019▼場所:『電話が鳴って、走るのを止めた』……語り手:『やさ男』
◆◆◆場所:『電話が鳴って、走るのを止めた』……語り手:『やさ男』
「えっと、『やさ男』の家からちょっと行ったところに公園あったじゃん? いや、そっちじゃなくって、田んぼと小道と畑が近くにある。――そそ、あの寂れたところ。あの辺りで、『セミロング(例のコ)』を見たってウワサがあったみたい。『ショートヘア』はまだ渋滞で動けないから、そっちでなんとかしろだって」
《変なことになったら許さないってよ》と『ロングヘア・妹』が、僕に電話してきた。
相変わらず、どうやって、ウワサを調べてくるかは、もうツッコまない。『人伝』に聞いたのかもしれないし、『ケータイ』の『アプリ』で調べたのかもしれない。それとも、『都市伝説』めいた『直感とか電波』でも受信して知ったのかもしれない。だけど、そんな当事者以外分からない過程よりも、結果が大事だ。
――そして、今その公園に僕はいる。
『すべり台』や『ブランコ』や『砂場』や『ベンチ』なんかがあるごくありふれた公園。
そう。よくある高い木々に敷地を囲まれた外界と内を分かたれた場所。
開けているはずなのに、出入り口は自由なはずなのに、そこだけ世界から切り離されたように剣呑とした空気と闇が覆ってる。
備え付けの電灯の接触が悪いのか、時々、『ちかちか』と光り、より一層不気味さを増す。
光と闇の混濁する『暗順応』と『明順応』の狭間の境界。
――そのベンチに人影があった。
「――『セミロング』か?」
人影は答えない。
『セミロング』かもしれないし、そうじゃないかもしれないし、やっぱり『セミロング』なのかもしれないけど、この距離とこの暗さじゃ分からない。
『じゃり』、『じゃり』と、僕が『草食動物』を刺激しないように近づく『肉食動物』のような慎重さで近づく。
「――『セミロング』だよな?」
やはり、人影は答えない。
答えないが、その人影は伸びていた。
座ってた体勢が、立ち上がったモノへと変わり、こちらを向いていた。少し長い黒髪が夜闇に溶け込むように、希薄な存在が周囲に消え入りそうにそこにある。
顔は見えない。表情も見えない。
――だけど、この雰囲気は『セミロング』だ。しかも、『あの夜』に会った、異様な雰囲気の幽鬼がそこにいた。
『ゾク』と、身体が震える想い。
何か取り返しがつかないことになっていなければ良いとの切望。
暗いと思っていた空間は、何故か『赤い満月』で染め上げられて、『不吉な興奮』を過熱させる。
「――」
沈黙。
近づきたい。もう少し近づいて、確認したい。
――だが、それができない。
彼我の距離は三メートル弱ってところで、僕の足が止まる。
――そこは、『剣道(戦闘)』でいう『一足一刀の間合い』。
これ以上は近づけない。……なぜか、歩を進めるのを躊躇ってしまう。
――あの夜に感じた、異常な幻覚。異常な視界(死界)。異常な思考(死考)。
これ以上近づくと、何かとんでもないことになると、『フツー』じゃない僕は錯覚している。
あんなに早く見つけたくって、早く会いたくって、早く話したかった彼女がそこにいるのに。
――僕は『彼女が恐ろしい』と思って、あと一歩が踏み出せない。
これが、僕が土壇場で踏み切れない、いつも中途半端に終わってしまう『甲斐性なし』の本領発揮(不甲斐なさ)なのかもしれない。
「――なんで」
僕はそう言った。
なんで、ここにいるのか、なんで、こんな夜遅くに、そんな状態でここにいるのか聞いた。
聞いたつもりだったのに、僕の唇は動いてない。
代わりに、夜の帳が、そう、僕に聞いてきた。
「――なんで、裏切るの?」
重い問い掛け。
冷たく重く、余談を許さない質問(詰問)。
「それは……」
日ごろの『フツーな日常』の僕みたいな『フツー』さなら、『裏切るつもりなんか、はなっからない』と答えると思う。でも、今は、どう答えても嘘っぽく感じさせるかもしれない。
だけど、そう答える以外の答えは浮かばない。
「落ち着け、『セミロング』。僕はそんなつもりなんてない」
「――嘘だ。みんなそう言ってきた。みんなそういって騙そうとしてきた」
「……誰がどう言ったかなんて知らない。だけど、僕は違う」
「嘘だょ。みんなそう言って私を騙して、騙して……」
《道具のように扱うんだ》と、消え入りそうな声で、彼女は呟く。
何度も何度も騙されて、それでも信じて信じて、騙されて騙されて騙されて。その度に傷ついて、傷ついて、傷ついて、人を信じられなくなって――。そして、逃げて、逃げて、『家出』してもなお、また傷ついて傷ついて。そして、僕に出会って、また傷ついたのかもしれない。
いや、きっとそうだ。僕は傷つけたんだろう。
「『セミロング』、とにかく落ち着こう、そしたら――」
「――来ないで。私に近づかないで」
彼女は停止したまま、ただ、言葉で制す。
『ただの少女』の命令に僕は従ってしまう。それだけでなく、手が震えてる始末で、どうしようもない。
どうしようもなさ過ぎて、さっきから嫌な考えしか浮かばない。
「――キミが何を思っているかは、僕には分からない。だけど、きっと勘違いだ」
「……何が勘違いなの? あんなことしておいて、どう信じろっていうの?」
「あんなことって?」
「……自覚ないの? それとも、とぼけてるの?」
《そうやって、私をまた騙すんだ》と、『セミロング』が僕を見た。
どうしようもなく、腹立たしく、何も信じられないっていう、『裏切りと叱責』を込めた眼で、僕を見た。
とても、とても厭な眼。
少女がしてはいけない、よく知っている厭な眼だ。毎日、毎日見ている、とても厭な、厭な――ッ。
「違う! 誤解だって。僕はただ、お前のことが心配で!」
「――心配だから、私を『警察』に突き出したんだょね? 私なんかさっさといなくなって欲しいから邪魔だから、自分が心配だから!」
「違う! それは違う! 本当に違うんだ、『セミロング』。お前が考えているようなことじゃない、僕はただ、僕なりに考えて、考えて、一番いい方法を見つけようと」
「見つけた結果がこれだったんだね? 私を見捨てることを選んで」
「違うって、信じろとは言わない。だけど聞いてくれ。僕はお前が一番幸せになることを望んでる!」
「……一番の幸せって何んだょ? それは家に帰れってこと? それとも警察に捕まること? 『家出少女』として? それとも『非行少女』として? それとも――」
「違う、違う! どれも違う。警察が来たのは、全く別のことだ。お前のことじゃない。勘違いなんだ。誤解なんだよ。だから、落ち着け。落ち着いて話を聞け。お前は今『パニック』になってるだけだ!」
《そりゃ、パニックにもなるょ》と、『セミロング』が自嘲気味に、『怨嗟』を紡ぐ。
「『やさ男(お兄ちゃん)』は騙されたことあるの? ずっとずっと信じてたものに騙されたことってないの? 何年も何十年も、ずっと信じてたのに……。私は騙されたんだよ。――信じてた家族に騙されたことあるの? ずっと、大切だと思ってた人に騙されたことあるの? 出会ったばかりだけど、やさしく『信じろ』って言ってくれた人に騙されたことは? 次は大丈夫って思った人に騙されたことないの? その次こそ大丈夫だって思ったのに、また騙されたことは? その次は? その次も、その次の次も? ――そして、好きで好きでどうしようもなかった人に裏切られたことはないの? ねぇ、あるの? ないでしょ? ないよね。人を信じて、騙されて、どうしようもないぐらいに酷い目に遭わされて、傷つけられて、壊されたことがないから、そんなこと言ってるんだよ。人の気持ちなんてわからないから、知った気持ちで言ってるだけなんだよ。だから、いつも強気で、いつも暢気で、いつも馬鹿みたいに生きてるんだよ」
「それは――」
「そんな幸せな人だから、カワイソウな私を助けて、ペットのように可愛がって、惨めなゴミが喜んでるのを見て笑ってるんだよね?」
《そんなのただの偽善者だょ》と、『セミロング』が、肩を小刻みに揺らしながらに訴える。
否定して欲しくて、否定して欲しくてたまらない。
だけど、否定されても、肯定されてもどっちも嘘にしか聞こえない。何を信じていいかわからない。何を信じてもまた裏切られる。
裏切られそうな状況の『既視感』。
裏切られた記憶の『閃光記憶』。
「人を信じちゃいけないの? 信じて騙されるってのは馬鹿なの? 信じて騙されるのは悪いことなの? 騙す人は悪くないの? 傷つけてるのに悪くないの? やったモン勝ちなの? やられたモン負けなの? ねぇ、教えてよ。教えてよ! 馬鹿な私に教えてよ!」
――わかんねぇよ、そんなこと!
……そんなこと『永遠の命題』の一つじゃねぇか。
『シャーロック・ホームズ(名探偵)』でも、『ソクラテス(哲学者)』でも無いんだぞ。ただの馬鹿な僕には、分かるはずないだろ。『甲斐性なし』に分かるはずないだろ!
だから、ずっとそれを考え続けてんだ!
答えを出そうと、ずっと――。
――だから、『白眼鏡』に『異常(脅威)』とか、言われちまうんだろうが!
「――ッ」
彼女の肩に、僕は触れた。
「やめて、離してよ……!」
『セミロング』が振り解こうとする。
彼女の右手が僕の手を掴みながら、もう一方の彼女の左手が、彼女の腰に伸びる。
「――ッ」
だけど、僕の右手が、彼女の左手を掴む。
繊細なガラス細工のように凍てついた彼女に触れる。
『嫌だ』、『わからない』と嘆き続けた小さな唇を視ながら。
何度も騙されて、何度も傷ついた『円らな黒い眼』を視ながら。
騙されて、騙され続けた、傷だらけのセミロングを視ながら――。
「どんなにな、どんなに騙されてもな、笑うしかないだろッ!」
馬鹿みたいな声で告げた。
馬鹿みたいな顔で告げたと思う。
だって、そんだけ、心が震えていたと思ったから。
――まるで、自分に言っているかのような、馬鹿さ加減。
「……ッ」
僕の眼と彼女の眼が見詰め合う。
じっと、じっと見詰め合う。
だけど、唇は触れない。ただ、見つめ合うだけだ。
彼女の反応を視ながら、彼女の挙動を視ながら、彼女の鼓動を感じながら。彼女の抵抗が弱まるのを感じながら……。
そして、僕は彼女を抱きしめた。
「だって、それが生きるってことだろ?」
彼女は何も言わない。
何も答えない。
――ただ、そっと、僕に触れてきた。
怯えるように、確かめるように、僕の背中に手を回してきた。
ただそっと、『今度こそ信じていいんだよね?』と、抱き返してきた。
そう、これで終わりだ。
何もかも終わりだ。
彼女の悪い悪夢はこれで終わりだ。これで、終わりなんだよ……。
「おい、お前ら、そこで何やっている!」
突然の終わりが、僕らに告げる。
「警察だ! そこを動くなっ!」
『神様(作者)』ってのがいたら、とんでもない『鬼畜』だよな。
――だって、『最高(最低)』に『KY(空気読みすぎ)』なんだからよ。




