025▼場所:『紫煙(私怨)あふれる後日談』……語り手:『やさ男』
◆◆◆場所:『紫煙(私怨)あふれる後日談』……語り手:『やさ男』
「――よく来たな。何、その後の調子を聞きたくてな。何でも、ウワサでは、『刃物娘』と一悶着あったそうじゃないか。手足の一本ぐらいなくなってないか?」
《もし、そうなら腕の良い医者を教えよう。いや、むしろ『擬体師(人形師)』のほうが良いか?》と、『白眼鏡』が何やら楽しそうに話してくれます。
「……いや、別にどうってことないですよ。そりゃ、めっちゃ痛くて。めっちゃ痛くて。めっちゃ痛いだけですけど、この前行った病院で『縫って包帯巻いとけば治る』って言われまして。――もうだいぶ、よくなりましたよ。まだ手を握ると、痛くて血が滲んだりするけど、箸は持てるし、ペンも持てますよ」
「ほう、それはスゴいな。どこの医者に言ったんだ?」
「えっと、松長駅前にある『西蝠山病院』ってところですけど、知ってますか?」
「なるほど。あそこか。それならその手腕も納得できる。あそこには、とんでもない名医がいて【死なせない医者】というらしい。どんな病気でも絶対に死なせず確実に活かすらしい」
「また、どうツッコんだらいいか分からない人ですね。まるで、『ブラック・ジャック』じゃないですか?」
「いや、『ブラック・ジャック』のような闇医者でなく、普通の医者だ。ただ、『絶対に死なせない』っていうだけのな。全てにおいて生存率が99%」
あれ? なんで99%なんだろう……。
「絶対助けるなら100%なんじゃないんですか?」
「あぁ、そのことか。例え、現在の『成功率が100%』だとしても、過去に一度、殺したことがあれば、もう完璧とは言えない」
《完璧(100%)と高レベル(99%)の差は実に大きい》と、『白眼鏡』教授(先生)は、科学者っぽく言ってくれました。
――あっ、そういえば、大切なことを思い出してしまった。
『家出少女』で盛り上がってたけど、いつものノリになったから思い出した。
「先生、この前はありがとうございました。『警察』に捕まったときに、間違えて先生の番号教えちゃったのに助けてくれて。――それと、『ショートヘア』にも連絡入れてくれたみたいで助かりましたよ」
「あぁ、そんなこともあったな。――だが、気にすることではない。教師が教え子の無実を晴らすのはよくあることだ。彼らに山ほど貸しはあるが、借りを返させるほどのことでもなく保釈のために金を積むほどのことでもなかった。――ただの『言葉遊び(リップサービス)』だ」
……なんかスゴいことをさらっと、言われたような。
「だったら、どうやって、彼らを説得したんですか?」
「なに、簡単なことだよ。お前が『女装癖の持ち主』で、『アニメのキャラクター』の制服を着たり、『メイド服』を着るような奴で、公園で見かけたのは、同じ趣味を持った輩と『映画でも撮っていた』のだろうと伝えておいた。あぁ、もちろん、輩というのは『女装した男の友人』としておいたぞ。それと、『ベランダの服』は、そういう『趣味の服』だと伝えておいた。以上だ」
……異常です。
僕の『人としての尊厳』が破壊されました。
「なに、違うのか? 私はそんなウワサを聞いたのだが」
「断じて違います! 僕にまつわるウワサが全部本当だと信じないでください。そりゃ、『ショートヘア(噂バカ)』が話す【都市伝説】は全部本当になるってぐらいに、信憑性がありますけど、僕はそんなんじゃないですって」
――うん、僕がそんな趣味を持ってないってのは、本当。
だけど、『蝠大の漫研』の『愉快人』たちは、『萌えキャラ』の『コスプレ』して、徒党を組んで深夜の『スーパー(ハローズ)』に行ったりするのは本当。
しかも、《どう、似合ってますか?》って店員にさわやかに質問するぐらい。
ビバ、『オタの街・松長!』って叫びたい。
……ぶっちゃげ、この街はもはや何でもありな気がする。
「まぁ、結果として、助かったからよかったんですけどね。……いえ、かなり、助かってますよ、マジで」
「そう言ってくれると師として鼻が高い。――しかし、何故、わざわざ『自分から捕まった』のだろうな? 敢えて、『ここでは』言及しないが」
《男とは理解に苦しむ生き物だ》と、『白眼鏡』は、僕の心の中を読んでるようです。
いや、ホント、『レクター教授』で、その『読心術』は勘弁してください。――たぶん、みんな、僕は『甲斐性なし(ただのバカ)』ってことで、『スルー』してくれてたはずなのに。
……もし、ばれたら恥ずかしいじゃないか!
「で、以上が今回の呼び出しの件ですか? もし、そうなら家に帰って、『リハビリ』をしたいんですが?」
もちろん、そんな必要ないです。
だけど、みんなで、『カラオケ(リハビリ)』に行く約束が入ってます。
……何でも、『僕のおごり』で。
正確には、『ショートヘア』が『みんなにおごる』分を、『僕が持つ』ってことらしいです。『ケータイ』、その他、車に拡がった『僕の血痕の汚れ』の代金だそうです。
……あぁ、『バイト始めないといかんな、これは』と、真剣に悩んじまいそうな難題です。
それに、『セミロング』の食費のこともあるし……。
「なに、今のは、前フリで、ただの『社交辞令』だ」
《飲め。出所祝いだ》と、『白眼鏡』が、高そうな『シャンパン(Grand Cru)』を出して、僕に勧めてきます。
「……この学校は『禁煙』で、さらに『禁酒』なんですが……?」
「例によって、例の如くで、私の部屋(領域)だ。硬いことを言うな」
……無茶苦茶だなー。
最後の最後まで、無茶苦茶だよなー。まぁ、それがこの人のキャラなのかもしれないけど。
「――それでは本題を始めようか」
『白眼鏡』が告げる。
『教授(建て前)』でなく、【殺人容認主義者(本性)】の雰囲気に変わる。
この人の場合、本当に本題だから、困る。一体、どんな『珍問奇問の無理難題(竹取物語の五つの難題)』を言い出すか心配です。
「――『例のバラバラ事件』についてだが、どう思う? 最近聞いたウワサについて答えてくれ」
最近って……。
そんなこと言われるまで、忘れてたよ。もう、『家出少女』で大忙しでした。
――ぶっちゃげ、こっちの話が『メイン』で、『解体殺人』のほうは、『プロットの穴埋め』とか、『原稿稼ぎ』の『オマケ』なんじゃね?
「……いや、もう最近は、ほとんど聞かなくなりましたよ。よくある事件と同じで、流行が過ぎたんじゃないですか? 流行ってる時期は、どこのテレビ局も新聞も同じニュースばっかりで、『紙面と電波の無駄遣い』って気もしますが」
うん、本当に聞かないな、最近は。
『毒餃子問題』で荒れたと思ったら、『食肉偽装』になって、今度は、『フリー・チベット』になって、次は、『硫化水素殺人』と『女子高生の殺人』になって『米偽装』、『米金融破綻』で『世界同時不況のピンチ』とか。その合間を埋めるように殺人・殺人・殺人。
……つうか、事件と殺人ばっかで気が滅入るな。毎日、こんだけ人が殺されてるとか、『鬱だ死のう』って気分になるね。
「――なるほど。実に良い回答だ。たしかに、その傾向がある。ウワサが別のウワサに取って代わる『流行の変わり目』かもしれない。だが、なぜそのようなことが起こると思う? ウワサが廃れる原因について答えてくれないか?」
うーん。それは、さっき言ったように目新しいモノに飛びつきたいっていう、『ミーハー精神』だと思うけど、『白眼鏡』自体が、『取って代わる』って言葉を使ったんで、その線は薄いな。となると、別の答えを探さないといけないってわけで。
「――可能性として色々考えられますが、新しいウワサの目新しさと、今までのウワサに陰りが生じたからじゃないですか? 例えば、今まで人気を牽引してた『有力選手』が勝てなくなって、誰も見向きもしなくなったように、『中心となる犯罪が衰えた』、または、なくなってしまったかってところだと思います」
「――そうだな。そう考えるのが妥当だ。何事も中心というものが大事で、最初にその道を走っていた『花形』がいなくなると、他の『模倣者』は、止めてしまうものだ。例えが悪いが『カリスマ性』がある事件でないと流行となりえん。――では、質問だが、今回の『連続バラバラ殺人』において、中心となった事件とは、どんなものであったか? 犯行現場の様相で答えてくれ」
それは、あの事件しかないと思う。それだけ違和感があったんだから。
「病院であった最初の事件じゃないですか? 『広い範囲』で言うなら、その後の冥王台の一家や病院関係者をバラバラにしたっていう、事件も入ると思います。あの事件の被害写真は、どれも巧みともいえる切断面の鮮やかさがありましたし。――あぁ、もし、一連のバラバラ殺人事件全体で考えるんでしたら、『切断面の綺麗さ』と、『顔剥ぎ』や、『心臓や内臓』を『取り出した後』に『細切れ』なども印象的ですね。あれは、『フツーの模倣犯』にはできない悪い意味で『芸術的な殺し方』です。まるで人体の弱い部分を狙って、解剖するような解体の手際でした」
でも、なんでそんな殺し方をしたかの理由はわからないけど……。
「なるほど、たしかに事の初めというものは大事だ。しかも、今、お前が言ったような殺人現場はとても『技術レベルの高い』ものだった。同じ方法で殺した連中や医療現場が、その手腕を見れば憧れてしまうほどにな。顔剥ぎについては、捜査の撹乱や成り代わりか、趣味によるものだろう。一方、内臓に取り出しについては、『解体マニア』か趣味という可能性もあるが、『臭いを防ぐ』ということでもある」
ん、どういうことだ?
「ちょっと、今のところよくわからなかったんですが、何で内臓を取り出すことが『臭いを防げる』につながるんですか?」
「それはな。人間の『消化管』というものには、たくさんの細菌がいるんだよ。それこそ、身体の外部と同じかそれ以上と考えていい。生物系の分野では、『消化管は体外』として考えることがある。逆に体内とは、それ以外の肉が詰まったところだと考えればいい。話は戻るが、『消化管』には胃液や胆液、膵液などの『消化液』や、消化途中の食物や大便などで溢れている。だから、むやみに傷つけて中身を出してしまえば、たちまち臭うというわけだ。同様に、心臓や血液関係も、よく血抜きした後に取り出せば、返り血も浴びにくくなる。――ここまでの説明はいいか?」
ただ、闇雲に切り刻んでたってワケじゃなかったのか。
「えぇ、なんとなくわかりました。そんな意味があってやってたんですね。てっきり、『めちゃくちゃにしてれば幸せ(トリガー・ハッピー)』みたいに好き勝手にやってただけだと思いましたよ?」
「あぁ、あくまで可能性と考えてくれればいい。実際にそうだったかは本人に聞いてみないとわからんがな。さて、話を続けるが、その手際が良いバラバラ殺人と、そうでないモノを比較してみた。――以前、お前に分類してもらったものがあっただろう?」
……えぇ、もう『心的外傷』になるぐらいに見せられましたよ。
時々、夢に出ます。トイレのドアを開けたら、何かいたり、写真になんか写ったりします。
「……えぇ、ありましたけど、それが何か?」
「あぁ。その後、私もお前の分類方法を真似て、一連の殺人事件を全て整理してみた。もちろん、写真や参考資料は【歩く騒怨】に提供してもらったもので、報道が控えられたり隠蔽されているものなど全てを網羅しているので抜かりはない。そして、わかったことだが、病院や冥王台での『最初に起こったバラバラ事件(便宜上A)』が十九人。そして、『連続バラバラ殺人での綺麗な殺し方(便宜上Aa)』が二十五人。最後に、『その他のバラバラ殺人(便宜上B)』が十一人だ」
おいおい、そんなに死んでんのかよ……。
「もちろん、実際に起こった件数と、ウワサで上がってくるような数は一致しない。【歩く騒怨】が言うには、《情報になってない【都市伝説】なんかの『人伝』や『口伝』は、『電波じゃ聴けない』んで専門外。だけど、ウワサに関しては、【都市伝説好きの少女】がいるから大丈夫じゃない? だって、あのコの【都市伝説】って、『事実と真実の間から出てくるような矛盾(雛形)』を感じて話すようなもので、話すと本当(現実)になるんだから。――あのコの存在のほうがよっぽど【都市伝説(化け物)】だね》だそうだ」
……えっ、今の引用部分が、その【歩く騒怨】ってヤツのセリフなのか?
ほんと、『世界の電波を聴く』ってどんな電波な人ですか。
ついでに、そんな電波に『都市伝説認定(化け物扱い)』される『ショートヘア(バカ)』ってなんだよ……。
つうか、今の引用部分の説明がなんか、やたらと、『小悪魔チック』な声真似だったけど、キノセイか? なんかそろそろ僕の『不思議回路(ツッコミ回路)』がおかしくなってきました。
「驚いてるところ悪いが話に戻る。『ショートヘア』の噂の数も入れれば、桁が変わってしまう。――ざっと、千百七十八件というところだ」
……いや、もうそれウワサじゃないと、ヤバイラインだから。
『災害』とか『戦争』とか『疫病』ってレベルだから。――こんな『トンデモ喜劇』でそんなに殺しちゃダメだって。
「で、その分類がどうしたんですか? それは前やったと思いますが、何か意味でも……?」
「その通りだ。先ほど説明した(A)と(Aa)の事件だが、どれも広島県近辺に偏っている。遠いもので岡山県に一件あるだけだ。――つまり、約四十四人はこの近辺での『バラバラ殺人』ということだ」
おいおい。それってほとんど断定じゃないか。
同じ手口で、ここまで近場で、ほぼ毎日のように人を殺してるって、どんなヤツがそんなことできるんだ? 僕は『甲斐性なし』だから、そんな風に人を殺すとかいうことはさっぱりできないんだが……。
「でも、変じゃないですか? ほぼ毎日、人を殺しながら、しかも、脈絡なくあちこちに出向いて殺すって何なんですか? そりゃ、もちろん、犯行現場が同じだったら、怪しいですけど、ここまで広島県に偏ってたら、もう十分怪しいですよ」
「そう、その通りだ。これは『不自然な偏り』だ。普通、偶然に殺人が起こったとしても、模倣が起きたとしても、ここ一ヶ月の間にここまで殺されることはまずない」
「そりゃ、そんなもんあっても困りますよ。……あれ? でも、そんなに死んだって話は聞いてませんよ?」
そう。そんなに死んでないはず。
『家出少女』のことを調べながら、『白眼鏡』の質問対策で調べたこともあったけど、最初のを含めても二十人ぐらいで、それ以上死んだって話は全く聞かなかった。
……まぁ、『ショートへア』のウワサは省略しとくけど。
「だが、実際に起きてしまっている。君が知らなかったのは、報道規制の問題だろう。もし、この県で四十四人がバラバラ殺人で解体されていると知ってみろ。普通の住人はパニックになってしまうだろうからな」
えぇ、たしかに言えます。
『ショートヘア』曰く『コメント制限(自主規制)』ってやつ。
一人殺されても、通学路がどうの、集団下校がどうのってやるもんな。
それが、四十四って言ったらもう、そんなレベルじゃなくって『自警団』が出来てしまいそうな始末で。
「……あれ? でも、おかしくないですか? 仮に、この四十四が同じ犯人によって起こされたとして、長距離の移動はどうやってるんですか? 被害者の中には車で移動してたモノが多く、しかも彼らの共通点って言えば……。全員男じゃないですか! これも偶然なんですか?」
「良い着目点だ。その通り、(A)と(Aa)のグループの被害者は全て男だ。しかも、大半が車を持っていて、しかも被害現場がホテルや自宅、公衆トイレなどの一定の空間を有す場所だ。中には、駐車場という場合もあるが、この場合は車が空間の役割をしていると考えられる。これは何を意味していると思う?」
何って、言われても逆に困る。
こんな男ばっかが殺されて、しかもホテル絡みの密室絡みってことは、アレだろ。
「まさか、女を犯ろうとしたときに、逆に殺られたっていうんですか? 四十四人が全て。たしか、ウワサじゃ『ナンパ』したら、殺されるってのがありましたよね? もしかして、被害者は全員、全部が全部、『同じ犯人に殺された』っていうんですか?」
そんなことありえない。
そんなトンデモ殺人なんて、『超能力』があっても、『魔法』が使えてもできるわけない。
『白眼鏡』の推理は、『欠陥だらけの暴論』だろ。こんなことってあるはずが……。
「――さぁ、どうだろうな? 話を続けようか。あるかないかはわからんよ。『あるかもしれない』って可能性について、私たちは論じてるだけだ。プラスな話で、思いつく限りの可能性を挙げ合うというのが『ブレインストーミング(Brain・storming)』という『自由意見抽出技法』だ。最後に、その意見をまとめて整理すれば、結果が見えるという素晴らしい技術だ」
この【殺人容認主義者(白眼鏡)】とんでもないことを言いやがる……。
何が、前フリだ。何が、本題だ。何が、自由に意見を言い合おうだ。
――この人は、『バラバラ殺人』の『犯人を推理してた』んじゃねぇか!
ということは、今までの会話は『全て伏線』ってことか? まさか、『セミロング(家出少女)』のことも、その伏線ってのに入ってるのか?
『家出少女』の【都市伝説】が終わって、ほっとした矢先の後日談。
それが、『万々歳』で終わって『ハッピーエンド』だと思って、油断したところでこの仕打ち。
――アンタは、やっぱり最高の『嗜虐愛好家』だ。
まぁ、いい。この暴論会をさっさと終わらせよう。どうせ、暴論は『奇想天外』で陳腐な暴論にしか過ぎない。僕は『悪魔(批判)の代弁者』になってでも、その暴論と性癖を叩き潰させてもらう。
それが、『甲斐性なし(やさ男)』である僕の役割ってモノと悟った。
「――わかりました。とことん付き合いますよ。そして、その仮説がただの暴論であることを実証してみせます」
「ふっ、ようやく本調子というヤツか。いや、もう既にその『手のケガ』のときに十分、お前の【殺人視考(性癖)】は本調子だったか。――まぁ、それは後の話に取っておこう」
……またこの人は、意味深なことを言う。
そりゃ、この『ケガを負うようなこと』にはなったけど、僕は別に……。
『フツー』に『彼女を説得』してただけで。
そんな『異常なこと』をやってたわけじゃない!
「――では続けよう。その四十四人が同じ犯人に殺されたことなんだが、気になることがある。全部というわけではないが、(Aa)のグループでは、全ての事件で『車と車の所有者』が一致しなかった。いや、正確には、一応は一致していた」
不明瞭な説明。
……要領を得ない。
「そう急くな。被害者を見たという目撃証言と車の持ち主が別だったということだ。免許証や身分証明書の類は全て、衣服同様にバラバラにされてたから、その場ですぐにはわからなくてな。『司法解剖』や『遺伝子捜査』でようやく答えがわかったということだ。――つまり、『殺された被害者と車』は一致していた。だが、『別被害者の顔』が、打ち付けられていたってことだ。これについてはどう思う? 何故、そのようなことをしたと思う?」
なっ、なんだそりゃ……。
なんで、そんなことを。
「えっと、たしか、さっき『白眼鏡』教授(先生)が自分で言ったじゃないですか。『捜査の撹乱』か『愉快犯』的なもので、犯行を楽しんでいたり、成り変わりをするためのモノってことで」
……何かにひっかかる。
何かおかしなところがある気がする。
「そう。よく聞いていたな。その通りだ。わざわざ、手間のかかる『顔剥ぎ』をやるってことはそれ相応の見返りが必要ってことだ。労力が報われるだけのな。さらに補足をしておこう。『ショートヘア』のウワサを聞いて、もう把握をしていると思うが、どんな顔の使われ方をしたと思う? 『使われた順番』の観点から答えてくれ」
はっ? 順番。
……顔面の使われ方にそんなものあったのか。
「いや、わかりません。僕が思いつくのは、顔を『成り変わり』に使ったのと、『捜査の撹乱』に使ったって話だけで、順番についてはわかりません」
「そうか。それは残念だ。まぁ、全ての情報が伝わってなかった可能性もあるので、答えよう。最初に起きた事件(A)では、顔剥ぎは起こらず、全てがバラバラにされていた。そして、事件(Aa)では、(A)の事件の容疑者だった『モルヒネ中毒の医師』の顔が、墨吉のラブホテルで、『第一の殺人』として見つかり、そして、墨吉で殺された『暴力団組員』の顔が、別のホテルでの『第二の殺人』で見つかり、また、その第二の被害者の顔が……。という具合に『順繰り』に持ち越されて利用されている。まるで、『義務的で儀礼的』な流れに沿ってな」
……わからない。
話はなんとなく分かるけど、なぜ、そんなことをしたかが分からない。
「……つまり、どういうことなんですか? そんなことをやる『本当の意味』って何ですか? 『自由意見発想法』で何でも言えと言われても、僕には皆目検討もつきません。異常な殺害方法が、『ずっと同じように』飽きもせず続いてるぐらいしかわかりませんよ」
「なるほど。まぁ、それも仕方ないことかもしれない。――簡潔に言おう。『殺害方法は原点』を繰り返している。最初に起こった(A)の『方法を踏襲』しているのだよ」
「……だけど、それが何だってんですか?」
あぁ、そこまではなんとかわかる。
全てが同じ犯人ってことは、最初の事件と同じ手口で原点なのは当たり前じゃないか。
だから、犯行方法が似通ってくる。――まるで、一人の作家の作風が似たように……。
「つまり、【シフト化殺人】ということだ」
『白眼鏡』は、紫煙を吐きながら、僕の理解が追いつくのを待つ。
たしか、【シフト化殺人】ってのは、『前提条件(殺人動機)』が揃えば、『反射的に殺人行動』を起こすという『異常行動』だったはずで。
「今回のケースでは、バラバラに解体し、顔を剥ぎ、内臓を取り出した後で、切り刻み、所持品は服も身分証明書も全て切り刻んで、一銭も残らないという常軌を逸した異常な強盗殺人。さらにその被害者は全て男で、性交目的で、被害現場はあちこちに散らばっている。ある『引き金(きっかけ(トリガー))』が起これば、ある『前提条件(殺人動機)』が揃えば、『反射的に殺害行動』に及び、『同じ殺害現場(結果)』を残す。まさに『過ちを繰り返している』というわけだ」
《当人は過ちに気づかず、普通の行動だと思っているだろうがな》と、『白眼鏡』が『人を殺したことのあるような眼』で僕を見る。
「――異常な体験によって、異常な行動によって、『既存の価値観』が壊れてしまい、その罪悪感や『苦痛から自己を守る』ために【シフト化】し、自分が取った異常行動や自分が受けた異常被害を『一般化』し、『鈍化』し、『慣化』し、自分の異常行動に何の疑問も持たなくなった【アレ】と呼ばれる存在の誕生だ。――今では『禁止用語(差別用語)』で『××××(アレ)』と呼ばれる連中だよ」
厭な話だ。
本当に厭な話だ。そんな異常なんて、『フツー』は関係ないって思うことだ。だけど、ちょっとでも『そうかもしれない』って思ったらそう思えてくる。限度は違うけど、酒やタバコ、女遊びやギャンブルなんかもそれと『同じ分野』の話。ただ、ベクトルが違うだけで、少しでも行き過ぎてしまえば、同じように取り返しのつかない『中毒性』を持ってしまう。
……そんな全ての行動において、【シフト化】が起こる可能性を秘めるという危険な仮説。
【殺人に至るメカニズムの探求】。
こんな話になってくると、ますます異様な暴論だ……。
「――でも、よくわかりませんよ。もし、先生の言うように、その【シフト化】ってのが起こってて、【シフト化殺人】になってしまったと仮定した場合には、価値観が壊されるほどの『圧倒的な異常』な状況が起きてる必要があるじゃないですか? 一体それは何ですか? どこで、誰に、その四十四人を殺したっていう女性らしき犯人に、そんな悲惨な状況が起こったっていうんですか?」
僕は聞く。
納得できないので聞く。
――だって、そんな異常でぶっ飛んでしまうってことは、よっぽどだぜ?
ずっと、ずっと何かについて考えてしまうからオカシクなってしまうんだ。
――それこそ、殺人について考えてしまう異常者のように。ある殺人について納得行かず、その殺人を考えるあまり、殺人のことしか考えられずに、『人の殺す方法をずっと考えてしまい』、『人を殺す過程』を考えていることが普通になって、『視るモノ全てに殺人の片鱗』を感じて『殺し方を視てしまう』ように。
今、見てるこの光景でさえ、転がっているシャーペンでさえ眼球を抉り、紫煙を上げる葉巻でさえ拷問器具にして燻り殺すように、不敵な女を苦痛に歪ませて殺す方法を数百数え上げられるように……。
そんな異常を作る原因があったっていうのか?
――あるなら答えてくれよ。
なぁ、頼むよ。【殺人容認主義者(サド野郎)】の『暴論野郎』が!
「あぁ、もちろんだとも。異常が起こるということは『既に別の異常がある』から起こるんだ。『朱に染まれば赤く染まる』ように、異常は連鎖し、異常を繰り返す」
《そして、また新たな異常が生まれる》と、『白眼鏡』がもったいぶりながら、葉巻を燻らせる。
そして、例の『人を殺したことのあるような眼』で、不敵に笑いながら暴論を紡ぐ。
「――例の病院で『安楽死』が横行していたのだよ。『保険金目当て』の病死を装った『尊厳死(殺人)』がな。それも、『健康な人間を薬漬け』にし、わざと患者にすることで『無理やり入院』を長引かせ、次第に衰弱させて、薬漬けによる身体能力の低下と保険がぎりぎり支払われる制度の境界を見ながら『安楽死(処置)』に及ぶ」
……おいおい。
そんなことって……。
「――それもただ殺すわけではない。殺すときには内臓を取り出し回収し、『臓器移植用』として売買する。死体になる前の生きた患者から臓器を取り出すのだから、『事故死』や『任意提供者』よりも『新鮮』なモノを確実に手に入れられる」
《まるで、『臓器農場』という作品を思い出す》と、『白眼鏡』が不敵な笑みで話す。
……僕には、何が楽しいのか分からない。
だけど、彼女の説明はまだ続く。『実験対象』の『誕生と成長と死の流れ』を淡々と『説明』するように。
「――さらに『ヘッドホン』の情報では、その死体を作る際に、『解体医師』の『性的欲求』を満足させるための暴行など『日常茶飯事(当たり前)』らしいじゃないか。爪を一枚ずつ剥がしたり、指を一本ずつ切り刻んだり、どのくらい血を抜けば意識を失うのか、一度、仮死状態になっていたものを、わざと意識を取り戻させて、性的暴行を加えるなど予想できないわけないだろう? 場合によっては、病院に良い顔をしてくれる財界の有力者や権力者の手慰みにするための『人身売買(ペット販売)』も行っていただろう。もちろん、ただ遊びで解体を楽しむだけでなく、医学的な将来の発展のため、『薬物の耐久テスト』や、薬物で故意に作った腫瘍や患部を取り除く『手術技法の確立』などの『人体実験』もしていたそうだ」
《ただの死体だ。好きに扱ったものだ》と、『白眼鏡』が科学者の顔で、不敵に話す。
まるで、もし、自分も同じことが許される立場なら、自論である【殺人に至るメカニズム】を完成させるために『人間同士を殺し合わせる』ことなど当たり前と言わんばかりの、『イカレタ科学者』がそこにいる。――いや、もう既に『殺人実験』を行っているのかもしれない。
……それは、僕には分からない。
既に、僕の立場がそんな『実験対象(人体実験)』なのかもしれない。
「……だけど、そんなことなんてあるんですか! そんな馬鹿げた『非人道的』なことが許されるなんてありえない」
「許されるかなんか関係ない。『彼ら』が許すだけだ。『ビジネスライク』に『利益が出ている彼ら』が、上手く金をばら撒いて根回しして黙らせてな。――以上が、お前の質問に対する異常な状況というヤツだ。さて、まずは、最初の事件周辺を固めさせてもらうが、最初の事件の被害者は誰だった?」
それは、アレだろ。
「病院の関係者で、同僚の医者や理事長の看護師が殺されてますが? 一面、血の海だったから誰がどの死体かはわかりません」
「――その通りだ。誰が誰だかわからない。『臓器摘出の解体場』など、被害者と元患者の『死体の山』で、数の判別などつくわけがない。肉が混じり、血が混じり、いなくなった『人名しかわからない』状況で、いなくなったもの『全てが死体』として処理されててもおかしくないだろう。――さて、次に起きた事件はどうだった? 誰が殺された? しかも、誰によってどのように?」
「それは、たしか、冥王台の家族でしょう? 一家がバラバラにされて殺されたっていう便宜上では(A)にあたる殺人事件で……」
嫌な予感がよぎる。
……この質問はなんだ? そして。この答えが示すものって、まさか。
「そう、その通りだ。例の如く、バラバラにされて殺害されている。じゃあ、なぜこの家族は殺された? 他の殺人では、『病院関係者』や『ナンパ目的の男たち』だったろう? それが、何故、『一見関係の無い家族』だったんだ? 彼らが『巻き込まれる原因』は何だ?」
……嫌な予感が再びよぎる。
それは、たしかテレビで何度も見た映像。そこに映るテロップの数々。
「――たしか、その被害者家族には、例の病院に『入院していた長女』がいて、家族がバラバラにされて殺されたときには、『既に例の病院』で亡くなっていて……」
……まさか。
そんなことありえない。いや、だけど、この話のこの流れはそうとしか……。
「そうだ。よく覚えていたな。『長女が死んでいる』。『何年にも渡る長期療養』の甲斐なく数日前に亡くなっていたそうだ。例の病院でな。これが何を意味するかわかるか?」
……嫌だ。
これは『誘導尋問』だ。だけど、一度考えてしまうと、そう考えてしまう。
「そうだ。その通りだよ。お前の考えているように、彼女は『臓器売買の犠牲者』だろう。『薬漬けされて殺された』のだろう。『齢十三歳の少女』が、筆舌し難い目に遭わされてな。あえて、言ったほうがいいか?」
……いや、いい。
言わなくていい。そんなこと結構だ。そんなこと考えたくもない。
……考えたくないから、僕は横槍を入れるしかない。
「だけど、そんな子供がもし、犯罪に巻き込まれてたとして、大量の人を殺せるんですか? それこそ男や大人ばかりなんですよ? そんなこと理論的にも物理的にも不可能じゃないんですか!」
「あぁ、『科学的』な説はない。だが、それはそんな『実験をした前例(実験結果)』がないだけだ。しかし、『前例が無いから』といって、『全て否定してしまう』のか? 『薬漬けにされた』ことで『身体に異常』が起きて『突然変異』が起きたと考えらないか? 例えば、『力が異様』に強くなったり、または、『年齢以上に成長』していたり。他にも、先ほど話したような異常な状況で異常なことをされたんだぞ? 健康だったのに『無理やり病気』にさせられる。動けないところを『無理やり解体』される。わからないところを『無理やり陵辱』される。生きたままの『阿鼻叫喚の地獄絵図』の中で、『信じてたモノに裏切られた絶望』に打ちひしがれながら、体感してみろ。――そのときどう思う? 『いたいけな少女』が死にたいと思うか?」
それは決まってる。
どんなヤツだって、普通じゃない僕だって、死にたいとは思えない。
「――そうだ。生きたいと思うだろう。何が何でも生きたいと思う。そして、目の前の異常から『どうやれば生き延びられるか』考える。――考えて、考えて、考え抜いた結果、自分に迫り来る『凶刃や暴力』から学ぶんだろう。自分を今、『犯している状況』から学ぶんだろう。自分より『強大な力から身を守る』ためにな。もちろん、科学的な実証による前例はない。だが、『生物学的』には『痛みや恐怖など生存に必要なこと』は、すぐに覚え、抗おうとする。――ここまで言えば、私が何を言いたいかわかるだろう?」
死なないために殺した。
生き残るために殺す方法を学んだ。その場を切り抜けるため、今、自分を殺そうとしているヤツから殺し方を学んだ。
だけど、そんなことは……。
僕の思考が追いつかない。
「本当にそうか? お前は、『死にそうになった』とき、ガムシャラに走れたことはないのか? 明日、提出の課題があるときは『徹夜も楽』だったろう? 明日、試験だったとき、『一夜漬け』もなんなくできただろう? 酷い『ケガをした』ときの『記憶も今だ鮮明に覚えている』だろう? そして、今、現在も『お前の周りで起こった殺人』を考え続けているのだろう?」
……答えを考えたときには、既に答えを言われてしまう。
『はい』か『YES』でしか答えられない質問ばかりで聞いてくる。
これは、『肯定的な質問』をし続けることで、『意識を肯定に向かわせる心理操作』に違いない。
別に僕は、そんなことは……。
「――これは『意識の問題』だ。『必要だと気づく』ことが重要だ。人間は『必要ないと無意識で思っている』ことは覚えない。だが、『生存に関わる』こと、『生きる上で必要な技術』はすぐに覚える。『1000の練習』よりも、『1の実戦』で、『1000の実戦』よりも、『1の死線』だ。それはわかるだろう? 『イラク派兵』から帰った『自衛隊』の連中の眼を見たことあるか? 日本人だけでなく、『海外』の連中の眼も見たことはるか? ――少年兵やテロリストの眼を見たことはあるだろう? あの研ぎ澄まされた、あの真剣な眼光を見たことがあるはずだ。――どこに敵が潜んでいるか疑っている眼をしている」
《そうだろう?》と『白眼鏡』が、あの眼で視てくる。
『人を殺したことがあるような眼』で視てくる。
まさか、これは、比喩じゃなく本当にこの人は――。
「――どう思うかは勝手だ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だが、これは『自由意見発想法』で『可能性の話』だ。好きなだけ、思ったことを考えて、意見にしてくれればいい」
《私はどんな意見でも受け入れよう》と、『白眼鏡』が、さらなる『誘導』を仕向けてくる。
わかってるのに、わかっちゃいるけど……。
――思考が止まらない。
「じゃあ、その十三歳のコが、もし、アナタのいうように、本当にあの『病院から生き残ってた』として、なんでそのような『連続殺人をやった』ってんですか? 『病院や家族』に対しては『怨恨』って線も考えられる。――だけど、『ナンパしてきた男たち』は『ただの被害者』じゃないんですか? なんで、殺される必要があるんですか?」
……わかってはいる。
なんとなくは予想はできる。さっきからの話の流れで分かる。
だけど、『フツー』じゃない、僕の考えじゃなく、誰かの意見が聞きたい。僕の中で固まり出してる疑念に行き着かないために、誰かの意見ではぐらかしたい。
「――いろいろな条件が考えられる。それこそ殺人の動機など、講義でやった以上に実に様々な要因が深く絡み合っている。――だが、ここで、最も重要なことは、【シフト化】ということだ」
異常な状況で、生まれたおかしな価値観。
おかしな価値観による、『前提条件が揃えば』、『反射的に殺してしまう』異常行動。
「そう。【シフト化】だ。考えてみろ。病院で起こった『最初の事件』で彼女は何をされた? 彼女はどんな目に遭った?」
――それは、騙されたことで。
そして、殺されそうになったことで。
犯されそうになったことで、酷い目に遭ったことで……。
「そうだ。酷い目に遭わされたのだよ。『性を知らず』、『恋を知らず』、『学校にもほとんど行けず』、『ずっと病院暮らしで』、『ずっと家族の偽装の愛を信じ続けていた』、そして、『騙されていたこと』に気付いてしまった」
それを知ったら耐えられない。
きっと、耐えられないことで、僕には無理だ。
――最悪死んでしまいたいとさえ思ってしまうこと。
例え、生き延びたとしても、生きている意味を考えてしまうに違いない。
まるで、生と死を常に考え自問自答してしまう終わらない迷路に囚われたように――。
「そんな彼女が行き場を求めて、自分の居場所を求めるというのは当然のことだろう? 誰かにどうにか助けてもらいたくて、縋ってしまうものだ」
――既視感。
よく見た、よく感じた、よく知る光景が『閃光記憶』する。
「そんな彼女を男たちはどう見た? 縋ってくる無性に『愛されたいと願う少女』に何を見た? 『彼女の容姿』に何を見た? 『愛して欲しい』と求めてくる彼女に、『助けて欲しい』と言う彼女に『何を感じて』何をした?」
……それは、惹かれてしまったこと。
『求める彼女』に、『性欲を求める男』が群がる。『少女は愛情を求めている』のに、『男たちは性欲を求めている』。
その結果、起こる悲劇は――。
「そう、そうだ。その通りだ。その流れだ。彼女を抱いてしまおう。食べてしまおう。自分のモノにしてしまおう。毒牙にかけてしまおう。性欲を求めているだけの、『遊びの連中』もいただろう。もちろん、『本気で心配した輩』もいるだろう。だが、彼女にはそんなことは関係ない。【シフト化】している彼女は、そんな想いや感情なんか関係なく、今まで行った『殺人の罪悪を否定』するために、『自分の行動を正当化』するために殺す。『触られることを拒み』、『犯されることを嫌い』、近づく連中を殺した」
どこかで、聞いたことある話。
しかも、最近視たことあるような話で。
「――殺してしまった。だけど、殺したことが悪いとは感じない。なぜなら、もう価値観が壊れてしまっているのだからな。もう今ある価値観は『犯されそうになったら殺せ』ということだけだ。善悪など関係ない、彼女の無意識が彼女の行動原理が自己を保存するためにそうさせているだけだ」
……暴論だ。
とんでもない見当違いな押し付けだ。だけど、この人の論理展開は止まらない。
「そして、殺した後に、また彼女はどうする? ――悪いと思わない彼女はまた、動くんだよ。『自分の居場所』を求めて、『自分を必要』としてくれる、『自分を側に』置いてくれる場所を求めて探して回る。回った結果、次の男が見つかり、その男も同じ行動に及んでしまう」
……それは、なんていう状況だ。
そんなことはないという否定しか浮かばない。
少女が行った事実じゃなく、別の事実を否定したい――。
「で、そうやって人を殺した彼女はどうなったんですか? 殺して殺して殺し続けるしかないんですか? 彼女を止める方法はないんですか?」
なぜか、よく知っている少女の姿が浮かぶ。
だけど、すぐに僕は否定する。そんなわけがあっていいはずないから。
「さぁな、私には、彼女がどうなったかはわからんよ。ドブ川の底で死んでいるかもしれないし、死に損なってまだ生きているかもしれないし、また新たな解体死体を作っているかもしれない。――だが、止める方法は簡単だ」
《屠殺(殺)してやればいい》と『白眼鏡』は、さも当たり前のように言う。
「そんなことできるわけないでしょう! 話からいけば、最初の事件が起きたのは『正当防衛』です。いや、『過剰防衛』かもしれない。けど、『おかしくなっても仕方ない状況』だったから……」
「そうだな。『最初はそのような仕方ない状況』だった。――だが、それ以降はどうだ? もう、おかしなことしか起こってない。『前提条件がおかしい』ということは、後の考察も結果も全ておかしくなってしまうのだよ」
《それが【××××(アレ)】と呼ばれる存在なんだ》と『白眼鏡』が、一息つく。
「なんとかする方法はないんですか……?」
僕は縋るように尋ねる。
「なんとか『止める方法』ってないんですか! 『殺人を研究』しているんでしょう?」
よく知っている少女のことをダブらせながら――。
「あぁ、めんどうなことだが方法はある。もう、既に『講義と論文中』で述べたことだ」
……そんなことあったか?
僕は記憶を巡らして考える。そして、思いついた時に『白眼鏡』が答える。
「『前提条件を満たさせない』ことと、『【自制(理性)の壁】を超えさせない』ということだ」
それはわかる、だけど――。
……具体的にはどうすれば?
「つまり、今回の場合で言えば、『犯さない』、『傷つけない』、そして、『壊したくない居場所を与えてやる』。それを満たせば、大丈夫だろう」
《まぁ、もう済んだ話だろうがな》と『白眼鏡』が、また意味深な眼で、不敵に笑ってくる。
「そうだょね? 『やさ男(お兄ちゃん)』」
いきなりの声真似。
それは、よく知る少女の声で。
――正直、この流れでそれは止めて欲しい。
「何を言ってるんですか! 僕はただの『甲斐性なし』で……」
「そうだ。お前は何もしてない。何もしてないよ。何も『犯ってない』し、『何もさせてない』。『ただ視ていただけ』だよな? ――その【殺人視考(異常な眼)】で『全てを視ていただけ』だ」
そんなこと、僕は――。
「そうだとも。お前が出会ったのは、『ただの(普通の)女子高生(家出少女)』だ」
そんなことは――。
「お前が警察に捕まったのも、お前がそんなケガをしたのも、ただ、『何もさせないため』にお前が『不注意』で招いたことだよ」
《ただ、『殺人』というものを視ながらな》と、『白眼鏡』は、告げてくる。
僕の胸に引っかかるモノを掻き毟るように、見透かすように、掻き乱す。
そんなこと言われたら、こんな話の流れで誘導されたら……。
――そうとしか思えなくなるじゃないか。
まるで、僕の眼が、彼女の『殺害手段』を見切って、防いでいたように。
「それで、もし、それが本当だったとして、どうするつもりなんですか?」
僕は、もやもやの一つをぶつける。
……もし、そんな状況が全部本当だったとして、一体どんな結末を求めたいんだ、この人は!
「――何もしない」
「な、えっ、ちょっ……。いったい、どう考えたら、ここまで引っ張って、そんな答えに行き着くんですか! 説明してくださいよ」
ちょっ、すごく拍子抜けです……。
「何を言ってる。今話したことは『ただの仮説』で、暴論だ。ただの『言葉遊び(リップサービス)』みたいなものだ」
……ホント、とんでもないことを言う。
「えっ、でも、だけど。いかにもそれっぽく話してて、それだけ、丹念に調べて警察に出さないんですか?」
「ん、これを提出しろと? このような小説まがいの『作り話』めいたことを誰が信じる? ――例え、今回の仮説の参考資料が、【歩く騒怨(世界の情報)】と【都市伝説好きの少女(人の間の噂)】と【殺人視考(殺人鑑定)】の情報を基に思考・考察したものであったとしても、【殺人容認主義者(ただの教授)】のただの『暴論』に過ぎない」
……『通り名(二つ名)』がここまで並ぶと、もう圧巻です。
どっかの『幻想対戦』やってる気分です。
「……いや、ですけど。信憑性はともかく、自信ありそうに言ってたじゃないですか? それなのにこの結末はあんまりです。僕が観客なら『映画館のスクリーン』に『ジュース投げ』て、家に帰って『ブログ』に『駄作乙』って書きたくなりますよ?」
……うん、マジでやりそう。
『金返せ!』って『弾幕』張りそうだ。
「あぁ、そういわれるかもしれないな。――だが、私は警察には出さんよ。例え、この『暴論(仮説)』が『99%確実(正論)』であったとしても、それは意味があることではない」
……えっ、ちょっと、わからなくなってきた。
つうか、『99%』ってどんだけの信憑性で『鯖読んでる(予報して)』んだよ、この人……。
「意味がないってどういうことですか? 『事件の真相』がわかれば、みんな『万々歳』じゃないですか。『被害者遺族』も、『報道機関』も、『怯える国民』にも有益ですよ?」
《本当にそう思ってるのか?》と『白眼鏡』が『やれやれ』と、笑ってくれます。
おい、何がおかしい!
……僕は、なけなしの正義感から言ってるわけで。
「それが有益なら良いが本当にそうなのか? こんな【異常】な犯罪で、良い結果が生まれると思ってるのか? まぁ、そう思うことも『自由』だ。だが、『前提条件(加害者)』がおかしい以上、何をやってもおかしくなる。――よく考えて見ろ。病院で行われてたことは何だ?」
『疾病偽装』と『死体偽装』と『保険金詐欺』と『臓器売買』と『人身売買』と『人体実験』と『性的暴行』と『死体損壊』と『死体遺棄』、『癒着』、『収賄』……。
……なにこれ、自分で思いつくだけでも、馬鹿馬鹿しくなってくる。『性的暴行』が軽い犯罪に見えてくるってどうよ?
「さらに、『臓器移植』で、『無事助かった』と涙していた患者も多いだろうし、『愛玩具』と戯れる『各界の有権力者』もいたりするだろう。他にも、『死体処理を頼む業者(裏社会)』がいたかもしれないし、偶然、この『病院の異常さ』に気づいた『情報筋』や『警察』をも『懐柔や脅迫(根回し)』で抱え込んでの『一大産業』だ」
《余罪に尽きない社会の伏魔殿だよ》と、『白眼鏡』教授(先生)が相変わらずの暴論を仰ってます。
おいおい……。
もう、この人の『論理展開(自由発想法)』は、何でもありな気がしてきた。
「だけど、そんな状況でも、行動を起こさないといけないときもあるんじゃないですか?」
「あぁ、その正義感は素晴らしい。学生は『学内闘争』を起こすぐらいのほうが活気があり好ましい。――だが、『正義とは誰が決める』のだ? 君か、それとも私か?」
なんかまた思想的な話になってきた……。
『正義とは何か?』って、それも『永遠の命題』の一つじゃないかよ。
……答えなんて、出ないって。
「――それは、『世間』が決めることだよ。私じゃない、君でもない。世界の人が考えることだ。『情報領域』は私の分野でないので【歩く騒怨】の言葉を引用するならば、《世界は情報が制す。その真実を問わず》、《愛されれば神。そうでなければ、『中二病』》、《中身より『話題性』と『キャッチコピー』》で《知名度による数の暴力。『普遍主義者』の『意識誘導』》と言っている」
また、盛大なことを言ってくれますよ。この人。
いや、【歩く騒怨】を加えると、この人たちか?
――いや待てよ。
『ショートヘア(噂好きのバカ)』を加えたら、もっと多くなってないか……。
もう、わけわかりません。
「――仮にだ。君の言うように、『十三歳の少女』が『猟奇殺人』を起こしていた場合どうなると思う? 『法的』に『どのような扱いを受けるか』知っているか?」
それは、以前、僕が話したことが関係あるような。
たしか、小学生に行き過ぎた性教育はどうかって話で……。
「たしか『刑法四十一条』ですか? 『十四歳未満は責任能力がない責任無能力者』だから、成人のように殺人罪が適用されないって言うヤツですか?」
「そうだ。よく知ってるな。まぁ、原則は少し違うのだが、概ね正解だ。今回のように、『十三歳の少女』が、凶行に及んだ場合、責任を追及しにくい。さらに、今回の異常で劣悪なケースを体験したんだ。『身体的かつ精神的ストレス』から、『刑事責任能力も皆無』だろう」
《つまり、『精神病院行き(隔離)』が関の山だ》と『白眼鏡』が、不敵に皮肉げに笑ってます。
「でも、そのコが病院に行ってよくなるんなら、やはり、暴論でも届けたほうがいいんじゃないですか?」
「そうかもしれない。――だが、一度【シフト化】して価値観が壊れた(普通でなくなった)ものは治らんよ。『絶対』に治らない。『普通のもの』では理解できない。『同じように壊れてしまったもの同士』でも決して理解できない。――『異なる異常な価値観』を持つ『独立』な存在だ。せいぜい、薬を与えて、精神を抑えて、『治ったように見せるだけ』の『対症療法』だ。根本的な『原因療法(原因解決)』にはならん。――第一、せっかく終わった『連続殺人(都市伝説)』がまた再燃する可能性がある。今よりもっと酷い事件が起こるかもしれんのに、薮蛇は馬鹿だろう?」
……まぁ、たしかにそうかもしれないですが。
「だけど、真実を隠しててもいいんですか?」
「君の言う真実とは何だ? 真に正しいことか? ――それについては、【歩く騒怨】の言葉で説明したはずだ。『この世はご都合主義』。『世間に認められた情報』しか信じられない。いくら、私の仮説が正しかろうと、そんなの関係ないのだよ。いくら、『法律上、死んだことになっている死体』が解体していようと関係ない。――前にも言ったが、答えはいくらでも教えることができる。だが、人は自分で見つけた答えにしか納得しないものだ。例え、この国が法律で裁けず処理できない【××××(アレ)】に対し、【管理人(削除人)】を設置し、各地で『秘密裏に削除』しているとしても信じないだろう? ――まぁ、この地区の担当は【知ってはいけない(あの)事件】以来すっかり日和っているので、今回の事件程度じゃ動かないだろうがな」
……たしか前に言われた気がする。
それに『神は死んだ』の『キリケゴール』も似たようなことを言ってた気もする。
《自分という主体性こそが自身にとっての究極の真理であり、それに関わらない理論的ないし普遍的な真理など、どれだけ手に入れようとも無意味に過ぎない》と。
つまり、誰かに教えられた答えよりも、納得して自分で見つけた答えが重要ってわけで、その捉え方が大切ってわけで。
……つうか、今、トンでもない『秘密機関(裏設定)』出たよな!
【管理人(削除人)】だっけ? 『秘密裏に削除』だっけ?
もう、なんですか、その『秘密警察』っぽい胡散臭さは……。
「――それにだ。一つ忘れてはいけないことがあるんじゃないか? お前の家にいるのは、ただの『女子高生(家出少女)』だろう? 『本人の意思で帰りたくない』と言っているのだろう? そう望んでいる以上、また、『自由に外出をさせている』以上、『未成年者略取』には当たらんよ。それに女子高生の年齢は、『十五歳以上』と相場が決まっている。両親の了解を取る必要はないだろう。『被害届』が出ているなら別だが、通報しようにも、今回の騒動もあるだろう? もし、訴えられても、十分情状酌量の余地があるだろう」
この人はどこまで知ってんだ?
僕がケガをした原因も、やっぱり知っているのか?
――まさか、【歩く騒怨】ってヤツから話を聞いたのか。
……あぁ、その可能性は無くはない。これだけの暴論を作り出す資料は既にあるんだ。
全部が全部知られているのかもしれない。
――『神(作者)』のように、『舞台を見つめる観客(読者)』のように。
「だったら――」
だから、そんな『膨大な知識と経験』を持つ彼女に聞いてみる。
生徒としてでも、『甲斐性なし』でも【殺人思考(異常者)】でもなく。
僕自身の言葉で聞いてみる。
「……僕はどうしたらいいんですか?」
『白眼鏡』は答えない。
ただ、不敵に笑っているだけだ。
ただ、笑いながら、紫煙を口から、『これでもか』って吐き出すだけで。
「――私も『カラオケ(リハビリ)』に連れていけ」
そんな解答。
そんな決着。
結局のところ、何もわからないままに『暴論(物語)』が終わる。
――『答えが無いのが答え』かもしれない。
『気づかないだけ』で、『決定的な答え』は『既に語られた後(手遅れ)』なのかもしれない。
――何も分からないまま。
『生きる意味』も『死ぬ意味』も『殺す意味』も『守る意味』も『愛する意味』も。
――答えは自分で気づくしかない。
『永遠の命題』の決着は自分自身で、見つけるしかないってことで――。




