第86話 黄のパレスで滞在、そして新たな交友#2
武器研究室に行く道中、イノと一緒に行くことになったノア。
その道のりで何も話さないのは変なので、ノアの方から話しかけることにした。
「そういえば、アルスさんに連れられてここに来て、その時に入り口の広場みたいなところでたくさんの隊員達が型の練習したけど、あれってここでは皆さんやってるの?」
「ううん、皆はやってないよ。やってるのは、主にB級隊員から下の子達。
だからそう! 免除されてるイノは、実はA級隊員だったりするの! ふふん♪」
自分の階級の高さを自慢するように、イノが腰に手を当てて大きく胸を張った。
とはいえ、子供のような体形なので特に主張がなく、むしろ小刻みに動く耳と尻尾が幼さを増長させている。
そんな姿に、どこか庇護欲のようなほっこり感を感じながら、ノアは続けて質問した。
「凄いね。それじゃ、イノも適性を見出されてから来た感じ?」
「ううん、実は違うの。
イノには四歳下の弟がいるんだけど、その子と一緒に途中で入った感じだよ。
えーっと、確かイノが十二歳の時だったかな」
それから、イノは自分の生い立ちをサラッと話し始める。
イノがいた場所はここから少し離れたアラスタという小さな街。
人口こそ少なかったが緑が多くて長閑な場所だ。
しかし、そこが「嫉妬」の殉教者に襲われた。
殉教者は溢れんばかりの魔力で街を蹂躙し、同時に自身から漏れ出る瘴気で住民がアビス化。
また、それと並行して高まった魔力濃度によりアビスゲートが開き、街は地獄と化した。
それによる被害はイノの両親も例外ではなく、魔力を持ちながら一般人としての道を歩んだイノと彼女の弟だけが魔力があるが故に生き残った。
もっとも、それは中々侵食の進行が進まず、長く苦しむと同義であるが。
そしてその道中で、イノは弟を庇って片腕を失うことになった。
その後、その街に現れた特魔隊によって救出され、その組織への恩と「嫉妬」の信仰者に対する復讐を誓って、一度入隊を拒んだ特魔隊へ今度は自ら志願して入る。
そこで長い訓練と過酷な実践を経て、現在ノアの横に立っているのだ。
「そんな過去が......」
イノから唐突に聞かされた過去の話に、ノアはどう反応すればいいかわからなかった。
もともとそんなヘビーな話をするつもりで話題を振ったわけでは無かったので、余計困るというか。
ともあれ、やはり隊員には割とほとんどの人が暗い過去を持っているようだ。
自分やライカ、マークベルト、オルぺナ、アストレアなども然り、誰しもがアビス王に対して薄暗い感情を燻らせていて、それが戦うべき原動力になっている。
やはりアビス王という存在は、この世界に悲しみしかもたらさない存在だ。
それがわかったからこそ、一刻も早く全てのアビス王を倒さなければ。
もっとも、それまでにどうにかして実力を身に着けないといけないが。
「ノアちゃんは違うの?」
「僕も似たようなものだよ。ただ、僕は――」
「あ、知ってるよ! すっごく噂になってたもん!
入隊して一か月も経たないうちにA級のアストレアちゃんを倒したって!
それで一か月以内でアビス王の一角、『怠惰』のアビス王を倒したって!」
「確かに、結果だけ切り取ればそういう感じになるけど、子細は少し違うよ。
アストレアに勝ったのもハンデ付きのルールだし、『怠惰』のアビス王を倒せたのも一緒に戦ってくれた仲間のおかげでもあるから」
「でも、勝ったことには変わりないでしょ!
出来はともかく、良いことには良いと言っていいの!
喜ぼう、ほらバンザーイ!」
「え、え......?」
急にテンションが振り切れたイノに対して、ノアは眉根を寄せた。
確かに、イノの言ってることはわかるし、正しいのかもしれない。
しかし、それでもそれはすでに過去のことであり、今更喜ぶべきことなのか――
「何してるの? ほら、一緒にバンザーイ!」
そんなことを逡巡していれば、イノがスッと間合いを詰める。
そしてノアの両手首を掴めば、そのまま自身の腕と共に持ち上げた。
もっとも、それでもイノの身長的にノアの腕を完全に持ち上げることは難しいが。
とはいえここまでやられれば、もはや付き合わないと終わらないのではないかとも思うもので。
「ば、バンザーイ......」
仕方なく困惑と弱々しさを混ぜたような声で、ノアは万歳をした。
しかし、その声でのテンションがイノには不服であるようだ。
「こら、恥ずかしがっちゃダメ! 喜ぶ時はちゃんと喜ぶ!
特に、ノアちゃんはこの世界にとって英雄級の仕事をしたんだから!
というわけで、もう一度行くよ――バンザーイ!」
「バンザーイ......」
「声が小さーい! もっと大きくバンザーイ!」
「バンザーイ!」
「もう一回! バンザーイ!」
「バンザーイ!!」
「よし!」
イノの指導により、数回ほど万歳を繰り返すノア。
誰もいない施設の廊下に、二人のよくわからない振り切れたテンションの声だけが響き渡る。
その結果、思い切って大声を出したことで、ノアも少しだけ恥ずかしさが吹っ飛んだ。
それどころか、普段大声を出さないので、心なしか気分がスッキリしている。
とはいえ、それでも困惑は残ってしまっている。
それこそ、「今、自分は何をやってるんだろう」という冷めた気持ちが隅にあるのだ。
なので正直、イノの行動にはツッコミたいところが色々とある。
「スッキリした?」
「.......うん、スッキリした。ありがとう」
「よし!」
しかし、イノの満足した笑顔が天使のように澄んでいたので、別にそれで良かったかもしれない。
ただ、あまりのテンションの急発進は心がついて行かないのでやめて欲しい。
「それにしてもそっかぁ......ノアちゃんは一か月でアビス王を倒せる力を身に着けたんだね」
「ん?」
「.......羨ましいな」
「――っ!?」
唐突にイノが呟いた言葉に、ノアが注意を向ける。
その瞬間、橙色の双眸と目が合い、背筋に冷たい感覚が走った。
まるで人形のようなくりっとした瞳が光を失い、闇を纏ってノアの瞳を射抜く。
体に走るゾワッとする嫌な感じ――以前、アスミを襲った同級生と同じ瞳だ。
言うなれば、自分の感情を正当化して、悪を悪とも思わない。
自分が思う感情が、抱く気持ちが正義であると譲らないような一方的な負の発露。
それがイノの瞳からも垣間見えた。
「い、イノ......?」
「......へ、どうしました?」
ノアが恐る恐る声をかければ、イノは何事も無かったように返事した。
その顔には自分が取った行動に対して微塵も気にする様子はなく、それどころか気付いていない。
それほどまでのテンションの落差、一瞬恐怖すら感じるほどだ。
「その、大丈夫......?」
「何が?」
「......いや、なんでもない」
一回尋ねてみたものの、結局それに関しては深く尋ねないことにした。
正直、気になるところはあるが、そこは安易に触れてはいけない領域なような気がしたから。
そんなノアの不審な動きに対し、イノは首を傾げるも何も聞きはしなかった。
それから、体の向きを進行方向に向けると、
「それじゃ、移動を再開しよー!」
そう言ってイノが前に進み始めるので、ノアもその後ろをついていった。
それから数分後、会話をしながら進んでいくと、突然イノが一方向を指さす。
「あ、ここだよ、ここ。ここが武器研究室だよ」
イノが止まった場所は、左右に開くタイプの自動ドアの前だ。
加えて、そのドアにはなんとも巧みな装飾が施されている。
また、ドアの上辺りに煩雑な文字で「武器研究室」と名前そのままの看板があった。
「なんというか、一見すれば武器研究室には見えないね。
看板があるからここが武器研究室なんだってことはわかるんだけど」
「確かに。言われてみれば、全然研究室っぽくないね。
研究室ってもっとこう無骨な建物にあるような感じだし。
こんな扉に虎やらなんかよくわからない鳥のデザインなんて必要ないし。
だけど、ここが研究室であることは間違いよ」
そう言って、イノは何事もなくその扉の前に立ち、自動ドアを開けた。
その後ろをノアもついていくと、先ほどの静穏だった廊下から一変してガチャガチャと金属音が鳴り響く。
そこから見えてきたのは大小様々な金属アームや、色々な所に流れるベルトコンベア。
そしてそこで働く作業服を着た研究員や、下半身がキャタピラのロボット達だ。
印象だけで言えば、地下に広がる大工場施設というべきか。
少し前までアルスと見て回っていたパレス室内が嘘のように感じてしまう。
「なんだか、凄い所に来た感じがする.....」
「だよね。イノも毎回ここに来るとうわーって思う!」
なんとも小並感溢れる言葉であるが、実際ノアも似たような気分だ。
まるで地下にある秘密基地にやってきたようなワクワク感。
こういう所はいつになっても変わらない。
まるで家が三、四件は並びそうな広い空間の中を、イノが小走りで進んでいく。
その後ろを歩いてついていくと、やがて辿り着いたのは一人の女性だった。
瞬間、ノアはすぐさまその女性から目線を外す――目のやり場に困ったからだ。
イノが向かった先、そこには身の丈ほどのハンマーを担いだ女性がいるのだが、彼女が着ているつなぎが大胆にはだけているのだ。
特に、上半身のジッパーが下腹部まで下げられていて、そこから下着が露わになっている。
もっとも、下着といっても水着であるが、かといってこの場でしていい格好ではないだろう。
「あれ、ノアちゃーん! どうしたの~?」
ノアが困惑していれば、先に行ったイノが振り返って叫んだ。
どうやらノアがどういう状況でその場に留まっているのかわかってないようだ。
しかし、このまま立ち止まっているのも変なので、仕方なく進むことにする。
もちろん、顔は正面に向けつつも、出来る限り女性の方に視線を向けないように。
「もう、ノアちゃん、ぼーっと立ち止まってたらダメだよ!
それから、このひとがイノの武器の調整をしてくれてるルカラちゃん」
「お、少年が噂のアビス王の一角を倒したっていう英雄か。
なんつーか、思ったより細い身なりしてんだな。もうちっとゴツいかと思ってた」
イノに紹介され、ノアは改めて目の前の女性――ルカラの顔を見た。
年齢は二十代後半ぐらいで、黄色の瞳に瞳孔が十字の形をしている美人系の人だ。
髪色は赤く、トゲトゲしい髪を金属っぽい髪留めで結び、さらに結び目の一部に櫛のように六角ボルトが刺さっている。
首元には作業用であろう安全ゴーグルをぶら下げており、見た目がザ・工場勤務の人であった。
それこそ、胸元がはだけているつなぎが多少を汚れているだけに、余計にそう雰囲気を纏わせている。
そんなルカラのサバサバとしたしゃべり口調に、ノアは丁寧に挨拶を返した。
「初めまして、ノア=フォーレリアです。
しばらくの間、ここのパレスでお世話になる予定です。
よろしくお願いします」
「随分と律儀な奴だな。だがまぁ、親切にされて悪い気はしねぇ。あぁ、よろしくな。
ってことは、イノはこの少年の案内役でもやってるのか?」
「アビスリングを取りに行くついでにね。
それと、ノアちゃんが自分のアビスリングの性能を上げて欲しいんだって」
イノが率先してくれて話を進めてくれたおかげで、ノアは言う事が無く頷きで肯定を示した。
すると、ルカラは「なるほどな」と状況を把握すると、その場で踵を返し、
「ま、順番に話聞いてやっからよ。まずはイノからだ。
少年はちょっと待ってな」
そう言って、ルカラがその場から離れること一分後。
相変わらず片腕でハンマーを担いだまま、ルカラがもう片方の手にアビスリングを持ってきた。
「ほら、イノ、これがあんたの新しいリングだ」
「わぁ、お帰り! 私のリングちゃん! またこれからいっぱいアビスを倒そうね!」
そう言って受け取ったリングに頬ずりしながら喜ぶイノ。
そんな彼女を見て、「この見た目と言動により本当に年上なのか」とノアは若干疑わしく感じてしまう。
しかし、嘘をつくメリットもないので本当なのだろう......妙な気分だ。
「アビスリングの性能を上げられるって本当なんですね」
「上げれるって言っても多少ぐらいだけどな。
どれ、少年のアビスリングも見せてみな。肌身離さず持ってるはずだろ?」
その言葉に、ノアはすぐさま右腕につけていたアビスリングをルカラに手渡した。
瞬間、ルカラの十字の瞳が細く狭まる。
眉間にもし少ししわが寄り、先程よりも真剣な顔つきだ。
そして、口を開けば――、
「こりゃ、廃棄だな」
「え?」
「あちゃ~、壊れちゃってたか~」
「正確には、壊れる一歩手前って感じだけどな」
突然、目の前で繰り広げられる会話に、ノアは一瞬反応が遅れてついていけなくなる。
しかし、とりあえず状況を飲み込むと、すぐに気になることを質問した。
「アビスリングって消耗品なんですか?」
「ハハッ、面白いことを言うな少年。この世にある全ては消耗品だ。
ま、このリングはアビスが持つ再生能力があるから、多少の損傷なら自動修復されるけどな。
だが、これはもうそういう領域を超えている。むしろ、よく持った方だ」
「でも、ノアちゃんは入隊して一か月ぐらいだよ?
支給されるアビスリングも新品のはずだから、最低でも半年は持つと思うけど」
ルカラの言葉に対して、イノが純粋な疑問を向けた。
その疑問に対し、ルカラがアビスリングを眺めながら答える。
「そりゃ、一般的な魔力量による平均使用可能日数が約半年ってぐらいだ。
だけど、時にその見た目じゃありえないほどの魔力を保有した奴はいる。
ノアはそういうタイプなんだろう。
後少し使っていたらきっと戦闘中に壊れていただろうな」
「そ、そうだったんですか......」
ようやくノアにも状況が飲み込めてきて、段々と恐怖心が胸の内側から沸き上がった。
自分がここに来た理由は、「嫉妬」のアビス王と戦うためだ。
その戦いの最中にアビスリングが壊れたとなれば、「怠惰」のアビス王をあと一歩まで追い詰めた大技が使えないということになる。
それは事実上の死を表すに等しい。
それが分かったからこそ、ノアの肝が消えたと同時に、ファインプレーをしたと思った。
もとより自分が武器を改造してもらおうとここまで来なければ、きっと気がつけなかっただろうから。
とはいえ――、
「それじゃ、僕のアビスリングはどうなりますか?」
「普通なら新しいアビスリングを渡して、『はい、終わり』って感じだが、少年のアビスリングの酷使具合、それに少年がここに来た意味も考えると生半可なものじゃダメだろう」
「特注で僕のを作るということですか?」
「そういうことになるね。それまでは仮のアビスリングで我慢してくれ」
すると、ルカラは担いでいたハンマーを下ろし、ポケットから一つのリングを取り出す。
色が若干違うぐらいの差はあるが、魔力の伝導を感じるので同じアビスリングだろう。
「それは貴重なアビゲイルの核から削り出したものだ。
普通のよりは魔力伝導率が高く、高負荷にも耐えられる。
少年のはこれよりも良いものにしてやるから期待しておけ」
「ありがとうございます」
サムズアップして意気込みを語るルカラ対し、ノアはお礼を言ってアビスリングを腕に通した。
するとここで、アビスリングに対して純粋な疑問が浮かんだ。
それはノアがこれまで多くのアビスと戦ってきたから思うことで、
「そう言えば、さっきアビスの核から削り出したって言ってましたけど、それってどうやってやってるんですか?」
ノアが知ってるアビスの常識であれば、核を壊されたアビスは粒子上になって空気に霧散する。
そしてそれの光景を何度も見てきたからこそ、余計に疑問が浮かぶのだ。
そもそもアビスの核をどうやって入手しているのかもという疑問もあるが。
そんなノアの質問に、ルカラは「良い質問だな」と言わんばかりの顔で口を開いた。
「アビスの性質上、再生機能があることは先も言ったな。
んで、当然だが、アビスは核を壊すと粒子状になり、そうなれば加工はほぼ不可能だ。
そうしないために、常に魔力を流しながら加工する必要がある」
「あれ? イノが聞いた時は、アビスからばっこり核を抜いてくるって聞いたけど」
「弱いアビスならそれも可能だろうけど、アビゲイルともなればほぼ無理だ。
仮に出来たとしても、アビスが核から肉体を構築する以上、持ち帰った研究所内で完全再生されたら研究所が終わる」
「確かにー!」
「だから、仮にアビゲイルを倒した場合には、霧散するよりも先に核を特殊な袋に入れて回収するんだ。
そしてその袋には魔力を循環させて、アビスの核に再生を促す。
空中に霧散しなければ、砕けた状態でも再生し始めるから、それが完全に再生するまでに研究所に運んできてもらい、そこからは一気にリングまで加工する」
「手間暇かかってると思ってましたけど、まさかそこまでとは......」
ルカラから聞かされた情報に、ノアは素直に脱帽した。
そのおかげで自分達が戦えているとなれば、こういう裏方の人達には頭が上がらない。
そんなことをイノも感じたのか、「ありがとうございます!」と元気に頭を下げた。
そしてルカラがノアの方へ向くと、
「というわけで、本来なら改造もタダじゃないんだが、今回は先行投資だ。
これから世界を救おうって奴に半端なもの渡して死なれたら、それこそアタイ達の死でもあるからな。
キッチリと最高のを作ってやる。だから、それまで待っておけ」
「はい、ありがとうございます」
そんなルカラの不敵な笑みに、イノと同じくノアもお礼を言った。
するとその時、ノアの左手首にあるスマートウォッチが音を鳴らす。
メールが届いた合図であり、すぐさまそのメールを開くと――
『ノア君、すまないが君に手伝ってもらいたい仕事がある』
そう一文を送るアルスからのメールであった。
読んでくださりありがとうございます。
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