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それは現のイストリア  作者: 御乃咲 司
三章 GOD-双咎のエンゲージメント
46/55

40.File:地国テールフォレ ~強欲の花弁~

 

【資料:1】


 アンス・アルディ(男) 

 地の武層トープ隊所属

 神魔総位(ネメシスランキング)二十五位

 能力:千里眼


 トレナール・ヴィテス(男) 

 地の武層トープ隊所属

 神魔総位(ネメシスランキング)三十位

 能力:瞬間移動


 タンドレス・アンブル(男) 

 地の武層ティグル隊所属

 神魔総位(ネメシスランキング)二十六位

 能力:熱操作

 ※能力の継承無し


 カプリス(男)

 地の武層ランクス隊所属

 神魔総位(ネメシスランキング)十六位

 能力:動物の特性付与

 ※魔晶石での使用不可

 


 ………――――――


 穏やかな日差し、雲一つない青空の下では、それらから感じる雰囲気とは正反対といえる光景が広がっていた。

 そこに響くは爆発の音や剣戟の音。地面の所々には焦げつきや凹みがみられる。


「ちっ! さっきから動き回りすぎだろうよ! ハァッ!」


 一般的にみれば平均身長よりも小さい男、アンスは二つの魔弾を放つ。一つは相対している男を狙い、もう一つは一呼吸置いて何もない自身の後方へと。

 そして、魔弾が男に命中しそうになった瞬間、男はその場から姿を消した。

 これがふくよかでありながらも身軽に立ち回る男、トレナールの能力だ。


「これでぇぇぇえぇぇっっ!?」


 が、トレナールが瞬間移動した先で、彼の目の前に現れたのは、アンスの放った二発目の魔弾。止めの言葉が悲鳴に変わる。

 そのままトレナールは回避も防御体勢をとることもできずに魔弾が直撃し、軽く吹き飛んだ後、そのまま仰向けに倒れこんだ。


「そこまででござる! 勝者アンス!」


 審判役を務めていたタンドレスから、試合終了の声が響く。


「よっしゃあぁぁぁ! これで晩飯はトレナールの奢りだな!」

「うん、そうだね。今日も勝てると思っていたんだけどね」


 先ほどまで姿が殆ど見えなかったタンドレスが高らかにこの模擬仕合の勝利者を宣言すると、アンスが涙ながらに歓喜の声をあげた。

 日頃からの鍛錬の成果と、個人の練度を再確認することで、部隊編成と取れる連携や作戦の幅を広げるのを目的として定期的に行われてきたのが、この模擬仕合だ。

 しかし、実践ほどの全力を出すわけにもいかないので、魔弾や魔砲の威力制限を設けたり、模造刀を使用したものとなっているがために、真面目に取り組まない者も中には存在していた。

 そこで、一部の者たちの間で行われているのが賭け仕合だ。

 その実態は至って単純(シンプル)なもので、仕合の敗者は勝者に食事を奢るという何とも学院生のようなものだが、彼らを奮い立たせるには十分だった。


「ほらトレナール、立てるか。まさかドンピシャで当たるとは思わなかったぜ」

「ありがとう、アンス。それで、何を食べたいのかな?」


 勝敗が決した後はなんの遺恨も残した様子もなく、気遣いそれに答える二人。

 元々友人であるというのもあるが、他の者たちのように賭け事を行っていても、模擬仕合自体に真摯に向き合っているよう思える。

 実際のところ、二人の戦績はお世辞にも良いものではなく、それは神魔総位(ネメシスランカー)という立場ではあるものの、能力が一対一の対人戦にはあまり向いてからだった。

 それでも彼らを神魔総位(ネメシスランカー)たらしめていたのは、個人での戦闘能力ではなく、互いの弱点を補う二人での戦術があったからだ。

 降魔のように思考せず、本能的に動く相手には効果的だし、戦場の把握や遊撃としての動きは地国において彼らの右に出る者はいないだろう。

 しかし、この模擬仕合は一対一であり、彼らは今まで避けてきた自らの弱点と向き合わなければならかった。

 同郷の者たちに何度も負けながらも彼らは諦めることなく、自分について思考し、試行してきたのだ。

 降魔という世界にとっての明確な敵がいる今の世、対人の力がそれほど必要かと問われれば、今はまだそれほど必要とはしていない。

 だが、知性を持った降魔が増え続ければ、いずれ必ず必要になる力だ。

 そんな彼らが詠唱を身に付け、更なる高みに昇るのは、今よりまだ少し先の話になるのだが。


「さて、そろそろ次の戦いが始まるので、二人も一旦下がるでござるよ。念のため、トレナールは医務室に行っておくとよいかと」

「そうだね、行ってくるよ」

「じゃあ俺も付き添ってやるとするか」

「それは任せるでござるが、アンス殿は今日締め切りの書類がいくつかあったのでござらぬか?」

「そそそそそそんなことはあるけど大丈夫だ! ……多分な」


 動揺をしながらも隠すことなく、先送りにしていた問題を更に先送りにしようとするアンスにトレナールとタンドレスは溜息を漏らし、彼に有効な言葉を放つ。


「そうでござるか。ならば、書類提出が間に合わなかった場合には――」

「奢りはなしだね」」

「なん、だと……!?」


 まったく予想だにしていなかった言葉を二人から向けられ、驚愕の表情を浮かべるアンス。その後の彼の行動は迅速なもので、先ほどまで模擬仕合をしていたとは思えないほどの動きでこの場から離れ、書類の待つ部屋へと向かっていった。

 そんな小さな背中を見送りながら……


「もう少し、地国のランカーとしての自覚をもってほしいのでござるが」

「あはは……それじゃ、ぼくは医務室に行ってくるよ」


 腕を組み、首を傾げるタンドレスが吐いた言葉に、トレナールは苦笑で返すことしかなかった。

 そして、トレナールがそのまま一人で歩き出そうとすると、タンドレスは彼の隣に立ち心配そうに肩を貸す。


「立っているのも辛いのではござらぬか?」

「さすが……よく見てるね」

「真剣に試合う者たちの限界を見極められねば、審判など引き受けぬでござるよ」

 

 そう言って笑うタンドレスに対し、トレナールはふと声を漏らす。


「そういえば、ぼくたちは誰もタンドレスの本気って見たことがないんだよね」

「いきなりでござるな。これでも、拙者はいつも本気にござるよ」


 確かに本気は本気なのだろう。だが、本気ではない。

 基本的に誰かと任務に当たることは少なく、裏方に徹しているというのも、彼の本気を見たことがないというのも一つだ。が、模擬戦をしないわけでもない。

 神魔総位(ネメシスランカー)に在るタンドレス彼の力は熱だ。

 当然として相対する者の魔力にもよるが、その能力はあまりにも強大だといえる。一人で任務に当たることが多いのは、周囲を巻き込まないためであり、対人戦となる模擬試合で、その能力を全力で使えるはずもない、ということだ。

 故に、彼はどんなときもそのときの状況に於いての本気を出してはいるが、本当の意味での本気を誰も見たことがない。

 だからこそ、トレナールは思うのだ……

 

「ぼくもいつか、アンスと一緒にタンドレスの隣に立てるように頑張るよ」

「それは心強い。拙者も置いて行かれぬよう精進するでござる」

「追いつかせる気がないように聞こえるんだけど……?」

「追いつくもなにも……いや、これ以上は言わぬほうがよいでござるな」

「え? なに?」

「自ら気付くことも必要なことにござるよ」

「厳しいね、タンドレスは」


 歴史に残る偉業はなくとも、影でこの地を支え続ける優しいこの男の隣にいつか、ひとりで戦わなくてもいい相手が現われてくれることを。

 

 そうして、タンドレスが自身より大きな体躯のトレナールを支えながら医務室に到着するも、部屋内には誰もおらず、一枚の書置きが残されているだけだった。


「どれ……”頭痛で頭が痛いので帰ります。本当です。どなたか戸締りお願いします”って、仮病にしか思えないのでござるが……医務室の存在意義とは一体」


 届かないとわかっていながら、誰もが思う尤もな言葉を漏らしたタンドレスは、トレナールを空いている寝台(ベッド)に寝かせた後、硝子杯(グラス)に水を淹れて痛み止めの薬と一緒にトレナールのもとへと運んでいく。


「ふぅ……ありがとう」

「なんのこれしきのこと。それにしても、今日の仕合は実に見ごたえのあるものでござったな」


 結果に関してはアンスの勝利ではあったが、それまでの展開はこれまでの彼らとは異なるものだったのだ。


 周囲を見ることしかできない千里眼。

 アンスは自身の死角にわざと相手を誘い込み、それを迎え撃つという戦法を確立しつつある。

 瞬時に移動ができるが、消費魔力と集中力が必要な瞬間移動。

 トレナールは相手の攻撃に合わせた紙一重での回避と反撃(カウンター)を視野に入れつつ、死角に入り一撃で仕留める為の隙をいかに作るかを重要視していた。

 そのどちらもが、戦場では未だ使うには値しないものだが、今後はどうなるかはわからない代物だ。

 そして、今回の二人の模擬仕合が熱戦となった最大の理由は、新たな戦術を含めて互いの手の内を殆ど知り尽くしていたからに他ならない。


「一つ聞いても良いでござろうか」

「改まってどうしたの?」

「拙者の目には、二人の力に差はないように映っていたのでござる。互いに手の内がわかっているうえで、どうしてこれまでアンス殿が一度も勝てなかったのでござろうか。実のところ、ずっと疑問に思っていたのでござるよ」

「あぁ~、そっか。そうだよね。周りにはそう見えるんだね」


 トレナールの言葉に引っかかりを感じるタンドレスであったが、口を挟まずそのまま耳を傾けていると、トレナールはそのまま言葉を続けていく。


「えっと、今までの仕合はアンスが本気で勝ちに来なかったからだよ」

「ふむ」


 トレナールの言葉に、ますます疑問が増えていくタンドレス。

 そんな彼を見ていたトレナールは、普段以上に穏やかな表情で語りだした。


 その内容というのが、トレナールとアンスの出会いについてだ。

 訓練生だった頃からトレナールはふくよかで、動きも機敏ではなかったがゆえに、周囲からは落ちこぼれのように言われたりもしていた。

 しかし、そんな時に声をかけてきたのが、今よりもさらに身丈の低いアンスだったのだ。


”魔力量も制御力もないゴリラが何してんだ! 見た目は関係ねぇだろ!”


”ちょっ、今小さいって言ったやつ出てきやがれ! 俺はまだ成長期がきてないだけなんだよ! いつかゴリラすら見下ろすくらいでかくなってやらぁ!”


 この発言がきっかけで盛大な乱闘騒ぎとなり、多くの者が罰則を与えられた。

 乱闘には参加していなかったトレナールも関係者ということで、一応の罰則である街中の清掃に参加となり、そこで再びアンスと会った。

 そしてそれ以降、共に行動してきたのだという。


「彼の真っ直ぐなところは、そのころから変わらずなのでござるな。しかしそれだけでは、アンス殿が本気に勝とうとしなかった理由とは結びつかないのでござるが?」


 未だに疑問が解決せずにいるタンドレスに、トレナールは僅かに表情を曇らせながら答える。


「アンスにとって、ぼくは戦うべき相手ではなかったんだよ」

「……なるほど」

「さっきも話した通り、ぼくはイジメられていて、アンスはそんなぼくを守ってくれた。たとえ模擬仕合だったとしても、守ろうとした相手を傷つけることがアンスにはできなかったんだよ」


 確かに、守ろうとした者を傷つけるというのは言葉だけで言えば矛盾しているように思えるが、戦士としての誇りを賭けてその者と相対したときに、手加減や遠慮するというのは最大の侮辱であり、礼に欠ける行為となることもある。

 そして、戦友としても親友としても信頼していた者にそのような事をされれば、温厚なトレナールといえども、その件は納得がいかなかったのだ。


「だからね、前の仕合が終わった後に、ぼくはアンスを思いっきり殴っちゃったんだ」

「いやはや……全く以てその光景が想像できぬでござるな」

「確かにそうかもしれないね。自分で殴っておいて、未だにぼくもそう思うよ。ただ、なんだろ……無意識だったんだ」

「それでそのあとはどうなったのでござるか?」

「なんというか子供っぽいというか……さすがにこの先は恥ずかしいから話したくはないんだけど」

「どうなったのでござるか?」

「…………」


 ここまで話を聞いてその顛末を聞けずに終われるものかという思い、戦友の意外な一面を知りたくなったタンドレスは、退くことなくその先を言葉を繰り返すことによって促した。

 無言の抵抗を続けようとしていたトレナールだったが、ここまで話してしまっては同じことだと諦め、その先を語りだす。


「ぼくに殴られたアンスは、ぼくの胸倉を掴んで問い詰めてくるんだけど、そこでもう一回アンスを殴っちゃったんだ。そしたら、むこうも当然なんだけどさすがに頭にきたみたいでぼくを殴って、もうそこから先は子供の喧嘩だよ。二人ともくたくたになるまで続けて、同時に倒れこんで、最後には笑えてきたんだ」


 可笑しな話ではあるが、喧嘩をした時のことを思い出しながら話すトレナールの口元はいつの間にか綻んでいた。

 タンドレスにとっては想像し難いことだが、その先がどんなものなのか聞くのが楽しみになり、彼は静かにトレナールの言葉を待つ。


「それでね、すっきりして冷静になったぼくは、アンスに思い切って言ったんだ。僕のことを親友だと思ってくれてるなら、今みたいに本気で仕合をして欲しいって。そしたら、”すまなかった、これからも親友でいてくれ”なんて言われてさ。そのとき、多分アンスも悩んでたのかなって思ったんだ」

「それは青春でござるな」


 命を賭して戦場を駆ける戦士であっても、青臭さ、若さというものを隠さず、無くさずにいる二人のことを少しばかり羨ましく思いながら、タンドレスはこの件を口外しないでおこうと微笑んだ。

 そして、おそらく書類を前に嘆いているであろうアンスのことを思い出したタンドレスが、この後の祝杯を中止させるわけにはいかないと、その手伝いに行こうと立ち上がると……


「では、戦友(とも)として、拙者も今日はこれまでの勝利分を馳走になるでござるよ」

「え、ちょっと」

「拙者の隣で、共に戦ってくれるのでござろう? であれば、ここは対等でござる」


 意地悪な笑みとそんな言葉を残しながら、部屋を出て行くタンドレス。


「い、いきなり言われても、こっちは全敗してるんだけど~っ!?」


 そんな背中に届く悲鳴を気にすることなく、医務室を後にしたタンドレスは、もう一人の全敗者であるアンスの元へと足早に向かっていく。

 その道中、彼は癖のように気配を殺しつつ静かに歩き続けながら、自身の中にあった青臭さを思い出していた。

 それは誰しもが描くであろう理想の形。いつ届くかもわからない夢想の場所。


「……拙者の夢も叶う時がくるのでござろうか。いや、叶えたいでござるな」


 足音もなく、静かに消える小さな呟き。

 だが、その背中は堂々としたもので、人目を忍ぶ者とは思えないものだった。

 


 ………――――――




 手にしていた資料を置き、少女は薄く光る発光石に視線を送る。

 そういった光を見るたびにどこか儚さを感じてしまうのは、闇に呑まれまいと揺らめく光の姿を、絶望の中に在ると信じている希望と重ねてしまうからだろうか。


「夢を叶えられるのは一握りの人だけ。すべての努力が報われるわけじゃない。己が人生その全てと命さえ賭けたとしても、叶えられない望みもある……当然よね」


 食事をとる暇すらも惜しいほどに、目の前に積み上げられている読まなくてはならない資料の山は増えていく一方だ。

 これまでのようにただ目を通せば良いというわけでもなく、綴られた一文字一文字を大切に、そこに込められている想いを感じ取りながら読むというのは、まさに苦行ともいえるものだろう。

 何故なら資料の一枚一枚が誰かの物語であり、その結末のすべてが幸福なものばかりではないのだから。


「……静かね……一人はに慣れていたはずなんだけど」


 根を詰めすぎるのが良くないことを彼女も理解しているが、多少の無理は通さねばならないということも事実だ。

 今は彼女の無理を諫めれる者もおらず、宿り木もない。

 そのうち彼女は睡眠時間すらも削ってしまうのだろう。


「それにしても、やっぱりこの二人の能力は強力ね。少し多めに確保しておくのがいいかしら」


 これまでも能力の有用性が高いものには付箋をつけていたが、今回の資料にあるのはどれも非常に有用性が高く、うち二枚の書類に付箋を貼りつける。

 本当なら四枚に貼りたかったところではあるが、自身が使えなくては意味がないし、無いもの欲しても仕方がない。そして――


「…………貴方の夢は、なんだったのかしら」


 残った一枚をもう一度、記憶に刻みつけるように初めから読み返すと、


「えぇ、きっとそうよね。貴方がいなければ、多くの命が失われていた。もしかすると、ここに辿り着くことさえできなかったのかもしれない。貴方の力を連れて行くことはできないけれど、その意志は私の記憶に刻んで行くわ。ありがとう、影に生きた優しい人……あの人を助けてくれて」


 それには付箋をつけることなく、既読済書類の中へと何かを振り切るように手放した。

 

「確かに夢を叶えられるのは一握りの人だけ。でも、大勢の者が一つの理想()を見たとき……誰かの手は、きっと届く」


 誰もが伸ばした手の先で、求める希望は儚くもすり抜けていった。

 それでも死して消えぬ夢があるのなら、繋いだ夢があるのなら――


「……私たちの夢を儚いものにさせないわ……絶対に」


 手を繋ぎ、伸ばし続けた誰かの手が、きっと未来に辿り着く。

 そしてその夢の果て……彼に全てを託すことができたのなら、それは――





 ………………

 …………

 ……





 数多の降魔に完全に囲まれている一人の少女。

 一斉に襲い掛かられでもすれば、熟練の魔憑でさえ絶命するであろうこの状況下にあっても、彼女はいつもと変わらぬ余裕の笑みを浮かべている。


「あ~ぁ。こんにもぐるっと囲まれて大変さね」


 それは相対する者からすれば自虐的に映っているのだろうが、決してそんなものではなく、精神的に追い詰められて躁状態に陥っているわけでもない。


「そんなにうちの魔力が欲しいのかい? 強くなるための力が欲しいってわけかい? でもねぇ……くくっ、それはあまりにも強欲さね」


 そう不敵に微笑むのは、七深裂の花冠(セブンスクライム)が一片、イズナ・アウリティア。

 しかし、紛れもない強者たる彼女の言葉など関係なく、降魔たちは一斉に魔弾や魔砲を解き放った。

 そこに一切の容赦などあるはずもなく、逃げる場所など何処にもない。

 防ぐにしても、膨大な魔力を消費した上で致命傷は避けられないだろう

 そんな状況下であっても、彼女がそこから動くことはなく……


「ただ、強さを求める気持ちはわかる。うちもずっと欲しいものがあったからねぇ。あんたらの何十倍も何百倍も何千倍も、あの御方の為に今以上の力を求めてた。でも結局、大切なものはご主人の手からすべり落ちてしまったさね」


 イズナに直撃したかに見えたそれらすべては、彼女の柔肌を一切傷つけることなく消失していた。

 その理由を考えるよりも先に、多くの降魔は直接自分たちの手で目の前の人間を殺さんと、唸り声を上げながら獣以上の速さで接近する。

 が、次の瞬間にはイズナに襲い掛かった降魔の姿は全て無くなっていた。

 断末魔もなく、塵一つ残すことなく、先程イズナに向けられた全魔力と同規模の魔力によって、跡形もなく蒸発したのだ。


「わかるかい? あんたらが、奪った。このうちから、全てを捨てでも欲しかったもんを。だからなぁ……もう、うちには必要ない。あんたらの穢れた魔力も、今以上の力も。あんたもそうは思わないかい? ――烏依纏(ウイテン)

 

 帯に刺さっていた緑色の簪が光を放つと、彼女の高下駄が鋭利なものへと姿を変えた。

 薄く、微かに見えていた()()が、時間と共にその存在を増し、彼女の人成らざる者としての異常性が際立っていく。

 眼前に立つ人間の姿をしたナニカに、中界に巣食う恐れを知らぬはずの異形たちは、その得体の知れない感覚に一瞬ばかり足を竦めて戸惑いを見せる。

 その僅かな隙を逃すはずもなく、それまで動かなかったイズナはたったの一呼吸で、自身を囲んでいた降魔の群れの先頭全てを消滅させた。

 目視できずとも攻撃が来たと理解した降魔が咄嗟に攻撃へと転じるも、彼女の元へ辿り着いたものの末路は、斬首か生命を奪われ枯れ果てるのみ。


「足りん、足りん、足りん、この程度の(供物)でうちが満足するとでも? 今のうちが欲するのは、あんたらの存在そのものさ。うちから奪えるものはもう何もないけど、それでも強欲に求めてくるなら、うちが満足するだけの極上の供物を捧げるといいさね!」


 彼女の前では魔力も首も生命も、個を形作る存在その一切合切が奪われるだけだ。彼女を殺るには純粋に魔力量を上回るか、捌ききれぬ数で攻めるしかない。

 だが、装靴が中空に光の帯を残せば刎ねられた首が宙を舞い、奪った魔力は存在を蒸発させ、増えていく尾は命を吸い上げ、枯れた躯は塵と化す。

 どれだけ()を贈っても、どれだけ(供物)を捧げても、失ったものを求め続ける彼女の欲が収まることはない。


「もう二度とこの心の渇きが満たされることはないけど、ここにあるすべてをうちのもんにしたら、雨粒くらいの潤いにはなってくれるかい? それなら、そうさね……全部全部全部、うちに捧げてもらおうかねぇ!」


 他のすべてを捨ててでも、どれだけひとつを欲しても、彼女の欲を満たしてくれる相手はもういない。

 それ故に此処に在る全てを求める強欲の化身は、獣の如く全てを奪い尽くす。

 夢に見た掌の中の光は失われたまま、地獄で灯を吹き消し続ける命奪者は、ありとあらゆるもの全てを無に帰すほどに貪慾だった。

  

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