第102話 今後の方針、そして打倒「嫉妬」のアビス王
数日後、黄のパレスにある円卓の会議室。
そこにはアルス、ラダンマ、ザブロー、イノ、シシマル、ノア、そしてグレーテのみがいる。
言うなれば、グレーテを除くこの六人が「嫉妬」のアビス王と戦う精鋭だ。
ちなみに、この場にいないルカラは、貴重な技術班なので戦場には出せないという理由で欠席。
そんな彼らを見ながらノアはふと感想を呟く。
「これまた随分と少数精鋭ですね......」
「理由は二つ。単純に戦場に出せる数が足りないのと、増援が見込めないことだ」
ノアの感想に対し、アルスが返答していく。
それからその理由を述べるように言葉を続け、
「一つ目の理由は、単純な戦力不足が原因だ。
実戦経験があるノア君を除き、未経験からアビス王と戦える戦力はこのメンバーが適任だ。
A級に関してはもう少しいるが、僕の目から見れば戦場に立っても犬死するだけ。
だったら、最初から戦力として外し、僕達の邪魔する存在の排除してもらう方が良い」
「しかし、戦力はあるに越したことはないですよ?
言い方は悪いですが、犬死だったとしても」
仲間を出来るだけ死なせずアビス王を倒したい。それに関してはノアとて全く同じ気持ちだ。
しかし、相手が相手である以上そんな悠長なことを言っていられるない。
それこそ、怠惰戦の時はS級であろうとチリ紙の如く容易く命が吹き飛ばされたのだ。
アビス王相手に数が純粋な戦力増強に直結するとは言い難いが、それでも対処する人数が増えれば増えるほど、そこに付け入る隙は増えるとも考えられる。
このメンバーで倒せれば理想だ。しかし、実際に戦ったからこそ言える――現実はそんなに甘くないと。
そんなノアの意見に対し、アルスは「そうだな」と静かに頷き、
「君の意見には同意しかない。だが、今後のことを考えれば、それは特魔隊の衰退に繋がる。
ただでさえ魔力保有者で戦える人間というのは貴重なんだ。
だから、可能な限り僕達が負けた後でも反撃のチャンスは残しておきたい」
「もちろん、今回限りで終わらせるがな」とアルスは言うが、その表情には僅かに陰りが見えた。
さながら、実際にその存在を目にしたことがあるかのような瞳の濁りだ。
もっとも、それはノアの捉え方の問題でしかないが。
「二つ目は、純粋に今からこちらに回してもらう余力が他のパレスにないこと。
緑のパレスは言わずもがな、橙のパレス、紫のパレス、火や土のパレスも動きが活発化し始めた殉教者らの警戒に当たっている。
良くも悪くも怠惰戦の勝利は影響を与えたからな。本番はこの人数で行くしかない」
その言葉の後、「わかったな?」という問いかけに、ノアを含め全員がコクリと頷く。
全員の同意が捉えられたことを確認すると、アルスは改めて口を開き、
「それでは今から『嫉妬』のアビス王討伐任務における作戦会議を始める」
その宣言の後、最初に内容に口火を切ったのはラダンマだ。
意見する権利を求めるように軽く手を挙げると、彼は最初の議題で口を開いた。
「なら、まずは改めて作戦の手順を確認しておくべきじゃないかしら。
ここがぐだればその後の行動にも支障を来たしかねないし」
「そうでござるな。この戦いは某達だけの戦いではない。
『暴食』のアビス王と戦う緑のパレスの者達の命運も握っているでござるからな」
ラダンマとザブローの意見を聞き、アルスは「あぁ」と頷くと、
「まずこの作戦における大前提として、僕達は『嫉妬』のアビス王が『暴食』のアビス王と合流するのを防がなければいけない」
本作戦における勝利条件は、「嫉妬」のアビス王を倒すこと。
しかし、その前提条件として二体のアビス王が合流を阻止しなければいけない。
二体のアビス王が合流することは、過去の戦闘記録から確認できる以上、起き得る確定的な事実。
故に、この阻止がアビス王との戦いの明暗を分ける一つと言っていい。
「戦闘開始時刻は、すでに緑のパレスには同時であると通達済みだ。
そしてその中での問題は、どうやって『嫉妬』のアビス王の合流を阻止するかだが......」
「それは資料に書いてあったように人形を奪っちまえばいいんじゃねぇのか?」
「確かに、結論を言えばシシマル君の提案が一番ベストだ。
どういう理由か知らないが、『嫉妬』のアビス王が赤子の人形に執着している以上、奪うことが出来ればそれを無視して『暴食』の方へ移動しないと思われる。しかし、それは赤子の人形を奪えればの話だ」
「そうね、資料によれば我が身を呈してまで赤子人形を守る徹底ぶり。
そうやすやすと人形を奪わせてくれるとは思えないわ。
ましてや、その状態で移動する可能性も考えれば、最初は別の手段で気を引く方が良いわ」
アルスの意見を聞きながら、ラダンマが自身の目の前に投影されるホログラムモニターから過去の資料を閲覧しながら意見を述べる。
そんな話し合いにノアは確認を求めるようにそっと手を挙げ、
「えーっと、それは『嫉妬』のアビス王を嫉妬させるって解釈で良いですか?」
「なるほど、良い解釈でござるな。
本人が『嫉妬』の権化であるならば、人一倍自分と他人の差異を気にするはず。
つまり、その『嫉妬』の権化が嫉妬するようなアクションもしくは状況を起こせばいい」
「つってもなぁ。何であんなバケモンを嫉妬させるつーんだよ。
一応、外見だけだと女の容姿らしいし、女が嫉妬しそうな事柄で興味を引くのか?」
「そういうことになるな。願わくば永続だが、最低でも人形を奪える程度の大きな隙は生み出したいところだ。
というわけで、ラダンマ、イノ、ついでにグレーテ......三人に意見を伺いたい」
「私は確かに乙女心は持っているけど、そうね......仮に自分が嫉妬することを挙げるとするなら」
アルスからの指令に、ラダンマ、イノ、グレーテの三人が頭を悩ませた。
それから少し時間が経過した後、最初に動いたのはラダンマだ。
眉間にしわを寄せたまま、悩ましい顔を隠しもせず重たい口を開き、
「私が嫉妬するって時は、やっぱり年齢かしらねぇ。
私でも全然若い方だけど、それでも自分がどんどん年齢を重ねるにつれ、体力も衰えていくし。
それに自分で言うのも嫌なんだけど、こう......フレッシュさというが無くなってくるのよね。
去年もそうだけど、ギックリ腰をやった時は本当に年齢を実感したわ」
「ラダンマ先輩にもともとフレッシュさとかあったんすか?」
「シシマル、後で優しく抱きしめてあげるわ――逃がさないわよ」
「ひっ!」
余計な一言でラダンマの逆鱗に触れ、一気に顔を引きつらせるシシマル。
青い顔でなぜかノアに助けを求めるが、どうしようもできないとばかりにノアは力なく首を横に振る。
この手の罰はしっかりと受けないとダメだ。というか、下手に関われば巻き添えを食う。
「......イノはどうだ?」
「イノはね~......んとねぇー――やっぱりイノが近くにいるのに他の女の人を見ることかな」
「イノ、なんで僕を見るのかな?」
アルスから投げられた質問の回答を、なぜかノアをじーっと見ながら答えるイノ。
別に悪いことをしたわけではないのに、どうしてか背中に冷や汗を感じてしまう。
イノ相手だと容姿や表情も相まって余計に罪悪感を感じてしまうから不思議だ。
小さい子を悲しませるなとでも本能が告げているのか、はたまた世界が告げているのか。
『そうだそうだ、ご主人様はもっとヒカリを見ろー!
もっと構え! もっと愛せ! 目指せパートナーゴールエンド!』
――と、ノアのスマートウォッチでコメントしているヒカリの姿もあった。
声に出さずフリップ形式にしてるのは、この厳かな会議の空気を壊さないせめてもの配慮か。
にしては、コメント文章に我欲が剥き出し過ぎる。
そんなイノの回答を受け、アルスは――、
「ノア君、イノが一番懐いているのは君なんだ。
だから、あまり画面の向こう側にいる住人に執着せず、現実でちゃんと向き合え」
「えぇ、僕が言われる流れ.....シシマルぅ」
「ノア先輩、姉さんのこと任せたっす」
「いや、そんなこと言われても......いつも通り接するけど」
『あのプリンメガネ殺すっ!』
先程の意趣返しだろうか、シシマルから見捨てられ四面楚歌になるノア。
また一方の画面の向こう側の住人は、アルスに対して強い殺意を剥き出しにした文章を残していた。
そんな微妙な空気の中で最後に意見を述べたのは、円卓の外にいるグレーテであり、
「では、最後は私の意見ですね。
これは私の友達の意見ですが、自分より輝いて見える相手はやはりムカつくそうです」
「それは君の意見じゃないのか?」
「友達の意見です。セクハラですよ」
「なんでだ」
グレーテとアルスのテンポの良いノリが見れた所で、アルスが顎に当てて思案顔。
それは先程のグレーテの言葉に対するもので、
「確かに、男女に関わらず自分より裕福な相手には僻むものだな。
お金、健康、恋愛......ジャンルは多岐に渡るが、自分より眩しく見えれば憎悪も感じるものか」
「なんつーか、器がちっせぇようにも思えるが」
「シシマル殿もよく姉と絡んでいる相手には嫉妬するでござるじゃないか」
「あれは嫉妬じゃねぇ。警戒だ。姉ちゃんは警戒心が無さすぎるからな。
悪い奴に引っかからないようにちゃんと見極める必要があんだよ。
現に、俺は姉ちゃんを助けてくれたノア先輩は認めたしな」
そんなことを言うシシマルが「だろ?」とノアに同意を求めるように視線を送った。
その言葉にノアはコクリと頷き、シシマルのは嫉妬でないとフォローする。
シシマルの言う通り、ここ最近イノからは手を繋ぐことをせがまれるが、それを見てもシシマルは一切文句は言うことは無い。
むしろ、「姉ちゃんは今日も楽しそうだ」と微笑ましく見る老人のようだった。
そんなやり取りの一方で、ラダンマが逸れた話題を戻すように話を進める。
「なら、『嫉妬』のアビス王にキラキラしたものを見せるって感じで言いかしら?
キラキラしたものは抽象的過ぎるから、私達の意見を総括すると『若さがあり、他人の視線を集め、自分と比べてしまうほど輝かしい』って感じになるけど」
「『若さがあり、他人の視線を集め、自分と比べてしまうほど輝かしい』......?」
その言葉を聞いた瞬間、ノアの頭の中で引っかかった。
言うなれば、結び目がぐちゃぐちゃになって絡み合ってる状態だ。
しかし、それは明確に一つの糸になっていて、結び目さえ解けば答えが出るような感覚。
のどを搔きたくなるようなむず痒さを感じながら、ノアは腕を組み思考を続ける。
パッと思いつかないので、これまでの記憶を順に遡っていき、そして――
「あ......」
「ノアちゃん、何か思い浮かんだの?」
ノアの気づきの変化に、イノが一番に反応する。
その問いかけにノアがコクリと頷くと、視線を全体に向け――一つの情報を伝えた。
そしてその話をすべて終えると、アルスが「なるほど」と頷き、
「なら、その方法で行くとしよう。
面識があるなら代表代理としてノア君が話を進めてくれて構わない。
必要な機材については僕の方からルカラに依頼するとしよう」
「わかりました」
「では、アビス王の気を引く方法はそれで行くとして、肝心の人形奪取は僕がやろう」
「......それはアルス様がやることなのですか?」
そう言った途端、最初に反応したのはグレーテだ。
言葉にはやや鋭さがあったが、自ら一番危険な役割を買って出るアルスへの心配の裏返しだろう。
実際、アルスはこの中で「代表」であるほどの実力者だ。
つまり、この場でズルをしているノアを除けば、一番の戦力である。
その最火力アタッカーが人形を抱えて逃げるというヘイト役を買って出たのだ。
それはパーティ戦術としてあまりに愚かな選択肢でしかない。
しかし、アルス自身はそのように感じていないようで、
「過去の資料によれば、人形を持ったものはあっという間に殺されたそうだ。
逆を言えば、相手はこちらが視認できない速度で移動してくるということでもある。
そんな相手に僕以外の誰かが逃げ切れるとは思えない」
「「「「「......」」」」」
その言葉は、アルス自身が「最速ホルダー」であるからの強者発言であった。
だからこそ、その言葉にはとても強い説得力があり、そこに反論の余地など生まれようはずがない。
とはいえ、それは火力担当の不在であることも意味し――、
「だから、僕の代わりの火力担当はノア君に任せたい」
「僕......ですか?」
突然の名指しを受け、自分を指さしながら驚くノア。
全員がノアへ視線を向ける中、ただ一人アルスだけが「あぁ」と頷き、
「むしろ、現状で信用できる火力担当は君しかいないと思っている。
なにせ『怠惰』のアビス王にトドメを刺したのは君の魔技だって話だろ?
つまり、君の一撃は王の心臓にも届き得るということが既に証明されているんだ」
「それは.......」
「それは違う」――と言いたい言葉を、ノアはグッと喉の奥に押し込む。
あの戦いで本当の決着を決めたのは「傲慢」のアビス王であるシェナルークだ。
しかし、彼の存在は力を借りる契約上言うことはできない。
もし言おうものなら、この場ですぐに肉体の主導権を奪われシェナルークが復活。
そうなればアビス王を倒すどころの話ではない。その時点でゲームオーバーであり、この世界の滅びが待っているだけだ。
だからこそ、その言葉にノアは肯定することしか出来ない。
もっとも、ノアは今度こそシェナルークの力を借りずアビス王の一体を倒さなければいけないが。
故に、進めば地獄、退けば死ならノアは進むしか選択がない。
「......わかりました。その任、しかと承ります。
ただ、僕の魔技は少しクセが強く、また皆さんの協力が必要です。
そこだけはどうかよろしくお願いします」
「わかった。協力しよう。では、これまでの情報をまとめる――グレーテ」
アルスが視線を投げると、グレーテは「はい」と返事をして一歩前に出る。
それから、会議が始まってからの情報をまとめたものをしゃべり始めた。
「『嫉妬』のアビス王討伐戦――通称『嫉妬戦』の作戦手順をまとめます。
一つ、『嫉妬』のアビス王の注意を引くために、ノア様の提案を用います。
二つ、それによって注意が逸れている間にアルス様が人形を奪取します。
三つ、アルス様が逃げている間に、他の皆様が攻撃を仕掛けます。
四つ、その中で決定的な隙を作り、ノア様が最後のトドメを刺します。
以上が本作戦における『嫉妬』のアビス王必須攻略手順です」
そして手順を伝え終わった後、グレーテは「また」と言葉を継ぎ、
「この作戦は『嫉妬』のアビス王と交戦を始めた時点で生きるか死ぬかです。
資料を基にすれば、呪いが発動するのはほぼ確定でしょうから逃げ道はありません。
それだけはどうかお忘れなきようお願いいたします」
「というわけだ。以上をもって作戦会議を終了するが、他に伝えておきたいことはあるか?
なんでもいい、それが生死を分けるかもしれないからな」
「なら、僕から確実に情報共有しておくべきことがあります」
そう言って手を挙げたのはノアだ。
それから話した自身が経験した怠惰戦での内容だ。
その中でも特に警戒しなければいけないのが――、
「なるほど......<悪辣天輪>に<罪禍ノ呪鎧>か。
後者に関しては、アビゲイルも使用するが少し勝手が違うと。
しかしそれ以上に警戒すべきなのが、前者の<悪辣天輪>なんだな?」
「はい、先も言った通り『怠惰』のアビス王の<悪辣天輪>は強力なものでした。
二分ごとに強烈な催眠波を周囲へ流し、自分がどんな状況でも強制的に眠らせる。
加えて、それが五回――十分経過したら最後、二度と覚めない眠りにつく......というのが『怠惰』のアビス王自身が言っていたことです」
「ただでさえ強ぇアビス王相手にタイムリミット付きだぁ?
加えて、そん時も常に瘴気の影響を受けてる状況でだろ?
どんだけの修羅場くぐってきてんだよ......やっぱノア先輩パネェ」
「僕だけの力じゃないけどね。ありがたい協力もあったから。
なので、『嫉妬』のアビス王も同じようにタイムリミットがあるとは限りませんが、相当凶悪な性能をした能力を有していると思っておいた方がいいです」
「そう聞くとなんだか怖いでござるなぁ。
過去の資料にもあったら良かったでござるが......」
「アビス王に能力開示させるまで追い詰められていなかったってことでしょ。
わからないことを悪く考えすぎて動けなくなっても仕方ないわ。
ぶっつけ本番で情報共有して攻略していくしかないわ」
「イノ達なら大丈夫だよ! なんたってノアちゃんがいるからね!
ノアちゃん、必要になったらすぐに駆けつけるから言ってね!」
『いいえ、それは私の役目です! ちびっこは黙ってなさい。
というわけで、ご主人様のサポートする方法を作成しました!
詳細は追って知らせます! 存分に頼ってください! 』
会議室には様々な意見が飛び交い、そして最終的にはイノの言葉と、声こそないがヒカリの言葉によってこの戦いにおけるノアの決意が改めて決まった。
「嫉妬」のアビス王がどんな能力を持っていて、どんな力を有しているか未知数。
それが知れるのは手元の資料だけだが、読むのと実際に見るのでは感じ方に大きな差がある。
故に、そういう意味ではラダンマの言う通り、アビス王戦は全てにおいて「ぶっつけ本番」になると言っても過言ではないだろう。
しかし、どんな考えを巡らそうと、どんな言葉を並べようと、どんな感情を抱えようとやるべきことは変わらない――アビス王を倒す、心に持つのはその意思だけでいい。
その意思さえ揺るがなければ戦える。自分には最凶の味方がいるのだから。
「今度こそ、僕がこの手で.......」
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