第三話 できること、できないこと
おつかれさまです。
後書きにサラマンダーの溜息店長カルラさんを置いてあります。お気に入りのキャラですね。
感想とかあったらお気軽にどうぞ。泣いて喜びます
第三話 できること、できないこと、
「や、その、ひっじょーーに不本意、なんですけど……」
言いながら、ミレイはちらりとティードを見る。
「明日の朝、出発する前に……『サラマンダーの溜息』に来てもらえませんか?」
「…………は?」
露骨に嫌そうな顔をされた。
やはり埋めようかなんて、考えちゃいない。
「カルラさんに、その……パーティを組むなら、一度連れてこいって言われてて」
「カルラぁ……?」
今度は名前を聞いただけで顔をしかめた。
「……知ってるんですか?」
「知ってるっつーか……」
ティードは何か言いかけて、面倒くさそうに頭を掻いた。
「行かなきゃダメか?」
「わ、私に聞かれても……。でも、来てもらわないと困ります」
「…………」
「…………」
「……分かったよ。行きゃいいんだろ」
「あ……はい」
どうしてそこまで嫌そうなのか。
その意味は、翌日になって判明する。
◇
翌日。
「まさかあんたがミレイちゃんをねぇ、へぇぇー? ふぅぅぅーん?」
「……るせぇよ」
ニヤニヤ、という言葉はこの表情のためにある、という顔のカルラと、それに辟易するティードの図が出来上がっていた。
「お知り合い、ですか?」
「あっはっは! 知り合いっていうかまぁ、保護者みたいなもんかねぇ! こいつの親父さんから世話見てやってくれって言われてんだけどコイツはね返りだから全然帰ってこないのよ」
「自力で暮らせねぇと親と離れた意味ねぇだろが……」
「こっちは先にお金もらってんの。貰った以上は飯食わせるのが私の仕事なんだよ」
「ほっときゃいいだろが……」
「ほっといてあげてたのに全然帰ってこないから言ってんでしょうがクソガキ」
「……チッ」
すっかり二人だけのやり取りになってしまって、ミレイは口を挟むタイミングを失っていた。
ただ、目の前のティードを見ていると、少しだけ不思議な感じがする。
昨日までの彼は、身体も大きくて、態度も大きくて、口も悪くて。何でも一人でやっていけると言わんばかりだった。
けれど今は、カルラに世話を焼かれて、それを嫌がって、最後には「クソガキ」とまで言われている。
そういえば、同い年だった。
当たり前のことなのに、今になってようやく実感した気がする。
少しだけ、ティードが年相応に見えた。
「あっはっは! ごめんねぇミレイちゃん、置いてけぼりにしちゃって」
「あ、いえ……」
突然話を振られて、ミレイは小さく首を振った。
「ミレイちゃん、コイツ口悪いし、生意気だけどさ、危ないやつじゃないからさ、安心していいよ」
「……はい、そこはなんとなく。疑ってはいません」
最悪の人だが、最低の人、ではない。
そんなミレイの返事に、カルラはニヤリと笑う。
「……ティードぉ? 初対面評価が良かった試しがないアンタが珍しいこともあるもんだね?」
「知らねぇよ……」
「あ、初対面って意味なら最悪でした。別に今も好きってわけではないです」
「……あ、そ、そうなの?」
「はい。でも、嘘はつけない人だと思うのでその辺は信じてもいいかなと思ってます」
嘘をつかないと嘘をつけない。この二つは似ているが少し違う。
その微妙な意味を感じ取ったのか、カルラは目を細めて微笑んだ。
「ま、ミレイちゃんがそういう感じなら、大丈夫かね……」
「おい、なんで俺だけ……」
「ミレイちゃんに問題あるわけないだろ? こんなにいい子なんだから」
「……そんなでもねぇぞ、実際」
ティードがこちらを見る。
何が言いたいのかは分かった。でも、だいたいティードが悪い。
「……何か?」
「…………」
「アンタのこと見てくれてるってだけでも間違いなくいい子でしょうが……ってことで、お姉さんの品定めは終わり。アンタ達、これから初仕事なんでしょ?」
「あ、はい。これからギルドに向かって鉱夫さん達と合流してから出発です」
「じゃあ、気をつけてね。ティード?」
「……んだよ。まだなんかあんのか?」
「ちゃんと守りな?」
「……チッ。うるせぇな。わかってるっつの」
「あっはっは! ならよし! 行っといで!! ちゃんと帰ってくるんだよ」
「はい! 行ってきます!」
「……朝から元気だな、お前」
◇
冒険者ギルドへ着くと、すでに数人の鉱夫達が受付のカウンターで待っていた。
日に焼けた顔。厚い手袋。使い込まれた道具。
そしてやはり、筋肉。
「嬢ちゃん達がオラたちを守ってくれるんかぁ!! よろしくなぁぁぁ!!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「……うるせぇ」
「はっはっはっ!! 頼んだぞぉ!!」
……この人達、護衛とかいるのかな。
なんだったらその丸太のような腕で、モンスターくらいどうにかできてしまいそうな気さえする。
「はい、時間通りですね。おはようございます。ティード君、ミレイさん」
受付の女性が、にこりと笑った。
「斡旋の時は忙しくてご挨拶もできなかったので、この場を借りて。リネアと申します。体験期間中は私が担当しますので、何かわからないことがあれば聞いてくださいね」
「……担当?」
「はい。冒険者見習いの方の支援役、くらいに考えていただければ大丈夫ですよ」
お手本のような笑顔で締めて、リネアは羊皮紙を一枚取り出した。
「依頼内容は、エスクード鉱採掘の補助と道中の護衛です。よろしいですか?」
「はい……」
ゆっくりと頷いた。
遂に始まる、初めてのクエストが。
「ミレイさん? ティード君もいてくれるので大丈夫だとは思いますが、無理だと感じたら引き返すのも大事ですからね?」
身構えていると、リネアから意外な言葉がかけられた。
「引き返したら、失敗なんじゃ……」
「まぁ、クエストとしては失敗扱いにはなりますが、それで命を落としたりしたら、やり直しだってできないじゃないですか。ましてや貴女はまだ見習いなんですから、無事に帰ってくるほうが最優先で、いいんですよ」
本当は、皆さんそうして欲しいんですけどね、と最後に付け加えてリネアは苦笑する。
その苦笑の裏にある言葉の重みを、ミレイは感じた。
「……行ってきますって、カルラさんにも言いましたから、ただいまって帰らないと怒られちゃいます」
「あら、私には言ってくれないんですか? 寂しいですね?」
「そ、そういう意味じゃ……」
焦るミレイにリネアはクスクスと笑った。
「大丈夫ですよ。お待ちしてますね――ティード君?」
「わかってるっつの……。カルラにも言われたよ……」
「ふふ、それは失礼しました。では、初クエスト頑張って。行ってらっしゃい」
「リネアさんも! 行ってきます!」
リネアに見送られ、北門から出て、少し歩けばもう別世界だった。
整備された道はなくなり、平坦な道から勾配のある山道へと変わっていく。
「け、結構、きついですね……」
歩き始めて数時間、慣れない山道と足場の悪さにミレイは額の汗を拭う。
「オラ達は慣れてっからそうでもねぇけどなぁ!! 嬢ちゃんは山道はあんまりかぁ!! めんこいもんなぁ!!」
「め、めんこい? え、と、本格的なのは、あまり。ルクシアからグランツまではなんとか歩いてこれたんですけど……」
「平地歩くのと山道はまた歩き方が違うんだなぁ!! 山道はこう!! 足裏全部をべたんってつけるようにして歩くんだァ!!」
「な、なるほど……」
鉱夫達の真似をして歩くと、確かに安定感がある分、少しだけ楽な気がする。
「あ、ありがとうございます」
「えぇ!! えぇ!! 初めて歩く時なんてそんなもんだからなァ!! はっはっはっ!!」
「…………」
「……何か?」
「何でもねぇよ……さっさと歩け……」
「絶対今何かあった目だったじゃないですか……」
鉱夫とのやり取りをティードが少し離れた先頭から観察していることに気づく。
明らかに何か言いたげな目だった。
「……チッ、何でもねぇっつってんだろ。行くぞ」
「あ、ちょっと! もう!」
その視線の意味を理解するのに、そう時間はかからなかった。
しばらくして。
「はぁ……はぁ……」
「嬢ちゃん、平気か……? 少し休むか……?」
「大、丈夫です……。まだ、歩けます……」
「けんど……」
歩き方は変えた。疲労は確かに減った。だが、元の体力の無さはすぐにどうこうなるものではなかった。
息が上がる。玉のような汗がぽたぽた落ちる。
服の中までびっしょりで、ベタついて気持ちが悪い。
「体力ねぇな」
「…………」
ティードが何か言っている。まぁいい、どうせ悪口だから無視しようと、そのまま歩いて――
「……おい、チビ。止まれ」
――肩を掴まれ、引き止められる。
「……え?」
「座れ。休め」
「でも……」
目的地まではもう少しだ。こんな半端な所で休んでいるくらいなら、行ってしまったほうがいい。
「うるせぇな……。座れつってんだろ……」
「なっ!?」
そう思って口を開こうとしたが、ティードは聞く気もないらしい。肩を掴んだまま、半ば無理やりその場に座らせる。
「ちょ、ちょっと……!」
「お前!! ちょっと乱暴すぎるぞ!!」
「お前らもうるせぇ……。コイツを甘やかすな。――おい、チビ」
……怒って、る?
何故か、無理やり座らせたティードが怒っていた。
今までのような苛立ちではなく、明確な怒気を感じる。
「何で進もうとした」
「何でって、もう少し、ですから、そこまではって……」
「そのもう少しで進んで、休息できずにモンスターと戦うことになって、まともに戦えんのか、お前……」
「出来――」
出来る、そう言おうとして言えない。
そんなことが断言できるほど、経験なんてない。
ましてや、これは護衛も兼ねた依頼だ。言えるわけがない。
「――わかりません……」
その答えに、ティードは怒りを収めて後頭部をガリガリと引っ掻いた。
「なら、休め。十分後、出発する」
「はい、すみません……」
「……チッ」
項垂れるミレイに、ティードは舌打ちを一つして、壁にもたれかかった。
「おい、チビ」
「何ですか……」
「体力はつけろ。そんだけだ」
そう言ってティードは瞳を閉じた。
「……他にもなにか言いたいこと、あるんじゃないですか?」
「……甘えんな」
「…………」
聞いたところで、教えてくれる気はないらしい。
◆
しばらくして、山肌にぽっかりと開いた穴が見えてきた。
エスクードが採掘されるという鉱山の坑口だった。
「……ついたな」
「はぁ……はぁ……」
「嬢ちゃん、大丈夫か? また休むか?」
「……甘やかすなっつってんだろうが。――チビ。行けんのか」
淡々と聞いてくるティードに、ミレイは深呼吸を一つ、二つ。
自分の状態を確認する。
足。フラフラするけど歩ける。力も入る。
頭も回る。魔力の流れ、ちゃんと感じられる。
ティードの顔、見えてる。今朝と変わらない仏頂面。余裕すぎて腹が立つ。ちょっと引っぱたきたい。
「…………ん。大丈夫です」
「なら、行くぞ。先頭は俺が立つ。お前は最後尾で後ろを見張れ。何かあったら呼べ。間違いでもいい。呼べ。いいな?」
「……? 間違えてもいいんですか?」
……さっきまでのティードなら、自分で判断しろのスタンスだったのに。急にどうして?
「そういう小さな違和感を見逃して、死んだヤツらを知ってるからだ」
「……っ」
「ここから先はそういう世界だ。……分かったら行くぞ」
「……はい」
気を引き締めて、坑道の入口に視線を向ける。
物言わぬ目の前の暗闇が、さっきより少しだけ怖く見えた。
◆
カァン、カァン、と暗い坑道にツルハシを振る音が響く。
現在、ミレイ達は坑道を進んだ先にある採掘場へとたどり着いていた。
「ほらぁ、よ!」
鉱夫達がツルハシを振るう度、ガラガラと音を立てて岩が崩れ落ちる。
「お、出たぞぉ、エスクード鉱だァ!!」
岩の中にキラリと輝く原石が一つ、淡い翡翠色の輝きを放っていた。
「ほれ、嬢ちゃん、見てみろぉ!!」
「アンタらな、俺らは護衛だぞ……」
「ここまで頑張って来たんだァ!! 少しぐらいよかろォ!! ご褒美ってやつだなァ!!」
襲撃等を警戒する目をわざわざ減らしにかかる鉱夫に、ティードは呆れ果てた。
「え、と……」
でも、見たい。
エスクード鉱。知識では知っていても、現物――それも原石なんて、そうそう見られるものじゃない。
「そんなに心配なら嬢ちゃんが見てる間、オラが見張っといてやる!! 厳しいばっかが教えるってことでもなかろォ!!」
そうだそうだと周りの鉱夫からも声が上がり、ティードはばつが悪そうにガリガリと後頭部を掻いた。
ちょっと、可哀想に思わなくもない。
「……アンタらは仕事しろよ。……ったく、チビ、五分だ」
「ありがとう、ございます……!」
「良かったなァ嬢ちゃん。ほれ、原石だァ!!」
ニッコリと笑う鉱夫から原石を受け取る。
「わぁ……」
磨いてすらいないのに、エスクード鉱は手の中でキラキラと輝いている。
「ん……?」
「嬢ちゃん……? あぁ、嬢ちゃん魔法使いだもんなァ……」
じんわりと、エスクード鉱から掌に熱が伝わる。
一瞬不思議な表情をした鉱夫だが、すぐに納得したのか笑みを戻した。
「エスクード鉱は魔力の伝達効率がええからなぁ……。嬢ちゃんの魔力に反応したんだなァ」
「綺麗……」
ミレイの掌にある原石が熱を持って、ぼうっと光る。
……あれ?
似たような反応が、周囲にいくつもあるのをミレイは感じ取る。
「あの、鉱夫さん……」
「ん、どうしたァ?」
「私、採掘のお手伝い、できるかもしれません……」
「……あ?」
視界の端でティードが眉をひそめていたが、ミレイは気にせず掌を地面へと当てる。
「ん……」
「嬢、ちゃん……?」
「……っ」
掌から魔力を流し、地面の奥へと広げていく。
土を伝って返ってくる感覚を、一つずつ拾う。
「……ありました。そのまま引っ張り出してもいいですか……?」
「引っ張り……? 待て待て!! そらいかん!! 無理にやれば地盤が崩れるかもしれん!!」
やれる。
絶対の自信を持って言われた言葉に、鉱夫は慌てて制止をかけた。
それまでの圧はなんだったのか、呆気ないほど突然に普段のミレイへと雰囲気が戻る。
「あ、ごめんなさい……。じゃあ場所だけお伝えしますね?」
「お、おぉ……。ありがてぇけんど……わかんのかァ?」
「えっと、土魔法だけは、ちょっとだけ得意なので。この辺りの地面に埋まってる鉱石は、多分だいたい捉えたかなと……」
「土属性かァ!! そらァありがてぇ!! 嬢ちゃん、頼むなァ!!」
「はい、が、頑張ります!」
わいわいと盛り上がる鉱夫とミレイだが、ティードだけはじっとミレイを見つめたままだった。
「な、何ですか……?」
「お前、詠唱は……いや、そもそも、疲れてねぇのか……?」
「あ、はい。あれくらいなら全然……」
「あれくらい……?」
「お前、提出の時、土属性全般って書いてたな……。どこまでできる……?」
「どこまで、とは?」
「はぁ……もういい……手伝ってこい……」
「……? は、はい」
首を傾げたミレイに、ティードは深いため息をつき、しっしと手で追い払った。
「頭いてぇ……」
結局、何がそんなに気になったのかは教えてくれなかった。
……まぁ、手伝ってこいと言われたので、手伝おう。
◆
「あ、そこ、もう少し右。そうです」
「ここだなァ!!」
ミレイが示した場所へ、鉱夫がツルハシを振り下ろす。
カァン、と甲高い音が坑道に響いた。
一度、二度。岩肌が削られていき――やがて、その奥から淡い翡翠色が顔を覗かせる。
「おォ!! 本当に出たなァ!! 凄いぞぉ嬢ちゃん!!」
「わ……ほんとに、あった……」
分かっていたはずなのに、実際に目の前へ出てくると少し不思議だった。
自分が地面の中で感じ取ったものを、誰かに伝えて。それがちゃんと役に立っている。
「わ、わ……!?」
そう思っているうちに、ふわりと身体が宙に浮いた。
「え、ちょ――」
「はっはっはっ!!」
鉱夫が軽々とミレイを持ち上げ、そのままくるくると回り始める。
目まで回りそうだった。
でも――ちょっと楽しい。
「……はぁ」
また怒られるかもと視線をティードに向けると、何やら眉間を押さえているだけで、特に何か言ってくる様子はない。
「続けても、大丈夫ですか?」
「……疲労は」
「何度かサーチを使ってるくらいなので、行けます」
「……ならいい」
くらい、という言葉にティードの眉間の皺がぴくりと動いた気がしたが、許可は出た。
それからさらに二度、三度とサーチを使う度に、鉱夫達の機嫌はよくなっていく。
「嬢ちゃんが探してくれるから大量だァ!! ありがとなァ!! しばらくは美味い飯が食えそうだァ!!」
「お役に立ててよかったです。じゃあ、もう一度、探してみますね……」
「……」
「何ですか?」
「……何もねぇよ」
「……?」
何故かティードが呆れ返っているような気はしたが、本当に問題なら言ってくるだろうと割り切った。
地面に手のひらを当てて、四度目となるサーチ。
……あった。
エスクード鉱石の位置を捉える。
その中に、一つ――妙な感覚が混じった。
……動いてる?
一つ、二つ。
違う。まだいる。
エスクード鉱石じゃない。
地面に触れた何かが、坑道の奥からこちらへ近づいてくる。
「……何か、来ます」
「何かって――」
「チビ、教えろ」
ティードの声が飛んだ。
さっきまでとは違う声だった。
ミレイはもう一度、地面から伝わる反応を数える。
「……八。前方から、八です」
「距離は」
「近いです。もう――」
カラ、と。
前方の暗がりから、小石の転がる音がした。
ティードが背負った大剣へ手を伸ばす。
「チビ、鉱夫を守れ、俺が出る!」
「はい! 皆さん、私の後ろへ!」
「お、おぅ……」
それまでとは打って変わった鋭い指示が飛ぶ。
ティードは背中の大剣を抜き放つと、そのまま深く身を沈めた。
「ふっ……!」
「え、ちょ――!?」
鋭い呼気。
次の瞬間、ティードの姿が霞んだ。
……身体強化!?
速い。
あの大きな身体が、一瞬で遠ざかっていく。
目で追うだけで精一杯だった。
「おるァァァァ!!」
坑道の暗がりから飛び出してきた何かへ、大剣が振り下ろされる。
鈍い音が響いた。
「ギ、ぃ――!?」
地面へ叩きつけられたそれを見て、ようやく姿が分かる。
岩のような鱗に覆われた、四足のモンスター。
「チッ、ロックリザードかよ……」
「確認してから突っ込んでください!」
「斬れただろうが!」
「貴方のは斬ったんじゃなくて潰したんです!!」
「倒しゃ同じだ!!」
言い返す間にも、暗がりからさらに二体が飛び出してくる。
ティードは大剣を返し、そのまま横薙ぎに振り抜いた。
一体。続けて、もう一体。
重い音を立てて、二体のロックリザードが地面へ転がった。
「もう!! ホントに雑!!」
……セット、レディ!
ティードに出遅れる形にはなったが、ミレイも石弾を生成。
残るロックリザードへ向けて打ち放つ。
「ギッ!」
「んなもん効くわけねぇだろ! ちゃんとやれ!」
ロックリザードに命中するが、弾ける音と共に石弾が砕け散った。
足止めにすらなっていない。
が、ミレイの存在を知らせるには十分だった。その視線が、ミレイへと向く。
「行ったぞ! チビ!」
「……わかってます!!」
ティードが新たな一体を倒す間に、二体がその脇をすり抜け、ミレイへと一直線に向かってくる。
「やら、なくちゃ」
……ソード、レディ。
既にミレイは迎撃の準備を終えていた。
プチボアのときのような石弾では足りない。
明確な攻撃の意志を持って剣を生成し、最後の号令を――
「はっ……はっ……」
「嬢ちゃん!? 大丈夫か!?」
「……っ! チビ! 何やってんだ!!」
――言えない。
相手はモンスターだ。こちらの命を狙っている。
分かっている。
「っ!」
虚ろなプチボアの瞳がフラッシュバックする。
……殺せ、ない。
魔力の流れが乱れ、石の剣はさらさらと形を失って地に帰った。
生物の命を奪う。
ミレイには、その覚悟が足りなかった。
その代償は目の前まで迫っていて――
「チッ! 迅ッ!」
「ギィェァ!?」
――遥か前方にいたはずのティードがミレイの目前へと現れ、ロックリザード二体をまとめて薙ぎ払った。
「チビ、殺せねぇのか……」
残るロックリザードを油断なく睨みながら、ティードが問う。
「なら、邪魔だ。そいつら連れて下がれ……」
遠慮も何もなかった。
確かにこのままここにいても、ティードの邪魔にしかならない。
合理的だ。間違いない。
さっさと下がろう。
「嫌です……」
だが、口をついて出たのは真逆の言葉。
「あぁ!? お前状況わかって――」
「貴方さっき無理したでしょう!? 足、震えてるんですよ!!」
「…………チッ」
ティードの足が震え始めたのは、《迅》を使った直後からだ。
あそこで無理をした。自分を庇うために。
「貴方がそうやって勝手に助けるなら、私だって勝手にします……!」
「倒せねぇのにどうやって――チッ!」
「ギギギ!!」
問答の間にも、じりじりと距離を詰めてきていたロックリザードの一匹がティードへと飛びかかる。
「ピラー! ゴー!」
「ギッ!?」
ミレイの声が響いた瞬間、飛びかかったロックリザードをかち上げるように大地が隆起し、吹き飛ばす。
「貴方の言う通り、まだ……殺すことはできません」
認めるのは、悔しかった。
それでも、できないものをできるとは言えない。
「だから、そこは助けてください。でも――」
ミレイは地面へ手をつく。
「それ以外まで、全部任せるつもりはありません……!」
……ロック!
「ギッ!?」
モンスターの足元が隆起する。
拘束されたのはほんの一瞬。
でも、十分。
「はっ……!」
ティードはその隙を見逃さない。
大上段からの一閃で首を落とす。
ティードの口元が、わずかに吊り上がる。
「やれんのか!」
「やれるまでやるだけです!」
「待たねぇからな!」
「どうぞご勝手に!」
ティードの視線が左の一体を捉える。
膝が沈んだ。
――来る。
……二、一。
「レディ!」
「まだおせぇなぁ!!」
再びロックで動きを止めようとして、それより早くティードが一撃で切り捨てる。
そのまま止まらない。
返しの一撃でもう一匹。
その二匹を倒す間にも、横から一体がティードへ迫っていた。
気づいているはずなのに、ティードはそちらを見ようともしない。
視線の先にいるのは、さっき吹き飛ばした最後の一匹だけ。
……もー! 絶対わざとだ!
「セット、ピラー!!」
あまりにあからさまな行動に苛立ちつつ、ミレイは一気に魔力を流し込む。
ティードへと飛びかかるロックリザードを、一匹目同様吹き飛ばす。
吹き飛ばす先は、ティードの視線の先――最後の一匹と同じ場所。
「ラストォ!」
また来る。
あの加速。
次は合わせる。
……構えて、沈んで、今!
「ロック、レディ! ゴー!」
「おぉぉぉらァァァァ!!」
重なる二体をミレイが拘束する。
動くことは許さない。
ティードが突っ込み、勢いそのままに大剣を叩きつけた。
「――――ッ!!」
逃げることも、身を捩ることもできない。
拘束された二体へ、加速したティードの大剣がまともに叩き込まれる。
重い衝撃が坑道を震わせた。
二体のロックリザードが、ほとんど同時に地面へ崩れ落ちる。
◆
ミレイの前に広がる血。
動かなくなったロックリザード。
自分が斬ったわけではない。
けれど、手伝った。
プチボアのときのように、見なかったことにはできない。
「おぉぉぉ!! すげぇ!! すげぇなぁ!! 嬢ちゃ――」
「……待ってやれ」
「――んん?」
ミレイは何も言わなかった。
ティードも、それ以上は何も言わない。
……甘いとかは、言わないんですよね。あの人。
今は、それだけで十分だった。
「すみません。もう行けます」
「なら、撤収だ。アンタらも十分だろう?」
「おぉ!! 嬢ちゃんのお陰でたんまりだァ!!」
ティードが大剣についた血を払い、迷いなく撤収を選んだ。
「いいんですか……?」
「これ以上働かせたらカルラとリネアに何されるかわからねぇからな……。依頼主にも確認した。問題ない」
「おォ! 問題ねェ! あとは帰って腹いっぱい飯食って――んん……?」
「どうしました?」
いつも元気だった鉱夫が笑顔を消し、怪訝な顔をした。
「なんだァ……?」
カラリと、小石が落ちた。
一つ、二つと落ちるにつれ、微細な振動が足元から伝わってくる。
「……地震?」
「いや、こんな揺れ、オラ達は知らねぇ……」
「チビ!」
「はい!」
サーチを発動する。
捉えた反応は一つ。ロックリザードに近い。けれど、さっきまでの八つとは違う。
……これは……。
正確な大きさは分からない。
ただ、巨大な何かが壁を崩しながら、こちらへ真っ直ぐ向かってくる。
「足止めは!」
「無理です!」
「なら一発かまして退く! タイミングだけ教えろ!」
「はい! カウント! 三、二、一――来ます!」
ぐん、とティードの膝が沈む。
同時に、奥から姿を現したのは、やはりロックリザードだった。
けれど、頭だけでもティードより高い位置にある。
大きすぎる。
「迅!!」
ティードは怯まず加速し、勢いそのままに大剣を頭へ叩きつけた。
「かっ、てぇ……」
「弾かれ、た……?」
ガァン、と耳を打つ大音響。
今まで止まることのなかったティードの大剣が、火花を散らして弾かれた。
「チッ!」
鬱陶しいとでもいうように、巨大なロックリザードが頭を振り払う。
……あの一撃で、あれだけ?
赤い筋がわずかに見えた。
傷はある。けれど、あまりにも硬すぎる。
「何だァ、コイツはァ……」
鉱夫の声から、いつもの威勢が消えていた。
ズン、と。
巨大なロックリザードが、一歩、こちらへ踏み出した。




