第二話 鉱山都市グランツ
疲れたぁ。お盆休み利用して一気にいきました。楽しんでもらえれば幸いです。
キャラクター挿絵2キャラ目を後書きにおいてます
第二話 鉱山都市グランツ
「何なんですか、あの人……!」
怒りの冷めないまま、ミレイはグランツの市場をずんずんと歩く。
目的の食料――燻製肉は、結果として手に入れた。手に入れはしたのだが、思い出すのはあの顔ばかり。
「『だりぃ、やるっ』って何……! なんで私が駄々こねたみたいな流れになってるの……! そもそも、私にいきなり喧嘩売ってきたのが原因なのに……!」
ぶつぶつ、ぶつぶつ。
普段ならとうに飲み込んでいるはずの苛立ちが、今回ばかりは収まらない。
『こっちは前衛で身体張ってんだよ……』
『前衛がいなきゃ後ろでなんも出来ねぇくせに……』 『クソガキ……』 『チビ……』『ブス……』 『根暗……』
ありとあらゆる悪意の言葉が思い起こされる。
――少々、ミレイの脳内補完も入ってはいたが。
ハッ、と半目でこちらを馬鹿にする少年の顔が脳内で再生された瞬間、ダンッと足を踏み鳴らす。
なんだこれは。
燻製肉は手に入ったというのに、自分の心はモヤモヤしたままだ。
ミレイの心の燻製、出来上がり。
「もーーー!!」
ぎょっとする周囲にも構わず、早足で市内を突き抜け、グランツでの拠点たる【サラマンダーの溜息】の扉を勢いよく開け放つ。
途端に中から響く大音響にも一切怯まず、自分の部屋へと続く階段を目指した。
「いらっしゃー……あれ? おかえりー!!」
「寝ます!」
「お、おーー……? おやすみ……?」
普段からは想像もできない声と険しい表情で、喧騒の奥から出迎えてくれたカルラに答える。
目を見開いて驚いているカルラを置き去りにして、ミレイは部屋へと戻った。
「……もう、いいや。疲れた」
ばふぅ、と、もふもふのベッドへダイブする。
全てを包み込んでくれる優しさの前では、怒りの力も無力だった。
もふもふいずふぉーえばー。
「……明日、考えよ」
忘れていた疲労感を思い出した途端、急激な眠気が襲ってくる。
それに逆らうこともなく、ミレイの意識は深い眠りへと落ちていった。
◇◆◇
翌朝。
「ん、んぅ…………ん……?」
囀る鳥の声にミレイの形の良い眉が動き、蒼の瞳がゆっくりと開く。
……なーんか、すごく嫌なことがあったような気がする。
寝ぼけた頭に、一瞬、赤い髪の何かがよぎって――
「……お腹空いた」
――きゅるるるる、と鳴ったお腹に、どうでもいいやと投げ飛ばした。
あんな赤い頭より、ご飯だ。
とりあえず寝ぼけた頭を何とかするべく、顔でも洗おうとリュックを背負って一階へ降りる。
【サラマンダーの溜息】の朝はまだ開店前なのか、昨日とは打って変わって閑散としていた。
「おはようございます。カルラさん」
「あ、おはよー。よく眠れた?」
「はい。ぐっすり……」
一階では開店準備をしていたのだろう。掃除をしていたカルラが、現れたミレイににっこりと笑う。
「そういえば、昨日なんかあったの? なんか全然雰囲気違ったからびっくりしちゃった」
「……ごめんなさい。少し冷静じゃなくて。その、ちょっと、赤いのが、少し……」
「…………赤いの?」
カルラは疑問を浮かべたようだったが、元々あまり細かいことを気にする性格ではないのだろう。すぐにニッと笑う。
「まぁ、ここは見た通り荒っぽいやつも多いからね。貴女みたいな女の子にはちょっと大変かもね? ミレイちゃん?」
「あれ、名前……言いましたっけ?」
「宿貸してるんだから、それくらい覚えてるよ。帳簿にもあるしね?」
からからと何でもないことのように笑っているが、夜のあの量の注文を捌きながら、宿泊客の名前まで覚えているのはそんな軽い話ではないと思うのだが。
「でまぁ、話は戻るんだけど、朝ごはん? なんか作ろっか?」
「あ、いえ、ご飯は自分で……。お金、まだそんなにないので……。顔を洗うための場所とか、何かあればなって思って……」
「あぁ、なるほど。この宿の裏手に井戸があるから、普段はそこ使っていいよ。今日は厨房からタオル持ってきてあげる。……あ、飲み水はちゃんと浄化施設通ったやつ飲みなねー?」
「あ、ありがとうございます……って、もういない……」
うんうんと頷いたミレイが頭を下げるまでの間に、カルラは厨房へと消えていた。
昨日も思ったが、物事を理解してから動き出すまでが早すぎる。
一切迷いがない。
「……パン、かたい。美味しくない……。お母さんのサンドイッチ食べたい……」
カルラを待っている間、適当な席に座らせてもらい、昨日市場で買い足した乾パンを齧る。
もそもそしている。
それ以外に感想がない。
母の作ってくれた、もちもち、ふわふわ。野菜がしゃきっとして、卵がとろーりとしたサンドイッチとは天と地の差だ。
保存食としては満点なのだろうが、育ち盛りのミレイにはあまりにも味気ない。
「おまたせー。っと、朝ご飯の足しにスープね?」
「……え?」
渡された冷たいタオルと共に、湯気を立てるスープがコトリと置かれる。
大きめに切られた根菜と葉野菜がたっぷり入り、透き通った琥珀色のスープには具材の旨味が溶け込んでいる。
立ち昇る湯気と共に漂う優しい香りが、絶対にこれは美味しいやつだと訴えていた。
「あ、あの、頼んでない、ですよ……? お金が……」
「いーのいーの。私のサービス! 若い女の子がそんな乾パンだけってダメだよ? しっかり食べて、栄養とらなきゃ、ね? じゃ、私は準備あるから、ごゆっくり。じゃーねー」
「……あ」
「次からはお金とるからねー!」
それだけ言い残して、カルラは再び店の準備へ戻っていった。
いいのか、これは。 まぁ、カルラが店長なのだから、いいのだろうけど。
「カルラさん、やっぱりいい人……」
やはり、もふもふは嘘をつかない。
あんなにもふもふしたベッドを用意してくれる人が、悪い人なわけがなかった。
「美味しい……」
ほっとするスープの味に舌鼓を打ちながら、ミレイは今後について考える。
……現状、最優先は、やっぱりお金かなぁ。
保存食はやっぱり保存食だし、カルラさんの言う通り、しっかりしたご飯、食べたいし。
父親と母親から渡された路銀にはまだ少し余裕があるとはいえ、稼がなければいずれなくなる。
このままとんぼ返りしてルミエラへ帰ればその心配もないが、流石に情けないにも程がある。
――必死になって、生きて、残るもの。
思い出されるアイシスの言葉。
これは、自分探しの旅なのだ。
挑戦することに価値がある。
「ちょっと怖いけど、ギルド、行ってみよう……」
……怖くても、世界を見るんだ。
そう決めると、ミレイは残っていたスープを最後まで飲み干した。
◇◆◇
「カルラさん。あの……冒険者ギルドって、どこにありますか?」
「ギルド……? あぁ、まぁ魔法使いだもんね。稼ぐならそっちの方が早いよね」
道を尋ねただけでミレイの目的をおおよそ把握したのか、納得した表情でカルラが頷く。
「ギルドは真っ直ぐ北に突き抜ければ、すぐ見つかると思うけど……。この街の地図、いる? どっかの酔っ払いが忘れてったまま置かれてるやつで良ければ。この街、道自体は結構分かりやすいけど、ごちゃごちゃしてるしね」
「それは、盗品、なのでは……」
「この街――んー、冒険者の間では、手に持ってるやつが持ち主なの。忘れてったやつが悪い。これ、覚えときなね?」
「……コワイ」
「ははは!! ルミエラほどお利口さんなヤツらいないからねぇ!! 冒険者って奴らは特にね? 気をつけな?」
ゴソゴソと厨房の棚を漁り、見つけた地図を何の躊躇もなくミレイへと渡す。
同時に叩き込まれた冒険者の常識に、ミレイは少しの恐怖を覚えた。
「私、ギルド行っても大丈夫でしょうか……」
「まー、お金とナンパにだけ気をつけてれば、早々なんも起きやしないさ」
「……?」
お金は分かるが、ナンパ?
実績も何もない自分を誘う価値があるとは思えない。
純粋に疑問を浮かべて首を傾げるミレイに、カルラはじと目を向けた。
「……ミレイちゃん、パーティ組むってなったら私のとこ連れてきな?」
「え?」
「品定めしてあげるから」
「それは、どういう……」
「いい? ぜっっっったいにだからね? 勝手に出発しちゃダメだからね? 約束!」
「え、あ、はい……?」
理由は分からないが、激しく念を押してくるカルラの勢いに、ミレイはきょとんとしながら頷いた。
「じゃ、じゃあ……いってきます」
「はーい。気をつけてね。いってらっしゃい」
「……はい。頑張ってきます」
カルラからすれば、何気ない一言だったのだろう。
けれど、その自然な声がミレイの心を暖かなもので満たした。
新しく帰るところができた。
そう実感させてもらったから。
気持ちを新たに、ミレイは北へ――冒険者ギルドへと歩みを進めた。
◇◆◇
カルラに見送られ、ミレイはもらった地図を頼りに冒険者ギルドを探して北へ、北へ。
目的は路銀稼ぎ。 クエストだ。
クエストと一口に言っても、その種類は多岐にわたる。
代表的な討伐依頼から始まり、薬草採取、鉱夫の手伝い、迷子探し。珍しいところでは子守りまで。
大きな街ということも相まって、人手はいつも足りていないらしい。
……とりあえずは薬草採取とか、軽めのやつからかなぁ……。
歩きながら依頼の内容を考える。
何も、最初から危険なことをする必要はない。
当面の目標は生活基盤の安定。まずは、それを目指す。
「もしかしなくても、あれかなぁ……」
北へ歩いてしばらく。
周囲の建物とは明らかに趣の違う、巨大な石造りの建物が姿を現した。
左右には青い屋根を戴いた尖塔が四つずつ、空へ向かって高く伸びている。
もっとも、そんな特徴的な外観がなくとも見落としようがない。
そもそも、周囲の建物とは大きさの桁が違った。
出発間際、カルラが「行けばすぐ分かる」と笑っていたが、確かにこれは分かりやすすぎる。
「……筋肉ばっかり」
雪崩のようにギルドへ入っていく、人、人、人。
検問の時の再来かと言わんばかりの、筋肉と武器の大波。
やはり全体的に見て、この街は前衛職の比率が極端に高い。
「……筋肉には、負けない」
自然と後ずさる足を叱咤し、ミレイは意を決して人波でごった返すギルドへと進み出す。
だってほら、十分の一くらいは魔法使いの人もいるわけだし。
きっと、大丈夫。
多分。
「うぎゅぅ……」
前言撤回。
大丈夫じゃなかった。
大柄な男達が多い中、華奢な少女が波に飲まれればどうなるか。
これ以上なく分かりやすい構図が生まれていた。
前も後ろも右も左も、見渡す限り視界が筋肉で埋まる。
南無三。
脱出しようにも、もはや入口すらどこにあるのやら。
「……おい、アンタ、何やってんだ。潰されるぞ」
「え……?」
「チッ、おら、こっち来い……」
「え、わっ!!」
前後不覚に陥っていたミレイの手が、舌打ちと共にグイッと引かれる。
手を引いてくれている人物は、自分の身体を使ってグイグイと人混みを押しのけ、冒険者ギルドの端――比較的密度の薄い場所へと連れ出してくれた。
「おら、気ぃつけろよ……」
「はーっ、はーっ……潰されるかと思った……。あ、ありがとうございます。助かりました……」
膝に手をつき、乱れた呼吸を整える。
引っ張られている間はそれどころではなく、助けてくれた相手の顔すらまともに見ていなかった。
「んなちっせぇ身体で朝一番混んでるとこに突っ込むからだ。もう少し待ってりゃマシになるから、そん時に行け……って……」
「あ、今が一番多い時間、なん……です……ね…………?」
ようやく息を整え、ミレイは顔を上げる。
多少扱いは雑だったが、助けてくれたことに変わりはない。
改めて礼を込めて笑いかけようとして――固まった。
相手もまた、目を見開いていた。
「お前、昨日のチビ……」
「何で貴方がここに……」
赤い髪。 赤い瞳。
武器と防具を纏っているため昨日より幾分か印象は違うが、その程度で見間違うはずもない。
昨日、燻製肉を巡って最悪の出会いをした少年だった。
せっかく忘れかけていたのに。
なんでわざわざ、このタイミングで。
「…………最悪」
内心で毒づいた――つもりだった。
いや、モロに出た。
「……」
少年の眉がぴくりと動く。
また何か言い返してくる――そう身構えたミレイだったが、返ってきたのは無言の一睨みだけだった。
「お前、ここで何してんだ……」
「……え?」
意外だった。また喧嘩になるのも普通に覚悟していたから。
後頭部をガリガリと掻く姿を見る限り、腹は立てているらしい。
それでも昨日のように食ってかかってくる気配はない。
「依頼を受けに来る以外に、何か想像つきますか……?」
適当なところで切り上げて、さっさと別れよう。
そう思っていたミレイだったが、予想外の反応に面食らって答えてしまう。
「……わかんのか?」
「はい……?」
「依頼の受け方とかわかんのかって聞いてんだ。初めてなんだろ、お前……」
「わからない、ので、受付の人に聞こうかとは、思ってましたが……」
「あの状態の受付が、初心者の相手なんてしてられると思うか……?」
そう言って少年は、自分の背後にあるカウンターを親指で肩越しに指さした。
ギルドの受付は、もはや戦争だった。
津波のように押しかける冒険者を相手に、体裁など取り繕う暇もない。
辛うじて敬語だけは保っているものの、面倒な冒険者の言いがかりなど完全に無視して、受付嬢達は淡々と仕事をこなしていた。
「無理っぽいですね……」
「まぁ、相手しねぇだろうな」
なら、どうするか。
落ち着くまでここで待つか、他の冒険者に聞いてみるか。
いや、そんな度胸は流石にない。
「……チッ、おい」
「……はい?」
「そこの机の上、紙とペンあるだろ。その紙にお前の経歴と、出来ること。そんだけで十分だ。書いたら受付に渡せ。その経歴を元に余った依頼を受付が斡旋してくれる」
「……なんで教えてくれるんですか」
イラついた態度は隠さないまま、少年はミレイにやり方を教えてくれた。
どう見ても面倒くさがっている。
なのに何故なのか、分からない。
「うるせぇな。俺だって好き好んでお前なんかに教えねぇよ……黙って聞いとけ……」
「……ひとまず、教えてもらった恩ができたのでスルーしてあげますね」
結論、分からなくて結構。
話せば話すだけ嫌いになりそうだ。
思考を打ち切り、教えられた通り羊皮紙に自分の経歴を書こうとして――
「……書きづらいんですけど」
「あ……?」
壁にもたれかかりながら、無遠慮に羊皮紙を見つめる赤眼に文句を言った。
別段、経歴に恥ずかしいものはない。
だが、こうも見られていては書きづらい。
「もう大丈夫なので。教えてもらって、ありがとうございます」
「書き終わったあと、お前、あの中入れねぇだろうが……」
「うっ……」
居心地の悪さから、暗にもういなくても大丈夫だという意味を込めたのだが、簡単に論破される。
提出するにしても、あの人の波を突破するのは自分には無理だ。
観念して、視線に晒されながらも羽根ペンでカリカリと経歴を書いていく。
「……17?」
「……何か?」
「同い年とか、見えねぇ……」
「17!? 貴方も!?」
同い年。
その言葉にミレイも驚いた。
背丈も体格も自分とはまるで違う。 てっきり年上だと思っていた。
それが、まさかの同い年。
「お前、17ならもう少し落ち着けよ……」
「そのままそっくりお返しします……」
「……んだと?」
「何ですか……」
「「……ふん!」」
二人揃って顔を逸らす。
思わぬ事実に驚かされたが、ミレイは気を取り直して再び羊皮紙へ向き直る。
やがて、使用可能な魔法という項目に辿り着いた。
「土魔法全般、と……」
「……だけか? 光とか、水とか、なんかあんだろ。ちゃんと書けよ」
「……それだけですけど?」
はぁ、と明らかな落胆の溜息。
ミレイはまたイラつく。
なんでこの人は、人の神経を逆撫ですることしかできないのか。
本当に同じ17歳なのか。
「じゃあお前、回復とか、水出すとか、火起こしとか、できねぇの……? ほぼ荷物持ちじゃねぇか……」
「…………お望みなら土葬なら承りますよ?」
「……やってみやがれ。んで、出来たのかよ」
「一応は……」
「んじゃ、行くぞ。俺もさっさと依頼探したいんでな」
「何なんですか、本当に……」
誰も面倒を見てくれなんて頼んでいないのに、面倒くさそうに少年は再びミレイの前に立ち、人の波をかき分けていく。
少年はミレイのことが嫌い――なのだろう。
ミレイも嫌いだ。
そこは間違いない。
なのに、この少年はそこで終わりにしてくれない。
実は、そんなに悪い人では――
「何やってんだチビ。遅ぇんだよ、早く来い……」
「………………やっぱり最悪」
「あ……?」
――訂正。
やっぱり大嫌い。
◇◆◇
「おら、着いたぞ。紙出せ」
「もう少し言い方とかないんですか、貴方……」
聞こえているのか、無視しているのか。
お前と話す気はないと言わんばかりの態度で、近くにあった柱にもたれかかると、少年は腕を組んで目を閉じた。
……でも、離れはしない、と。
あくまでも最後まで一緒にいるらしい。
わけが分からない。
もうやめやめ、と少年について考えるのを諦め、ミレイは受付へ羊皮紙を渡した。
「冒険者登録なしでの依頼の受注ですね?」
「はい……?」
「そうなると、原則として討伐を目的とした依頼は受けられません。ただし、護衛や採取の最中に魔物と遭遇する可能性はありますので、その点はご了承ください」
疲れているだろうに、にっこりとした笑顔を浮かべた受付嬢は、ミレイから羊皮紙を受け取ると、淀みない手つきで受付用紙へ情報を書き写していく。
「……? この紙が登録用紙ではないんですか……?」
「こちらの紙は、見習いの方や、日雇いの依頼が欲しい方達のための用紙となっておりまして。簡単に言えば、冒険者を体験してみるためのもの、という感じですね」
この紙を出せば冒険者登録になると思っていたミレイは、きょとんとする。
「覚悟もしてねぇやつに無理に登録させるわけねぇだろうが。依頼によっちゃ死ぬこともあるんだぞ」
当然だ。
そう言わんばかりに、少年は呆れていた。
「そう、いう、ものですか……?」
「ちゃんと心構えができてから冒険者になればいいんですよ」
受付嬢から返ってきたのは、その荒々しい場所からは想像もしていなかったような優しい言葉だった。
てっきり、やっていればそのうち慣れるとか、冒険者とはそういうものだとか、そんな言葉が返ってくるものだと思っていただけに面食らう。
「そこのティード君みたいに考えてくれる人達が大半なら、もう少し冒険者さん達も安全なんですけどね。まぁ、中々難しいのが現実です」
「チッ……分かってねぇやつが多すぎんだよ、ここは……」
受付嬢の言葉に、少年――ティードというらしい――は、本気で苛立っているのか、吐き捨てるようにそう言った。
「……お前が最終的にどうするかなんざ、俺は知らねぇ。けど、半端な気持ちで冒険者にはなるな」
ティードが組んでいた腕を解く。
「依頼に失敗しました、金が稼げませんでした、で済まねぇこともある。腕一本なくす奴もいる。帰ってこねぇ奴だっている」
先程までと変わらない荒っぽい口調。
なのに、不思議と今までとは違って聞こえた。
「冒険者は自分の命を自分で背負う仕事だ。誰も守っちゃくれねぇ。ちょっと金が欲しい、一発当てたい――その程度で踏み込むなら、悪いことは言わねぇ。今のうちにやめとけ」
赤い瞳が、真っ直ぐミレイを見る。
「死んでから『知らなかった』じゃ遅ぇんだよ」
「…………」
何も言い返せなかった。
死ぬ。
その言葉を、頭の中で繰り返してみる。
二日前まで家にいた。いつものベッドで眠って、母の作ったご飯を食べて、父と話していた。
それがなくなることを想像してみる。怖い、とは思う。
それ以上が、分からなかった。
死ぬということが、自分のこととして上手く形にならない。
「……そんな覚悟、まだないです」
「あ?」
「死ぬかもしれないって言われても……正直、ちゃんと想像できません。二日前まで家にいましたし……冒険者がどういうものなのかも、まだよく分かってません」
ティードの眉が僅かに動く。
「ここに来たのは稼ぐためです。貴方の嫌う、なんとなくです。絶対になりたいとか、そういう気持ちで来たわけじゃないです」
言葉にしながら、自分自身にも言い聞かせるように続ける。
「だって、貴方が教えてくれるまで、きちんとは知りませんでしたから。精々、本とか噂で聞きかじった程度です」
「…………」
「でも、貴方が教えてくれた。言い方は最悪ですけど……。だから、ちゃんと私も考えます」
「……お前」
ミレイは受付に置かれた羊皮紙へ目を落とした。
「貴方が教えてくれた体験って形ですけど、やってみて、自分の目で見て……怖かったら怖かったで、その時また考えます」
「…………」
「何も知らないまま『覚悟があります』って言うほうが、私は無責任だと思います。少なくとも私は言いたくありません」
一度、言葉を切る。
「そんな不誠実……少なくとも、教えてくれた貴方には」
言ってから、納得した。自分はこの真正面から見つめてくる無遠慮な視線から逃げたくないのだと。
けれど、今度は目を逸らさなかった。
「……だから、貴方も最初から決めつけないでください」
自分に冒険者が務まるのか。
そんなことは、まだ分からない。
だからこそ。
「私が冒険者になれるかどうかなんて……まだ、私にも分からないんですから」
「…………」
ティードは、しばらく何も言わなかった。
何かまた嫌味でも飛んでくるものと思っていたミレイだったが、赤い瞳はただ真っ直ぐこちらを見ている。
「……そうかよ。なら、好きにしろ」
「……だから、そうするって言ってます」
「チッ、可愛げねぇやつ……」
「なんでそうやって一言余計なんですか……!」
「あー、うるせぇ……」
先程までの険悪なやり取りを不安そうに見ていた受付嬢だったが、再びいつもの調子に戻った二人を見て、ニコリと笑う。
「じゃあ、冒険者体験の引率役はティード君で大丈夫そうですね。ちょうど前衛と後衛で綺麗に分かれてますし!」
パンッと手を合わせてそう言った受付嬢に、喧嘩をしていた二人の動きが止まる。
「「引率……?」」
「はい! こういった体験依頼では、万全を期すために二人体制で行うことになっていますから。紹介者もティード君ということなので、そのまま登録しちゃいますね!」
「「は……?」」
「はーい、サラサラさらーっと。登録完了です。クエスト内容は、エスクード鉱石の採取に向かう鉱夫さんの護衛。比較的浅い階層ですし、最近何度も使われている道ですが、準備は怠らないようにお願いします。では次の方ー!」
有無を言わさぬ勢いだった。
笑顔の裏に隠れている言葉は、きっと――仕事が滞ってるんだから早く退け――に違いない。
「……もしかして、詳しい内容までは知らなかったんですか?」
「仕方ねぇだろ……。新人に紹介したのなんざ初めてだったんだよ……」
「何でそういうとこだけ抜けてるんですか……」
とりあえず空いている席を見つけて、二人で腰を下ろした。
理由はどうあれ、登録された以上は仕事だ。
やり遂げなければならない。
「お前、ホントに土魔法以外ねぇの……?」
「ないことはないですが、二回ほど使えば倒れます……」
「使えねぇ……」
「なッ!?」
せっかく少し見直したのに、すぐこれだ。
どうしてこうも評価を安定させてくれないのか。
「貴方だって、前に出る以外何かあるんですか……?」
「あ……? 前出て斬りゃ、大体なんとかなんだろ……」
「雑!!」
……私、この人と明日一緒に行って大丈夫かなぁ……。
「おい」
「……なんですか」
「明日、遅れんなよ」
「…………貴方こそ」
「途中でへばったら置いてくからな。待たねぇぞ」
「どこかの誰かさんみたいに、常にトップギアじゃないので大丈夫です」
「……チッ」
「だからなんで舌打ちするんですか!」
――ミレイの初めての依頼は、どうやら前途多難らしい。




