その92・ドーモ、聖女一行です。
気が付いたら三十万字以上書いていましたが、まだ聖女は勢揃いしていません。
果たしていつになるのか。
どこからどう見ても立派なニンジャと化した俺達四人は、町の西にある呪われた倉庫へと、夜の闇に溶け込みながら進んでいた。
シャリサほど精密で広範囲ではないが、俺やソルティナも気配や生き物の反応などを(多少曖昧ではあるが)探れるので、倉庫までうまく人を避けつつ到着できた。誰一人としてコソコソ隠れて動く経験がないパーティにしては上出来だったと思う。
雲で月明かりが遮られていたのもまた幸運だった。
人があまり出歩いていなかっただけと言われたら否定できないが、それを踏まえても新人ニンジャの初舞台にしては悪くなかったのではないか。
しかし。
「……見張りがいるな」
「いるわね」
まともに使われなくなって久しい、青く塗られたレンガ倉庫の入口前に、なぜかおっさんが一人立っていた。革鎧らしきものを着込み、その手には護身のための長い棒が握られている。必要最低限の武装というところか。
入口そばに置かれてあるテーブルの上のランタンが、隣に立っている酒瓶をその光でぼんやりと輝かせていた。つまりこのおっさんは不真面目な門番なのだ。
『鍵かけて後はほったらかしじゃなかったのかよ』
「おかしいな。なんで警戒してんだ?」
俺は首をかしげた。
……後になってわかったのだが、こないだのゴーレム軍団によるスタンピードを食い止めるべく町の警備兵や冒険者などが戦った一件で、破損して駄目になった武器防具や、倒したゴーレムの残骸で利用できそうな部品を一時的にここにしまっておいたらしい。
使い物にならなくなった装備はともかく、ゴーレムの残骸はそこそこの量があるので、盗まれてはまずいと一応の見張りを立てておいたのだとか。
体調を崩して倒れる者が続出するかと思ったが、入口すぐそばに適当に装備や残骸を積み上げておくだけだったそうなので、力仕事に精を出してる人達が深刻なダメージを受け始める前に作業が終わったのだろう。
「それで、ここからどうしますの?」
「裏に回り込もう」
予定ではソルティナが開錠の魔法で入口を開ける手筈だったが、こうなっては変更せざるを得ない。
不意打ちして気絶させてから、聖女の拳で都合の悪い記憶を消すなり都合のいい記憶を植え付けるなりしてもいいんだけど、ここはニンジャらしく、静かに事を運ぶことにする。
そうして倉庫の裏に来た。
周りに高い物陰もないし、移動中にちょっとくらい見つかりそうになるかなとか思ったが、取り越し苦労だった。やる気がないのか元々そういう仕事内容なのか、見張りのおっさんは入口から離れようとはしなかった。
……思い返すと、入口そばのテーブルに酒瓶があったことだし、あのおっさんを魔法で深く眠らせてから倉庫に侵入しても良かった気もする。目を覚ましても、うっかり酔い潰れてしまったと勘違いしてくれるだろう。
一件無理のないプランに思えるが、この方法には一つ問題があって、それは眠りの魔法を使えるのがこの中に誰もいないということだ。
読んだ者を眠りに誘う魔書ならあるが、それをここに持ってきてたとしてどうやって見張りのおっさんに読ませるんだという話になる。
脅して無理やり読ませる?
いや、そこまで回りくどいことやるなら記憶をいじったほうが早いのでは……
「どうしたの、ボケッとして」
ソルティナが俺の顔を覗き込んできた。
「こんな時に悩み事?」
「ああ、ちょっとな」
「どうせ考えるだけ無駄な事でも考えていたんでしょ。そういうの好きだものね」
「ちっ」
勘の鋭い奴だ。
幼馴染だから思考が読めているのもあるだろうけど、それを差し引いてもソルティナの勘は異様に鋭い。
神聖力と格闘技と直感。この三本柱で聖女として活躍していただけのことはある。
「あなたはね、物事を深く考えすぎなのよ。常に肩肘張らないで、たまには力を抜きなさい。細かいところまで最善手を打つ必要はないんだから」
「まあ………………一理は、あるか」
「でしょ?」
人生の先輩として俺にアドバイスできたことに満足したのか、ソルティナがにこりと笑う。
それはソルティナにしては本当に珍しい、大人の女性の余裕が溢れる笑みだった。
「んじゃ、ナナ、よろしく頼む」
『あいよ』
ナナが片膝をついて座り込み、雑草が生い茂る地面に片手を押し当て、何やら祈りのような言葉を囁く。
するとその数秒後に倉庫の壁のすぐ手前の地面がボコリとへこみ、拳大の穴となり、それは大人が頭をかがめて中腰になれば通れるくらいのトンネルへと成長していった。
『ざっと、こんなもんだろ』
「ご苦労さん」
開いた穴から、よく冷えたカビ臭い空気が流れてくる。それは倉庫の内側までトンネルがちゃんと開通した証拠に他ならない。
「中の空気と一緒に邪気のたぐいも流れてくるかと思ったけど、拍子抜けね」
『つまり、その手の危険じゃないってこったな』
「人にしか影響していないようですし、ここでの悪しき現象は、わたくしの使う魔法に近い性質なのかもしれませんわね」
「詳しい事は中に入ってから探ればいいから、さっさと行こうぜ。モタモタしてたら夜が明けるぞ」
それだけではない。もしかしたら見張りのおっさんが倉庫の周りを巡回するかもしれない。あの様子ではないと思うが、酔い覚ましにフラフラ見回りするくらいのことくらいなら、してもおかしくはない。
こんな穴が見つかろうものなら酔いも吹っ飛んで、手の込んだ真似をした泥棒が出たと大騒ぎになるに違いないだろう。
「まずは俺から行くよ。で、ソルティナが最後でいいんだよな?」
「それがベストでしょうね」
俺を先頭に、ディアーネ、ナナ、ソルティナの順に中へ入っていく。
一列で進んでいるときは先頭と最後尾が危ないからだ。ぶつかり合いに長けてる者が最初と最後にいると何かと対応しやすいというのがソルティナの談である。
「なんだか泥遊びみたいですわね。やったことはありませんけど」
ディアーネは楽しそうだ。
箱入り娘だったから土とかいじって遊んだりした経験がないんだろうな。
『ひひ、そんなことより、ケツがつっかえないように気ぃつけるんだな』
「ま! わたくし、そこまで太くありませんわよ……!?」
『太てぇ奴はみんなそういうんだよなぁ』
「ナナさん、貴女、目が節穴なんじゃありませんの……ああ、片方はそうでしたわね。それなら仕方ありませんわね。わたくしが浅はかでしたわ」
『あぁん? 言ってくれるじゃねぇか』
「その辺でやめとけ二人とも。不満があるならここの地下にいるかもしれない何かにぶつけてやれ」
まったく、すぐ荒れるなこいつら……
その後、一分ほどで俺は先陣を切ってトンネルを抜け、後方の三人も特に体のでっぱりがつっかえることもなく、無事に出ることができた。ソルティナにはそもそもでっぱりなどほとんどなかった。
真っ暗な倉庫の中は、外と違って思ったよりもずっと冷え込んでいる。
氷室にいるようだ……とまでは言わないが、普通の人間にはなかなかしんどい寒さだろう。しかし俺達は普通ではないのでひんやり気分だ。
「妙に冷え切ってるな」
「ええ。閉め切ってて外気も光も入らないとはいっても、この時期にこの寒さはちょっと異常よ」
「やっぱり、地下の何かのせいなのか?」
「そう考えるのが自然ですわね」
『俺はよくわかんねぇな。この身体になってから暑いだの寒いだの、あまり感じなくなったからよ。特に、寒さについてはよぉ、どれだけ周りが冷えてても心地よさしかねえんだよなぁ……』
「俺も似たようなもんだが、そこまで寒さに強くはないぞ」
アンデッドの強みというやつなのかね。
『さてと……バレたらまずいし、塞いどっか』
ナナが再び片膝と片手をついて祈る。
トンネルの穴が見る見るうちに小さく窄まっていき、最初から何もなかったみたいにまっ平らな土の地面に戻っていった。
ここからだとわからないが、きっと外の穴も同様に消え去っているだろう。
「いつでも戻れるよう、開いたままにしといてもよかったんだが……」
「仕方ないわよ。潜入の痕跡を残したままにはしておけないわ」
「それに、このあと魔物にでも遭遇して、倒しきれなかった取りこぼしにトンネルから外に逃げられでもしたら、追いかけての後始末が大変ですものね。被害や犠牲が出るのはやむを得ないにしても、少なめに抑えたいですわ。わたくしの中に残るささやかな良心がそう言っていますの」
「出るのは別にいいのね」
「誰かが割を食うのが世の中ですから、そこは妥協しますわ」
ディアーネもなかなかいい根性してんな。
『んで、埋めた大穴ってのはどこなんだろうな。目印でもないかねぇ?』
「あるわけないでしょ」
「そんな広い空間でもないしな。まあ、不穏そうな雰囲気の場所がないか探れば……いや、探るまでもなかったか」
俺は、倉庫の床というか剥き出しの地面のある一点を指差そうとしたが、意味がないと思ってやめた。
なぜって? そりゃ聖女三人が揃って同じ場所を──そう、俺が指差そうとした場所を睨んでいたからさ。
倉庫の中央、一見すると他の地面と変わりないように見えるが、俺の霊的な感覚がそこにくすぶっている害意を嗅ぎ取っていた。
何もかも奪い取って食い尽くしたいという、満たされない飢えのような害意を。
「わかりやすくて助かるわ」
『……こっからでも感じるぜ。大地の奥底に隠れてやがる、不快な何かをよぉ……』
「生気を吸い上げるタイプの力が働いているようですわね。並の人間なら、こんな場所に長時間いたら、昏睡は避けられないでしょうね」
何が待ち構えているかわからんが、どっしり構えて挑むとするか。
適度に肩の力を抜いて、リラックスしながらな。
「くふふっ、オーガが出るかナーガが出るか、楽しみね」
お前はリラックスしすぎだ。




