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その93・地底探検シオンくん

 深夜の倉庫。

 ソルティナが作り出した魔法の灯り──外に光が漏れたら困るのでできるだけ小さいものを手元で光らせているのだ──が、彼女の整った顔や流れるような銀髪をかすかに照らしていた。


「どうしたの、こっちをじっと見て」


「ん、なんでもない」


 薄明りに照らされた横顔にちょっと見とれていた、なんてバカ正直に言えるはずもない。言えば絶対に調子に乗ってウザ絡みしてくる。ガワこそとびきりの美少女だが中身は荒くれ者なのだから。


「もっと光の強さを下げたほうがいい?」


「そのくらいでも大丈夫だろ」


 俺やナナは暗がりでも問題なく見えるから必要ないし、しかもディアーネもそうだったらしく、なので、この光はソルティナ専用の灯りとなっていた。

 そんなわずかな光を囲んで守るかの様に、俺達は顔を見合わせる。

 埋め立てられても一向に邪悪な力の衰えない、いやそれどころか、さらに力が増しつつある穴がある(はずの)地面を前に、どうやってここから進むかを静かに相談していた。まあ相談も何も掘るしかないのだが。


「それじゃやるか……といっても、ナナに丸投げなんだよな」


「時間に余裕があれば、私とシオンで掘り進んでもいいんだけどねー」


 一応スコップは二本ほど用意してある。

 一本は幌馬車に乗せてあったやつで、もう一本はここに来る前に宿から借りたのだ。


『んなモン使って悠長に掘ってられねぇだろ。朝になっちまうぜ。さっきみたいに俺に任せとけって』


「すまん」


 お日様が昇る前に宿に戻るというリミットさえなければ、俺とソルティナでひたすら掘り続けてもよかったんだが、今は時間が惜しいのでナナに頼ることにする。


『いーってことよ。気にすんなってシオン。こういう時こそ俺の腕の見せどころだっつーの』


 ナナが胸の前で右腕にグッと力を込めるポーズをとった。

 反対側の腕で抱えられた頭部。その顔を隠しているベールの下には、きっと得意げで自信満々な笑みがあるのだろう。見えなくてもわかる。


「本当に簡単に外れますのね……」


「外れるのよ、本当に」


『すげぇだろ』


 聞かされてはいたが、帽子を取るように気軽に頭を外しているのを実際に見て、ディアーネが驚愕していた。


「……んしょ、よいしょ………………わたくしは無理そうですわ」


 ディアーネは過去の経験から自分もやれるのかと思ったのか、頭を掴んで首を抜こうとしてみたが、当然だが完全にくっついているらしくビクともしない。

 これが死んでる者と死んで生き返ったものの違いというものか。


「一度斬ってしばらく放置したらいいんじゃないの? 人間じゃなくなってるのは気配やオーラの感じからいっても確かだし、それにギロチン食らっても自力で動いてくっつけたんでしょ? ならまた同じことしても死なないでしょ。多分」


 ソルティナが信じがたい提案を口走った。お前の方が人でなしじゃい。


「そこまでする意味ないだろ」


「意味はあまり無いと思うけど、本人がやりたいかどうかよ」


 その本人であるディアーネはというと、布で鼻や口元が覆われているので細かい表情こそわからないが、冷え切った目を見た感じでは「やりたいわけねーだろ正気かお前」と、とても強く語っているようだった。


「それはまた別の機会にするとして、先にやっておかないといけないことがある」


『やること?』


「お漏らししないように囲っておくのさ」




「──これでよし。終わったわよ」


 カビやネズミの糞の臭いがする小汚い倉庫が、場違いといえる清浄な雰囲気で満たされていた。


 気にせず穴を掘って、万が一、ナナが棺から出てきた時みたいに、瘴気かもしくは邪気が吹き出て倉庫から漏れでもしたら大変なことになりかねない。入口にいる見張りのおっさんは確実に被害を受けるだろうし、きっと俺達のやったことも発覚してしまう。

 だから事前にソルティナが倉庫内に結界を張っておくことにしたのだ。感謝してくれおっさん。


「浄化の結界を張ったからね。ここはもう、一種の簡易的な聖域よ。穴から悪しき力が湧き出ることも、魔物が這い出てくることも決してできないわ。やれるものならやってみなってね」


「見事なものですわね。……けれど、なんとなくですけど、この手の魔法はわたくしとは相性が悪そうに思えますわ」


『俺もだな。綺麗すぎてウマが合わねぇや』


 相性ね………………あれ?


「そうだ」


 俺はふと思い出した。


「相性といえば、ディアーネの属性って何なんだ? まだ聞いたことなかったよな?」


「そうでしたわね。忘れてましたわ。別に隠し通すつもりではなかったのですけど、つい言いそびれていましたの」


 そういうことってあるよな。

 なんとなく言うタイミングを失ってそのまま言えずじまいとか。


「わたくしの属性は『不変』ですわ」


「……聞いたことのない、希少で不思議そうな属性ね。でも、盤石をもたらすとされる聖女に相応しい属性ではあるかな」


「そうだな。まあ、珍しいのは俺の属性も同じなんだけどね」


「無だものね」

『無だもんな』


 打ち合わせしたかのようにほぼ同時にソルティナとナナが言った。


「変なところで息が合う奴らだな……」


 険悪になるよりは仲良しでいてくれたほうがいいけど、何かのはずみでこれがベロッと裏返るから女心は恐ろしかったりする。


「それで、その『不変』って属性とソルティナの使った結界魔法ってさ、俺は相性良さそうな感じに思えるんだがなぁ。素人考えだけどさ」


「本来はそうだったのでしょうが、今のわたくしのそれは大きく変質してしまったみたいなのですわ。奪われることなく、変わらず在り続けるのではなく、何もかもを飲み込んで、より豊かに在り続ける……そんな形へと」


「いや、元々そういう属性だったんじゃないかしら? 国や土地や人々に繁栄をもたらすって託宣があったわけだし、そう考えるのがむしろ妥当でしょ?」


「だとしたら攻撃的すぎると思いません?」


「国家なんてそんなものでしょ。にんまり笑って握手しながらもう一方の手で剣を握って隙を窺ってるのが国同士の普通の付き合いなのは、令嬢だったあなたなら知ってるはずよね?」


「それは……否定できませんわね」


 議論はソルティナのほうが優勢なようだ。


「どっちの言い分が正しいかなんてもうわかりようがないが、豊かなのは間違いないな」


 ディアーネの恵まれた肢体を改めて上から下まで眺め、俺は本心から納得してしまった。いつ見ても柔らかそうである。


「だ、駄目ですわよ。こんなところでそんな」


 ディアーネが、まるで裸を隠すように体をくねらせて手で押さえる。

 その仕草に、なんかこう、十三歳男子である自分の本能みたいなそんな感じの何かにグッとくるものがあった。何を言ってるのか自分でもよくわからないが。

 そのせいか、さっきよりもじっくりとディアーネを見てしまう。


「発情するのもさせるのもその辺でやめなさい」


 怖い幼馴染に睨まれた。

 発情て。もう少しやんわりとした言い方あるだろお前。


「話がそれてきたからエロ話はこのくらいでおしまいにしよう。いいな?」


『いいなも何もお前が発端だろ』


「それで、この結界はいつまで効果が続くんだ?」


 ずっと鋭い目で見られ続けるのも嫌なので俺は話を切り替え、ナナの突っ込みを無視してソルティナに結界の持続時間について聞いてみた。朝まで持ってくれるといいんだが、どうだろうか。


「本格的なものじゃない急ごしらえだから、長持ちしないけどね」


「具体的にどのくらい?」


「半日くらいかな」


「充分すぎる」


 そこまでの長期戦になることはない……ないと、思う。思いたい。そう願う俺であった。



『もういいな? んじゃ、やるぞ』


「ああ、やりたいようにやってくれ」


「お任せしますわ」


「念のため、こちら側から入口の扉に施錠の魔法をかけておいたから、外の見張りが中に入ってくる心配もないわ。中を見回ろうとして開かなくても、扉の立て付けが悪くなって動かなくなったと思ってくれるでしょうね」


 まさか内部に侵入者がいて魔法でロックしたとは思わないだろう。



『……土よ退け、我が前に深く温かき道を……』



 ここに入ってきた時と同様に、ナナは片膝ついて地面に手を当てると小声で詠唱を始め、いよいよ禁断の大穴をこじ開けていく。


「悪いが広めに掘ってくれ。狭いと戦闘になったときに詰まって困るからな」


『へーい』


 穴の直径がどんどん広がっていく。ここに入る前に開いたトンネルの数倍はあるか。


「あら、ひょっとして戦いになりそうな予感でもしたの?」


「そこまで勘が鋭くないが、いつもの流れならそれも有り得るだろ。そうなった時のためにあらかじめ準備しておけば、こちらが有利になる」


「そこまで気を揉むこともないと思うけどね」


『おっ?』


 ナナがなにやら不思議そうな声を出した。

 何か見つかったのか?


「どうしましたのナナさん?」


『なんか……急に空振ったっていうか、これは………………どうも、広い空洞にぶつかったみてぇだな……』


「空洞? なんでそんなものがあるんだ?」


「照らしてみましょうか」


 ソルティナが手元の魔法の灯りを、既に開けていた空間へと飛ばす。

 ナナがやったように魔法で優しく広げたのではなく、道具などで叩き砕いて開けたと一発でわかる荒々しい壁が、灯りに照らされてはっきりと見えた。

 広さはそれほどでもない。

 見たところ、高さは二メートルくらい。縦横はどちらも四メートルほど。だいたい、家の中の隅にある物置部屋程度の空間だ。

 ここから空洞までの深さは……ざっと五メートルはありそうだな。ハシゴかロープでもなければ底まで降りることはできないだろうが用意してない。

 俺は壁とか天井とか普通に歩ける。ナナは浮遊できる。ソルティナはこの程度ならヤモリみたいにスイスイと降りていける。だから昇り降りの道具を用意するのをころっと忘れていたのだ。

 なので、ディアーネがそういった芸当をできない人だった場合、誰かがディアーネを抱えるか背中におぶるかしないといけない。


 しかし……埋め立てたはずなのになんでこんな空洞が? どうなってるんだ?


「うまいこと縦穴だけ塞いだのかしら。器用なことね」


「無理だろ」


 真っ当な方法でそんな真似ができるはずがない。する意味もない。

 穴が埋まって平らになるまで土を入れればいいだけのことだ。


「そうなると、そこの横穴の先にいる誰かさんがここまで掘ったってことになるわね」


「理由はわからんけどそうだろうな」


 潜んでいたのが魔法の灯りによってさらけ出されたかのように、ゆるやかな下り坂っぽい横穴がその姿を見せていた。その先に、この空間を掘りぬいた、そしてリュムレインを幾度となく襲っているスタンピードの元凶かもしれない『何か』がいるのだ。

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