その70・レッドボルテクスガール
お待たせしました。続きです。
「シオン君っ!!」
とっさに前へ出て、自分の代わりに聖なる矢の的になった俺へ、ディアーネが余裕や強気をかなぐり捨てて悲鳴をあげた。
何本も同時に打ち出された死の射撃。
俺は聖女リリエルに先手を打たれたディアーネの盾となり、それら全てを五体で受け止めると、脱力して地面に倒れ込んだ。
どっからどう見ても死んでるぞこれ……という状態だろうが、一応呼吸や心臓も止めて完璧に死体を演じてみる。この世間知らずな聖女相手にそこまでやる必要もないとは思うが、生命を操ったりするのが得意なディアーネが違和感に気づくかもしれないのでね。
敵を騙すには味方ごと巻き込めと言うしな。
『お、おい、シオン。嘘だよなぁ……?』
俺が倒れてピクリとも動かなくなったせいか、ナナのハスキーボイスが震えている。いつもの荒っぽい砕けた物言いが嘘のようだ。
……え、いや、おかしくね?
何で俺が殺されたくらいで動揺してるんだお前。ソルティナが蘇生の神聖魔法使えるって教えてなかったっけ? お前まで騙す予定はないぞ?
いや、待てよ……思い返せばリュムレインでのゴーレム事件でも死者は出なかったし、坊ちゃんとの勝負でも、ソルティナがいるからやり過ぎて死なせても大丈夫だってナナに伝えてなかったような……どうだった……?
……………………あ、思い出した。
遠出して間もない頃、ソルティナが懐かしそうに言っていた。
ノスラッドとかいう町が、ダンジョンから湧き出てきた魔物のスタンピードにぶつかって壊滅的ダメージを被ったとき、遺体の損傷が激しくなかった犠牲者数名をどうにか生き返らせた……そんな風な過去話を語ってたはずだ。
そうそう、確かそのあとナナが余計なこと言ってソルティナに処されたんだ。
『じょ、冗談キツイぜ。そんな枯れ木みてぇなクソ矢でくたばるタマかよ。早く起きろって、なぁ……』
冗談はこっちの台詞だぞ。
お前マジで忘れてんのかあの話を。その後にこめかみを左右から拳でグリグリやられただろ。
『…………やだ、やだよぉ。起きろって、馬鹿ぁ』
震え声が泣き言に変わりだした。怒りに打ち震えて大地を揺るがしたりしたらすぐに飛び起きて無事をアピールしなきゃならなかったが、その必要もないようだ。
ちょっと気の毒に思えてきたが、記憶力が乏しい自分の頭を恨んでくれ。
……でも、あれだな。ナナみたいな奴に弱々しく泣かれると普段とのギャップがさ、こう……俺の中の悪い感情を刺激してくるというか、ゾクゾクするものがあるな。
「あら、つまらない邪魔をしてくれたものですね。こんな魔女ごときのためにむざむざと命を投げ捨てるとは、なんて愚かな子なんでしょう」
お、本当に死んだと思って聖女が嘲笑ってるな。いい感じに騙せてる。もしかして俺って演技の才能があったりするのかもしれん。
それはそうと、馬鹿にされたのは許さねーけどな。後で一回殴ってやる。
「……なんと、おっしゃいました……?」
地の底から響いてくるような、ドスの効きまくった声。
草むらに仰向けになったこの体勢だと、声の主であるディアーネがどんな顔なのか確認できないが、きっとキレすぎて無表情になってんじゃないのかな。怒りが頂点超えると逆に表情消えるっていうし。俺はそこまで激怒したことないからわからんけどさ。
けどさ、ナナはともかく、つい一、二時間前に出会った女の子にもここまで執心されるとか照れちゃうな。なんか気持ち悪いグヘヘ笑いが喉の奥から出てきそう。
いやー、男は顔だけじゃないって実感させてくれるね。
「聞こえませんでしたか? 馬鹿な少年がつまらない死に方をしたと言ったのですよ。よければもう一度言いましょうか?」
おいおい、そのくらいで煽るのやめといたほうが……いや、俺の息の根を止めた(止めてない)んだから、煽っても煽らなくてもナナやディアーネの心情はさほど変わらないか。ぶっ殺すが絶対ぶっ殺すになるだけだな。
それとまた俺のこと馬鹿にしたな。二回殴る。
「……ナナさん。ソルティナさんとファングちゃんを連れて、ここから離れて下さい。できるだけ遠くに。急いでちょうだい」
ディアーネが俺のそばに屈み、頬を優しく撫でてくる。
そして、黒目が全く動かないようじっとしてる俺のまぶたに手を当て、そっと瞳を閉じさせた。耳と気配でしか周りを探れなくなって、ちょっと不便になったな。
「えっ、シオンやられちゃったの? ありゃりゃ、彼にしては不覚を取ったものね。経験の浅さがここにきて仇となったのかしら」
『……なんだよそれ。何でそんなあっけらかんとしてんだよ、お前よぉ……!』
「いやだって私の奇跡なら…………あれ? 気配が死人のそれじゃないような……? ねえ、もしかして、彼ってまだ生きて──」
「いいから離れて!!」
ソルティナが余計なことをくっちゃべって俺の迫真の演技を無駄にしそうだったが、ディアーネの金切り声がうまいこと遮り、その直後、魂まで凍りつきそうなほどの危険なものを孕んだ聖なる波動が、俺とディアーネを中心に渦を巻き始めた。
目をつぶらされたので直に見て理解したわけじゃないが、邪悪さと神聖さのブレンドっぽいのがぐるぐる渦巻いてるのが感じられるので、だいたい合ってるんじゃね?
こっそりバレないように細目開けて確かめよっかな。
「吐き気を催すようなおぞましい邪気と、魔女に似つかわしくない聖なる力……これが貴女の濁り切った本性であり、そして奥の手でしょうか。いずれにしても、私の加護を打ち破ることなど不可能でしょうけどね」
余裕こいてる場合かよアンタ。これ、かなりヤバイぞ。
まあ渦の中心にいる俺が一番ヤバイ気もするが、何かやるにしても巻き込まないでくれるよな、なあディアーネさん?
「……ことごとく飢え衰え……微塵となりて失せよ……」
ぼろぼろとこぼれ落ちるような、力なき詠唱の後、
「──大天滅」
絞り出すように最後の一言をつぶやき、悪しき神聖魔法の名を告げた。
「禁断の楽園!」
忠告に従って逃げる間もなくディアーネが限界を超えて弾けたので、ソルティナが以前にも使った不可侵の結界を張ったようだ。
流石にあの圧倒的な防護魔法を押しのけるのは至難だろう。ファングやナナも結界内に避難してくれてるといいのだが。
そんな心配してる場合でもないんだけどな俺も。ヤバい渦のど真ん中にいるんだもん。
こんなことなら、ソルティナのそばまで近寄って安全地帯を確保してから力尽きればよかったんだが、そもそもこんなことになるとは思いもよらなかったし、何より不自然過ぎて演技力どうこうの話ではなくなるのでやっぱ駄目だ。
「な、なんだこりゃ!? 聖女様よ、こんな洒落にならなそうな魔法を唱えるなんて聞いてないぜ! アンタの加護ってやつは本当に大丈夫なのかい!?」
「心配なさらなくてもいいですよ。多少は厄介でしょうが、まことの聖女たる私が数時間かけて執り行った儀式魔法を凌ぐ威力など、あるはずなど──」
「……だ、だけどよぉ、こりゃヤバいにも…………ぐっ? な、何だ、なんか急に息苦しく……ううぅ……」
聖女リリエルを不安そうに問い詰めていた男が、体の異変を感じたのか苦し気に呻きだした。
ドサッという音がしたから、草むらに膝でも突いたか手持ちの武器でも落としたんだろう。
まぶた越しに赤い煙のようなものが蠢いているのがぼんやり見える。これがディアーネの魔法で作り出された、聖と邪の渦なのか。
「──ようこそ。どうあがいても助かる道など無い、終わりなき地獄の始まりへ」
ディアーネこわっ。
来週は、月曜、水曜、金曜、日曜の夕方に投稿予定しています。




