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それは現のイストリア  作者: 御乃咲 司
二章 GOD-巡逢のヴェンデッタ
22/55

18.梁山泊は夢を見るか

 

 ――それは在りし日の夢物語(イストリア)


 …………

 ……

 

 内界各国の代表による視察を兼ねた親睦会の中、今彼らがいるのは深緑と共存の国、コキヤフレル共和国。

 蒼天と大地を遮るものは何一つなく、赤熱と白光が世界へ広がり続ける日々の中で戦士たちは一堂に会していた。そんな中……

 

「打ち終わるまで支えているようにと、さっきから言っているだろう!」

「そうは言っても、あんなに揺らされる中で無茶な話だと思うんだけど?」


 街から離れ、人の手が殆ど入っていない樹が生茂る山奥で、額に汗を滲ませて言い争う二人の男。

 剣を木槌に持ち替えて、汗を拭いながら視線を向けているのはケラスメリザ王国の誇り高き騎士、ファナティ・ストーレン。

 対して、肉体労働の疲労を顔に出すことなく言葉を返すのはロスマリーノ教国の高潔なる貴人、ディレット・アルティスタだ。


 数日の間、ここで暮らすための拠点として、天幕(テント)の設営を担当している彼ら二人だが、どうにも上手く作業が進まないでいた。

 軍に入る前からこういった野外活動をすることが多かったファナティと、今日という日まで一切そういった機会の無かったディレット。不仲という事ではないのだが、やはり経験の差があり過ぎるのだろう。


「とにかくもう一度だ。でなければ、今晩は文字通り野宿になる」

「それは勘弁してくれ。他の皆に迷惑をかけるわけにはいかないじゃないか」


 纏わり付くような暑さの中、再度天幕(テント)の設営に挑戦しようとする二人を励ますかのように吹いた風は心地良く、先程までの苛立ちを彼らから拭い去った。

 気合いを入れ直し、細い鉄柱(ポール)を地面に垂直に突き立てて動かぬように支えるディレット。少し離れたところでそれを確認したファナティは、木槌で鉄杭を斜めに打ち込んでいく。

 規則的に鼓膜に届く金属音、揺れる綱。止まり、再び鼓膜を震えさせる。

 それが数回繰り返されるころには肉の焼けた匂いと、香辛料の匂いが鼻孔をくすぐり、胃袋までもが反応し始めた。


「なんとか一つ目は設営はできたが、急がなければな」

「まったくだよ。はぁ……あと三つ建てないといけないからね」


 そう、彼らが設営するべき天幕(テント)の数は計四つ。あと三つの設営を速やかに終えなければ、仲間たちからの白い眼差しと罰としての飢えが待っている事だろう。

 悲しき未来に到達しない為にも、彼らは再度気を引き締めて作業を再開する。


 しかし、不意にディレットが些細な、それでいて重要な事に気付き、神妙な面持ちで木槌を手にしているファナティの背中に声を掛けた。


「あの、さ。すこし思ったんだけど……」

「どうした? 用を足すのであれば気にせず行ってくれて構わないぞ」

「いや、そうじゃなくてね。さっきのやり方なんだけど」


 そして暫くの逡巡の後、ディレットは天幕(テント)へと視線を送りながら意を決したように口を開いた。


「鉄杭に綱を結ぶのは地面に打ち込んだ後でよかったんじゃないか?」

「……そう、だな。あぁ、その通りだと思う」


 これほどまでに一つの天幕(テント)を設営するのに時間を要してしまったのは、鉄柱(ポール)と鉄杭を先に綱で繋いでいたからだろう。

 本来であればこの形の天幕(テント)を固定させるのに重要な綱は最後に鉄杭に結ぶのだが、先に結んでおけば時間短縮になるのではないかという根拠の無い案を実行したことにより起きたものだった。

 確かに人の手が多ければ後者の方が素早く設営できるのだろうが、二人でその方法を行うには少しばかり厳しかったようだ。


「やはり、何ごとも基本に忠実にしなければならないということだな」

「初の試みというのはどうにも上手くいかないものだね」


 だが、今の彼らに落ち込んでいる暇は微塵も無く、失敗を糧に新たなる天幕(テント)の設営に取り掛かるのであった。





 二人の男が天幕(テント)の設営に悪戦苦闘している頃、その場所から少し離れたところでは、簡易の釜戸、折畳机(テーブル)とその上に乗せられた様々な食材、金盥(かねだらい)に張られている水……と、これを準備したものからすれば急ごしらえとのことだが、立派な屋外台所(キッチン)に立つ者たちがいた。


「さて……材料は揃っているが、如何に是等を使っていくか、であるな」


 そう頭を悩ませているのは今回の参加者の中での紅一点、ヴェルヴェナ帝国の屈強なる戦士、ターミア・アドウェルサだ。

 内界の武人としては、彼女に勝負を挑む者その殆どが敗北するであろうと言わしめるほどの強靭さを持つ半面、実家は飲食店を営んでおり、度々手伝いをしているといった父親思いな一面もある。


「…………」


 そして身振り手振りで何かを訴える男の名はペレーア・トルトゥーガ。軍師としては右に出る者はいないと噂されている、ラーナリリオ公国の麒麟児である。

 彼が言葉を発することはほとんどないのだが、彼が懇意にしている司書を含め、一部の者はなんの不都合も無く意思疎通が可能らしい。

 この場においてのそれができる人物といえば……


「確かにそうだ。事前に決めてはいたが、これ程までに開放的且つ日々の生活とは全くもって勝手の違う特異的な地点にいるのだから、非常に価値のある試みだと言えよう。やはり我が戦友は素晴らしい才を秘めているな」


 時間、場所、機会を問わずして立ち振る舞いが変わることなく囚われることの無い男、ホルテンジア群島国のレーベン・ヴァールハイト。

 地位や才は誰もが認める所ではあるのだが、少々分かりづらい彼の性格を受け入れられる者が少ないということが、唯一にして最大の欠点でもある。


「…………」

「ふむ。悪くはないが、実際にどうする? 流石に今回の様な状況は難解だ」


「…………」

「ならば、改めて我らの戦力(食材)を確認した方が良いだろう。その上で議論を始めなければ時間などすぐに失われ、果てには寝所の確保や足場の悪い山中を探索してもらっている彼らにも合わせる顔がないというものだ」


「…………」

「うむ、芋か」

「ん? 芋を使うのか? 芋は煮てよし、焼いてよし、揚げてよし! 手前もこの隙の無さを見習いたいものだな」


 事前に準備していた食材は炭火で焼くことを想定していたものばかりで、調味料の類も塩だけと豊富ではない。後はレーベンたっての希望で米があるくらいだ。

 調理器具もまな板と包丁、網だけと、創意工夫の範囲が限られすぎている。


「自ら言っておいてなんだが、どうにも今回ばかりは新たな可能性を手繰り寄せるのは難しい様に思えてきたな。我が友を信じていないという事は断じてないが、案の一つすら出せずに全てを押し付けたくはない」

「珍しいこともあるのだな、レーベン卿ほどの男が弱気になるとは。しかし、それほどまで気に病むこともないであろう。塩味だけの炭焼きもこういった場で食すのはなかなか良いものだぞ。そうは思わないか? ペレーア卿」


 傍から見れば些細な事ではあるが、レーベンの姿は僅かに消沈してるようにも見え、声を掛けるターミアは心無しか動揺しているようにも見える。

 塩焼きというのも悪くはないのだが、ここにいる間の食事が毎度それではさすがに飽きる。最低限の食材以外は現地調達という方針ではあったが、よもや調味料の類を担当していた者が塩しか準備していなかったのは想定外だったのだ。

 そんな彼らのやり取りに意識を向けることなく、今の状況を脱して可能性の先へと到達するために、ペレーアは情報を整理し、知識を駆使し、知恵を行使した。


「……!」


 そして何かを思い出したのか、彼はおもむろに自分の鞄の中をあさり始めた。

 取り出したのは茶色い粉末を含む香辛料だが、問題は鍋がないということだろう。

 ペレーアは再び思考を巡らせると、水の張られている金盥(かねだらい)を指差しながら自身の考えを二人に伝えようと試みる。


「…………、………………」

「なるほど……委細承知した。それならば確かに具を選ぶこともない」

「手前はどうすればよいのだ?」

「…………」

「う、うむ。とにかく一口大に全てを切るのだな」


 そうして、レーベンとターミアはペレーアの指示の下、素早く作業に取りかかった。

 

「…………」


 状況を打破することができたのは、ペレーアの知識によるものだけではなく、彼に最も近しいであろう人物からのお節介によるものだった。

 ペレーアは感謝の言葉を彼女に届けるかのように澄み渡る空を見つめ、もう一仕事する為に大きく息を吐いた。





 そしてそこから少し離れた別の場所。

 青空から無差別に向けられる熱量から逃れる手段は無いかのように思われたが、意外にもその手段は身近なところに存在していることに二人の男は気付かされる。


「ふぅ……暑さも疲れも流れていくみたいだ」

「収穫物や枯れ枝が流されなければいいのですが……あぁ、足をずっと浸けていたくなる」


 そこにあるのは、武勲や名誉といった見えない鎧を脱ぎ去った男たちの姿だ。

 中立国アイリスオウスの軍人、カルフ・エスペレンサは履物を脱ぎ、ズボンの裾を捲り上げた素足を静かな音を立てて流れる川に放り出し、川岸で寝そべっていた。

 そしてここコキヤフレル共和国の代表たるマレーズ・オリゾンもそれに習うように寝そべっているが、極度の心配性である彼の視線は、先程収穫したばかりの木の実や茸、枯れ枝に向けられている。

 夕食分の食材は予め持ってきてはいるが、せっかくの野外宿泊(キャンプ)だという事でそれ以降の食事は現地調達する方針だった為、日が暮れぬうちに二人は翌朝分の食材を探していたのだ。


「そこまで心配することも無いと思うんですけどねぇ。たまには気を緩めてもいいんじゃないですか?」

「ははっ、他の方からも同じことを言われましたが、こればっかりはどうにも」

「……そうですか。あぁ~このまま眠ってしまいそうだ。明日の食材探しは釣りとしゃれこみましょう」


 眩しい陽射しでさえも、冷たい川の水を足先に感じている事と相まって心地良く思えてくる。それは日々の鍛錬や会合などによって疲労していた二人の心身を次第に癒していき、遂にはその意識を手放してしまいそうになるほどだった。

 しかし、そんな彼らとて一国の要たる実力者であり、


「「――」」


 僅かに感じた何者かの気配によって、微睡みに溶けそうだった二人の意識は戦場の戦士のものへと変わり、緩んだ紐を強く引締めた。


「気配は向こうの茂みの奥みたいですが……これまでこの周辺での降魔の目撃はあったんですかい?」


 万全の戦闘準備はしてはいないが、今や彼らの実力は確かなものであり、たとえ降魔が現れても二人がかりなら対処できないこともない。

 この気配が降魔のように悪意に満ちたものではないように感じながらも、カルフは念の為といった様子でマレーズに問い掛けた。

 すると、マレーズは小さく首を左右に振りながら答えるも、この気配の正体には心当たりがあるようで……


「いえ。ただ、ちょっとした騒動が近隣の村であったんですよ。それも心配だったので調査を兼ねてここを選びましたから。すみません」

「謝る必要はないですが、その騒動ってのは?」

「……それは、――ッ!?」


 マレーズが説明しようとした途端、茂みの奥から聞こえてきたのは、草木の擦れる音や地面を力強く蹴るような音だった。

 それは徐々に大きくなり、凄まじい勢いで二人のいる方へと近付てきているのがわかる。


「これはもしかすると……カルフさん、自分の予想が正しければ茂みの奥にいるのは――」


 何かを言い終えるよりも早く、その声を遮るように気配の主はその大きな体躯を感じさせない速度で茂みから飛び出し、カルフへと突撃した。

 事前に構えていたとしても、並みの人間ならば受け止める事はおろか、大怪我では済まなかっただろう。

 だが、彼らは並みの人間とはひと味もふた味も違う軍人だ。


「うぉっと!? なんですかいこれは!? 抑えつけるのがやっとなんだが!」

「やはりこの山のヌシでしたか。ここ数ヶ月、近隣にある村の作物がこいつに食い荒らされているという報告があったんですよ」

「ヌ、ヌシ!? さすがは緑の国、そんな大層な肩書があるってのも、このデカさに納得ですけど……くっ、所詮はイノシシっ!」


 抑えつけられても力を緩めることなく、山のヌシ(大イノシシ)はカルフを蹂躙しようと前に進むための足に力を込め続けている。

 それに対して彼は瞳を閉じ、呼吸を整えて再び眼前の相手を睨みつけると、咆哮にも似た声を上げながら両腕に更なる力を込めた。そして、


「あんまり人様に迷惑かけるんじゃ、ねぇ、ぞッ!」


 山のヌシ(大イノシシ)の体躯の側面を掴み押さえこんでいたカルフは、その巨体を歯を喰いしばりながらゆっくりと頭上へと持ち上げ、そのまま後ろへと落とすように放り投げた。

 音を立て、土埃を上げながら地面へと脳天から落下した山のヌシ(大イノシシ)が動く様子は無く、突然の襲撃は失敗に終わり、響き渡るのはマレーズの歓喜の声だ。


「ありがとうございます、カルフさん! これで周辺の村人たちの憂いもなくなりそうですよ! あぁ、本当によかった」

「そいつはよかったですよ。コイツも生きるために必死だったんでしょうが……これだけ大きなイノシシが最近になって人里に下りてきたってことは、もしかすると近くに逸降魔(ストレイ)が現れたのかもしれやせんね」


 カルフは力無く横たわる山のヌシ(大イノシシ)を見下ろしながら、達成感と共にどこか寂し気に言葉を漏らした。

 生きる為には食事が必要だ。

 それは誰もが分かっていることだが、その本質を理解している者は少ない。

 カルフ自身も本当の意味でそれを理解できたのは、運命の枝(クライシスデイ)を乗り越えてからのことだった。

 少ない物資……足りてないモノが多すぎる中でも、特に食料の蓄えは深刻だ。

 今までは残飯の廃棄をすることも少なくはなかったが、都市の復興作業中から残飯などは無くなり、皆が皆、食事を自らの糧としていた。

 多くの命に生かされた自分たちがこんなところで絶対に止まるわけにはいかないと、そう心に誓いながら。


「それじゃ、コイツのためにも俺たちのためにも、ありがたく腹ん中に納めようじゃないですか」


 そうカルフが明るく言い放つと、先程まで微動だにしなかった山のヌシ(大イノシシ)が突然鳴き声を上げ、大きな躰を動かして器用に立ち上がった。

 動かなかったのは力尽きたのではなく、単に気絶していただけのようだ。

 山のヌシ(大イノシシ)は威嚇するように鼻息を荒げるとすぐさま反転し、カルフに突っ込んで来たとき以上の速度でこの場から逃走してしまった。


「逃げられちゃいましたね」

「はぁ~……すいやせん、折角被害を無くせるところだったってのに」

「いえいえ! あれだけ懲らしめれば、当分は大丈夫だと思います」


 申し訳なく頭を下げるカルフに対し、どこか晴れやかな表情を浮かべるマレーズは本心からそう思っているように感じられた。

 そんな彼の表情にどこか違和感を覚えたカルフは思考し、一つの答えに辿り着く。それはとても可笑しく、友人としてまた一つ彼の事を知れた証でもあった。


「あ、あんたが心配せずに大丈夫(・・・)なんて言葉を言うなんて……くくっ」

「そんなに可笑しい事ではないでしょう!? ほら、笑ってないでもう少し食料の調達をしましょう! 万が一足りなかったら大変じゃないですか」

「そうですね、大丈夫(・・・)な量を調達しないと……ぷっ、ははっ!」

「カ、カルフさん!」


 川で涼んだはずなのに、山のヌシ(大イノシシ)との一戦で身体は熱を帯びていたが、休むことなく輝き続ける太陽に晒されてもなおカルフは心地良さを感じていた。

 それはきっと、戦友の新たな一面を見ることができたからだろう。

 しかしそんな熱も、次に発したマレーズの一言によって、少し先の未来を予測できてしまったカルフはある種の寒気に襲われることになる。


「……木の実や茸がなくなってます」

「さっきのイノシシッ! ……じきに集合時間じゃないっすか」

 

 山のヌシ(大イノシシ)の逃走経路上にあった木の実や茸は半分近くが失われ、残りは踏み荒らされたように無残な姿を晒している。

 その後、他の者と合流した際に居心地の悪さを感じるはめにならない為にも、大急ぎで山の幸を巡り山の中を駆け回るのだった。




 …………

 ……




 群青に染まった夜空の下で響く賑やかな声と焚火の音は、まるでこの世界が平和であることを象徴しているかのようだった。

 焼けた肉の香ばしい匂い、胃袋を刺激する香辛料の辛み、万人が嫌う事の無い至高の旨味を味わいながらカルフたちは今日一日を振り返っていた。


「ほんと、枯れ枝が濡れなかったのが不幸中の幸いってやつでしたよ」

「遅れてきたときに泥まみれだったのはそういう理由があったのか。そういった優しきところが、自国での士気の高さにも繋がっているのであろう」

「姫様といい、どうしてこう私の周りは無茶をするものが多いのか。ともかく、怪我がなくてなによりだ」


 語っていたのは山のヌシ(イノシシ)との戦いとその後の木の実、茸の再採取の事だ。

 カルフとマレーズが泥だらけで合流した本当の理由は、時間がない事に焦った彼らが二人して何もない所で転んだだけなのだが、恥ずかしくて言えるわけもなく、山のヌシ(イノシシ)との攻防の末にという事にしている。

 しかし、感心したように言葉を返すターミアと、安堵したように微笑むファナティの姿を見て、カルフは胸に小さな痛みを感じながら心の中で謝罪した。


「…………」

「謙遜することはないだろう。この場でこれだけの旨みを味わえるのも、用意周到たる卿のおかげなのだからな。しかし、このカレーライスはなかなかどうして……」


 相も変わらず無口なペレーアと談笑しているのはレーベンだ。

 これで上手く会話できているのだから、なんとも不思議な光景であると言えるだろう。

 それは同じものを志す他の盟友も同じであり……


「ねぇ、彼の言っている……というか、伝えたいことってはっきりとわかる? 僕もなんとなく雰囲気は掴めるようになってきた気はするんだけど……っていうか、ほんとにこのカレー美味しいんだけど」

「いや、申し訳ないがなんとなくでしか……ハッ!? これでは仲間が窮地に陥った時に何もできないのではないか? あぁ、早く何か手立てを考えなければ」


 ディレットとマレーズは予定外の夕食に舌鼓を打っていた。

 調達した食材等を塩で焼いたものだけを食べるはめになるとばかり思っていたのだから、炊いた米の上に多種の香辛料を混ぜ込んだものをかけた料理が出てくるのは想像もしてなかったのだ。


 そう、ターミアたち三人が作ったのは炭火焼肉と並んで野外宿泊(キャンプ)の定番といわれているカレーライスだった。

 この料理を作る上での難所は香辛料の確保だったのだが、軍師が家を出発する前に半ば強引にとある人物から渡されていた……というよりも、書物に集中していた彼の鞄に勝手に詰め込んでいたのだが、その貢献によるものだ。

 彼女曰く――


”お米が上手く炊けなかったり料理が上手く作れなくても、これがあればなんとかなるから! 君ってあんまりそういうの得意じゃないでしょ? って、聞いてる? おーい。もう……とりあえず鞄に入れとくからね?”


 なにはともあれ、結果として皆が喜んでいるようなので、帰ったら真っ先に感謝の気持ちを伝えにいつもの図書塔へ向かおうと考える軍師。

 あまり表情を変えることのない彼ではあるが、その横顔はとても穏やかで、幸福に浸っているように周りからは見えた。





 ささやかな平穏に感謝し、それを少しでも長く、少しでも多くの人々に広める為にも、彼らは戦場に立つことに微塵の迷いもない。

 戦場に立つという事はその命を懸けるということであり、仲間の命を預かるということでもある。

 たとえ自らの命と引き換えに今日勝つことができたとしても、そうなれば明日以降を戦う事は当然できない。大切なものを守ることはできないのだ。

 しかし彼らは、今日の為に命を懸ける。明日を守る友の為に命を懸ける。

 現実を知っているからこそ、全てを救う願いが綺麗事であるのだと知っていた。

 だが現実を知っているからこそ、そんな夢物語を莫迦にする者はいない。

 故に彼らはその可能性が零で無い以上……いや、たとえ零であったとしても、その零を零でなくす為の一歩の為に、その手を懸命に伸ばすのだろう。

 そこに至る為に傷だらけになろうとも、その身が焦がされようとも……


 ――その身に背負う名に於いて、決して誰にも恥じぬように。

 


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