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その94・この穴を行けば、どうなるものか

「ここはいつでも戻れるように開けておくか。不用心ではあるけど、結界があるから雑魚モンスター程度では這い出てくることもかなわないだろうしな」


 誰がどうやって掘ったかもわからない謎の空洞。

 その狭いスペースに俺は降り立ち、ナナが掘り抜いた縦穴を見上げる。


「雑魚じゃなかったらどうしますの?」


「そこが問題だ」


 俺の背中におぶさっているディアーネが耳元で聞いてきた。

 やはりディアーネには移動に長けた魔法やスキルや技能は一切なかったようで、本人のやけに強い希望もあって俺がおぶることになったのだ。

 そういやポトカでもこんなことあったな。俺はディアーネの運搬係かよまったく。

 こういう時のために転移の魔法が込められた宝石杖を持って来てればよかった。次からそうしよう……なんて誓ってもコロッと忘れるんだろうな。


「多少の被害が出るとは思うが、英傑二人になんとかしてもらおう」


 残酷かもしれないがこっちにはこっちの都合があるので、そこら辺は目をつむってほしい。

 倉庫の入口は外から物理的な鍵が、内側からは魔法の鍵がかかってるし、ここに侵入したとき開けた穴は塞いである。結界を突っ切れるほどの魔物にはなんの障害物にもならないだろうが、それでも無理やり扉や壁をぶっ壊せば、その音で町の人々が異変に気付くはずだ。

 そうなれば、あとはリアージュさんやメッさんが叩き起こされて事態の解決に動くだけなので、どれだけあの二人の寝起きがいいかの問題となる。


「それなら、事前にやっぱり潜ることを伝えておくべきだったかもね」


「済んだ事を蒸し返しても仕方ないさ」


 どうせ怪しまれてるのは確実だし、バレてもソルティナの魔法で記憶に蓋をすればいいと何度も開き直りかけたが、その蓋が何らかの理由で不意に外れたらさらに面倒なことになるのでこうして思いとどまって

いたのだが、今回それが裏目に出た形となった。

 いつ起きるかわからない不安要素なんて残したくないからなんだけど、こうして協力を取り付けられないのも不便だったりするんだよな。

 ……でも、近い将来どうせバレそうだし、そうなる前になし崩し的に味方に引き込むか、一方的にこちらの痛いところを突かれないように向こうの弱みを握っておきたいものだ。



「灯りは消しておくわね。どこに何が潜んでるかわからないし」


 皆さん私達はここにいますよーってあからさまに教えてるようなものだしな。飛び道具の的にしてくれと言ってるに等しい。

 とりあえずソルティナには、地面の振動や音や臭いを察知して動いていてもらおう。不便だろうがしばしの我慢だ。こっそり探検するする必要がなくなったら全力で穴の中を照らしていいから、それまで大人しくしててくれ。


「何かがいるにしても、数は少ないと思うぞ」


『そりゃそーだろうなぁ。頭数いっぱいだったら、とっくに地上にあぶれて這い出てきてるはずだしよぉ。騒ぎになってなきゃ変だぜ』


「統率が取れてるという可能性も捨てきれないわよ。奥でウジャウジャ待ち構えてるのかも」


「それは好都合ですわね。数にものを言わせる相手なら、わたくしの独壇場ですもの。全て朽ち果てさせてご覧にいれますわ」


「頼りにしてるぜ」


「お任せあれ」


 ディアーネがスカートの両端をつまんで、令嬢らしく一礼した。


「あらあら、それなら私も負けていませんわよ? 縦横無尽に暴れ回って屍の山を築いて差し上げますわ」


 前世で令嬢だったことを突如思い出したのか、ソルティナが張り合うように上品な口調で同じくコートをつまんで一礼し、俺と目を合わせた。

 私だってこのくらい余裕でできると、二重の意味で主張してるんだろう。たまにこうやって可愛いことやるんだよなコイツは。


「心強い話だが……それはさておき。だとしたら、スタンピード起こして魔物を町に引き寄せてる理由がわからないぞ」


「何かの狙いがあってこっちに引き寄せてるんじゃなくて、副次的なものかもしれないわ。本来の目的は別にあるのかも」


「手持ちの戦力が心もとないから、外から増やそうとしてるって線はどうだ?」


「慎重な手合いならそれも有り得るとは思うけど……」


『もういいっつーの』


 わずらわしさを含んだ声。

 宙を浮遊していたナナの首が、俺とソルティナの話し合いを一言で打ち切った。


『こうかもしれない。いやあれかもしれない。……んな空想ごっこみてぇな立ち話はそんくらいで止めとけや。ここで顔突き合わせててもラチあかねーよ』


 声のする方向が、ゆっくりと入れ替わっていく。

 右の眼窩をらんらんと赤く輝かせた聖女の生首は、俺達の周りをぐるりと一周すると、再び胴体の手元へと帰っていった。


『奥まで行けば、自ずとわかるってもんさ。だろ?』


「正論ですわね」


 まあ、その通りではある。行けば分かることなのに無駄に話し合ってるのは不毛だな。ナナの意見に従うことにしよう。




『……掘り進めながら邪悪な気配のいる方角を探らなきゃならんと思ってたけどよ、こりゃ楽だな。ただ歩いてるだけでいいぜ』


「気楽なのはいいが、行き止まりでしたってオチだけは勘弁してほしいね」


『ひひっ』


「わたくし達だから気楽な一本道ですみますけど、普通の冒険者や兵隊の方々でしたら、もう全滅しているでしょうね。先程からしつこいくらい精気を吸おうとしてますもの。嫌ですわね、もう」


 クモの糸を振り払うようにディアーネが腕を動かす。

 先に進むにつれて、見えないモヤのようなものがまとわりつく感覚があるのだ。最初はそれほどでもなかったが、今ではほのかに粘りすら感じるくらい濃いものになっている。これが地上での体調不良をもたらしていた原因なのか。

 強まっているのは精気を奪う不快な力だけではない。モヤじみた何かが濃くなるのと比例して、この洞穴の寒さもじわじわ増していっている。何も知らない者が普通の武装でここに潜っていたら、具合が悪くなって引き返そうと思った時には手遅れで、冷凍肉として保存され続けることになっていただろう。

 最初にここに挑んだのが俺達だったのをリュムレインの人々は心底感謝してほしい。なので、万が一不手際で犠牲が出ちゃっても、トントンということでひとつよろしく。まあそうなっても生き返らせるからいいよね?


『俺ぁなんともねぇな。霧っつうか煙みてえなのが漂ってて、先が見ずれぇのが嫌になるけどよ』


 だろうな。いくら何でもアンデッドの精気は奪えないさ……って、この気持ち悪いモヤっぽいの、見えてるんだな……


「ゾンビならではの利点ね」


『オイその言い方やめろや。まるで俺が腐ってるみてぇだろ』


「まあまあまあ」


 すっかり仲裁役が板についてきたなディアーネも。


「俺達はこうして少数精鋭だったからよかったが、数の力で押してたら大変なことになってたな」


 リュムレインの住人がこの件にビビりきって消極的なのが結果的にプラスに働いた形だ。

 もし深く考えずに穴掘って数任せで積極的に突っ込んでいたら、この洞穴が犠牲者の遺体や遺品の貯蔵庫になってただろうな。


「それにしても、もう十分くらい歩いてるけど一向に終わりが見えないわね。全く、一人きりで延々とどこまで掘ったのかしら、あのお爺さんの話に出てきた鉱夫の……あの、何とかさんは」


「なんだったっけ。何回も聞いたはずだが」


 あの酒好きの爺さんは、ベンドって名乗ってたよな。これは間違いないはずだ。

 それで、生きてるのか死んでるのか人間やめてるのかわかんない、おかしくなって穴掘りマニアになった人は……………………あれ、なんて名前だった?

 やばい、覚えてない。というか覚える気が俺にあったかどうかも疑わしい。ハンサムみたいな調子の名前だったような。


『あー、俺も覚えてねぇわ。あの爺さんがベンドって名前なのは、なんか妙に頭に残ってんだけどよぉ』


「俺もだ」


「そうそう。一回しか聞かなかったのに印象強いわよね」


『あれじゃねぇか? いかにも「ベンド」って感じの風体だったからだろ』


「ふはっ。そうか、言われてみたらそうだなあの爺さん。確かに、見るからにベンドって感じだったな。ふっ、はははっ」


 理屈になってないが説得力のある意見に、つい笑ってしまった。


「そうね、くふふっ。何がいかにもなのかわからないけど、ふふっ、でもわかるわ」


 ディアーネを置き去りにして笑う俺達三人。何が面白いのか自分でもわからないが面白くて仕方ないのだ。


「えぇと、確か……ハッソムさん……で合ってますわよね? 宿で貴方達から聞いた名前は、そうだったはずですけれど……」



 笑いがピタリと止んだ。



 又聞きのディアーネがはっきり記憶していて、直に聞いた俺達がうんともすんとも思い出せなかったという事実に凍りつく。俺はギリギリセーフな気もするが。


『なら、宿にいたときまでは覚えてたってことかぁ……』


「居残りのメンバーに全部教えたし、もう忘れてもいいんじゃないかと脳が判断したのかもね。よくある話よ」


「俺はけっこう近いところまで覚えてたけどな。これが若さの差か」




 無言で歩く四人。

 ナナもソルティナも言葉を発そうとはしなかった。俺とディアーネは薮蛇を恐れて発せなかった。




 それからどのくらい歩いただろうか。小一時間……とまでは、いかない気がする。

 ここまで一本道なのは本当に助かった。何人かに分かれて探索する手間が省けたのは嬉しい。今はとにかく時間が惜しい状況だからな。

 当初の予定通りナナに気配を探ってもらいながら最短でひたすら掘り進んでもらっていたら、ここまでスムーズに事は運ばなかっただろう。


『……なんだか、クソみてえな気配が向こうから漂ってきやがったな。とうとう大物のお出ましかぁ?』


 沈黙を最初に破ったのは、眉間に皺を寄せて前方を睨むナナだった。


「ええ、私にもわかるわ。殴りがいのあるクソだといいのだけど」


 ソルティナが不敵に微笑む。


「うふふ。一体、どなたがお待ちになられてるのでしょうね」


 ディアーネはいつものおっとりとした調子だ。彼女はちゃんとした令嬢なので慣れた口調でクソクソ言ったりしないのである。


「あんまり暴れないでくれよ」


 避けようのない決戦の予感に、俺は頼むからここを崩落させたりしないでくれと、天とソルティナに祈るのだった。



 そして、吹き付けるように邪悪な気配がいよいよ極限まで強まった頃、ついに俺達の前に、広大な領域とその主である存在が巨大な姿を現していた──

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