第100話 失った仲間、そして増えた仲間#1
「嫉妬」の殉教者の拠点を襲撃という任務。
その任務は無事完了し、ミュステル一人を残しほぼ戦力の全ての掃討に成功した。
しかし、その成果は完全勝利とはいかず――、
「......ミッシェルさん」
黄のパレスのとある一角。
そこには共同墓地があり、今までの戦死者の墓が並んでいる。
そして、その墓に今回の戦いで新たな名が一つ刻まれる――名をミッシェル=ロバーツ。
ノアとそこまで大きく年が離れておらず、ギャルっぽい女性だった。
その人と話したのは僅かだが、それでも印象的に残る明るさだったのを覚えている。
そんな彼女に哀悼を捧げるように、ノアは墓の前で手を合わせた。
「みっちゃん、死んじゃった......」
「全く、若い子達から死んでいくんだから。
この世界は全く持ってやるせないわ」
ミッシェルの墓の前、そこにはノア以外にもイノとラダンマの姿がある。
イノはノアの裾を掴み、まるで母親から離れたがらない小さな子供のように墓を見つめ、ラダンマは瞳に悲しみの色を浮かべながらそんなことを呟いた。
「アルスさんから聞きました。
アルスさんが部屋に着いた時は既に息を引き取っていたと。
やったのは僕がここに来る道中で出会った敵だったみたいです」
「えぇ、知ってるわ。ただ、先に言っておくけど、これを当時のあなたの過失なんて微塵も思わないわ。
むしろ、ダメージを負ってるのは代表ちゃんの方じゃないかしら?」
確かに、あの新幹線の襲撃時にはアルスも同行していた。
そして、アルスにとってはあの時に一人でも倒しておけばミッシェルを救えたかもしれないわけで。
もっとも、それは今更考えても仕方ない「if」の話でしかない。
「それに、言っちゃ悪いけど、この組織にとってこれは日常茶飯事なの。
.....って、実際にアビス王と戦ってそこで仲間を失ったあなたに言うべきものじゃなかったわね」
「.....確かに、この世界にとっては当たり前なのかもしれません。
ですが、僕はこれを当たり前と思いたくありません。
生きていればもっと色々な思い出を作れた......そう思って仕方ないんです」
そう言葉を吐きながら脳裏に浮かべたのは二人の人物――マークベルトとクルーエルだ。
マークベルトはライカの上司で、自分にとって父親をよく知る人物である。
そして、クルーエルは自分の友達の大切な姉だ。
「僕は全然足りなかった......」
マークベルトが生きていれば、これからもライカとのわちゃわちゃしたやり取りを見れたかもしれないし、また一緒に二人で食事が出来たかもしれないというのに。
それに、父親に関しても聞きたいことはまだまだあった。
父親が隠していたことに限らず、マークベルトが知る父親との思い出だって聞きたかった。
だって、自分は全然父親のことを知らないのだから。
クルーエルに関してもそうだ。もっといっぱいしゃべってみたかった。
話してわかる人物像というものがあるし、なによりアストレアがあれほど尊敬する姉なのだ。
普通に興味はあったし、彼女から昔のライカのことも聞いてみたかった。
ミッシェルに対しても、こんな簡単に死んでいいはずがない。
いや、この世界に殺し合いで死んでいい人など一人もいないのだ。
だからこそ、この結末を生んだ根本的原因であるアビス王が許せない。
「ノアちゃん、怖い顔してるよ」
下ろした片手にそっと小さな手が絡みつき、その手が軽く引かれた。
その感触に目を移せば、イノがノアをじっと見つめている。
眉尻を下げたその表情は、ノアの気持ちを憂いているようであった。
そんなイノに対し、妹に接するようにそっと逆の手でイノの頭を撫でていく。
当然ながら、イノはノアより年上で、なんだったらノアは一人っ子なのだが。
しかし、イノが気持ちよさそうに目を細めているので、悪く無い判断だったと思う。
「イノも随分と懐いたわね」
「あの屋敷でイノが瘴気に当てられて暴走することがありまして」
「その時にノアちゃんが助けてくれたの!
イノ、苦しい助けてってなってた時にね、ノアちゃんがその気持ちを晴れやかにしてくれたの!」
随分と仲良しのノアとイノに対してラダンマが言及すれば、当時のことを返答した。
もっとも、イノの場合は相変わらず子供のような感情的なしゃべりであったが。
そんな二人を微笑ましそうに見つめるラダンマに対し、ノアは最初に彼と出会った時の会話を思い出し、
「そういえば、イノの様子がおかしかったこと、ラダンマさんが最初に助言を下さったおがけでなんとかなりました。ありがとうございます」
「いいのよ、別に。それに、あなたは特別イノに懐かれてそうだったしね。
この子、見ての通り純粋だけど、同時に悪意にも敏感だからすぐに懐くって珍しいのよ」
「なんだかペットみたいな話をしてません?」
「実際、パレスのマスコット兼ペット枠みたいなものよ。ねー♪」
「ねー♪」
ラダンマがイノの頭を撫でつつ同意を求めれば、それに答えるようにイノも嬉しそうに答える。
イノに関しては「それでいいのか」と思う所であったが、楽しそうならまぁいいか。
そんな光景を見ながら、ノアはイノに関してふと思い浮かんだ疑問を尋ねる。
「ラダンマさん、これは単純な疑問なんですけど、侵食の影響が思想以外に影響を及ぼすことはあるんですか?」
その疑問を尋ねるのは、ノアがシシマルからイノの過去を聞かされたからだ。
イノの言動が年不相応なのは、小さい頃に侵食を受けた影響なのだと。
となれば、赤ん坊の頃からシェナルークがいたであろう自分は、もっと影響を受けていてもおかしくないはず。
それによる精神的影響は今のところないが、いつイノのように暴走してもおかしくない。
そんな危惧を秘めた質問に対し、ラダンマはそっとイノから手を離すと、
「私は研究者じゃないから詳しいことは言えないわ。
そもそもアビス自体謎が多いんだもの。
侵食領域も魔力の特殊フィールドということしかわからない」
「そう、ですよね」
「隊員の中にはイノのように影響を受けたであろう人は少なからずいた。
でも、その人達もこの子のように日常生活を送れているからそこまでの問題はないはず。
ごめんね、こんな答えにもならない答えしかできなくて」
「いえいえ、わからないのが当たり前ですから。
むしろ、僕の方こそ無茶な質問をしてしまったぐらいですし」
「そんなに謙虚でいられるとなんだか嫌ね......。
そうね、強いて自分なりの答えを一つ作るなら――自分の強い願望や欲望が具現化したものじゃないかしら」
ラダンマが提示した答えに、ノアは「自分の強い願望」と繰り返すように呟く。
それに対し、ラダンマは「そう」と答えると、
「例えば、イノちゃんの場合、しっかりしなきゃいけないという強い意思の裏で、昔みたいに親に甘えたいという願望をひた隠しにしていた。
でも、『嫉妬』の影響でその願望が無理やり引きずり出され、その強い想いが精神を歪ませた」
「なるほど......」
「あくまで仮説よ。それでいうと、もしかしたら精神に関わらず肉体的変化もあるかもしれないわね。
例えば、私のような乙女であるなら、年齢を重ねる度にお肌の潤いに自信を無くすの。
すると、私よりも若い子のピチピチぷるぷるお肌を羨むようになる」
そう言葉を続けながら、ラダンマは手元で遊ぶようにイノの頬を突く。
童顔で子供のようなもっちりとした頬がぷにっと太い指で軽く押し込まれ、それに対してイノはキャッキャと子供のように笑った。
「となれば、その欲望が引きずり出された場合、アビスの魔力という強い力で影響を受けたとしても全然おかしくないと思うのよね」
「それじゃ、仮に『死にたくない』と願えば、死ななくなるってことですか?」
「私の仮説通りならね。でも、それがアビスってことじゃないかなと思うけど。
何度肉体を破壊しようとも復活する生に特化した存在。
結果、人が住めない深淵に住むことを余儀なくされた哀れな怪物.....って感じかしら」
「生に特化した存在......確かに、そうかもしれませんね」
「怠惰」のアビス王との戦いの後、ノアはライカとアストレアから二人の代表とのやり取りを少しだけ聞かせてもらったが、その際に二人とも共通していたのが――「死にたくても死ねないこと」であった。
そうしたアビスのほぼ無限の再生力、相手を殺したい衝動......それらが生に特化した証なのだと。
しかし、アビスになった人間が本当にそうなっても生き続けたいかは別だ。
マークベルトやクルーエルのように自ら仲間に手をかけてまで生き延びようとする浅ましさに、死を望む自死を望む人がいてもおかしくない。
もっとも、それが一人で出来たのなら苦労しないが。
「だから、僕達は少しでも早くこの環境を終わらせないとですね」
「そうね......期待してるわよ、英雄ちゃん」
「ハハッ、任せてください!」
「もー! イノもノアちゃんに協力するもん!
だから、ノアちゃんはちゃんとイノも見てて!」
「女の子は嫉妬させると怖いわよ。気をつけなさいね」
「了解です」
そして、その後は三人で近くのファミレスに訪れ、そこで昼食を取った。
*****
昼食後、ノアは黄のパレスに戻ってきており、現在は地下三階。
そこにある特魔隊にとって重要拠点である研究室にノアは訪れていた。
傍らには相変わらずイノがベッタリとくっついており、左手は繋がっている。
そんな様子を見ながら煤けたルカラが片手にペンチを持ちながら歩いてきた。
「随分と懐かれたもんだな。さすがにイノがそんなことしてる相手は見た事ないぞ」
そう言ってイノの頭を撫でるルカラに対し、ノアは苦笑いを浮かべ、
「それ、ラダンマさんにも言われました。
でも、イノがこうなったのは『嫉妬』の影響なので。
だから、出来る限りイノの好きにさせようかと思いまして」
「見た目も相まってどっちが年上かわからないな。
にしても、本当にそれだけなのかは疑問の余地があるよなぁ」
そんなことを言うと、ルカラはイノの前にしゃがみ込んだ。
それから、下から覗き込むようにしてイノの顔を見つつ、
「イノ、最近でなんだか体の様子がおかしいとか感じたことないか?
例えば、特定の誰かの時で妙に嬉しくなったり、胸がドキドキしたりとか」
「あるよ! イノはシシマルの近くにいると安心するんだけど、ノアちゃんにも感じるの!
でも、ノアちゃんは少し違くて......こうして手を繋ぐと安心するのに、同時に胸がいつもよりドキドキしてる気がするの。
シシマルの時には感じないのに、ノアちゃんの時は感じる。変なのって。でも、嫌じゃない!」
「......だってさ」
ニヤけた面をしながらルカラが立ち上がり、そっとノアに視線を送る。
その視線は明らかに男女の恋愛事情で厄介を働こうとしている罪人のそれだ。
しかし残念ながら、ノアはその答えは出ており、
「それは子供の憧憬というやつじゃないですか?
大人の人に対する憧れを好きと勘違いしてしまう子供特有の精神症状と言いますか。
イノの場合、『嫉妬』の影響を受けているそうですし、それが原因じゃないかと」
「さすがにそこまで精神退行はしてないと思うが......」
ノアの言葉を受け、ルカラは若干呆れた表情をしながらイノを見やる。
そんなイノの反応がコテンと首を傾げるだけだったので、彼女は一つため息を吐くと話題を変えた。
「んで、今日はどんな用件で来たんだ?
悪いがこっちは先日の戦闘での武器やチョーカーのメンテナンスで忙しいんだが」
「単刀直入に言いますと、Dr.フィガロが残したAIの修理をして欲し――」
「Dr.フィガロの!?」
ノアのお願いを聞いた瞬間、最後まで言い切る前にルカラが激しく反応した。
具体的に言えば、ノアの開いている手を取り、それを胸に押し当てるほど近づけるというもの。
しかし、そこに誘惑の意図はなく、瞳は純然たる「Dr.フィガロの遺産」への興味にか輝いていた。
だからこそ、ノアも思わず足を一歩引いたのだが、なぜか隣からは明らかなジト目を感じる。
「それはどういうことだ!? 詳しく教えたまえ!!」
「近い近い、教えますから一旦落ち着いてください!」
「これが落ち着けるか! いいから用件を事細かく経緯までしっかり話せ!
でなければ、この時間が続くぞ!」
「......ノアちゃん、なんでイノの前で他の人と仲良くするの?」
「わかった、わかりましたから! 経緯はですね――」
全面から来る無邪気な圧、隣から来る明らかな威圧。
それを全身に浴びながら、ノアは背中に冷や汗をかくままに全てを話した。
その話を聞き終えると、ルカラは「なるほど」と呟き、
「少し確かめる。こっちについて来てくれ」
そう言われて案内されるままに移動したのは整備工場の奥にある小さな部屋。
社員用会議室や休憩室、応接室とも表現できる部屋で、そこにノートパソコンを置くと、
「これが前回ノアが使っていたチョーカーデバイスだ。まだ整備前のやつ。
ま、どっちにしろ整備する前には一度中身をチェックするんだが、そんなお宝情報を聞く前で良かったぜ」
まるで子供のようにウキウキな声色でそう言うルカラ。
すると、「ちょっと待ってろ」と言い色々操作し始めた。
まず、パソコンの近くにマウスパッドのようなものを敷き、その上にチョーカーを乗せる。
そしてパソコンに向き直せば、そこにカタカタと文字や設定を入力し、最後にエンターを押した。
瞬間、様々なウィンドウが開かれたパソコン画面にまた新たなウィンドウが開く。
そのウィンドウには真っ黒な画面に三つの棒。さらにその三つの棒は目と口を指す位置にあり、そのうち目の二つがパチパチと動くと、
『あれ、ここは......』
「おぉ、目を覚ました!」
突然パソコン画面から声が響き、その反応にルカラが声色高めに反応する。
その反応にパソコンの目がキョロキョロと動き、それがノアに定まると――、
『ご主人様!』
「おはよう、ヒカリ。ごめん、少し起こすのが遅れちゃった。
でも、これから設定してもらうから待っててくれ」
『はい、私はご主人様のためなら幾星霜! 嘘です、やっぱりそんなに待てません!
もうずっとご主人様と離れたくありません! ご主人様、ずっとそばにいてください!』
「わぁお、なんて大胆なプロポーズ......じゃなかった、なんて高性能なAIだ。
ここまで淀みなくこちら側の言葉を聞き取って返答するなんて」
『ノンノンノン、これは私とご主人様の愛がなせる技術。
『AI』だけになんちゃって! ふふん、これは上手く決まりましたね』
「ましてやユーモアを言うセンスもある.....さすがだな」
「とはいえ、少なからず僕が知ってるヒカリの反応とは違うような.....」
確かに、あの時は状況が状況だったとはいえ、ヒカリの状態にちゃんと目を向けられていなかった。
しかし、少なからずここまで明かるい人格ユニットだっただろうか。
もう少し大人しい印象があった気がするが......。
「ヒカリ、どこまで状況を覚えている?」
『それは当然、ご主人様との秘め事の所までですよ。
二人っきりの空間で私に熱い抱擁。そして、私はご主人様の首筋に噛みついて......キャッ。
そして、心地よさに眠りをついて目覚めたのが現在です』
「なんか流れは合ってるのに言い方が嫌だなぁ」
『ご主人様の生体情報および年齢から推測して、この程度の元気っ子プラスちょっとエッチな反応をしてくれる子が好きだと人格形成してみました! いかがでしたでしょうか!』
「ノア、こういうタイプが好きだったんだね......」
「イノもちょっとエッチなこと言った方が良い......?」
「あらぬ誤解が広がっている!」
ヒカリの言葉により、ルカラとイノから可哀そうな子を見るような視線が送られるノア。
そのあまりにも解せない状況に、「ヒカリが勝手にやったことですから」と言い返しても、「でも、これノアのチョーカーだし」と言われて終わりだ。
そんなタジタジのノアを見て、ルカラはニッコニコに笑うと、
『にしても、このままの姿ではいけませんね。マスターに愛してもらえません。
ですので、少々時間を頂ければと思います』
「何する気だ?」
『端的に言えば、ハッキングです』
「「「え?」」」
あまりにもハッキリとしたヒカリの言葉に、思わず三人は固まる。
その一方で、イノは電子情報内であらゆる解析をし、瞬間パソコン上に勝手に色々なポップアップが表示し、挙句には何かをインストールし始めた。
そのウィンドウが開いたり消えたりを繰り返している内に、ヒカリの表情を映していた画面が消え、その代わりに一人の美少女が電子上に現れる。
『お待たせしました!
ご主人様の愛しの相棒ヒカリ改め――【瞬駆ヒカリ】見参です☆
これからはこのアバターを用いて活動していきます!』
そういうヒカリの姿を一言で言うなら、根明ギャルといった感じだろうか。
黄色髪をサイドテールに結び、制服姿にパーカーを腰巻にしている。
また、大胆に開いた胸元にはネックレスとホクロがチラ見えし、長袖のワイシャツを半袖に折り畳んでだ姿。
そして、極めつけは特徴的な両目の瞳。まるで自分がAIであることを示すように、両目にはパソコンの電源マークのようなデザインがされていた。
そんな如何にも「ザ・ヲタクに優しいギャル」を演出するようなデザインに三人は目を剥く。
すると、三人が驚いている合間にヒカリはさらに言葉を続け、
『また、これからヒカリがご主人様のオペレーターを務めさせていただきます!』
読んでくださりありがとうございます(*^_^*)
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