッと見れば、


「そうか......今度はシシマルを奪いに来たか」


『魔力の異常上昇を検知。沈静化のため麻酔を投与――』


「うるさい!」


 手首に巻かれた機械から流れる自動音声に腹を立て、それを無理やり引き千切る。

 それから視線をゆっくり使者に向ければ、小さな拳を強く握り、


「あのね、大切な人が消えるって寂しいんだよ、悲しいんだよ。

 でね、自分には持ってないものを見ると、とっても羨ましくて恨めしくて妬ましくてズルいって思っちゃうの」


 そう言って上半身を左右にグラリグラリと揺らすと、そのまま一歩ずつ歩いていく。


「でも、皆一緒ならもう悲しむことも無いよね!」


 そう言って、イノは地面を割る勢いで走り出した。

読んでくださりありがとうございます(*^_^*)


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