第5章 [A面]『山の頂へ至る』②
「…………そうさ」
危うくエネのように見えなくなるところだった。この手は人を殺すためじゃない、人を救うためにある。絶対に忘れちゃいけないことだ。
「……いいよ、理玖が決めて」
ユンは困った笑顔を見せる。
それは言葉通りに受け取っていいのか? エネを助ける依頼を無かったことにしろと? 彼を殺して構わないとでも言うのか?
「私はただの幻。おにいちゃんを守るために惑わせている……敵なんだよ」
彼女はどうして悲しい顔をするのだろうか、警告してくれるのだろうか?
「…………割り切れないさ」
そんなの憎めないじゃないか、生きているみたいじゃないか。
「理玖は曲げたらダメ!!! 生きているんだもん! ちゃんと理玖の未来を選ばなきゃ!!!!」
ユンが叫ぶ。か細い手に力を込めて握っていて、怒りも混じっているように見えた。
「あぁ……」
理玖は頷き、拳銃をしまった。
「あっれえ!? やっぱできないじゃん、残念ーー!!!!」
冷静に考えれば、不自然な点がひとつある。
なぜ祠の中の幻は見え続けるのか?
幻と神の関係はなんだ?
「君は神を殺すんだったかい?」
「決まってる! ボクは神殺しだ!」
エネは声高らかに宣言する。
「なら、どうして神は生きているのさ?」
「はあ? なっ、なんで? そう思うんだ!?」
動揺で揺れる瞳。エネの口調には怒りが混じっている。
やはり図星か、彼はまだ神を殺していない。まだ間に合う。この島の人々の心の拠り所を失うわけにはいかないのだ。
「見えなかったのだろう? だから、杭も槍も使えなかった」
おそらく、地落としの杭と白滅の槍は神と繋がるモノに刺す必要があるのだろう。だが、幻のおかげでそれが見えないと仮定しよう。
「見る必要なんてない! 神の護衛人も信者もみーんな! 殺すだけだ!」
「それで本当に神を殺せると思っているのかい?」
どれほどの労力と時間がかかるだろう。現実的なやり方じゃないことは確かだ。
この島の住人に踏み絵でもさせる気なのか? 冗談はさておき。
「間違いない!! 恩人が教えてくれたんだ!」
「恩人?」
スフィーナの言っていたホウケキョウジか?
「嘘なわけがない! ワケナイよね???」
エネが頭を抱える。彼の感情が不安定になっていくのが伝わって来た。
それに同調して空間が歪み、足元がぐらつく。
「なっ!?」
幻は神の護衛人に選ばれたエネが操作できるのか。なら、どうしてエネは神の姿が見えないのか?
「みんな嘘つきだ。神様もボクを見放したんだ! あんなにも祈ったのに! 母さんもユンを助けてくれなかった……もう一度願ったのに! 返してくれなかった! 神様なんていらない! いらない!」
『警告! 警告! 世界の歪みを検知!』
首のネックレスをかまいたちに落とされた。
落ちた瞬間、それは金切り声を上げる。
『ミカエルへ告ぐ、直ちに対象を排除せよ!!』
「いらない! お前も! 邪魔するなぁぁあ!」
「…………」
エネの悲痛な叫びに心を抉られる。あんなにも先生の仇を殺そうと思っていたはず。それなのに彼の気持ちが分かってしまった。自分も一歩違ったら、こんな風に恨む対象を探していたかもしれないのだ。
悪者なんていないのは分かっているんだ……それでも。果てのない苦しみを行き場のない恨みをエネは自分達を見捨てた神に向けている。
「あぁ、同じなのか」
なんて不憫なのだと思ってしまっていた。こんなにも孤独で苦しみ、救いを求めている人間を……どうして恨めるだろう。殺そうだなんて思えるのだ。
「ボクにっ、そんな顔を向けるな!!!」
彼の怒りに呼応して、空間が、闇が、理玖を捻り潰そうとする。沼のように手足の自由が効かない。それを受け入れることしかできなかった。
「そこまでよ!」
澄んだ声の主が叫ぶと、光が揺らいだ。幻にノイズが走る。
「スフィーナ?」
彼女に肩を触れられて、空間が正常に戻る。取り込まれかけていた手足が解放される。
「ボクの邪魔すんな!!!」
「……っ!?」
エネを見て、スフィーナが目を見開く。
次の瞬間、彼女が吹き飛ばされた。
理玖の目にはただの風に吹き飛ばされているようにしか見えなかった。だが、彼女は血を吐いている。
「大丈夫かい?」
「えぇ……平気よ」
スフィーナはネックレスを拾い握りしめると血が消えた。
「君は一体?」
「……ふふっ、秘密よ」
彼女が唇に人差し指を当てる。
これ以上追求しても答えてくれなそうだ。
不気味だが、それ以上に見えないなにかが恐ろしい。避けようのない敵の存在。
「君にはなにが見えたのかい? 俺にはさっぱり。なにが起きているのさ?」
「説明が難しいわね……今見えているものがハリボテ。その裏で、動いている者がいるわ」
それがかまいたちの正体か。
「それは何人?」
「ひとりね」
「止めるにはどうすればいい?」
「カードを取り返して、エネを候補者に戻すこと。そうすれば、この状況を打開できるわ」
「1枚でもいいのかい?」
スフィーナが頷く。
「へぇ? カードがほしーんだ? でもあげないよぉ!!! 全部ボクのものだもん!!!」
カードをくるくるとエネが回して見せびらかしてきた。やはり、まだ願いは叶えていない。
「ここはきっとエネが望む世界を再現しただけよ」
エネの願いが叶わず、中途半端な形で望みを叶えようと神が作ったのか?
しかし、契約は成立しないまま……彼はまだ護衛人候補者。
「ごちゃごちゃ、うるさいんだよぉ!!」
スフィーナに腕を引かれて、間一髪、頭から捻り潰されずにすんだ。
彼女に感謝して作戦を告げる。
「……協力してくれないかい? 俺が囮になるさ」
あの見えない敵に対抗できるのはスフィーナの力だけ、ならば囮の他に役に立つものはないだろう。
「あなたに囮役が務まるかしらね?」
「君が目になってくれないかい?」
「ふふふ、もちろんよ」
彼女は優しく微笑んだ。
「邪魔者ばっかりでウンザリする!!! 消えろ!! 消えろぉぉぉ!!!!」
かまいたちが理玖の頬に傷をつける。
だが、恐れることはない。スフィーナの協力があるのだから。
「無理な相談だな。簡単には応えられないさ!」
空間の歪みに捕まらないようにスフィーナの指示にしたがって逃げる。
拳銃をポケットから出した。
「あははは! ハッタリだって分かってるってぇ! どーせ撃てないでしょ?」
「さて、試してみるかい?」
理玖は口角を上げた。撃鉄を起こし、構える。
「……だまされてやるかよぉぉお!!!!」
理玖は引き金をゆっくり引く。弾丸は狙い通り、エネが持つカードを弾き飛ばした。彼は驚いて目を見開く。ほんの少し身動きが止まった。その一瞬の隙をついて追い越し、1枚カードを掴む。
「ひとまず、振り出しさ」
これで候補者は2人に戻ったはず、あとは交渉して打開策を探ろう。
「くそぉぉぉ!!!! 返せよぉぉ!!!!」
しかし、空間の歪みはエネに呼応して天井も地もあやふやに溶けていく。
このままではみんな押しつぶされてしまうだろう。
『天に使えし我が身をもって、神の意志を代行する!! 黒箱!!!』
彼女は天に祈りを捧げ始める。
みしみしと音を立てて、黒い箱が落ちてきた。空間にヒビ入り、真上に黄金の雲が現れた。
それはラッカム教の聖書を思い起こさせる。
黒箱が開き、槍がスフィーナの手に。
『疑似天使・弐之雷槍、開放!!!』
彼女が槍を振り下ろすと、空から一筋の光が見えた。その光は稲妻のように一瞬で消えてしまったが、空間を切り裂くーーー。
一瞬、ハリボテに隠されていた本物の世界が見えた。
洞窟のように薄暗く。褐色の物体がいくつかあった。
空には流星のように見える、火花を散らしたーーー、スフィーナと見えない敵の斬り合い。人間技じゃない。
「あはっ、はははははは!!!!」
突如、エネが高笑いした。
理玖はそちらに視線を向ける。
「みぃつけたぁぁぁあああ!!!」
「っ!?」
その悪い笑みにどんな意味が含まれているのかは、考えるまでもない。ただそれを止めることに必死にならなければ、この島に未来はないと直感した。
「ふっひっ! ひひひっ!!!」
エネが2つ道具を取り出したーーー、地落としの杭と白滅の槍だ。
どうやって止めるつもりだと、自問自答したが答えは浮かばない。スフィーナの持つ神器がなければ対抗できないのだろう。でも間に合わないその前に止めるしかないと走る。
「待て!!!」
「ひひひっ! 待ってやるもんかよぉお!!」
エネが地落としの杭を握りしめて、振り下ろす。
「させるかっ!!」
杭に向けて手を伸ばす……が、届かない。
風を切る音ーーー、それはエネの1ミリ上で突き刺さる。スフィーナの槍だ。
「あっぶねぇぇえ!!! ヘタクソっ!!」
狙いを逸らしたのはユンだった。
「どうしてさ!?」
彼女は微笑むだけで答えることはない。
「ひっははっ! ボクの勝ちっ!!!!!」
地落としの杭は、なにかに突き刺さった。
ーーー暗闇もノイズと共に崩れ去る。投影されていた幻が全て消え去った。ひとつの例外もない。
そして、剥き出しの洞窟が現れた。
「やっと会えたぁぁあ!!!」
地落としの杭が刺さった褐色の物体。それはよく見ると人の形をしている。つたが絡まり顔までは見えないが、生きた人間のように艶やかだ。
「…………人柱……かい?」
人柱にしては綺麗な状態を保ちすぎている。これは人間の形をしてはいるが……。
ポツリと空から赤い液体が垂れてきて、激しい雨のように降り注ぐ。どこからともなく落ちて、跳ねる銀のネックレス。
血溜まりからネックレスをすくい上げる。そのまま理玖は愕然とした。
赤い液体はかつてスフィーナだった。
「……え?」
血肉が再び元の形に戻ろうと、ネックレスの周りに集まり始めた。
「…………君はっ」
人の形へとひとつにまとまったーーー、それはスフィーナとなる。
理玖はハッとして、よろめく彼女を支える。
「……気持ち悪いでしょう?」
「いや、驚いたが……」
言葉に詰まる。気の利いた言葉が全く出てこない。
「神様ぁぁぁあ!! しねぇぇぇえ!!!」
エネが褐色の物体をそう呼ぶと、2本目、3本目の杭をねじ込んでいく。
4本目の後は『待ち侘びていた槍が神の心臓を貫いた』だ!!
理玖はスフィーナの槍『疑似天使・弐之雷槍』に手を伸ばすーーー、
「あなたには掴めな……っ!?」
彼女は何かを言いかけたが、理玖は槍を引き抜く。
「そう、あなたが……」
ゆっくりと目を閉じ、彼女は言葉を続ける。
「南常門ジンの継承者」
「えっ?」
スフィーナから先生の名前が出て振り返る。
「行きなさい! あなたなら、まだ間に合うわ!」
彼女に背中を押され、理玖の身体は動いた。
「よぉぉん!!!!」
褐色の物体に杭が4本、それを合図に白滅の槍が狙いを定める。
「消えちまえぇぇぇぇええ!!!!!!」
白滅の槍が物体を貫くーーー直前、理玖の『疑似天使・弐之雷槍』が白滅の槍を弾き飛ばしていた。
「うっ……ううっ……嘘だ」
手ぶらとなり、放心状態になったエネ。
スフィーナが白滅の槍を拾って、褐色の物体に近づいた。
「我々が保護する対象ではないことは確かね」
「神様じゃないのかい?」
「えぇ、けれど神を模したシステムね。この島は人工知能に支配されている。頓挫したはずの実験は今も人造人間が続けていたのね」
彼女は杭を引き抜き、『私たちの旧型ね』と呟く。
理玖にははっきりと聞こえなかった。
祠の中身は戦争の神秘であり、先人たちの遺品ーーー、人造人間。
「複雑だな」
「そうね……けれど最後まで見届けるわ。ラッカム教はこれを神としているから」
スフィーナは苦笑する。
ポツリと雨が理玖の頬に落ちた途端、雨が激しさを増していく。山の天気は変わりやすいものだ。
しかし妙だ。雲海の上には雲はないはずだろう?
見上げると黄金の雲がまだあった。確か、スフィーナがエネの世界を壊した後に。
「いやだ! いやだいやだいやだぁぁあ!!!!」
エネが叫び、涙を流す。
「みんなボクを置いていく!! なんで! なんで! 母さん! ユン! 帰ってきてよぉぉ!!!」
そして、スフィーナから地落としの杭と白滅の槍を奪い取った。
泣き疲れたエネが項垂れて、杭と槍を自らに向ける。
「…………もう疲れたぁぁ。母さん、いま行くからっ」
杭と槍に刺された者は存在を消されてしまう。それが理玖の頭をよぎった。身体が勝手に動いた。必死だった。
エネから杭と槍を奪い取ろうとする。蹴り飛ばされそうになるも、必死に食らいつく。
「クソがぁぁあ!!」
理玖は彼から頭突きを受ける。一瞬、意識が飛びそうになった。
息が乱れるほど揉み合い、杭と槍を取り上げる。
「家族を思うなら死ぬな! 石頭!!」
「はぁぁあ??」
エネは舌打ちして言葉を続ける。
「なんでっ!! 邪魔すんだよぉぉ!!!」
「…………それは、」
不思議なことに恨みは綺麗さっぱり消えていた。それよりもーーー、エネに死んでほしくなかった。ただのエゴだ。
「君を救いたい!」
理玖は手を差し伸べる。
「どうか死なないでくれ! 君にしか出来ないことがある。大切な人を失った苦しみを痛みを知っているから救える命も……」
エネがそれを掴みかけて……振り払う。
「…………お前みたいになれって? バカバカしい!! 偽善者がっ! 気持ち悪いんだよぉぉ!!!」
彼は吐き捨て睨む。
「これで満足かよっ!!!!」
カードを地面に叩きつけると、逃げるように山を駆け下りていった。
理玖は落ちたカードを拾い集める。
伝えたいことは伝えたつもりだ。こういう時は自分がコミュ症であることを悔やむ……もっと上手い方法があったかもしれない……と。
「あなたが神の護衛人に選ばれたわ、おめでとう」
スフィーナに祝福された。
あまりいい気はしない。
「……君のおかげさ」
「そうね、否定はしないわ。ふふふっ」
「あぁ」
理玖もつられて笑う。
洞窟の中央、光の差し込む場所に歩みを進める。台座があった。そこに8枚のカードを置く。
『神の護衛人よ。さぁ願いを!』
雨を止める正体不明の声がどこからともなく聞こえた。すぐ側をそよ風が通ったような気がした。それが気配なのかもしれない。
「……ここにいるのかい? 見えないが?」
『神に姿はありません。この人造人間たちの中で存在している。疑問は解決しましたね、では』
「その前に、君にはいくつか聞きたいことがあるのさ」
『はい、いくつでもどうぞ?』
「護衛人を決めようとした理由はなにさ?」
『神は力を失いました。それについては知っていますか?』
理玖はそれが条約によるものだと思い出して頷く。
『本来なら脅威を感じる必要などないのですが……今は違います。エネ・ミーバルの神を殺す方法は正しい。創造したのは人間ですから、人がいなければ消えてしまう弱い存在。守ってもらう必要があります』
「その役目を私の旧友、南常門ジンがになっていたわ」
「先生が?」
驚いたものの、それでスフィーナと旧友なのかと納得がいった。
『はい。彼は神と人の協力者として、役目を全うしました』
理玖は顎に触れて一考する。
ジン先生の死をきっかけになにか変化があったのか?
なおさら、ひとつの疑問が大きくなっていく。
「……どうして条約を反故にしようとしたのさ」
『それについては、気まぐれと答えるようにプログラムされています』
「はぁ……?」
「我々も気になるわね」
『ただ一人を除いて、相手が誰であろうとも返答は変わりませんが……』
神は一度沈黙すると、人が変わったようにこう言った。
『それは野暮ってものだ、時が来れば分かることだろう。まずは平和を楽しむべきではないか、それとも待ちくたびれたのかね? ミカエルよ』
「まさか!?」
スフィーナは肩を震わせ、目を丸くした。
「どういう意味だ?」
「我々の問題よ。聞かなかったことにして……でないとあなたの命が保証できないわ」
「分かったさ」
理玖は目を閉じて頷く。
『さぁ、南常門理玖! 願いを!』
「この街をダイハチ軒を元の姿に戻して欲しい」
穏やかな気持ちのまま理玖は願いを伝えた。
『その願い叶えましょう、代わりに護衛人になってくれますね?』
「あぁ、だが今まで通り人もどちらも救いたい……ダメかい?」
『…………やはりジンを思い出します、いいでしょう!』
神は懐かしむように呟いた。
「俺も神と人の協力者になれるかい?」
『えぇ、なれますよ』
神は優しく穏やかな口調で答えた。




