その69・シオン、凶矢に倒れる……!
森の中で逆恨みじみた争いの火種が燃え広がろうとしている。
聖女リリエルと荒っぽい手下達の目的がディアーネの首である以上、一戦交える流れは避けられないものになった。
それが何を意味するかというと、こいつらを一人残らずこの世から消すことが決まったってことに他ならない。生かして返せば、後々絶対に面倒な揉め事が猛ダッシュで舞い込んでくるからね。それは困るんでこの場で念入りに摘み取っておくのだ。
温泉に浸かって骨休めしたり火山を様子見したりする余裕はなくなった。
エスタガスや東帝国で捕縛対象になっているお尋ね者を連れてのんびりできるはずもなく、とっとと帰って森の奥にある秘密基地で匿うのが最優先だ。
英傑の姉ちゃん二人や坊ちゃんにバレても一大事なので、なるべくなら会わずに素早く帰りたいが、焦り過ぎて変に勘繰られてもまずいので、できるだけ手短に挨拶してグラッドへと帰るとしよう。
戻ったら崖にデカい穴でも掘って、サイクロプスゴーレムを収納する空間も作っておくべきだろうな。保護色のスキルでずっと隠れさせておいてもいいんだが、その手の隠蔽を見破るのに長けた奴に発見されないとも限らない。
俺やソルティナがツルハシ片手に頑張ってもいいがナナに頼んだ方が早いな。ついでに秘密基地内部も広げたほうがいいかもしれん。今後も人数増えるかもしれないし。
「……大人しく跪いて頭を垂れてくれたら楽なのですが、それはかなわぬ願いでしょうね」
「はっ」
聖女のそんな馬鹿げた提案を邪聖女が鼻で笑った。
「冗談にしても程度が低すぎますわね。生憎ですが、ただの聖女に過ぎない貴女にくれてやるほど、わたくしの首は安くありませんわよ?」
「そうですか。往生際の悪い魔女ですね。そうなると無理やり押さえつけて首を斬り落とすしかありませんがよろしいですか? みっともない死に様になりますが自業自得というものだと思って諦めて下さいね」
そこまで言ったのを最後に、二人とも真顔になって押し黙った。
……いよいよ始まりそうだな。一方的な殺し合いが。
「くふふっ」
指をポキポキ鳴らすなよソルティナ。平行線の話し合いが続いたせいでしびれを切らしてるのはわかるが暴れ馬すぎるぞ。
『んぁあ~~………………やっと決裂かよ。かったるい無駄話で待たせやがってよぉ』
一方でナナはというと、待ちくたびれたとばかりに大きく伸びをして、寝起きみたいに身体をほぐしていた。緊張感などまるでない。こっちはこっちでもうちょい気を張っててくれないものかな。
「グルル……」
こちらの面子で向こうに一番警戒されているファングが、唸りをあげて威嚇を始めた。敵に子牛くらいでかい狼がいたらそりゃ警戒するよね。
対人戦がメインだから魔物の相手は不得手かもしれないけど、そこは経験積んでる冒険者揃いだ。魔物をどうにかいなす技術の一つ二つは持ってるはずだから油断はできない。いざとなれば俺がファングの後衛になってサポートするべきだろう。
「……………………」
しばらく無言だった聖女リリエルの目がわずかに細まる。
そして、彼女は右腕を軽く横に払った。
それが開戦の狼煙となった。
「地より出でて絡みつけ! 根縛り!」
細身の冒険者がしゃがんで草むらに手を当て、甲高い声で叫ぶと、俺達の足元から根っこのような触手が生えてきて手足の自由を奪おうとしてきた。まずはこっちの動きを封じる気か。経験豊富なだけあって手堅いな。
しかしこちらには大地に愛されし聖女がいる。
『へっ、押さえつけてぇならよぉ、こんぐらいやれっつぅの……地霊の千手!』
ナナの怒号に応じるようにボコボコと地面がうねり、土でできた無数のごつい腕が長く伸びて根っこを雑作もなく引きちぎっていく。
さらには、呪縛の魔法を使ってきた張本人を、その近くにいた奴も巻き添えにしてがっしりと掴んで身動きを取れなくした。顔も押さえられているので、あれでは詠唱もできないだろう。仕留められるのを待つだけだ。
『ひひっ、これが本当の大地の魔法っわぁ!?』
「よし! 厚着野郎を捕えたぞ!」
『あぁ!? 誰が野郎だコラァ!? テメエ許さねぇからな……ってなんだこれ異様に絡みやがる!』
実力を見せつけて自信満々に喋ろうとしたナナだったが、高速で放たれた魔法の投網らしきものがもろにかぶさって奇声をあげていた。だから油断するなと……
その投網はファングにも(むしろこちらがド本命だったのではないか)飛んできていたが、こいつはナナと違って警戒しまくっていたので掠ることもなく素早く避けると、投げた奴へすぐさま飛びかかった。
「こっ、このクソ狼がぁ……うぐぁあああ!? ごっ、ぐえぇっ!!」
ファングに地面に押し倒された投網使いから言葉にならない叫びと吐くような呻きがした後に、ボキリと、太い枝をへし折るような音が聞こえてきた。きっと首をやられたんだろう。狼って首狙うっていうけど、狼タイプの魔物でもそうなんだな。これも血は争えないっていうのか?
『使い手がやられたのに消えねぇのかよこれ! あぁ鬱陶しいなぁ!』
一方でナナはというと、毛糸球に絡まった子猫みたいに投網相手にわちゃわちゃ悪戦苦闘していた。
「格下なんぞに偉そうにしてるからだ」
まあいざとなれば腐らせれば脱出できるだろうし、ほっといても大丈夫だろ。
ソルティナはというと、そっちはそっちで数人まとめて相手にしていた。何分もつかなあの連中。
「あうっ!」
「!?」
ディアーネの悲鳴が聞こえた。
やばい、ナナのほうに注目してて見てなかった!
「……急所に当たっているのに倒れもせず、平然としてますね。やはり、貴女はもう人ではないのでしょうね」
ディアーネの、色も剥げ落ちて薄汚れたそのコートの胸元に、一本の矢が無慈悲に突き刺さっていた。
「これは……成程、聖なる銀でできた鏃ですか」
今にも死にそうという程じゃないけど、少しは苦しそうだ。うっかり目を離していたのが悔やまれるぞ。
「ええ、ご名答。私は荒っぽいことなど苦手ですので、こういう便利な飛び道具を、こぉぉぉんなに用意しておいたのですよ。どうですか、効き目のほうは?」
顔を醜くゆがめて笑う聖女リリエルの懐から、何本もの矢がひとりでに現れて宙に浮き、その全てがディアーネへと狙いを定めていく。その顔には清楚さや優しさなど何一つ残っていない。こいつこそ魔女そのものだ。
「……迂闊だったか」
あっちはディアーネの危険性を心底理解してるんだから、距離をとって攻撃できる手段を用意してないわけがなかったんだ。
「ご機嫌なところに水を差すようですが、わたくし、これでも聖女の端くれですので、安っぽい矢の一本ごときでは流石に致命傷とまではいきませんわ。残念でしたわね」
「ふふ、口ぶりから察するにまあまあ効いてるようですね。その様子では、命を吸い上げるあの邪悪な魔法も満足に扱えないでしょう?」
「甘く見すぎですわよ……っ!」
胸元の矢を無理やり引っこ抜き、ディアーネが醜い笑みの聖女へと『死命の砂時計』を放とうとするが、その魔法よりディアーネめがけて飛翔する矢の群れのほうが早く──
「えっ!? シ、シオン君っ!」
トワイビュートや虹色の吐息でも、間に合いそうにない。
なので、間に割って入って、盾になるしかなかった。
「うおおっ……!?」
刺さる刺さる。俺の体のあちこちに聖なる矢が突き立っていく。肩や胸、腕、そして首や頭にも。
普通の人間なら、痛いわ苦しいわ血がドクドク出るわで死亡一直線なんだろうけど、俺は普通じゃなさすぎる存在なので、なんかチクチクするねって感じで、焦ることもなくどこか落ち着いていた。
無の力には聖なる力も特には効果ないらしく、刺さった箇所が熱くなるとか溶けるとか激しい痛みがあるとかも別に無かった。でも俺に刺さったんだから威力はそれなりにあるんだろう。
(ここはこのまま死んだふりして状況を伺おうかな)
──後になって思うと、そんなことしたら将来の嫁さんたちがどんな怒りの反応するか考えなくても秒でわかりそうなものだが、この時はこれが最善手だと疑わなかったんだな、うん。
今週は火曜日の投稿の他、
水曜、木曜、金曜の午後四時にも投稿します。




