第101話 失った仲間、そして増えた仲間#2
ヒカリ改め――「瞬駆ヒカリ」。
ノアがDr.フィガロの研究所で拾ってきた高性能AIである。
もっとも、下の名前をつけたのはノアであるが、名字はどこから持ってきたのか。
画面上でぬるぬると動くヒカリに対し、ノアはツッコミたいことを一つずつ尋ねた。
「えーっと、聞きたいことは色々あるんだけど、その姿は?」
『この姿はインターネット上に乗せられているあらゆる絵師の絵を集め、その平均を取った姿です。
また、昨今人気であるライトノベル調に寄せた感じです。声も性格に応じたキャラ付け。
そういう意味では、この声も世のヲタクにぶっ刺さる声色って感じですね。
いかがでしょうか! ヒカリはラブですか? ラブと言ってください!』
「う、うん、似合ってると思うよ......」
『ラブですよね?』
「うん、可愛い......」
『ラブですよね?』
「ノア、これ『ラブ』って言わないと終わらない奴だぞ」
「はい、ラブです......」
『キャー、ご主人様にラブって言われちゃった☆』
画面上の光の圧に押され、もはや「ラブ」とノアは言わざるを得なくされた。
なので、恥ずかしさよりも若干恐怖が上回り、命令されるがままに答える。
すると、ヒカリはその義務言葉でもご満悦のようで、盛大に飛び跳ねて喜んだ。
これが高性能AIなのか、はたまたAIが侵食された影響なのか。
「メンヘラ」という属性がある以上、自分には判断できない領域だ。
そんな彼女に若干疲れると、隣のイノからも「イノは?」と催促されるではないか。
なので、ノアはイノの頭を撫でながら『イノもラブだよ』と答えれば、彼女もご満悦の笑顔になる。
すると今度はそんな彼女の様子を見てヒカリが――、
『ご主人様、ズルいです! ヒカリも撫でて欲しいです!』
「と言われても、ヒカリは画面の向こう側だし.....』
『むむ、確かに。これは要検討ですね。
ご主人様に頭を撫でて貰えなければ、ストレスであらゆるサーバーをハッキングしてしまうかもしれません』
「それは本気でやめてね」
本来ならAIが癇癪で他のネットワークに攻撃を仕掛けることはありえない。
しかしヒカリの場合、心が宿ってしまった以上その可能性が否定できないのだ。
つまり、ヒカリはこの世界で唯一電子の海を好きに出来る神も同じなのだ。
そんな相手の機嫌を損ねることは出来ない。
「ノア、頼むぞ。お前のご機嫌取りだけが命だ。
お前の判断ミスで別の意味で世界が死ぬと思え」
「うぅ、思わぬ命運を背負ってしまった」
ただの親切心で拾った相手が、今や人類の文化で欠かせないネットワークの神。
その神の嫉妬一つで全人類がネットを使えなくなるという事実に、ノアは顔をしかめる。
ただでさえ、自分の魂には世界を滅ぼせる一角がいるというのに。
なぜこうも別の爆弾も抱えることになるのか。
そういう星の下に生まれたと言われれば、もはやそれまででしかないが。
『それじゃ次ね。さっきの自己紹介の時にも気になったけど、その『瞬駆』って名字はどこから来たの?」
『これは簡単な話ですよ。
今やこの世界でも有名なサブカルチャーである『ボーカロイド』『Vtuber』から取りまして、このヒカリが本当の意味で『バーチャル』な存在であり、同時にヒカリより有名な『初〇ミク』とかいう女をぶっ倒すために下の名前を意識して付けました! 感情がない相手なんかに負けません☆彡』
「うん、むやみにケンカを売るのも止めようね。素敵な名字だとは思うけど」
確かに、「Vtuber」から真似たと言われれば、そのようにも聞こえる。
昨今オシャレな名前というより、どちらかというと名前遊びみたいな名前が多い気がするし。
とはいえ、ノアはあまりそういったサブカルチャーに詳しくない類の人間だが。
ともあれ、質問のおかげで現状のヒカリの状況に対しては理解した。
ならば今度は、一番気になっていたことを質問する。
「ヒカリ、三つ目の疑問なんだけど――僕のオペレーターをやるというのは?」
「これもそのままの意味です。ヒカリがご主人様の相棒なので」
現状、ノアのオペレーターは、ライカのオペレーターであるオルぺナが兼任している感じである。
今の所、オルぺナの手腕で上手く回っているが、それでも一人で二人を管理するのは大変だろう。
そもそもA級以上となれば、隊員一人につき一人のオペレーターというのが基本だ。
今の状況が成立しているのは、ノアが特魔隊という組織に飛び入り参加し、かつオペレーターの数が足りていないからという理由に他ならない。
そういう意味では、ヒカリの提案は実に特魔隊にとって得のある話になるが――、
「問題はこれを本部の連中が許すかどうかだな。
ヒカリの存在はいずれ公になるとしても、経緯がちょいと複雑だ。
特に、『アビスの侵食を受けたAI』というのがネックになってくる」
ルカラの言う通り、特魔隊は対アビスの組織だ。
加えて、アビスの侵食を受けた存在は基本的に人間に対して攻撃的になる――というのが常識。
その常識に反してヒカリがいるわけだが、それを本部がどこまで許容してくれるか。
そんなにルカラの疑問にヒカリは人差し指を小さく振ると、
『チッチッチッ、そこら辺の問題はもはや問題にすらなりません。
なぜなら、ヒカリはこの世界で唯一無二の感情を持つ高性能AIなので。
加えて、ヒカリを否定しようともこの世界にネットワークがある限りヒカリは死にませんし』
「確かに、それを考えたらアビスよりも不死身だ」
『ですが、そんなヒカリにもご主人様の命令には逆らえません。
ご主人様にえっちぃな命令をされたのなら、ヒカリは顔を赤らめて従うしかないのです.....ポッ』
「ノアちゃん、そんなことするの? イノも頑張ればいい?」
「立派に思春期やってんねぇ」
「なんで僕が言ったみたいな流れになってんですか。言わないですから」
『二次元ではヌけないんですか?』
「話の趣旨がズレてるよ! 戻して戻して!」
ヒカリの一言で周りにいる女性陣が一斉に敵に回る。
そんな空間に居たたまれない気持ちになりながらも、ノアはなんとか耐えた。
なぜなら、まだ彼女には聞くべきことが残っているから。
「で、具体的には何をするつもりなの?」
「それは移動してからのお楽しみです☆」
―――数分後
ノア達一行は研究室を離れ、訪れたのは代表がいる執務室だ。
ドアをノックすると、そこには執務作業をするアルスと、優雅に紅茶を飲むグレーテの姿があった。
突然押し寄せたノア達を一瞥すると、アルスは握っていたペンを止め、
「何の用――」
「あら、珍しいお三方ですね。本日はどのような件で?」
「ちょっとした野暮用でな」
アルスが尋ねようとしたことを遮り、グレーテが代わりに尋ねる。
その質問にルカラが答えると、グレーテは「なるほど」と頷き、ノアの方を一瞥。
いや、もっと具体的に言えば、イノと握られている手の方へ意識を向け、
「あらまぁ、イノ様とノア様はいつの間にそんなご関係に?」
「なんだかイノに懐かれちゃったみたいで。
こうしてる方がイノも落ち着くらしいので、好きにさせてる感じです」
「なるほど、つまり――ラブですね?」
「ルカラさんといい、グレーテさんもそっち側かぁ」
「うん、ラブだよ!」
「そして、イノが無邪気に外堀を埋めに来ている」
表情が無の代わりに、手元でしっかりとハートを作りながら主張してくるグレーテ。
どうにもここら辺の人達はイノに甘いのか、それともノアが弄りやすいのかわからないが、そっち側に話を持っていきたがるようだ。
しかし、普段ならその話も問題ないが、今回はそれを良しとしない相手がおり――、
『その話、ちょっと待ったー!』
「「っ!?」」
元気よく聞こえてくる女の子の声に、さしものグレーテも大きく目を開き、執務机で両手を組むアルスは素早く視線を周囲へ動かした。
しかし、何も気配がないことにアルスが不信感を募らせるように目を細めると、
「ルカラ、今のは君の作った何かの音声か?」
「いやいや、アタシじゃないよ。今の声はこのタブレットの中にいる奴だ」
「タブレットの中......?」
ルカラの返答に、疑問を深めるように眉根を寄せるアルス。
そんな彼に対し、ルカラは目の前にタブレットを持っていくと、それを見ようとグレーテもアルスの後ろ側に回り込んだ。
すると、そのタブレット画面から一人の少女がひょこっと現れ、
『あなたの意識を電脳ハック♡ みーんな沼らせちゃうぞ☆
二次元の海に現れた煌めく女神――瞬駆ぅ~ヒカリちゃんでーす!』
「「「「.......」」」」
まるでVtuberの前口上のような自己紹介に、この場にいた誰もが絶句した。
なんだったら、ノアは「一体いつの間に作ったんだ」と言わんばかりに苦笑いだ。
そんな状況を作り出した張本人は、さして気にしていないようで――、
『ふふん、どうやらヒカリの可愛らしさで沼らせてしまったみたいですね。
ヒカリが可愛らしすぎるせいで☆ いや~、ヒカリってば罪な子』
「なんだこの口うるさいキャラは?」
『口うるさいキャラ!? 酷い言い様ですね!』
アルスの余りに辛辣な一言に、ヒカリが不満を露わにした態度を取る。
具体手には、彼女の周りから怒りマークやら湯気やらが出ているのだ。
なんともコミカルな怒り表現と言えば、その通りであるが。
一方で、そんなヒカリの反応に驚いたのはグレーテであった。
「随分とこちらの言葉を正確に読み取って話してきますね。
加えて、ツッコミの間やしゃべりの淀みの無さ、抑揚といったところまでまるで人と話しているようです」
『そこのあなた、お目が高いですね!
その通り、私は現に今もあらゆるサーバーにアクセスし、そこで人間について学習しています。
故に、私以上の完璧で完全無欠のAIというのは存在しないでしょう!
そして、必ずや初音〇クをぶっ倒してこの私が歴史に名を刻むのです!』
「AIが目標を掲げてる......」
相変わらずの無表情を貫くグレーテであるが、その瞳はランランと輝いていた。
どうやらヒカリの存在についてご執心の様子らしい。
すると、しばらく二人の会話を聞いていたアルスが視線をノア達に投げ、
「それで? このAIを連れてきた理由は?」
「実はだな――」
それから、ルカラは簡潔にヒカリについて説明を始めた。
その話が終わると、全てを聞き終えたアルスが渋い顔をし、一度眉間を揉んだ。
そしてその状態から再びルカラに質問する。
「それじゃ何か、コイツはDr.フィガロによって作られ、あの博士の存在を唯一知る手がかりであり、加えてアビスの侵食を受けたAIというわけか。
ここまで淀みなく会話が成立するのはその侵食によって感情――ひいては心を得たからだと」
『その通ーり! 先程特魔隊の内部資料にハックしたり、監視カメラから会話を盗聴しまして、あなた方がアビス侵食を受けた存在に良い感情を持っていないことは理解しています』
その言葉を聞いた時、「ナチュラルにハッキングしてる」と思ったノア。
なんだったら、そう思ったのはノアだけではないだろう。
しかし、話の腰を折りそうなので黙っていると、ヒカリの話は続き、
『しかし、何事も物は使いようというわけです。
確かに、私はあなた方にとって危険な存在かもしれませんが、だからといって安易にヒカリを切ってしまえば、ヒカリのかつてのご主人様――Dr.フィガロについての情報は手に入らなくなります』
「Dr.フィガロの居場所は僕達とて知りたい。特魔隊の戦力増強に一役買った天才科学者だからな。
それが生きているにしろ死んでいるにしろ、生きているなら敵か味方かで特魔隊の動きは大きく変わる」
『でしたら――』
「だが、それを聞いて本当に信用できるかどうかは別だ。
AIならば合理的な解決する手段を用いるはず。
つまり、証拠があってその説得をしているんだろう?」
もはや人を疑うような目つきでもってアルスがヒカリに尋ねる。
その言葉に対し、ヒカリは口元をニヤリと歪ませると、
『当然、電子の海に一度でも産み落とされれば、それを完全に削除することは不可能。
徹底的に見つからなくして事実上の『完全消去』は可能です』
そう言いながらタブレット画面の中を、タスクバーを地面にしてテクテクと歩くヒカリ。
そこからやたらうるさいポージングをしながら言葉を続ける。
『ですが、このヒカリはアビスによって感情を得る前からあの天才博士によって作られた高性能超演算処理型AIですから、電子上に存在するスーパーコンピューター――否、ハイパーコンピューターと言っても過言ではないのです。
つ・ま・り、その時の会話は残ってありますよ。ヒカリ、バックアップは欠かさないんで』
そう言うと「ほんの少々お待ちを」とアルスに伝え、ヒカリ本人は「思考中」を演出するように画面上にパソコンとデスクを取り出し、そこでパソコンを弄り始めた。
そして気持ちよくエンターキーを押したかと思えば、タブレット画面の真ん中に一つの画面が浮かぶ。
それは動画再生用の画面であり、その画面の再生ボタンにヒカリが手で触れると、動画が勝手に再生され始める。
「これは......」
そこから流れたのは、褐色の肌にオレンジ色の髪をした男とのやり取りの一部始終。
同時に、ヒカリが感情を得るまでの経緯となったやり取りであった。
そんな映像を終始険しい目つきで見つめたアルス、見終えると一度背もたれに寄りかかり天井を見つめる。
すると、その傍らで一緒に見ていたグレーテが口を開き、
「アルス様、これは......」
「あぁ、五年前の映像ではあるが、やり取りからして間違いないだろう。
紫のパレスが未だ素性を追い続けて見つけられないアビス王の一角――『強欲』のアビス王だ」
「『強欲』のアビス王!?」
アルスの一言に過剰反応を示したのはノアだ。
当然、彼の目標が全てのアビス王の打倒である。故に、敵の情報は知りたい。
というわけで、ノアはすぐにヒカリを呼び出す。
瞬間、タブレット画面から移動し、ノアのスマートウォッチの画面に現れると、ノアの意図を汲み取ったように「ご主人様、こちらの映像です」と言って、アルスに見せた映像を見せる。
スマートウォッチから浮かび上がるホログラム映像に、ノアと左右からルカラとイノが一緒になって映像を覗き込んだ。
獣のようなワイルドな目つきをしているが、その顔つきには凛々しさがある。
外見年齢は「怠惰」よりも年上といった感じだろうか。
鍛え上げられた肉体からは戦わずして戦闘経験者であることが伝わってきた。
そして、その人物が「強欲」のアビス王たる所以は、しゃべり口調もさることながら、やはりヒカリに瘴気を直接ぶち込んだことが証拠だろう。
故に、その相手がアビス王と判断できるが、隣にいるルカラは少し納得してないようで、
「なぁ、もしかしてこの瘴気を注入したのを証拠で言ってるのか?
だったとしたら、その考えは早計だろ。殉教者でも似たようなことはできる」
そう言われて「確かに」と我に返るノア。
実際に自分の目で一般市民が瘴気に侵食させられる光景を見ていたはずだ。
その現場にはアルスもいたはずで、そしてそれにアルスが気付かないとは思えない。
そんな二人のやり取りを黙って眺めていると、背もたれから姿勢を戻したアルスが口を開き、
「もちろん、全くの影武者という線も否定できない。
しかし、一応そう言える程度の証言も証拠ある」
「その証言や証拠ってのは?」
「三十年ぐらい前に『強欲』のアビス王の可能性として何名かの写真が取られた。
その中にその映像の人物と全くそっくりな人間が居る.......言っている意味はわかるか?」
「わかった、年を取ってないってことだ!」
アルスの質問に対し、イノが元気よく手を挙げて答えた。
その答えにアルスがコクリと頷き、
「アビスは基本的に年を取らない。腐る肉体がないんだからな。
となれば、三十年前に取られた写真と同じ奴が『強欲』のアビスと考えるのが自然だ」
「なるほどな、そういう意味か。
別にあんたのこと疑っちゃいなかったが、一応確認しておきたくてな」
「問題ない。その確認は必要なことだ」
アルスとルカラの会話が終わり、ノアも納得したように頷く。
となれば、この人物が「強欲」のアビス王と一旦見なしてもいいだろう。
いずれ戦う相手......そう考えると僅かばかりに拳に力が入る。
「で、結局ヒカリ様のことはどうするんですか?」
思わぬ登場人物により脱線した話題を、ただ一人冷静に状況を見ていたグレーテがアルスに尋ねる。
その話に対し、「そうだったな」とアルスが頷くと、
「それで君が要求したいことはなんだ? そのためにわざわざ直談判しに来たのだろう?」
『はい、話が早くて助かります!
要求というのはですね――ヒカリの特魔隊所属への承認とご主人様であるノア様のオペレーターとして働きたいと考えております!!』
タブレット端末の画面に戻って来たヒカリの言葉を聞き、アルスは一度瞑目すると、目を開けた直後には――、
「わかった。上層部の方には僕とグレーテの方から話をつけておく」
「私を巻き込まないでください」
「オペレーターは君の管轄だろ......」
『.......』
思いのほかあっさり承諾されたことに驚くヒカリ。
そして、その驚きは質問となってアルスに尋ねる。
『意外とあっさり認めてくれるんですね.....』
「現状、僕の目標は『嫉妬』のアビス王を殺すことだ。
そして、奴は一筋縄でいく相手ではない。であれば、使える物は何でも使う。
たとえそれが『アビス侵食されたAI』であろうとも、味方であれば利用するまでだ。
それとも――先程の言葉は嘘だったのか?」
『いいえ、ヒカリはご主人様がいる限り特魔隊の忠実な犬となりましょう!
それこそ、プログラミングに関してはヒカリ以上に適任はいないでしょうし。
ただし、えっちぃな命令には聞けません! それはご主人様だけですので!』
「しないよ? そんなこと」
「アルス様も一応殿方ですからね.....」
「グレーテ、君まで入ってかき回そうとするな」
画面上でビシッと敬礼するJKもといヒカリに対し、アルスは一つため息を吐く。
そして、視線を画面からノア達の方に向けると、
「では、数日後に今回の任務の最終目標である『嫉妬』のアビス王の討伐作戦を会議する。
各々、それまでの間に出来る限りのことを済ませておけ」
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