第89話 前哨戦、そして敵の魔窟#3
突然の足元からの光、目を閉じたくなる光量に襲われるノア。
そして気が付けば、周りは薄暗いどこかの場所であった。
何が起こったかわからない。しかし、少なくとも嵌められたことは確か。
「何も見えない......」
少しでも光源を探して周囲を見渡してみるが、何一つ光が無い。
さながら暗闇の牢獄に囚われたような気分で、少し心地悪い。
しかし、幸いにも光を生み出す対処法はある。
ノアは首元にあるチョーカーに触れると、そこにある一つの突起をカチッと押した。
瞬間、チョーカーから三百六十度に向けて光が放たれ、周囲を照らす。
相当光量が強いのか半径七メートル辺りまでハッキリ見えるようになった。
『ノアさん、大丈夫ですか!?』
直後、脳内に響いてきたのは、自分の行動を監視しているオルぺナだ。
そんな彼女が慌てて声をかけてきて、心配の声を寄せる。
ということは、やはり相当なことが起きたらしい。
「うん、僕は大丈夫。ただ、今いる場所がどこはわからない。
感覚的にどこかへ強制移動させられたって感じだけど、まさか屋敷から別の場所へ?」
『いえ、位置座標的には変わらず屋敷の内部です。
ただ一瞬、ノアさんの存在が消失したので、めっちゃ焦りました。
そっちの状況ってどうなっていますか?』
「そうだね......」
オルぺナから質問され、ノアは改めて光に照らされた周囲を見る。
すぐに分かったのは、今いる場所がどこかの廊下であること。
見える範囲に部屋らしきものはなく、ただ一本道が続いている。
周囲は天井、壁、床に至るまで全てがボロボロであり、長年手入れされていない調度品は埃を被っている。
加えて、壁にはよくわからない絵画が左右に不等間隔で並んでおり、その絵画も暗い内容であるために、余計に今の雰囲気を煽っている感覚があった。
そしてそれらを説明すると――、
『なるほど、精神的干渉を受けた様子はないですね』
「そういうのもわかるの?」
『はぁい、ノアさんのチョーカーから脈拍を測ればわかりますね。
極たまにいるんですよ。私達の声を聞きつつも、幻覚に囚われてるみたいな感じの方が。
言うなれば、私達の言葉が幻聴と勘違いしちゃうみたいで』
「なるほど」
『建物の構造をマッピングるために、少し周囲を探索してもらっていいですか?』
「わかった」
というわけで、ノアは周囲を観察しながら、薄暗い廊下を歩き始める。
警戒して周囲を見渡すが、これといって何かあるわけではない。
ハッキリ言ってノアはこういう薄暗い雰囲気が苦手だ。
まず視界が悪いというのもそうだが、単純にお化けとかが苦手なのだ。
なぜなら、お化けは物理とか聞かないのが相場であるから。
対抗手段がない相手というのが、正直一番厄介である。
だからこそ、こういう場所にはあまり踏み入りたくないのだが、
「強制的に連れてこられた場合はどうしようもないな......あっ!」
その時、ノアは前方に一つのドアを見つける。
そこまですぐに近づくと、部屋の中に入り、内部を確認――
「――っ!」
ドアを開いた直後、まるで待ち伏せしていたように右側から黒装束が現れた。
片手にはナイフを、それを逆手に持ってノアの頭目掛けて鋭く振り下ろしてくる。
対して、ノアはその手首に、自身の右手首を引っかけ攻撃を防いだ。
同時に、その黒装束を足蹴りして距離を作りつつ、
『ノアさん、背後にも敵反応あります!』
オルぺナの指示により、ノアはノールックで左手を反対側へ向けた。
それから、すぐに引き金を引き、ドアの後ろに潜んでいるであろう相手をドアごとぶち抜く。
そして視線の先にいる尻もちを着いた相手の腕と足を狙った。
「動くな」
二発の弾丸を放ち、掠らせる。
鋭く穿たれた二発の弾丸が、対象の肉を回転速度で抉り、地面に深々と刺さった。
それによって、黒装束の人間は動けなくなり、その相手にノアは素早く近づく。
「んがっ!?」
素早く銃を手放した左手を相手の口に突っ込み、奥歯辺りを探った。
しかし、どうやら仕込み毒の類はないようだ。
それがわかると、口から手を引き抜き、改めて尋問を始めることにする。
「ここはどこだ?」
「げほっ、ごほっ......質問する前に自害対策かよ。手慣れすぎだろ」
「悪いね、苦しませて。でも、先に手を出してきたのはそっちだから」
黒装束から聞こえてきた声は男のものだ。
その男の苦言に対しても、ノアは声だけ温和であるが、表情が極寒のように冷たかった。
特に男を見つめる宝石のように透き通る赤い瞳が、感情の無い瞳を宿している。
言葉の刃とともに、物理的にも銃口を向けるノア。
そんな二つの脅しに対し、喉を引きつらせるように男は「くっ」と息を漏らす。
それから、ゆっくりと大きく息を吐くと、
「......何が聞きたい?」
「答えてくれるんだね。ありがたいよ」
「あんたは素直に応じれば、生かしてくれそうな気がワンチャンした。
俺も生き死にを決められるなら、やっぱ死にたくはねぇ」
「こっちは殺そうとしてるくせに?」
「そう言われると、返す言葉が何もないな」
随分とフランクに言葉を返す男だ。
それこそ、こちらの向けている銃口がまるで意味をなしていない。
となれば、これ以上はこの脅しも無意味か。ならば――、
「オルぺナ、頼むよ」
『ラジャーです!』
ノアの呟き声に、脳内でオルぺナが大きく返事する。
まるで敬礼しているジェスチャーが見えるかような元気な返事だ。
というわけで、言葉の真偽はオルぺナに任せることにする。
「それじゃ、質問を始めようか」
そう言って、ノアは男に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
すると、男は怪訝そうな瞳を自信の右手に向けた。
「......なんで手首を掴むんだ?」
「逃げないようにだよ。急に突き飛ばされて逃げられても怖いし」
「俺がそんなことをするとでも?」
「むしろ、その言葉を信じられるほど信用度があるとでも?」
そのノアの言葉に、男は沈黙の後に大きくため息を吐いた。
それから、諦めたように状況を受け入れ、口を開く。
「何が聞きたい」
「まずはこの場所についてかな。
先程まで入り口にいたはずなのに、気が付けばこんな場所に移動させられていた。
で、ここに来るのは初めてだから、ここがどこか知りたいんだ」
「あぁ、そういうことか。
ここは屋敷の別荘で普段人も立ち寄らない場所にある。
ま、要するに人目につかずに誰かを処理するにはうってつけの場所だな」
――ピッ
「なるほど、どおりでこんなに古びた場所なんだね。
なら、どうやって俺達をここに移動させたの?
もしかして何かの魔技だったりする?」
「いや、俺は何かの魔法陣と聞いたな。
効果まではしらなかったが、まさか強制移動させるとは。
とはいえ、こんな場所に連れてくるにはうってつけだな」
――
「それじゃ、君達のボスはどこにいる?
オレンジ色の髪をした猫の獣人の二人だ。
俺にはちょっとした因縁があってね。その二人を探している」
「その二人ならこの屋敷とは別の場所だ。
というか、あの幹部二人の動きなんて下働きの俺達にはわかんねぇよ」
――ピ
「ほら、もういい加減、聞きたいことは話しただろ?
だから、いい加減、俺の願いも聞いてくれよ。
俺はただ生きたいだけなんだ。お願いだ、助けてくれ」
「それじゃ、俺が手を放したとしても、俺を襲わないと誓うことができる?」
「あぁ、誓う! そんなこと、俺が出来るはずがないじゃないか!!
だって、たった今さっきお前に実力差を見せつけられたばかりなんだぞ!?」
――ピッ
「そうか......なら、信じることにしよう」
『いいんですか? ノアさん、今のって......』
オルぺナから思わず心配の声が届くが、ノアはそれに対し「大丈夫」と一言返して立ち上がる。
それから、先に立ち上がったノアが男に向かってそっと手を伸ばした。
「手を貸します。僕も約束を守りますから」
「あ......あぁ、そうか! ハハッ、すまねぇ。少し放心しちまってた。
たぶん命が繋がった安堵だろうな。あぁ、ありがとう」
そう感謝の言葉を述べ、男がノアの左手を握った瞬間――
――ジュクッ
そう、一瞬炙られたような痛みと、不快な何かが体に流れ込む感覚がした。
それも手を貸した左手からゆっくりと身体の内側に潜り込むように。
しかし、それもノアが左手に魔力を集中させれば、たちまち不快感が消えていく。
推測するに、シェナルークの魔力が作用したのだろう。
逆に言えば、案の定目の前の男は攻撃を仕掛けてきた。
そんな平然とするノアに対し、男の笑みが段々引きつっていく。
「あ、あれ......?」
「どうしました?」
「い、いや......安堵で笑みが漏れちまっただけだ。ハ、ハハ......」
「変な人ですね。ハハ......」
「「ハハハ.....」」
一瞬、両者の間に和やかな笑いが起きる。
しかし、その笑みを浮かべる両者とも、真に笑ってるとは言いずらい。
それこそ、目の前の男に至っては、額に脂汗をかきながら笑っているのだ。
瞬間、ノアの顔は真顔になり、同時に男の喉に右腕を押し付けた。
そのまま後方の壁まで押し付けると、左に銃を握り、それを男の腹部に当てる。
喉を押さえられ潰れたカエルような声を出す男に構わず、ノアは冷徹な声色で尋ねた。
「今、何をした......?」
まるで殺意を形にしたような言葉が、男の喉元に突きつけられる。
その言葉に対して、男はフードの奥の額に脂汗をダラダラと流し、震えた声で言った。
「な、何を......ハハッ、変なことを聞くな?
別に何もしてないだろ? 襲ったわけでもあるまいに」
「確かに、見た目では何もしてないだろうね。
でも、今僕の左手から確かに何かが流れ込むような感覚があったんだ。
とても不快で、それでいて体が内側から腐っていくような嫌な感覚。
それも、あなたに左手を握られたタイミングで」
「物的証拠もないのに人を疑うのは良くないことだと思うぜ?
それに、それは単に俺の手汗が不快だったとかじゃねぇのか?
ほら、一応俺達は敵対しているわけだしよ」
ノアの質問に臆しながらも、のらりくらりと躱し続ける男。
どうやらこの攻め方では男を完全に追い詰めることは難しそうだ。
ならば、もう一つのやり方で攻めてみることにしよう。
「そうだね、その言葉は本当だと思う」
「ホッ......だろ? さぁ、その物騒な物を下ろして、この腕も解放してくれ。
さっきから喉が締まって呼吸がしづらいんだ」
「言ったでしょ? その言葉は本当だって――でも、さっきの質問はほとんど嘘だったよね?」
『心拍数の上昇を確認。どうやら図星を突かれて再び焦り始めたようですね』
ノアの脳内に聞こえるオルぺナの声を聞き、男に余裕がないことを知るノア。
ということは、やはりこの路線で攻めるのが有効と言えるだろう。
まぁそりゃ嘘を暴かれそうになれば、誰だってそうなるか。
「さっき、あなたはこの場所を知らないと言った。でも、それって嘘だよね?
本当はここは位置が移動しただけで建物自体は変わらないんじゃない?」
「な、なんたってそんなことを――」
「僕には優秀な味方がいるんだ。この首にね」
そんなことを言うと、脳内に「はぁい、ウチは優秀です!」と調子のいいオルぺナの声が聞こえる。
その瞬間、近くにある男の形相は一気に豹変し、両腕を振り回した。
――バン
しかし、男の攻撃よりも早くノアの突きつけていた左手の引き金を引く。
その一撃は、男の腹部を貫通するように大きな穴を開け、その衝撃で男の動きは止まった。
それから、そのまま壁に体を預けながら、ずるずると床に尻もちをつく。
「な、なんで.......なんで主様の侵食が効かない?」
死の間際、男が掠れた声でそのようなことを尋ねてきた。
だから、ノアは振り向きながら、その質問に親切に答える。
「悪魔との契約で効かなくなったんだ」
正確に言えば、「高い耐性を持った」だけなのだが、この言葉で絶望を与えるには十分だろう。
その言葉を聞いた男は「バカな.....」と呟き、頭をガクッと下げて絶命した。
そしてこれがノアが初めて生身の人を殺した瞬間であった。
いや、正確に言えば、「自分が目視した範囲」と言うべきか。
本当の一人目は、ドアの裏で挟まって死んでいるのだから。
「......」
ノアは自分が殺した男を一瞥し、すぐに意識を切り替える。
殺したことに何も思わないわけではないが、同時に生かしても置けないと思った。
また、新幹線を襲ったあの双子の二の舞となるような殉教者を出すわけにはいかないから。
その後、死んだ男ノアは部屋の中を調べるが、特にこれと言って何もなく。
単に、男達がここに迷い込んだ標的を狩るために隠れていた場所にすぎないらしい。
「振り出しに戻るか。仕方ない、他にも別の場所が無いか――」
―――ドゴーーン
その時、自分が今いる場所を揺らすような大きな衝撃を感じた。
同時に、まるで爆発が起きたかのような大きな音も。
その二つの事象から仲間が近くに居るのではないかと、ノアはすぐに移動を開始する。
「オラァ、姉ちゃんをどこへ飛ばしやがった!」
廊下の先を走っていくと、大きな広場に出た。
するとそこには、複数の殉教者を相手に一歩も引かない大立ち回りをしているリーゼントの獣人――シシマルの姿がある。
とはいえ、多勢に無勢というべきか。
一方的ではないにしろ、押されているようなので、ノアは咄嗟に援護に入る。
すると、その銃声を聞きつけたシシマルがキリッと視線を向け、
「テメェ、どうしてこんな所にいやがる!? ぶっ殺すぞ!」
もはやノアまで敵視してるような暴言をまき散らすシシマル。
相変わらず姉のイノに懐かれた現場を見られてからというもの、随分と目の敵にされてるようだ。
しかし、そう言われようとも助けることには変わりない。
「援護する!」
「いらねぇ! 邪魔すんな!」
「なら、勝手に敵を排除させてもらう!」
シシマルの動きを目で追いながら、ノアは援護射撃を始める。
彼の動きは獣人特有の身体能力の高さを活かしたもので、随分な暴れっぷりだ。
右手に金属製の釘バットを持ち、床はもちろんのこと壁、敵、天井を足場にして動き回る。
もはや目の回りそうな三次元的動き、今のノアではとても真似できない。
そしてその中でもしっかりと殉教者を殴り飛ばしていき、その数も一人二人と減り、やがて――
「オラァ!」
「おっと、それ俺だから止まって」
両手で唐竹割りの如く振り下ろされた武器を、ノアは二本の銃身でガードする。
後少し反応が遅れていれば、そのまま殉教者と一緒に殴殺されていただろう。
というか、やっぱりというべきか、微塵も勢いを止めてくれることはなかった。
そんなノアが攻撃を受けた止めたことに、シシマルは「チッ」と舌打ちしながらゆっくり矛をしまう。
しかし、険悪な態度は変わらず見せつけてくるようで、
「で、なんでテメェがこんな場所にいる?
テメェはルカラとラダ姉と一緒に後方でうずくまってたんじゃねぇのか?」
「うずくまってはないけど......屋敷の中に入ったら、突然襲われてね。
かと思ったら、急に足元が光って気が付けばこんな場所に」
「チッ、テメェもか。となると、ここに入った全員そうなのかもな。
代表とも通信が繋がらないし、どうなってんだ?」
そう言って周囲を見渡すシシマルに、ノアはふと首を傾げた。
考えてみれば、通信機で仲間と話すということはしてなかった気がする。
というか、単純に気が動転していて忘れていた。
しかし、自分は先程まで普通にオルぺナと会話出来ていたはず。
「え、通信機が使えないの?」
「あ? 何言ってんだテメェ、誰かと通信するのは真っ先に考えることだろ。
で、それで代表ともオペレーターとも繋がらないから困ってんだろうが」
「いや、オペレーターとは繋がるけど?」
その言葉を聞いた瞬間、シシマルの目が大きく見開く。
同時に、ガシッともの凄い力でノアの肩を掴んだ
「なら、今すぐ姉ちゃんに繫げ! 無事か!? 姉ちゃんは無事なんだろうな!?」
「ちょっと待って、今確かめるから」
そう言って、ノアは代表に教えてもらったオープンチャンネルを開く。
しかし、そこでノアが呼び掛けても誰も反応する気配はない。
代わりに、もう一度オペコと繋いでみた。
『はぁい、どうしました?』
「いや、オペコとは繋がるんだなって思って」
『......もしかして隊内で通信障害が起きてる感じですか?』
「うん、そうなんだ。チーム内のオープンチャンネルも、オペレーターとの個人チャンネルでも俺達以外は通信が出来ない状況になってるらしい」
『そうですか。そうなるとこちらから出来ることは、ノアさんを経由した情報伝達です。
幸い、位置反応などの機能は生きてますので、生存確認は可能です』
「わかった。なら、イノのオペレーターに繫げられる?
弟さんが安否を確かめたがってるってことを伝えて欲しい」
『はぁい、少々お待ちください』
それから数秒後、再びオルぺナから通信が入る。
『イノさんは無事です。現在、ラダンマさんとザブローさんと共にいます』
「教えてくれてありがとう」
「姉ちゃんはどうだって!?」
「ラダンマさんとザブローさんと一緒だって」
「そっか......」
ノアからの情報を聞いた瞬間、シシマルは露骨に安堵したような顔を浮かべる。
そして、ハッとノアに見られてることに気付くと、サッと距離を取った。
「あ.......その、なんだ......一応感謝はしとく。
だが、これっきりだ! テメェは姉ちゃんを誑かしたんだから容赦しねぇ!」
と、わかりやすいツンデレを披露された。
これには思わずノアもニッコリ。
「何笑ってやがる!?」と再び噛みつかれたが、それをノアは無視して――
「それじゃ、今度は他の仲間と合流することを目標にしよう」
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