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国王陛下の恋のお悩み【連載版】  作者: 新田 葉月
二章 アスルート編
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第二話 2

遅くなってしまって申し訳ありません。

 お、お恨み申し上げますルシアン様……。

 にやにやした笑い顔と好奇に満ちた目からようやく解放されたわたしはぐったりと木に寄りかかりました。

 もちろん横抱き、俗っぽくいえばお姫様だっこをされた身として対策は考えていたのです。

 むしろルシアン様のお傍を離れなければ皆さんにからかわれることもないのでは? と。

 ルシアン様はとても気さくな方ですが、国王陛下。まさかルシアン様をからかおうなんて強者はいないでしょう。権力バリアーです。いえ、わたしも権力は持っているのですがね? 一応侯爵令嬢ですよ?

 ……こほん。とにかく、一緒にいれば安心、と雛鳥よろしくルシアン様の周りをうろちょろしておりました。



 しかしながら。そんな名案も陰謀渦巻く王宮で生きる女性たちの策略には歯が立ちませんでした

 侍女仲間に呼ばれて「仕事かなー?」とのこのこついていったらこのざまです。ルイさん、わたしとおなじお茶入れ侍女だから信じていましたのに! 優しげな笑顔にだまされました! ルイさんの裏切り者ぉ!

 皆さんに色々聞かれないように、と引っ付いていたのにそれすらも誤解されているんですよ。なんてこと!

 皆さんが期待するようなことは全くありませんよぅと声を大にして言ってしまいたいです。本当は婚約者役なのですよ。役! 

 「やっとルシアン様の恋が実ったか」なんて言われましても困ります。今から実らせていただくのです。安心するにはまだまだ難関だらけなのです。



 もう、ルシアン様はなぜあんなことをなさったのでしょうか。方法はほかにもあったと思います。誤解を生みかねない行動をなさるなんて、聡明なルシアン様らしくないです。それと、わたしが慌てているのをみて笑ってらっしゃったのもしっかり見ていたんですから! ルシアン様は最近すこーし意地悪な気がします。気を許せるから、と言われればつい顔が緩んで許してしまうのですが。……単純な自覚は大いにあります。



 ふう、ともう一度ため息をついてコップの水をあおりました。

 あれだけ聞いたというのにまだみなさん聞き足りないようで……。なんとか抜け出してよかった。

 今は一人でいたい気分です。人付き合いにつかれました。なぜ、女性というものはあんなにも人の恋愛話に飢えているのでしょうか。いえ、わたしもその一人だったのですがね!

 今まで根掘り葉掘り聞いてしまった皆さん本当に申し訳ないです。


「……リディアナ先輩」


 懺悔するわたしを控えめに呼ぶ声が聞こえてきました。木の影からひょっこりと姿を現したのはハンス。彼は新米の執事見習いでとても素直ないい子です。緊張しやすい性格らしく、ルシアン様にお食事を出すときなど震えだけで皿を割ってしまうのでは、と心配になるほどふるえていました。見かねて色々フォローをしていたら、懐いてくれてとってもかわいいんです。弟がいたらこんな感じかなーと思っています。癒しです。


「どうしたんですか、ハンス?」

「あの、今、お時間大丈夫ですか……?」

「はい。大丈夫ですよ。何か私に用事ですか?」

「……えっと。その、ちょっと、来ていただきたくて」


 ふむ。口では話しにくいことなのでしょうか? 

 弟みたいなハンスに頼ってもらえるのなら断ることなんて出来ませんね! くりくりとしたおめめで見つめるハンスはまるで小動物のよう。本当に見ているだけで癒されます。疲れも飛んでしまいました。


「はい、では行きましょうか!」

「…………すみません。リディアナ先輩」


 そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいのですよー、後輩は先輩に頼るものですから。どんなお願いもうぇるかむです!






 と、思っていた時期がわたしにもありました。

 まさかハンスにまで裏切られるとは!! ひどいです、ハンス。あんなに可愛がっていたのに……!

 もうだれも信じられません。やぐされモードです。

 幸いにして、小柄な方ですから木の隙間にすぽりとはまって隠れています。ここならさすがに見つかるまい!

 もぞもぞとお尻を動かし、ベストポジションを決めます。

 隙間に入り込むのはなんだか落ち着きますねぇ。


 ふう、と完璧に気を抜いていました。

 ガサリ。

「ひっ」

 草が踏みしめられる音に、短い悲鳴がもれます。

「……ああ、ここにいたんだ」

 ああああ! 声出さなかったら気が付かれなかったかもしれませんのに! わたしの馬鹿!

 こうなれば、日頃鍛えている、わけでもありませんが、この脚力で逃げ切ってみせましょう! と足に力を込めますが……お尻がいい具合にハマってしまっています。

 逃げられません。うわあああん!

「今度は誰の差し金ですか! 全部話したではありませんか! もう嫌です! 誰がなんと言おうとわたし動きませんからぁぁあ!」

「しっ、リディー。大きな声を出したらばれてしまうよ」

「……えっ」

 ぎゅっと閉じていた目を開けます。

 そこには、木々からこぼれた日を浴び、金の刺繍で彩られた服をきらきらと輝かせたルシアン様のお姿がありました。


「ふふ。実は私も抜け出してきたんだよ。隣に座っても?」


 舞台ならば確実に一際明るい照明が当てられていたでしょう。

 蒸気したような頬。長いまつげに隠された、広大な海の如き瞳。少し崩れた髪。少し幼い悪戯げな表情。肩に付いた葉さえもルシアン様を際だたせるためのものにしかなりません。


 ほぉ、と吐息が漏れます。

「お美しいです……」

「……リディー。私の話を聞いているかい?」

「へ? あ、失礼いたしました! つい見惚れてしまって。なんでしょう?」

「見惚れる、か……深い意味は無いんだろうな」

 はぁ、とルシアン様からため息が。

 ま、また聞き取れませんでした……。

 お疲れのご様子ですのに二度も同じ台詞を言わせてしまうとは……っ! 侍女失格です。

 ルシアン様に見惚れてしまうのは当然としても、二回目はわたしの聴力がもっと高ければ聞き取れていたはず! 主の言葉を一言一句聞き逃さない耳であれば……っ!

「うう、申し訳ありません。聞き取れませんでした……今なんと仰ったのですか?」

「リディーは正直だね、と。隣いいかな?」

「は、はい! どうぞ。今ハンカチを……」

「持っているから大丈夫」

 さすがルシアン様。ハンカチを地面にしく姿勢さえ優雅です。


「それで、どうしてこちらへ?」

「リディーの姿が見えないから探しに来たんだよ」

 台詞とともにふんわりとほほえみます。

 うう、お優しい。裏切られた後ですとその優しさがいっそう身にしみます。

「すぐ戻ってくるかと思えば遅いからね」

「……捕まっておりました」

「だろうと思っていた。私もだよ。早く助けてやれなくてすまない」

「いえっ、ルシアン様が謝ることでは! ……ん? ルシアン様も捕まっていたのですか!? そんな強者が!」

 フィリスだよ、と疲れきったお返事がありました。

 ああ……。マグナム様でしたら、納得です。ルシアン様の幼なじみですもの。普段から気安すぎるのでは、と危惧するくらいの気安さはあります。


 同じ幼なじみ同士でありますが、マグナム様とお会いした機会はそれほど多くありません。わたしとは別の場所で友情を育んでおいでですから。

 可憐な容姿ですので、なかなか想像がつきませんが、彼は騎士団長を任されている方。

 そして、イリアに熱烈なプロポーズの真っ最中でもあります。今のところほとんど相手にされていません……。わたしとしてはイリアはロマンチックで熱烈な求婚より、素朴な好意の言葉の方が利くと思いますが、教えて差し上げるつもりはありません。


「まあ、時間を置けば皆も落ち着くだろう」

「だといいのですが……」

 そう願いたいです。声音にもつい疲れが滲みました。

 そもそもです。

 不満を大いに込めて、隣の美しいご尊顔を見上げます。

「……ルシアン様が、悪いと思うのです」

 ぽかん、としたお顔も美しいですが、罪の自覚がないようですね!

「少ししたら治りましたのに。せめて! 肩を貸すくらいで留めて下されば……っ」

「ふふっ」

「なぜ笑っていらっしゃるのですか!」

 本当にわたし大変だったんですからね!

「いや、リディーが不満を言ってくれるのが嬉しいんだ」

 えっ、まさか被虐趣味が!? 嗜虐趣味を疑ったことはありましたが、そっちとは……。いえ、多少変わった性癖があろうともこのリディアナ・コトル、ルシアン様に対する敬愛はちっとも揺るぎませんよ! うんうん、ルシアン様は完璧過ぎますからね。多少変わった所があるくらいが親しみやすくて良いのではないのでしょうか。

「……その顔は変なことを考えてる顔だね?」

「大丈夫です、ルシアン様! わたしは罵ることは得意ではありませんがイリアならきっとルシアン様のお気持ちを満たしてくれると思います!」

「……はぁ」

 あれ? 深いため息です。

「そうではなく、リディーがそうやって素直に話してくれるのが嬉しいってこと。前より近い気がするだろう?」

「なっ、なるほど! 失礼いたしました」

 うー、無自覚でした。不満をぶつけるというのはある種の甘えですからね。

 照れを誤魔化すようにへらっと笑うと柔らかい笑みが返ってきます。

 幸せですね。


「おーい、リディー! 出ておいで!」

「ルシアン様がお呼びだよー!」


 むむっ、探索者の声がします。

 全く、ルシアン様の名前を出せばわたしが釣れるとでも思っているのでしょうか! いえ、釣れますが!

 おそばにいらっしゃらなければ騙される所でした。危ない、危ない。身内はわたしの事をよくわかってるからこそ敵にすると恐ろしいですね。


「どうする? 私が呼んでるそうだよ」

「では、もっと近くに行かなくてはなりませんね」


 悪戯げな表情をなさるルシアン様に空いていた隙間を埋めるようにぴとっとくっつきます。わたしの頭がやや草影から出ていたので隠れなくては……!


「ルシアン様?」

「他の男にはしないでくれよ……」


 なんだか、お疲れのご様子。うんうん、分かります。根ほり葉ほり聞かれて疲れましたよね! しばらくは逃げておきましょうね!



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