第四話 岩の王
初ボス戦になりますね。とはいえ長ったらしくなり過ぎないようにしています。
行間を見やすいように1行あけていますが、逆に見にくいとかありましたら修正します。
第四話 岩の王
「っォォォォ!!」
斬りつける。何度も、何度も。
頭、前足、横腹――次は尻尾。
ティードは巨体の周囲を駆け回り、場所を変えるたびに大剣を叩き込んでいく。
その速さを目で追うだけでも精一杯だった。
「チッ!」
甲高い音とともに、また火花が散る。
……駄目。どこも硬い。
「セット、ピラー! ゴー!」
そして、それは大地の槌でも同じだった。
弾かれ、たたらを踏んだティード。その援護へ放った石槌も、巨体が身動ぎしただけで砕け散る。
『――――ッ!』
「ッ!」
「おわァ!!」
坑道を震わせる咆哮に、背後から鉱夫さんの悲鳴が上がった。
ギロリと、ロックリザードの視線がティードへ向く。
振り上げられる前足。
……やらせない!
「レディ……ウォール! ……っ」
壁を作ろうと身をかがめた瞬間、地響きに足を取られ、バランスを崩す。
込めかけた魔力が霧散した。
『ォォォォ!』
「ぐ、ぉ!?」
横殴りに振るわれた前足へ、ティードが咄嗟に大剣を合わせる。
受け止めた――そう思った次の瞬間、その身体が冗談のように宙を舞った。
「ティード!?」
鈍い音を立てて、坑道の壁へ叩きつけられる。
「大丈夫ですか!?」
「俺のことはいい! 前見ろ!」
「え――」
ハッとして振り返る。
そこには、大きく口を開いたロックリザード。
本で見たことがある動作。だとするならば。
……ブレス!?
「ウォール!!」
目の前に土の壁がせり上がる。
間をおかず、ロックリザードの口から巨大な石弾が吐き出された。
激突。
受け止めた石壁に、見る見るうちに亀裂が走る。
……まだ!
追加で魔力を流し、補強して――
「きゃぁぁぁぁ!!」
「チビ!! クソが!!」
――受け止めきれず、石壁が砕け散った。
視界が回る。
吹き飛ばされたのだと分かったのは、地面へ投げ出された後だった。
霞む視界の端を、赤い髪が駆け抜けていく。
またティードが、ロックリザードへ向かっていく。
……私がドジったから……。
違う。今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「う、らぁぁぁァァァ!」
一人で戦っているティードの出血が、明らかに増えていた。
剣を振るたびに血が飛び散るほどに。
ロックリザードを押し止めるため、爪も尾も、すべてを受け止めているからだ。
「撃ちます!! セット、レディ!」
何でもいい。
あの猛撃を一度止めないと、ティードがやられる。
「ロック!」
固めた足は、秒も持たずに引き剥がされ。
「ピラー!」
打ち出した石槌は、障害にすらならず。
「ショット!」
石弾は無視され。
「ウォール!」
せめてもとティードを守ろうと張った障壁も、爪の前に紙のように砕け散る。
「ぐ、ぁ……!」
吹き飛ぶティードが壁に叩きつけられるのを、何度も見た。
血だらけだった。
それでも彼は前に出る。
後衛である私と、鉱夫さん達を守るために。
……止まらない。
止められない。
役に立てない!
乱射する。
けれど、そのすべてが無視される。
あのロックリザードにとって、脅威なのはティードだけだから。
「嬢ちゃん、あれは、無理だァ、逃げねぇとあの兄ちゃんが……」
「……逃げるためには最低でも足を止めないと、無理です……」
逃げたところで、追いつかれる。
ティードなら一人で逃げられるかもしれない。
あるいは、彼がここで押し止めている間に、私達だけ先へ行けば。
でも――その先で別のモンスターに出会ったら?
前衛のいない私達だけで、どうする。
それに。
……ティードが、そんなことするはずない。
「けんど……」
「大丈夫です……。だから、鉱夫さん達は、巻き込まれないように、下がっててください……」
精一杯、笑った。
うまく笑顔、作れてたかな。
「嬢ちゃん……? 顔色、悪いぞ……?」
バクバクと心臓がうるさい。
後ろで鉱夫さんが何か言っているけれど、耳鳴りで音が遠くて聞こえない。
今はそれよりも、ティードを助けないと。
「セット……」
ごめんなさい。
私の決断が遅いから、貴方をたくさん傷つけた。
「ランス……」
うるさい心臓。
震えるの、止まってよ。
怖いとか、嫌だとか、そんなこと、もう言ってられない。
「レディ!!」
一気に大地へ魔力を注ぐ。
ソードじゃ足りない。
弾かれる。
もっと大きく。もっと強く。
あの岩肌を――貫く力を。
「退いてください!!」
「ッ!!」
張り上げた声にティードが反応し、飛び退く。
一気に、解放。
「撃ち、抜いて!!」
目の前に巨大な石槍が現れる。
形は歪で、魔力の無駄も多い。
それでも、威力だけなら十分。
『――――ッ!!』
「効い、た……!」
大石槍がロックリザードの肩口へ突き刺さり、砕け散る。
岩肌を貫き、血飛沫が吹き出した。
初めて、通った。
苦痛の声が坑道を震わせる。
「ぉぉぉぉぉらァァァァ!!」
追撃。
飛び上がっていたティードが、ロックリザードの頭へ大剣を振り下ろす。
ガァン、と大剣が岩肌を打つ。
切り裂くまでには至らなくても、その頭を地面へ叩きつけた。
「おい――」
「セット……レディ!!」
「チビ!!」
「続けて撃ちます!!」
「チッ!!」
何か言いたげに一瞬振り向いたティードを無視して、再構築。
……今しかない!
体勢を立て直されたら、またティードが前に立つ。
また、傷つく。
……一発で、足りないのなら。
「ランス!」
倒れるまで。
何度でも!
「ラピッド!!」
掌から魔力がこぼれ落ちていく。
今までに体験したことのないほどの消耗。
身体の内側から何かを削り取られていくような感覚に、視界がぐらりと揺れた。
歯を噛み締め、ふらつく意識を繋ぎ止める。
「はぁぁぁぁぁぁァァァァァァ!!」
自分の声とは思えないような声だった。
ティードが射線から横っ飛びに飛び退く。
同時に大地が応え、大石槍が次々と撃ち出された。
一本目。
肩へ。
身を捻った巨体へ、間をおかず二本目が食らいつく。
『ォォォォォォォォ!』
苦悶の声。
ロックリザードの巨体が衝撃に揺らぐ。
「ま、だ……っ!」
膝から力が抜ける。
気持ちが悪い。
それでも、止めない。
止められない。
三本目。
頭を掠めて、外れる。
四本目。
首元へ直撃。
坑道に大量の血飛沫が舞った。
『ァァ――』
「っ!」
それでもロックリザードは大地を踏みしめ、こちらを睨んだ。
その瞳と、視線が交差する。
開かれる口。
ブレスの予兆。
「っ、ぅ!!」
五本目。
六本目。
放たれた二本の大石槍と、吐き出された石弾が正面から激突した。
音が消えた――そう錯覚するほどの大音響。
大石槍が砕け、ブレスと相殺される。
次の瞬間、爆風が襲った。
構える間もなく、身体が宙に浮く。
「い、た……い……」
全身が痛みを訴えている。
威力のほとんどは石槍が受け止めてくれた。
身体は、まだ動く。
……とど、かない……。
倒しきれなかった。
もう、あんな撃ち方はできない。
対して、ロックリザードには確かに傷が増えている。
それでも、まだ倒れない。
なら、立たないと。
「はぁ、はぁ……」
……せめて、あの人と鉱夫さんが逃げる、時間を……。
あと、何回。
数回なら、たぶん。
そのたびに、自分の中に残っているものを削っていく。
それで意識が途切れたら――きっと、殺される。
……カルラさんとリネアさんとの、約束、破っちゃうな。
帰るって言ったのに。
それでも、今、やらないといけなくて。
最後の仕事だと、ロックリザードへ目を向けて――
「こん、の、クソトカゲがァァァァァァァァァ!!!!」
――大跳躍したティードの姿を見る。
背中まで振りかぶられた大剣が、横殴りにロックリザードの顔面へ叩き込まれる。
「剛ッ!!」
「……え?」
冗談みたいな光景だった。
ランスを何本撃ち込んでも、怯ませるので精一杯だった巨体。
その足が、地面から離れていた。
ロックリザードが吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられ、そのまま地面へ崩れ落ちた。
……死んで、ない。
けれど、すぐには起き上がってこなかった。
静寂。
ロックリザードが動かないことを確かめてから、ティードがこちらへ歩いてくる。
「おい、チビ……」
「は、はい……いたっ!?」
額に軽い痛みが走った。
……デコピンされた。
「完全に想定外だったし、無茶すんな、は言わねぇ。けど、せめて話は聞け……」
「話なら――」
「さっきの撃つ前に俺が待てっつったの、聞こえてたか……?」
「…………聞いてましたよ?」
「おい……こっち見ろ。ったく」
そういえば、ラピッドを撃つ前に何か聞いた気がしなくもない。
ティードはため息をついて、ガリガリと頭を掻いた。
「状況だけ伝える。犠牲を出さずに逃げる。これはもう無理だ。削られすぎた。だから、アイツを倒す」
「でも、貴方と鉱夫さんだけなら……」
「却下だ。現実的に考えて、お前一人でアレをどれだけ止められる。俺が残った方がマシだ。カルラ達に帰ってこいって言われたろうが……。だいたい、俺はお前の『死』を背負うなんざ、ごめんだ」
「でも、他に方法が……」
「倒しゃいいだろが。お前がだいぶダメージ入れてるからか、踏ん張りが効かなくなってる。さっき斬ったとき分かった」
もう一押しあれば、倒せる。
ティードはそう言うけれど、その一押しがない。
彼はもう満身創痍だ。
何度も大技を使える身体には、とても見えない。
立っていること自体がおかしいくらいだった。
私も、もうランスを連射できない。
そもそも、それで倒せるのならラピッドで倒せている。
……どうすれば。
「お前の戦い方は、あれじゃねぇだろ……。あれは俺の領分だ」
ストンと、その言葉が胸に落ちた。
「私、の?」
「やる事は通常種の延長だ。時間は稼いでやる。考えろ――起きたな」
ガラリと、小石が落ちた。
閉じられていたロックリザードの瞳が、ゆっくりと開く。
巨体が身を起こし、こちらを見据えた。
逃がす気はない――そう言われているような気がした。
「行くぞ。……ミレイ」
初めて、名前を呼ばれた。
でも、不思議と嫌な感じはしなくて。
「……はい。ティード」
何故だか、負ける気はしなくなっていた。
◆
「フゥー…………ッ!!」
ティードが鋭く息を吐く。
次の瞬間には、もうその背中が遠ざかっていた。
怪我なんて感じさせない加速。
一直線にロックリザードの懐へ潜り込み、大剣を振り抜く。
『ォォォォ――!!』
「るっせぇぇぇぇぇ!!」
爪と大剣が激突した。
その衝撃に、離れているはずの足元まで震える。
勢いを乗せた一撃で、ようやく拮抗。
ロックリザードがすぐさま反対の前足を振るう。
返した大剣が爪を弾く――けれど、今度はティードの身体が大きく揺らいだ。
そこへ、三撃目。
「ぐ……っ!」
振り下ろされた爪を、大剣が受け止める。
ティードの足元から亀裂が走った。
靴が、足首近くまで地面へ沈み込む。
それでも、退かない。
そこまで見て、ティードから視線を切った。
彼なら、どうせなんとかする。
自分の仕事は、考えることだ。
……ただ撃つだけじゃ届かない。
正確に。
力を逃がさず、一点に……。
「剛ッ! おっもてぇだろうがぁぁぁ!!」
ほら、元気だ。
背後から伝わる衝撃と風が、ティードがまだ戦っていることを教えてくれる。
時間は稼ぐと言っていた。
なら、任せていい。
……力を逃がさないためには、固定する。
まず、あの巨体を止める。
それから――私も。
「セット、アンカー……」
掌から伸びた魔力糸が形を変え、大地へ食い込んでいく。
これで、身体が浮くことはない。
地面が揺れても接地は切れない。
あとは――ほんの数秒。
ロックリザードを完全に止める時間が欲しい。
「ティード!!」
だから、彼に頼る。
「あァ!?」
「二秒!!」
「安い仕事だなぁ!! 迅ッ!」
ティードの姿がブレる。
かろうじて追いついた視線の先――彼は、上下逆さまになっていた。
天井を足場に、深く膝を沈める。
「剛ッ! せぇ、ああぁぁぁぁ!!!!」
蹴る。
加速。落下。大剣の重さ。
そのすべてを乗せた一撃が、ロックリザードの脳天へ叩き込まれた。
悲鳴すら掻き消す轟音。
巨体が沈む。
足元の地面に、びしりと亀裂が走った。
「セット、バインド、ロック! レディ! ゴー!」
稼いでもらった時間を無駄にはしない。
掌から一気に魔力を流し込む。
ロックリザードの身体へ石の鎖が絡みつき、足元からせり上がった岩が四肢を固める。
巨体を、大地へ縫い止めた。
『ォォォ――!!』
巨体が暴れる。
ミシミシと音を立て、鎖と岩に亀裂が広がっていく。
強引に持ち上げられた頭。
大きく開かれた口の奥へ、石弾が形を成していく。
「セット……」
それでも、構築は止めない。
明滅する意識を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。
今アンカーを解いて動けば、せっかく安定させた接地も、構築も乱れる。
そんな余裕は、もうない。
『ォォッ!!』
放たれた石弾が、真っ直ぐこちらへ迫る。
無視した。
「セット……」
目の前いっぱいに、石弾が迫る。
それでも、構築を止めない。
――その視界へ、赤い影が飛び込んだ。
「剛ッ!! はぁぁぁぁぁああああ!!」
ティード。
私と石弾の間へ割り込み、両手の大剣を横薙ぎに振り抜く。
激突。
空気が弾け、ティードの足元から土煙が噴き上がった。
「ぐ、ぉぉぉぉぉ!!」
ティードの足が地面を削る。
押し込まれる。
それでも、大剣は止まらない。
「っらァァァァァ!!」
振り抜いた。
巨大な石弾が軌道を変え、私の横を抜けて壁へ激突する。
壁面が爆ぜ、砕けた岩が降り注いだ。
――そして。
ガシャン。
今までのどの音よりも小さな音が、妙にはっきり聞こえた。
「……え」
ティードの手に残っていたのは、半ばから先を失った大剣だった。
『ォォォォッ!!』
「……ッ、しつっけぇんだよ!!」
ロックリザードの口内に、再び石弾が集まり始める。
折れた剣を見ている暇すらなかった。
ティードが一直線に加速する。
半ばで折れた大剣を、ロックリザードの目へ突き刺した。
『――――――ッ!!!!』
苦悶の声が坑道に響き渡る。
ロックリザードが頭を激しく振り回す。
巻き込まれる寸前、ティードが大きく飛び退いた。
その視線が、こちらへ向く。
迷うなよ。
そう言っているようで。
……わかってます……。
「バンカー……」
巨大な石槍が、形を成していく。
威力も。
衝撃も。
どこにも逃がさない。
ただ一点を貫くための――殺意の形。
「レディ……」
左腕を振り上げる。
一瞬。
ロックリザードと、視線が交差した。
……貴方は、ここで生きてるだけで、悪いことはしてないのかもしれない。
けれど、死にたく、ないから。
私も、ティードも鉱夫さん達も。
だから、貴方を、殺します。
「……ごめんね」
左手を、振り下ろす。
大撃槍が、ロックリザードを貫いた。




