その66・重婚
ある日、廃屋で、聖女に出会った。
何もない村の端、聖女たちに詰め寄られた。
「じゃあ、不可抗力でそうなったと言いたいのね」
「そうっす」
『だからってよぉ、出口をじっと凝視する必要あるかぁ? どっか行かれたら困るってんなら、顔でも睨んでりゃいいだけだろが』
「そこがまあ、好奇心が抑えきれなくなった結果の過ちといいますか、つい最後まで見たくなったといいますか、若気の至りといいますか」
「もう、えっちな子なんだから。この年でそんな性癖に目覚めたらいけませんわよ。めっ」
捩るように体をくねらせて照れるディアーネに額を指でつつかれた。
それを見た二人が飽きずに苦虫を噛み潰す。この聴取が始まってから二人でトータル六匹くらい食ってるんじゃないのかな。
(……やっと解放されたか)
口に出すと反省の色なしとみなされて再開されるので、心の中でボヤいておく。
時間にするとたったニ十分たらずって程度なんだろうが、体感だと半日に近いものがあった。針のむしろに座らされてると時の流れって遅くなるんだな。
すたこらさっさと逃げ出したくなる衝動に何度も襲われたが、後が怖すぎるのでやめておいた。この世の果てまで追いかけてきそうだし。
なんか体中の筋肉が凝り固まって疲れもどっと溜まった気がする。温泉入りてぇ。
『これに懲りたら後先考えない浮気はよしとくんだな』
「今回のやらかしって浮気に該当するのか……いや、それより浮気って……」
思いっきり反り返って全身をほぐす気持ちよさを味わってると、ナナが俺の退路を断つような怖い発言をしてきた。
「私達があなたを今更逃がすわけないでしょ」
『だな。俺もよぉ、あられもない姿を何度も見られちまったしさ、お前に責任取ってもらうことにしたってわけよ』
「それは薄々わかってたけど、そうもはっきり言われると返す言葉に詰まるな」
『そこは感極まるって言いやがれ』
あの地下遺跡での初対面の時にエロい目を向けたのが、運命の分岐点だったんだな。
好みの子ならアンデッドだろうが気にしない懐の広さが仇となったか。
ソルティナとは生まれた時からの腐れ縁なので分岐など最初からなかった。
「そうなると、わたくしも娶ってもらわないといけませんわね」
今度は猫令嬢様が当然のように一枚噛んできやがった。
「あ、あんな恥ずかしい姿をじっくり見られたというのもありますけど、瞳がとっても美しくて宝石のようだと口説かれましたしね。年下で賢い子というのもわたくしの好みですわ。口論からつい揉めたりもしましたが、まあ願ったりかなったりですわね」
『口説いてんじゃねーか! お尋ね者でもお構いなしかよお前!』
「違う違う、あだ名の由来を当てようとしただけだ。そんな怖い顔するなよ」
詰め寄ってくるナナを落ち着かせようと四苦八苦する俺。
頼むから感情的にならないでくれ。お前が興奮するとろくなことにならないのは火山の件でわかってるだろ? 次は地割れとか起きてその裂け目から地獄の毒虫どもが湧き出てきても不思議じゃないんだぞ。
「図々しい女ね。エスタガスの上流階級の子女は、抜け目なく振る舞う教育を受けさせられているのかしら」
「他の御家はわかりませんけれど、わたくし個人は、常に淑女たれという教えを受けて控え目な生き方をしてきましたわよ? けれど文字通り人をやめてからは、そんな教えをかなぐり捨てて、はっちゃけることにしましたの」
「ぬけぬけとよく言うわね」
おー、睨んでる睨んでる。なまじ似たような上品な素性だけに、かえって気に入らないのかもしれない。性格が近いほうがイラついてぶつかりやすいって言うしな。
「あら怖い。ねえシオン君、あの銀髪の魔女にわたくし食べられちゃいますわぁ」
「やめなさい」
「グギギ」
グギギとか言ってるし……やべえよ……
ディアーネさんよぉ、頼むから気軽に煽るなって……。こいつは、あんたが思ってるよりもはるかに手が早くて凶暴なんだぞ。前世も今世も力こそ全てみたいな生き方してんだからな。
見てみろ、今にも拳で黙らせそうな顔してるだろ。これが帝国にその名と力を轟かせた黎明の聖女だ。面構えが違う。
『自由になってはっちゃけてぇ気持ちはわかるけどよぉ、誰が見てようと気にせず用足しは駄目だろ。うちの部族の奴らでさえ、一目につく場所では垂れ流さなかったぜ?』
「だ、だって隠れて覗かれているなんて、露にも思いませんでしたのよ……」
『こいつはそういう奴だからな。俺の時もしれっと……』
「しれっと?」
『あ、いや、何でもねぇ。気にすんな』
ポロッと言いそうだったから止めようとしたが、ナナはすんでの所で危うく踏みとどまった。
流石にナナとしても、あの湖で俺に尻の穴までノリノリでさらけ出してたのを全て見られていたことは、大っぴらに語りたくないらしい。助かった。それをここで暴露されたら今度は生前令嬢ペアに問い詰められるからな。
もう精神的に疲れてきてるから二度目の詰問はやめてほしいし、今後もずっと、出す場所専門の覗き魔呼ばわりされるのだけは勘弁だ。
「そういえば、最初の出会いは素っ裸だったわね、あなた」
『ん? あ、ああ、そういやそうだったな。……いやー、あん時は恥ずかしかったぜ』
そっちと思ってくれたか。これでもう大丈夫そうだ。
「そうだったかしらね。平然と棺からのっそり出てきてたような……」
『ところがどっこい、内心ではドキドキもんだったんだよ。俺だって女だもん』
腑に落ちない顔で小首を傾げ、あの時の記憶を呼び起こそうとするソルティナをどうにか煙に巻こうと、ナナが知恵を総動員させていた。
その間、ファングは一部始終を大きな木の陰から顔だけ覗かせ、黙って見ていた。
──よく覚えておくんだぞファング。これがモテる男の宿命だ。お前は生涯のパートナーを一匹だけにしておけ。でないとこうなっちゃうんだ。わかったな?
何も言わず、あえて視線だけでそう伝える。すると、ファングは俺の想いを見事に察してくれたのか、こちらに真剣な眼差しを向けて、ゆっくりと頭を上下した。
ある日、森の中、狼(タイプの魔獣)に出会い、種族が違えど男と男というのは言葉で語らなくてもわかりあえる──それを俺は知ったのだった。
今週は火曜日の投稿の他、
水曜、木曜、金曜の午後四時にも投稿します。




