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花火の日以来、マキはよく笑うようになっていた。袋を渡せば、俺のチョイスに文句をいって、小悪魔のように笑った。
ただそれと比例するように体のあざはふえていく。
だからかその笑顔はどこか無理しているようにも思えてしまった。
いや、無理しているだろう。マキの普段の生活がどんなものなのか、想像に難くない。
「ねぇ、異世界って信じる?」
また2人でアイスを食べながら、暗くなる道をあてもなく歩いていた。
「異世界って、最近よく流行ってるやつか?」
こくりと、マキは首肯する。
「…さすがにないんじゃないのか。あったとしても、多分自分の人生に関係してくるものじゃないだろうし」
「夢がないね、ゆうたは」
呆れたような表情でマキはペロリとアイスクリームを食べた。
「あたし、RPG好きなんだ」
「意外だな」
「あたし達はさ、冒険するんだよ。あたしは魔法使いで、ゆうたは剣士とかかな」
なんだよ、とかとは。
ある種の現実逃避なのか。日々から乖離した話を彼女は楽しそうに話す。
ダンジョンで俺がミミックに齧られるとか、2人はスライムに苦戦するとか、取り止めもなくこれからの冒険譚を語る。
言いようのない不安が足音を潜めて近づいてくる感覚に陥る。
ただの空想の話だからこそ、彼女がどれだけ今が限界なのかを、物語っていた。
俺はその時が来たら、体が動くのだろうか。
空はほぼ暗く、あと十数分もすれば奥の最後の夕空は消えるだろう。
次の日、彼女は泣いていた。
「どうしたんだよ」
咄嗟に、そばに近寄り様子を伺えば今日の怪我模様はいつもより酷かった。
「…け、警察に行こう」
「…警察はいや。あたしはゆうたに助けてほしい」
は、はぁ〜? 何言ってるんだこのガキは。意味が分からなすぎる。これはもう、俺のどうにかできる範疇を超えているだろう。
そんな折、そばのドアが乱暴に開いた。
出てきたのは、粗暴の悪そうな男だった。いくらかは歳をとっており、腕には刺青がびっしりと埋まっていた。
「おめぇ、勝手に外に出てんじゃねぇよって、誰だおまえ」
「…えっ、お、俺は隣に住んでるものですけど、」
「なぁ、兄ちゃんさ、あんまうちのマキに関わらんといてくれる?」
「い、いやっ…!」
否応もなく、マキの腕を乱雑に掴みながら告げ引き摺り込むように家に戻る。
中からはあの男の声が扉越しから聞こえてきた。
『おめぇ、今度こそはやっからな。あんまり暴れんじゃねえぞ。マヤいねぇの今日だけだからな、ガキやれるチャンス今日だけなんだよ』
叩く音が聞こえた。抵抗をして顔を叩かれたみたいだ。マキのつんざくような泣き声が玄関から聞こえてくる。
数秒もすれば、玄関は静かになってしまった。
ど、どーすんだこれ。警察か? と、とりあえずチャイムを、てかでんのか? 間に合うのか?
頭が混乱して、意味が分からなくなってくる。
結局、俺はやはり何も出来ないのか? 何も、マキにしてやれることはないのか?
今チャイムを押しても、出ないかもしれない。今から警察に通報しても、間に合わないかも知らない。
マキが傷ついてしまう。
あの素朴に笑う少女の姿が脳裏を掠めた。
もう、その姿は失われるかもしれない。
俺は自室に戻った。
この、薄い壁の先でマキが傷つこうとしている。 少しイタズラ気質があるが、あの優しい子が、あんな粗雑で粗野で粗暴なクソに傷つけられるのか?
手にはシャベルを握っていた。
どこかで聞いた話を想い出す。シャベルは戦争において最も人を殺した道具らしい。
本当か、本当じゃないか、今となってはどうでも良かった。
人を殺すかのように、俺は手に持ったシャベルをこの薄い壁に振りかざした。
振り切ったシャベルはいとも簡単にその壁を打ち壊してしまう。
マキの上に覆い被さった男が、呆気に取られた表情でこちらを見つめた。
俺は静かにそこへと近づき、その男の顔面に思いっきり、それこそ殺すかのように振りかぶった。
鈍い音が響き、「うぎぃっ!」と、男はうめきをあげ、動かなくなった。
角は使っていないから殺してはないだろうが、正直どうでもいいぐらい、頭に血が昇っていた。
マキに覆い被さっている姿を見た時、瞬間的に殺意が湧き、何も思考することなくこんな結果になってしまった。
「マキ! 逃げるぞ!!」
俺はマキに手を伸ばした。
俺は捕まるだろうか。犯罪者になるだろうか。もしかしたら殺人犯かもしれない。
「あは、あっはっはははは! ゆうたやっぱり面白すぎ! 逃げよう! こんなとこじゃないどこかに私を連れてって!」
手を取りながら、これまでにないぐらい笑っていた。
未来はどうなるだろうか。先は見えず漠然と暗かった前途は、線香花火のように輝く。
暗い部屋から出た外は嘘みたいに眩しい西陽が辺りを照らしていた。




