その68・無知なるものには死地がある
一触即発の中、開戦の鍵を握る二人は困ったような笑みを崩さず、たわいない会話を始めていた。
ちなみに開戦した場合こちらが一方的に虐殺するので、向こうの聖女がやる気になった時が向こうの破滅する時である。つまり間接的な集団自殺だ。
「目前で繰り広げられた惨劇に耐えかねて正気を失い、今もベッドの上だと聞きましたけれど、話と違いますのね。お元気そうで何よりですわ」
「よくもまあ、他人事のようにおっしゃいますね。首が落ちたときに人の心まで落としたのですか?」
「下らない人間関係や常識から解き放たれた……と言ってほしいのですが、それを重んじる貴女には、理解したくてもできない話でしょうね」
「無論です。非道な振る舞いを良しとするなど、人としてあってはなりませんからね。許されざる貴方に情けをかけた私が間違っていました」
人じゃなくなってるんだから別によくね? と思ったが、茶々を入れるとこっちにとばっちりが来そうなので黙っておこう。余計なこと言わなくても連帯責任で刃を向けられそうではあるんだが。
「そちらの方々は?」
やっぱ聞くよねそりゃ。
「この二人は……何と言いますか、同胞と呼ぶべきかしら。こっちの栗毛の子はわたくしの年下の彼氏ですわ」
リリエルとかいう聖女は、それを聞いて不愉快そうに眉根を寄せていたが、すぐに優し気な笑顔を取り繕って俺のほうに向けてきた。
邪悪な魔女がいたいけな少年をうまいこと騙してるとでも思ってるのかな。
「信じがたい話ですが、彼女の言い分は正しいのですか?」
「まあ、一応そんな感じっす」
「そうですか。けれど、この魔女のしでかした神をも恐れぬ鬼畜の所業を知れば、きっと貴方は体の震えが止まらなくなると思いますよ」
衝撃の事実で俺をビビらせてディアーネから引き離すつもりなんだろうが、もうとっくに知ってるんですよ、処刑場の惨劇の件。
それにその手の話を聞かされたの初めてじゃないからなあ……
ソルティナから一回目を聞かされたときには多少は動揺したけど、ナナやディアーネから二回目三回目について詳細に教えてもらったときは『どこの国にも天の声や聖女を軽んじるバカや不届き者が大勢いるんだな』と変に感心してしまったくらいだ。
「知った上で受け入れてるんで」
「冗談ですわよね」
「いやマジマジ。本人から余すところなく聞いてますよ。濡れ衣着せられたとか皆殺しにしたとか生まれ変わったとか」
「だとしたら正気とは思えませんね。同情の余地は……少なからずあるでしょうが、彼女はもはや、ヒトという種に仇なす大敵なんですよ? そんな怪物の伴侶になることを拒むどころか望むなんて、狂気以外のなんだというのですか?」
そこは価値観の違いというか、俺にとって色恋の対象が人かどうかなんて些細な事だし、こいつらを野放しにはできないという意味で退路は断たれている。いやまあ好きっちゃ好きだけどね三人とも。
だいたいさ、怪物だの何だの抜かしてるが、あんたの国がこの猫姉ちゃんに冷や飯食わせていたのが一番の原因だろ。それがなかったら皆殺しなんて思い切った一手に踏み切らなかったかもしれないんだぞ。
「で、その大敵を滅ぼすために、そこそこの腕利きをかき集めたわけですか」
ディアーネ相手だと数を集めても何の意味もないってまだ理解してないのか。
「そこそことは言ってくれるじゃねぇか坊主。女どもの前だからって、カッコつけなくてもいいんだぜ? 本当は怖くて小便漏らしそうなんだろ?」
やられ役(だと理解していない哀れな連中)の一人が、荒っぽいことが得意だけど品のある喋りは苦手だと自己紹介してるような口調で脅しをかけてきた。ガラの悪さはオツムの悪さとはよく言ったもんだ。
「別におしっこしたい気分でもないし、まして怖がるとか。笑っちゃうな」
とぼけるように挑発し返して終わればよかったのだが、つい小便という単語を聞いてさっきの出来事を思い出し、ディアーネの方をチラッと見てしまった。
「いやぁ……」
それだけで俺の内心を察したのか、両手で口を押さえ、上品そうに恥じらうその姿は、同じく令嬢だったソルティナとは真逆のおしとやかさだ。
「ガサツで悪かったわね」
何のヒントもない状況から尋常じゃない勘の鋭さを発揮したソルティナに思わずビクッとなった。ディアーネの過去の殺戮劇よりもこっちのほうが怖いわ。
「……まだ何も言ってないんだが」
「私だって元はお嬢様なんだからね」
「いや知ってるけどさ」
「ふんっ」
頬を膨らませてソルティナがそっぽを向いた。
そんな和やかなやり取りやさっきの俺の挑発に、周囲を囲む男どもから怒り混じりの殺気が漂い始めた。
弱そうな女子供が自分たちを脅威と見なしていないことへの苛立ちが募ってきているのが、手に取るようにわかる。この程度で感情ダダ漏れになるんだから、こいつらやっぱ大したことないな。
「……助言する義理はないのですが、あまり感情を逆撫でする態度はとらないほうが身のためですよ。この方々は、魔物より対人戦を得意としている冒険者でしてね。貴方のような子供を死なない程度にいたぶることも容易いのですよ」
聖女とは思えないくらいゲスいこと言い出したなこの姉ちゃん。正気に戻ったときに頭のタガが外れたんじゃないのか。
「しかもこの方々には、私が執り行った儀式魔法によって聖なる加護を与えられていますから、汚れしディアーネの死の呪いなど通用しませんよ。私としても不要な殺生は避けたいので、彼女を置いて、黙ってこの場から立ち去ってはもらえないでしょうか」
「あら、わたくしを捕えて本国まで連れ帰るのかと思っていましたが、有無を言わさずこの場で仕留めるんですのね。手荒なこと」
「いくら加護によって守られていても、貴女のような危険極まりない存在と祖国まで同行するなど、命がいくつあっても足りませんからね。こちらの隙を突いて何をしでかすかわかったものではありませんし、持ち帰るのはその首だけで充分です」
「残忍な性格になりましたわね。いや、それが本性かしら」
「怪物を仕留めたのなら、その証明になり得るわかりやすい部分を切り取って凱旋するのは当然でしょう?」
ふうん、儀式魔法の加護ときたか。
それで納得できたわ。だからディアーネのやったことを全て把握してるはずなのに余裕なんだなこいつら。
……けど、こんな並の聖女様の加護なんかで、あの凶悪な魔法を凌げるのかね。
(どーなんだ?)
小声でソルティナに尋ねる。
(んー…………あんな雑な加護じゃ無理ね。まあ無いよりはマシだから、ちょっとくらいは防げるでしょうけど、結局は破られてがっつり効くわ。厚めの布を全身にまとってドラゴンの炎に耐えようとしてるようなものよ)
(でも自信満々だぞ)
(世間知らずここに極まれり、ね。無知と浅い経験からくる高慢さは救いようがないわ。このタイプは痛い目見ないとわからないのよね。そんなニワカ聖女の甘言にホイホイ乗せられたこの連中も同様の間抜けよ。言っても無駄ってやつね)
そっかー、聖女でも救えないかー。うーん……じゃあやっぱ暴力しかねーか。
今週は火曜日の投稿の他、
水曜、木曜、金曜の午後四時にも投稿します。




