第90話 前哨戦、そして敵の魔窟#4
「クソ、どこに行っても同じような景色しかねぇな」
ノアがシシマルと合流してからしばらく。
二人は薄暗い廊下を彷徨って移動していた。
見渡す限りのボロボロの廊下が続き、似たような景色が続くばかり。
まるで樹海にでも迷い込んだよう光景に、シシマルの苦言を吐く気持ちもわかる。
ましてや、彼は先程までずっと姉の安否を心配していたのだ。
無事だとわかった今でも、会いたいという気持ちには変わりはないはず。
「おい、テメェのオペレーターを通じて案内とかできないのかよ?」
「そうしたいところも山々なんだけどね。
今も尚マッピングを作成中らしいんだ。
なんでも、いつまで歩いても建物の端に辿り着かないらしくて」
「あ? さっきから何度も曲がり角を曲がってるだろ?」
シシマルの疑問はもっともで、ノア達は先程から何度も曲がり角に出ている。
しかし、それを曲がり続けても建物を一周するということは無く、今でも新規の道が開拓され続けているのだ。
そのせいで先程からオルぺナのマップ製作がいつまで経っても完成しない。
それこそ、行き止まりにでも出てくれたらありがたいのだが、それすらもないから困る。
「そうなんだけどね。だから、合流しようにも全然わからなくて。
加えて、位置情報もあるけど、動いてないらしいんだ」
「ってこたぁ、テメェに会ったのは本当にただの偶然かよ」
「そうみたいだね。
ルカラさんが何か知ってそうだったから、会えれば説明もつくんだろうけど」
そのためには、ルカラと合流しないといけないわけで。
しかし、合流するためには今の道を解明しないといけないわけで。
そんな二つの難題が堂々巡りし、ノア達は変わらず彷徨い続ける。
加えて、問題はそれだけではなく――
「チッ、またか!」
ノア達が歩く一本道の廊下、そこの両脇にある部屋から次々と殉教者が現れる。
誰しもが殺意マシマシに武器を掲げ、細い道を一斉に突撃してくるのだ。
この戦闘も一体何度目だろうか。
最初に殺したノアの人殺しの感覚も次第に薄れてきた。
もはや強制的な殺しをさせられていると言っても過言ではないかもしれない。
「火槍」
「土の咢」
「剣の雨」
加えて、出会う敵の強さも少しずつだが上がってきている気がする。
最初は奇襲攻撃だけであり、次は集団で近接攻撃、今に至っては魔技まで使用してくる。
それも狭い通路で何人もの殉教者は、頭上に掲げた手から炎で構成された槍と、雷で構成された剣を手を振り下ろして投げ飛ばしてくるのだ。
また、その攻撃に合わせて、ノア達の両脇の壁からいくつもの土の針が出現する。
絶妙なタイミングであり、どちらに意識を向けても同時に捌くことは難しい。
もっとも、それはノアが一人の場合であればの話だが。
「しゃらくせぇ! おい、テメェは前のを何とかしろ!」
「了解!」
両脇から迫りくるまるで巨大なサメの牙に対し、シシマルはバットを振り回しながら指示を出す。
その指示にノアが頷くと、その場から一気に走り出しながら、両手を前方に向けて――引き金を引いた。
ノンリロードだから出来る無限撃ちを繰り返し、放たれる弾丸で槍と剣を迎撃。
空中でいくつもの爆発が起き、周囲に粉塵が舞う中をノアは構わず突撃する。
そして相手の懐に潜り込むと、我流ガン=カタでもって周囲の殉教者を圧倒した。
もちろん、その相手にもかける情けを捨て、絶命の引き金を引く。
残しておくとロクなことにならないから。
ましてや、相手はアビスを崇める人達だ。
人類の敵となりえる邪教徒を野放しにはしておけない。
「そらよォ!」
気持ちいいほどのフルスイングをかまし、土の針で串刺しにしてきた壁から脱出したシシマルが最後の殉教者を吹き飛ばす。
その殉教者がダンッと壁に叩きつけられ、床まで滑り落ちたところでこの場での戦闘は終了した。
「ハァ、一体いつまで彷徨い続ければいいんだ」
「そうだね。そろそろ進展が欲しいところだけど――」
「......い」
「ん? 何か聞こえたぞ?」
その時、シシマルの耳がピクッと動く。
そんな彼の向いた視線を追ってノアも視線を向けた。
すると、一本道の向こう側から誰かが走ってくるではないか。
十メートル先も見えない暗闇の中、チョーカーの光のみがこの場を照らす。
前方からも似たような光を灯しながら、ゆらゆらと光が近づいてきた。
そんな光がノアの領域に足を踏み入れたのは、片手に巨大なハンマーを担ぎ、もう片方の手で大きく手を振るつなぎを着た赤い髪の女性――ルカラであった。
「ひぃ~、やっと誰かに会えたぜ。めっちゃ心細かったわ~」
そう弱音を吐き、ルカラは担いでいたハンマーをドスンと下ろす。
それから両手に膝をついて深呼吸を繰り返していると、そんな彼女にシシマルが声をかけた。
「ルカラさんじゃないすか。一人すか?」
「一人だよ、悲しいことにね。そっちは少年二人か。
両手に華......ではないが、それでもいないよりはマシだな。
ったく、面倒なことになってるよな。迷宮化なんて」
「迷宮化......?」
呼吸を整え終わり、姿勢を元に戻すルカラがそんなことを呟いた。
まるで現状がどうなっているか知っているような口ぶりに、ノアが首を傾げる。
すると、ルカラが「あぁ」と頷き、その名称の説明をしてくれた。
「今この屋敷は昔の秘術によって迷宮化している。
正式名は確か......『大迷宮構築』だったかな。
ともかく、簡単に言えば、今アタイ達がいる場所は異空間なんだ」
「異空間? ってこたぁ、さっきから歩いても歩いても道が続いてんのは――」
「そう、それが迷宮である証。
もはやこの場をただの屋敷とは思わない方がいいよ。
にしても、アタイも古い文献でしかしらないけど、それを知ってる奴がいたのか。
ましてや、現代で古代の秘術を再現できるとか......並みの人間じゃねぇな」
技術専門のルカラがそこまで評価する人物となれば、相手も同じ技術屋なのか。
いや、もっと言えば、研究職に携わっていた人間かもしれない。
「出来るとすれば、元身内とかな」
最後の果てに辿り着いたノアの考えを、ルカラが代わりに呟いた。
そんな彼女の言葉に対し、渋い反応を見せたのはシシマルだ。
「おいおい、それじゃ俺達の組織に裏切り者がいるって話か? 冗談じゃねぇぞ」
「あくまで憶測だよ。だけど、この秘術は普通じゃ知ることは出来ないはずだし、確率の高い憶測ってだけの話だ。それに、無い話じゃないんだぜ?」
「まさか、過去にいたってことですか?」
「アタイが聞く限りだとな。だが、考えられない話じゃないだろ?
殉教者の中には、一見まともな奴もいる。
そんな奴が隊員のフリをしていたとしても、魔力の有無じゃ見分けはつかねぇ。
ましてや、変装系の魔技だったら尚更な」
確かに、考えられない話ではない。
ましてや、殉教者が隊員のフリして潜入など、ある意味自分だ。
もちろん、立場も思想も隊員で間違いないが、自分の魔力は敵の魔力。
そういう意味では、そのフリをした殉教者と自分はほとんど違わない。
もっとも、そう思うだけで、全く持って認めたくないが。
「ともかく、現状のアタイ達が囚われてる状況ってのはそういうことだ」
「んで、その迷宮化ってのを止めるか、脱出する方法はあるんすか?」
「あるよ。迷宮化は密室ではなりえない。あくまで空間の拡張だからね。
ま、出口がなんらか別ので塞がれてるって可能性はあるけど、それぐらい。
あとは、この中のどこかにある大迷宮核の破壊」
「どっちにしろ、もうしばらくここら辺を彷徨わなければいけないってことですね」
「そういうこった。あるいは、あちら側からのご招待があるかもな」
「それはどういう意味――」
―――キィーーーッ!
その時、耳をつんざくような音ともに、足ともが眩く輝き出した。
そう、その光はノアが転移する時にも見た謎の光。
しかし、今回はすぐには発動しないようで、しばらく光が続く。
「これは.....?」
「これも秘術の一つで、魔技の発動の元となる魔法陣だ。
昔はこんな魔法陣を利用して色々な魔技を発動させていたらしい。
今では使える奴なんて限られてんだが......やっぱり魔法陣といい、迷宮化といい随分と昔のことに詳しいな」
「おい、これ移動しても追いかけてくるぞ!?」
ルカラの説明の最中、シシマルが大きく退くように跳んだ。
それは自身の足元にある魔法陣から逃れようとする行動であり、しかし結果は失敗。
まるでシシマルを中心として発動してるように魔法陣が追いかけていったのだ。
「なるほど、アタイ達の位置情報は特定されてる感じか。
どうやら、相手方はどうにかして分断して各個撃破したいみたいだな。
なら、ここは大人しく受け入れるしかないな」
「え、受け入れちゃうんですか?」
「現状、この魔法陣をどうにかできる手段もないしな。
それに死ぬわけでもないんだ。だったら、また誰かと会えるように彷徨うだけ」
ノアの疑問に対し、ルカラはあまりにもサッパリした回答を返す。
しかし言われてみれば、その通りだ。
逃れることが不可能なら受け入れるしかない。
せっかく仲間と合流できたのに、また集め直しになるのか。
「お、そろそろだな。それじゃ、またどっかで会えたらいいな」
そんなルカラの言葉を最後に、ノアの視界は真っ白の光に包まれる。
眩い光に目を焼かれ、視界が回復した頃にはまたしても廊下に自分一人。
そして案の定、一人でポツンと立たされていた。
「定期的に転移させられるとなると、次の発動までにどうにかしてその核とやらを見つけて破壊しないと」
再び分断されたのはショックだが、ルカラと会えたことで行動方針が出来た。
故に、今度のノアは迷わず核を見つけるためにその場を走り出した。
―――十数分後
「誰にも出会わないし、敵が多いな!」
彷徨った挙句、出会うのは待ち伏せする敵・敵・敵ばかり。
まるでハチの巣に迷い込んだように、どこからともなく敵が合わられるのだ。
もはや突いてすらいないのにここまで現れたらたまったものじゃない。
しかし、相手が殺す気である以上、戦わなければ死ぬのはこちらだ。
だから、殺すしかない。出来れば殺したくないけど、言い訳もしてる暇もない。
なんだかここに来て異様に命の価値が軽くなっているのを感じる。
そんな戦闘が数分と続き、見渡す限りに死体の山が続く。
昔の言葉に「一人殺したら殺人、数千を殺したら英雄」的な言葉を聞いたことがあるが、ノアからすれば一人殺そうが、数千を殺そうが殺人は殺人だ。
だからこそ、先ほどまで人であった肉塊がゴロゴロと転がってる景色を見ると、なんだか気分が悪くなってくる。
「それに、ずっと暗いってのも精神衛生上良くないな.....」
視線を床から進行方向に向ければ、数メートル先は暗い世界が広がっている。
たとえ自分は一人になろうとも、なぜかオルぺナとは通信が生きているが、他の人達はそうではないと聞く。
となれば、一人でこんな暗闇に取り残されたら心細いことこの上ないだろう。
ましてや、死角から自分を殺そうと敵が容赦なく襲ってくるんだから。
「そうじゃなくても、ルカラさんから聞いた情報を伝達したいし.....とにかく、誰かに会わないと――ん?」
その時、遠くの道から光が高速で迫ってくるのを確認した。
となれば、味方の可能性が高い以上、今すぐ走り出して向かいたいところだ。
しかし、ノアはその気持ちをグッと堪え、観察に意識を向ける。
(慎重に動こう......先程それで騙されたばかりだし)
ノアが心で呟く通り、先程ノアは光を見つけて安易に近づき、不意打ちを受けた。
いや、正確には光を見つけ、オルぺナから敵反応報告も受けていたので、急いで援護に向かったのだ。
するとそこには懐中電灯をもって待ち伏せする殉教者がいただけという話。
その時のガッカリ感だったり、ショック感だったりなんと言えばいいのか。
ともかく、そういう経験をしたばかりなので、警戒することに越したことはない。
「むむっ? このニオイは――!?」
ノアが目を凝らして前方を見つめると、目の前の光がものすごい勢いで迫ってきた。
加えて、全身からバチッと紫電を走らせ、まさに雷光の如く近づいて来て――
「猪突ぅ~猛し~ん!」
「うぐっ!?」
一瞬見覚えのある小柄な姿を認識した直後、その姿は消えた。
同時に、衝撃が腹部から背中を貫通するように移動する。
咄嗟にお腹に手を回せば、そこには柔らかい髪を感じた。
「あっぶな!」
思いっきり突撃され、ノアの重心が後ろへ傾いていく。
だからこそ、ノアはその場で後ろに足を伸ばし、同時に体を捻った。
正面からの衝撃を受け流すように、横への回転力に変換するようにクルクルと回り始める。
「わああああああ!?」
それにより、ノアは体が転ぶよりも早く、遠心力で軸が安定し転倒を防いだ。
それから少しの間、スケートのように回転を繰り返し、勢いが弱まり始めた所で――、
「うっ、目が回る......」
ピタッと止まることは叶わず、少し千鳥足になりながら壁に手を付ける。
その内側では小柄なブロンド髪の少女――イノが等身大の人形にくっつくように抱き着いていた。
「えーっと、大丈夫?」
「う、う~ん......少し目がグルグルするぅ~......でも、楽しかった!」
「そ、それはなにより......」
優しく声をかけるノアに対し、イノが元気よく片手を上げながらそんな返答をする。
相変わらずとても年上には見えない言動だが、深く捉えずスルーした。
こういうタイプも十分にありえるだろう。人間、十人十色なのだから。
それよりも――、
「さっき一人で走ってきたけど、もしかしてイノは今一人?」
「うん、そうだよ!
さっきまでラダ姉とザブローおじさんと一緒にいたんだけど、また足元ピカーッて。
ノアちゃんもイノと同じ感じ? あ、シシマル見てない?」
「そうだね。僕もイノと同じでまた飛ばされちゃった。たぶん他の皆も同じ。
それと、飛ばされる前までシシマル君とルカラさんには会ったよ。
とりあえず、その時までは無事だったことは保証できるかな」
「そっかぁ、良かった~。
シシマル、またイノのことでノアちゃんに迷惑かけてない?」
「うん、大丈夫だよ」
本当は救援直後に殴られたのだが、それはノアの心にしまっておくことにした。
わざわざ姉弟の絆に亀裂を入れる要因を言う必要もないだろう。
ともかく、これでノア的にも一人ではなくなり、心強いことこの上ない。
「そうだ、イノ。さっきルカラさんに出会ったことで、この異空間からの脱出方法がわかったよ」
「本当!? それはどうやって?」
「実は――」
そして、ノアはルカラ聞いた情報をイノに伝えた。
その言葉に、イノが「なるほど」と鷹揚に頷くと、
「それじゃ、これからその『だんじょんコア』? というのを見つければいいんだね!
それなら、さっき気になる場所見つけたよ! 」
「本当!?」
「うん、こっちこっち~!」
そう元気よく返事をすると、イノはノアの手を引いて元気に走り出した。
まるで子供に外出をせがまれている父親のような気分になりながら走ること数分。
まず最初に辿り着いたのは一つの大きな両開きのドアの前だ。
「ここがそうなの?」
「ううん、ここの中」
そう言ってイノが両開きのドアを開けた瞬間、すぐさま視界に入ったのは床に伏す大量の殉教者。
パッと見ただけで十人ぐらいがいて、その誰もがピクリとも動く気配がない。
咄嗟にオルぺナに生体反応を調べてもらうものの、どうやら一つもないようだ。
「これ......イノがやったの?」
「ううん、イノがここを除いた時にはもうこうなってた。
ここに来るまでの道中で倒したのは全部イノだけど、ここは違う」
「ということは、殉教者同士の潰し合い?
いや、だとしたら、何のために......もしくは予期せぬことが起こったとか?」
目の前の凄惨な光景を見て、ノアは思わずぶつぶつと呟きながら考察を始める。
もっとも、殉教者の目的がハッキリしてないので、その考察も捗らないが。
そんなことをしている一方で、イノは一人部屋の左側の本棚をジロジロ眺めていた。
その姿に気付いたノアが「どうしたの?」声をかけると、
「う~んとね、イノが見た時にはここに入り口があったんだ。
でも、今見るとどこにも無くて.....でも、微かに風の通り道を感じるの。
だから、なんだか不思議だな~って思って」
「なるほど.......」
その言葉を聞き、ノアはイノと一緒に本棚をじーっと眺め始める。
それからなんとなく一つの赤い本が気になり、その背表紙を指に引っかけ――手前に引いた。
しかし、その本は傾くが途中で止まり引き抜けない。
その代わり、本の奥からカチッと音が鳴り、直後には本棚ごと横にスライドし始めた。
それによって現れたのは、地下に続く階段がある入り口だ。
瞬間、イノが小友のようにパァッと表情を明るくなる。
「すごーい! どうしてわかったの!?」
「まぁ、イノの言葉からなんとなく隠し扉があるんだろうなって思ったのと、俺は昔からこういった直観がよく働くんだよ。
なんとなく良い方がわかるというか、そんな感じなのが」
「すごー! それじゃ、お祭りにあるクジ引きも百発百中だね!」
「あれ、割と当たり入ってないから」
「そうなの!?」
そんな日常会話をしながら、ノアとイノは一緒に謎の地下階段を下っていく。
*****
同時刻、暗い通路の中を一人駆けまわっているのはシシマルだ。
頭にある耳をピクピクと反応させたり、周囲のニオイをクンクンと嗅ぎながら周囲をキョロキョロ。
忙しなく頭も体も動かし、少し止まってはすぐに移動する。
その姿はまるで何か嫌な予感がすることを察していて、その原因を探し回る人のようだ。
いや、実際その通りかもしれない。なぜなら――、
「チッ、姉ちゃんが見つかんねぇ。
ここが『嫉妬』の吹き溜まりだとすれば、長居は不味い。
これ以上いると――狂っちまう」
焦りながらその言葉を呟き、シシマルは再び走り出した。
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