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それは現のイストリア  作者: 御乃咲 司
三章 GOD-双咎のエンゲージメント
47/55

41.File:陽国ソールアウラ ~傲慢の花弁~

 

【P―1】


 アッキー(男性) 

 陽の焔剣フラウス隊所属

 神魔総位(ネメシスランキング)十九位

 能力:意識を惹き付ける


 ティラトーレ(女性) 

 地の武層フラウス隊所属

 神魔総位(ネメシスランキング)二十八位

 能力:誘導印

 欠点:能力外での魔弾、魔砲による命中精度の致命的な低さ

 


 ………――――――


”――護るというのは武力を以て外敵を制するよりも難しいものだ”


 その言葉は誰かが言ったのか。はたまた、何かの書物に記してあったのか。

 それは定かではないが、無骨さの漂う男がその意味するところを理解し始めるのは早くもあり、遅くもあった。


「ははは、初めまして! 本日より入隊となりましたティラトーレです! 精一杯頑張りますので、これからよろしくおねがいします!」


 陽国ソールアウラの魔憑部隊である陽の焔剣。その新人入隊式で、緊張のあまりがちがちに固まっている少女を見たとき、とある男の反応は周りの者達と同じく笑いを堪えるようでありながら、内心微笑ましくも思っていた。

 それもそのはず。この場には陽神イグニスの姿もあり、多くの手練れの魔憑たちの視線が集まる中で平常心を保つのはそう容易いものではないし、この場に居る誰もが|通ってきた道な《その経験を味わっている》のだから。

 

「そういや親方、聞きました? 今の娘、前線志願らしいっすわ」

「そうやって、偽の噂を流すものでは無いですぞ?」

「いやいや、マジですって。信じてくださいよぅ~」

「あれ程華奢で、見たところ体幹も素人未満のようですが……」


 そんなことを、式の進行の妨げにならないようにと小声で話していたつもりだったものの、


「この場でお喋りとは偉くなったものですね」


 陽国内でも最恐と謳われる存在の目に止まり、彼女は式会場の後片付けの参加を二人に命じるのであった。

 余談ではあるが、それを横で笑っていた男たちも片付けに参加させられていたという。


「それにしても、本当に志願配属とは……何か特殊な能力があるのだろうか」

「そーゆーのは無いらしいっすわ。お、噂をすればってやつですかね」


 片付けも無事に終わり、少しばかりのお言葉(お説教)を頂いた後、親方と呼ばれる男とその舎弟のような男は、食堂で夕食にありついていた。

 そんな中、(くだん)の少女が何人かの同期の者たちと共に食堂へ入って来るのが見える。

 同期の者たちが用意されている料理を自身で取り分けていく中で、ティラトーレは上手く掬えなかったり、形を崩してしまったりと、席に着いた彼女の前には様々な味と様々な食感が一体となっているであろう食べ物が存在していた。


「うぅ……ど、どうしてこんなことに。でも、栄養のバランスはバッチリのはずですから……いただきます! もぐもぐも――はぐっ!?」

「ティラトーレ!? 水、水飲んで! だれか新しいの取ってきてあげて~!」


 未知物体と化したそれらはティラトーレに牙をむき、結果として、彼女は翌日の初任務に参加することができなくなってしまったという。

 その一部始終を見ていた親方は尚一層、彼女が何故前線への配属を志願したのかその理由と、何故それを許可されたのかを疑問に思うのだった。


「……兎も角、我々も明日の任務に備えなければなりませんからな。上に行きたいのならいい加減、好き嫌いを無くしてはいかがか?」

「はははっ! こればっかりは、どうしてもダメなんすわ~」

「まったく、少しはあの少女を見習うべきですな。身体作りは必要なこと。それに某はいつも言っておりますが――」

「努力はいずれ報われる、でしょ? 親方の言葉は信じてるっすよ。なにせ、魔憑としての覚醒が陽国史上、最も遅かったともいわれてる人の言葉なんすから」


 そう、親方と呼ばれている男は部隊の中でも年長者の部類に入るのだが、この二人の正式な入隊は同じであり、つまりは同期なのだ。


 彼には戦う理由があった。その意志も、他の魔憑には負けてはいなかった。

 それだというのに、彼が魔憑として覚醒に至ることはなかった。

 訓練校時代、同年代の者たちが次々に入隊していくのを尻目に、彼は一人己が身体を鍛え続け、戦術や戦略を独学で身につけていき、少しではあるが他国の情勢も来たるべき時の為にと調べ備えていたのだ。

 だが、周りの誰もが無駄だと思っていた。叶わないと思っていた。

 直接馬鹿にする者はいなかったが、彼を見る目に同情、憐れみの色が浮かんでいたのは、彼自身も気付いていた。

 そうして終ぞ、魔憑として目覚めることはなく、魔憑部隊ではなく一般兵の部隊へと配属されることになる。

 

 それでも、自分の積み上げてきた努力が無駄になるわけではない。

 そう自分に言い聞かせ、彼は兵士として、己を鍛え続けていた。

 何年も、何十年も――訓練校時代の仲間と、見た目が変わってしまっても。


 結果として、彼の努力は報われることになる。


 きっかけはとある休日。隣町に足を向けていた道中に出会った少女と、現われた二体の逸降魔(ストレイ)だった。

 幸いにも相手はバロン級。しかし低階級とはいえ降魔というだけで、一般兵からすれば猛獣以上の脅威であることは間違いない。

 だが、彼は気の遠くなるような時間、魔憑(高み)を目指して己を鍛え、知識を詰め込んできたのだ。

 それ故にたとえ一般兵であろうとも、降魔を前に退く理由などありはせず、彼は少女を守り抜いた。

 少女に襲い懸かった三体目の降魔が、どうして急に自分へと狙いを逸らしたのか、そのときはまだわからぬままに。

 しかし一瞬とはいえ感じた、身体の奥底から湧き上がるような何かの感覚は彼の中に残り続け、彼は自分の中の可能性に気付く。

 守る為に相手を倒す力ばかり鍛えても、芽吹かなかったわけだ。

 扱いにくい能力。一対一ではあまり意味を見出せない力。

 それでも、多くを守れるこの力に、それに気付かせてくれた煉瓦色の髪をしたいつかの少女に、彼は深く感謝した。

 そうして、彼は一般兵から魔憑部隊へと、異例の入隊を果たした。


 壮年の新人(オールドルーキー)

 彼が入隊した直後は、同期と先輩にあたる隊員の多くが年下だった為に、嫌わていたわけではなかったが、接し方は互いに手探りなところも多かった。

 そんな中で双方の転機となったのが、親方の眼前で苦瓜(ゴーヤ)を残している男と共に所属している小隊で降魔の討伐をしたときのことだ。


 とある村で降魔が出現したという報せがあり、近くを警邏中であった親方の属する小隊が急行することになったのだが、現場に到着するも既に犠牲者が多く出ており、村の家屋も人が住めるものではなくなっていた。


「キタ、ナ……新シイ、エサ。魔、力」


 元凶である降魔はマークイス級の一体のみ。周囲を見渡しても他の降魔の姿は見当たらず、小隊が優勢であるのは間違いないと思われた。

 魔扉(リム)がないのを見るに、これは逸降魔(ストレイ)なのだろうか。

 ともあれ、こういったときの行動は予め決められている。

 到着すると小隊長は即座に指示を飛ばし、各自行動を開始した。

 それと同時に、破壊された家屋から現われたのは多数の降魔だ。


「待ッテレバ、寄ッテ来ル。魔力、餌場、ギギッ」


 数的優位は崩れ、数人の新人を抱えたこの小隊では、マークイス級複数を相手に全員が欠けることなく乗り切るのは困難だろう。殲滅は諦めるしかない。

 数少ない生き残りの救助と避難が最優先だと考え、蜥蜴人(ラケルタイル)の小隊長は脳内で各役割を配分していく。

 降魔を引きつけ時間を稼ぐ者、救援を求めに逃がす者、被害者を救助させる者、すぐに動ける住民を避難させる者……が、やはりこの部隊だけですべてをこなすのは困難だ。やはり、犠牲は避けられないのか。

 そんな中壮年の新人(オールドルーキー)が一歩踏み出し、小隊長に声をかける。


「隊長殿、引き付け役は某が適任。ここはお任せ下さい」


 一人で稼げる時間など限られている。

 だが、この能力(ちから)は全てを守る為の力だ。

 自分の立つ戦場で、たった一人の犠牲すら許容できるはずがない。

 周りからの攻撃に警戒することなく、全力で救助と撤退をすることができれば、この小隊ならそれほど時間はかからないだろう。

 せめてその時間くらいは稼いでみせる。だが――


「っ!? あぁ、もうくそっ! 人生ではアンタが先輩かもしれないが、降魔相手じゃこっちの方が先輩なんだ! たとえ能力的に適任だろうと、新人一人に一番辛いとこ任せるほど薄情な蜥蜴人(おとこ)じゃないんだよ! 陽の焔剣だぞ、オレたちは!」

「ですが――」

「とはいえ、たとえ新人だろうと認めてるもんは認めてる。防御がいらなきゃ、こいつらだってやってみせるさ。総員、全員で叩くぞ!」

「「応ッ!」」


 壮年の新人(オールドルーキー)の話は有名だ。誰もが彼の努力を知っている。

 故に彼らは特に作戦を話し合った訳でもないが、必ず訪れる致命的な隙、それが有効になる時を逃すまいと気を引き締めた。

 それと同時に、周囲の降魔たちが彼らを殺す(喰う)ために一斉に間合いを詰めるが、誰一人その場から動くことはない。そして――


「今です!」


 後一歩で自分の間合いに入るという瞬間、上がる壮年の新人(オールドルーキー)の声。

 その声を合図に彼を除いた隊員たちが降魔に向かって走り出すと、逆転の一手が放たれる。


()()()()()! 降魔ども!」


 咆哮に似た言葉に、襲い掛かってきた降魔たちの意識と視線は、言葉を発した男の方へと釘付けとなり、他の者の事などは見ていなかった。

 それは文字通り致命的な隙となり、突撃した隊員と同数の降魔が消滅する。

 が、それ以外の降魔の狙いがすべて壮年の新人(オールドルーキー)へと向き、一斉に魔弾が放たれた。

 そこから間髪入れず、降魔が近くにいる隊員へと敵視を向けるも、


()()()()()! まだ、ここにいるぞ!」

 

 再び強制的に向けさせられる意識と、消滅する複数の降魔。

 そうして、小隊を囲んでいた降魔は瞬く間に数を減らしていった。

 男に向かっていった降魔も何体かは彼自身に倒され、残りも他の隊員によって背後から葬られる。

 形勢は一気に逆転となり、そのまま残った降魔の討伐を無事に終えると、小隊は救助した住民を護衛しつつ帰還し、報告を上げた。


 しかし、いつもより長く感じた疲労困憊の一日は、まだ終わることはなかった。

 緊急の任務や叱責があった等ではなく……いったい誰の口が軽かったのか。

 壮年の新人(オールドルーキー)の活躍が瞬く間に広がり、評価は鰻上りとなり、果ては宴会となってしまったのである。

 こういった一つの切っ掛けと、一連の出来事によって、壮年の新人(オールドルーキー)は頼れる漢、親方と慕われることとなったのだった。



 …………

 ……



 ある日、程々に過酷であった訓練を終え、悲鳴を上げそうになっていた胃袋を満たすために今日も今日とて、食堂には多くの者が我先にと集っていた。

 親方たちもそれに漏れず、食堂に足を踏み入れる。


「何やら騒がしいようですが……」

「親方。なんでも近々、新しい部隊が編制されるらしいっすわ」

「んで、それにはあの三英雄様も関わってるらしいぜ」

「へぇ~、あの御方なら破壊特化の筋肉部隊でも作りそうだな」

「確かにここのところは、焔剣全体の練度の上昇がみられますからな。そういうことも――」

「噂じゃ、ティラトーレ……彼女が隊長らしいっすわ」

「筋肉と無縁じゃん」

「なんと、それは……ふむ。彼女もついに……よかったですな」


 壮年の男が親方と呼ばれるようになってから月日は流れ、時には小隊長を任される時期もあったのだが、今ではその能力と戦闘技術の高さから遊撃要員として任務にあたることが多くなっていた。

 そして、何度か新人であるティラトーレの所属する隊に同行することもあったのだが、そのどのときにも彼女には驚かされていた。


 初めての任務では、彼女の放った魔弾や魔砲は一つも降魔に命中することはなかった。

 二回目に同行したときは、降魔の群れに背後から攻撃を仕掛けようとしていたところ、彼女が躓き倒れこんだ音で、降魔に気づかれてしまった。

 それ以外にも様々な珍事があったが、何よりもティラトーレに驚かされたのは彼女が小隊長の補佐として、隊列や作戦の立案を行っていたということだ。


(彼女は努力を続けていた……戦うための努力を……)


 資料室では、過去の部隊編成やその魔憑たちの能力についての資料を読みふけり、気が付けば日が射していたというのも珍しいことではなく。

 訓練場では、魔弾や魔砲を撃つ自主訓練をし、いつの間にか疲れてそのまま眠り込んでいたというのも多々としてあり。

 夜中も走り込み等の基礎体力作りに励んでいるのを、親方は知っていた。


「確かにあの娘は割と人望もあるみたいっすけど、隊長ってなると正直なところ俺的には微妙っすね。できる娘ってのは認めてますけど。他の奴らも安心して背中を任せれる副官がいないと、入りたいと思わないって言ってたっすわ」

「だな。だけど、守ってあげたい感ってのもあるにはあるのが難しい」

「まぁけどなぁ……才能が花開く前に、周りが枯れちまいそうだぜ。あの子を補佐できる奴なんているのか?」

「ふむ……ならば、某が副官に立候補してみるとしよう」


 そんな一言が、親方の口から自然と零れ落ちていた。


「「「……まじで?」」」


 その後の親方の行動は迅速だった。

 無礼、非礼は覚悟の上で、部隊新設に関りがあるという三英雄の元へと、自分を副官に推薦してもらうために交渉へと向かった。

 彼女は忙しそうに何かを修復していたようだが、アッキーは必死に自分を売り込んでいく。そうして、一刻に渡る説得の末……


「貴方が本気だというのは理解しました。ですが、見ての通り私は今忙しいので、この話はまた後日。最終的にはイグニス様の承認も必要となります」

「わかりました、ありがとうございます! ではそれまでの間に、陽神様にも某の思いを伝えて参りますので、これにて失礼致します」

「いえ、その必要はありませんよ。というか、一方的に話し続けるので聞こえていなかったのでしょうけど、私は最初から……って、あれ?」


 作業をしている手元から視線を上げ、振り返るソレイユだったが、すでに巨漢であるアッキーの姿は小さくなっており……


「最初から貴方のことは推薦してるって言ってるのに! 人の話はきちんと聞いて下さいよっ! もうっ!」


 当然、そんな彼女の叫び声がアッキーに聞こえるはずもなく、思わず振るった彼女の拳が修復中のものへと当たり、再び砕け散る何か。


「あぁあぁぁぁっ!?」


 世間ではこれを、二度手間という。


 そして、必死に作成した資料を手に、陽神イグニスに謁見することのできたアッキーだが、すでに話は聞いているという一言で無事終了。


「うむ。結果良ければすべて良し、ですな」


 世間ではこれを、無駄足という。



 …………

 ……



”護るというのは武力を以て外敵を制するよりも難しいものだ”


「某にとって、護る時ほど満たされることはなし。それはこれからも変わることはないのでしょうな」


 新体制となる隊の立ち上げを目前に控えたある日のこと、親方――アッキーはティラトーレから相談があるということで、会議室で彼女の到着を待っていた。

 このアッキーというのはティラトーレの所属していた小隊に初めて同行したとき、彼女がアッキーの本名を何度も噛むので、周りと同じでも何でも好きに呼んでいいという一言を聞いたのちに、彼女が即決で付けた渾名なのだ。

 その後も、彼女だけが呼び続けていたのだが、各方面の者との打ち合わせを重ねる中で、ティラトーレが彼のことを何度もアッキーと呼んでいる内に、議事録にすらアッキーと記載されるようになったらしい。


「それにしても遅いですな」


 隊員の選定、編制、備品の申請等々のほとんどを終えており、あとは動き出してから都度都度行っていくという方針にしていたはずだ。

 彼女の相談というのにも思い当たる節はないのだが、何か見落としでもあったのだろうか。


「……転んでいなければ良いのですが」


 副官になることを志願してから、ティラトーレの側で共に過ごしてアッキー自身が実感したことなのだが、思っていた以上に彼女は危なっかしい存在だった。

 それでも飽きれることなくここまでやってきたは、彼女の直向きさといった惹きつけられる何かがあったからなのだろう。


「遅れてごめん、アッキー! まだいますか!?」

「某も野暮用があってさっき来たところですので、大丈夫ですよ」

「よかった~。それでね、今日は相談というか、なんというかですね……」


 アッキーがティラトーレと接する上で学んだことの一つに、彼女を極力急かしてはいけないというものがある。

 ゆくゆくは克服してもらいたいと思っているのだが、彼女は準備を整え、熟考すれば最良の解を導き出せるのだが、如何せん突発的な事(イレギュラー)に弱すぎるのだ。

 そのため、彼はティラトーレが何か行動を起こす際は、何事に対して急かすことなく待つようにしている。


「こ、これです! これから正式に同じ部隊として一緒に頑張って行くから。その……開けてみて、アッキー!」


 日付けは煌照節四十五日。それは内界での二月十四日。

 これが記念すべきティラトーレから、アッキーへの一本目の紐織物(リボン)贈り物(プレゼント)であり、この後も続く二人の絆の象徴となるものだ。


「これはこれは、ありがたく頂戴致します」


 アッキーは自分には似合わないと思いながらも、それでこの少女が笑ってくれるならばそれで良しとした。


「あのね、アッキー。わたし、本当はずっと言いたかったことがあるの」

「なんでしょう?」

「うん――()()()、わたしを助けてくれてありがとう」

「あの日?」

 

 いったいいつのことを言っているのだろうか。

 転びそうになったときか、食器を引っ繰り返したときか。


「わたしがこれまで頑張って来られたのは、あなたのおかげです。アッキーが今のアッキーじゃないときから、アッキーはわたしの英雄(ヒーロー)なの。だから、これからも迷惑をかけちゃうと思うけどよろしくね、アッキー」

 

 そんな彼女の笑顔を、昔に一度見たことがあるような気がするのは気のせいなのだろうか。そう思えるほど、彼女と共にいる日々が濃いものだったのだろうか。

 どちらにせよ、護り続けるというこの思いは変わらない。

 せめて自身の命が尽きるその時までは彼女を支え、彼女が笑顔でいられるように振舞おうと心に秘めながら、アッキーはティラトーレの頭を撫でた。


「うわっ!? アッキー、髪がボサボサになりますから!」


 少々加減が強かったようだ。


 その晩、三つ編みにリボンでは男らしさが足りないと感じ、三つ編み以外の髪を全て刈り上げ、翌日にすれ違う人の視線を能力抜きにして釘付けにしたのはまた別のお話。

 


 ………――――――




壮年の新人(オールドルーキー)……引き籠もりだった私でさえ知っている有名人が副官なんてやってることは不思議だったけど、そういうことだったのね」


 能力に於いて、この世界で最も重要視されるのは降魔を殲滅する力だ。

 地国の討滅せし者(ネメシスランカー)のような特殊性でもない限り、アッキーのような非攻撃的な能力で上位の部隊に配属されることは難しい。

 対象を視界に入れ続ける限り、それに向けて放つ矢弾の威力と追尾性が上昇するティラトーレの力は強力ではあるものの、その力に頼らない場合の彼女はあまりにも未熟すぎる。

 そんな二人が合わさることで、超と言って良いほど攻撃的な部隊に仕上がっているのは、能力の相性というものの重要性を知らしめるには十分だ。


「それにしても、これだけの資料を短期間でよくもまぁ。大方、借金女(あの女)がドジっ子に他の目的で整理させてたんでしょうけど」


 陽国は三英雄の内の一人を擁していたということもあり、揃えられた資料も他国よりも多く感じるのは、おそらく気のせいではないのだろう。

 目を通した資料もまだほんの一部で、今夜は眠れそうにない。

 ただ、陽の焔剣に属する者の多くが考えるよりも先に行動、座学よりも鍛錬というのを第一としているものばかりだと思っていたアルテミスにとって、予想よりも早く資料が届けられたことには驚いたものの、先ほどの資料に目を通したことにより得心していた。

 ティラトーレはおそらく、崩国兵器となり得るほどの存在だ。三英雄であるソレイユが彼女を監視下に置いていたのも、おそらくはそれが原因だろう。

 攻撃という面では無能力と言っても過言ではないというのに、敵を一手に引き受ける難題をなんなくこなしているアッキーも、常識外れといっていい。


「資料を見た感じ、周りの男たちも結局ついていったみたいだし……結局、破壊特化の筋肉部隊になってるじゃない。筋肉に囲まれる幼女って、あまり想像したくないわね。でも……」


 人よりも戦う力が劣る者が戦場に出れば、どのような結末が待っているかは想像に難くないが、筋骨隆々の強者達(戦う力)を効果的に扱える者が戦場に出た場合の結末には興味が持てる。


「それでも、武力で敵を殲滅するより、一人で全てを護ろうとする方がよっぽど無茶だけど……ほんと、そういった馬鹿はどの国にもいるものなのね」


 思い返されるのは悪意の刃を受け止める、とある男の後ろ姿。

 影はそこで押し留められ、光は男の後ろにどこまでも伸びていたはずだった。

 しかし、いつしかその背中は消え去り、影は光の先にまで侵食し(伸び)ていく。


「陽国の英雄が育てた(つるぎ)は、どれだけの影を斬り伏せてくれるのかしら。ただ……少女が男を必要としなくなる日が来なければいいと、そう思うわ」


 月の眼にはいったい、何が見えているのだろうか。

 今のまま幸せでいて欲しいと願うと同時に、思い描いてしまう最悪の光景。

 アルテミスは窓にそっと手をあてると――

 

「世界にとっての英雄になんてならなくていい。女の子はみんな、自分にとっての英雄(ヒーロー)でいれくれたら……それでいいんだから。ねぇ、聞こえてる? 私の――――――――」


 そう言って、庭園の脇に咲く紫の花を、寂しそうに見下ろすのだった。





 ………………

 …………

 ……





 光無き地では、希望亡き男が一人、高潔さを未だ失わずに戦い続けている。


「こんだけボロボロになっとる奴相手にとどめもロクに刺せんとか、どんだけ舐めた戦力で挑んどるんや」


 元々は上質で品性の感じられていたのであろう衣服は、砂埃に汚れていたり擦り切れたりと、戦闘時間の長さを感じさせるものとなっている。

 それでも彼の表情から余裕の色が消えることはない。

 それは自信なのか、慢心なのか。


「まぁわからなんでもなけどな。主を殺ったところで勝利確定(チェックメイト)。後は数にもの言わせたら楽勝とでも思っとるんやろ?」


 自身の眼前で蠢く降魔の群れに向けて言葉を吐くと、彼の言葉通り物量で押し潰すと言わんが如く、数えるのも面倒な数の降魔が押し寄せる。

 しかし、彼が降魔に向けるのは哀れみだった。

 張りぼての勝利に酔い、強者であると自負する降魔(道化)が、獅子()を愉しませることのできなかった只の道化(罪人)であると、気付かない愚かしさに。

 故に、七深裂の花冠(セブンスクライム)が一片、アトラス・スペルビアは思う。


「確かに俺ら如きが束になっても、主に届くことはないしな。俺らはそう思っとる。けどな、自分らのそれは傲慢や。わかるか? ()()()()()()()()()()()()()。感じる重みがその証拠や」


 途端、鈍くなったというには些か正確さを欠くほどに、降魔の動きが鈍重になった。まるで足枷をつけられたように、足裏を縫い付けられたように遅くなり、その多くは地面に倒れ込んでいる。

 自信、それ以上の何かをアトラスの言葉から感じ取れるものはこの場にはいないが、彼にとっては彼自身がその言葉を自覚しているということに、何よりも大きな意味があった。

 アトラスの立つ戦場では彼の言葉が絶対(ルール)であり、彼自身もその言葉(ルール)の影響下に置かれるものの、思うがままに戦場を支配できる存在として君臨できるのだから。


「来るなら全戦力で潰しに来いや。貴様等如きが俺様(オレ)相手にその余裕は許せんわ。俺様(オレ)如きを殺れんくせに、主に勝ったと思うなよ、塵屑風情が。雑魚は雑魚らしく必死に足掻いて、無駄に命を散らして逝ねや。いくで――獅祁哮(シキコウ)


 いつも浮かべていた人当たりのよさそうな表情は無く、(すべ)てを見下しているその双眸はまるで別人のように見えた。

 左耳にある橙色の耳飾(カフス)が光ると、間髪入れずに握られていた双銃から放たれた魔砲が幾多の降魔を纏めて穿つ。

 そんな中、これだけの群れの中には当然動ける降魔もいたようで、強者として挑む資格を与えられた剛爪がアトラスに襲いかかる。

 だが、降魔の中では他に比べ強者なのだとしても、彼にとっての強者たり得るかは話が別だ。地面に額を押しつけられ、そのまま格を砕かれる。


「塵は塵なりに傲岸に主張してみせんかい、その存在の価値をなぁ。数百幾千と積み重なった骸を足蹴に、嘲り笑って見送ったる。主のおらんこの世界に、いつまでもしれっと生きとんちゃうぞってな。なんせ俺様(オレ)を相手にしとるんや。仕方ないって死ねるんから、ありがたい話やろ」


 時間と共に緩み始めたアトラスの支配権から逃れた降魔が次々に牙を剥くも、そのなにもかもが彼にとって、戦闘ではなくただの掃除に等しきものだった。

 しかし、作業をこなせばこなすほど、徐々に消えていく大切な何か。

 それでも決して手を緩めることなく、彼は願う。

 どうかそれを、獣の様に理解できない(忘れる)日が来ませんように、と。


「感涙に咽び哭いてもえぇんやで? 俺様(オレ)を前に、死の赦しを貰えることをな。死にたい奴からかかって来いなんて言わんから、塵芥の如くみんな纏めて疾く消えろ。この地も空も、誰にくれてやるつもりもないで」


 不遜なまでに相手を見下そうと、腐った世界にどれだけ傲岸に祈ろうと、それを諫めてくれる相手はもういない。

 それでも全てを認めぬ傲慢の化身は、全ての尊厳の為に戦い続ける

 夢に見た優しき声は聞こえぬまま、地獄の中に君臨する暴君は、ありとあらゆるもの全てを支配して尚、寂寥の色が消えることはなかった。

 

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