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その64・余裕綽々な自滅

 前回のあらすじ。

 野ション見た。




 涙も尿も止まり、令嬢らしきこの女性がやっと落ち着きを取り戻してから宥めているのだが、やらかした本人が何を言ったところでやはり効き目は薄かったりする。


「野良犬に噛まれたと思って忘れてよ」


「噛みついてきた犬にそう言われて、仰る通りですねと切り替えられると思いますの?」


「だいたいさ、こんな場所で用を足すのがどうかしてるんだよ。この廃屋の中でやればいいだけだろ」


「空き家とはいえ、他人の家に勝手に踏み込んでお花を摘むのも、あまり気が進みませんでしたの」


 だからって外でやるかね……と思ったが、後日ソルティナに聞いてみたところ、上流階級のレディにとって別に珍しいことでもないと言われた。

 宮殿や庭園などはとにかく広いので、尿意を催したら手早くトイレに向かわないと途中で膀胱の押さえが力尽きるのだという。なので、ちょうどいい木陰などを探してそこで垂れ流すのが暗黙のマナーなのだとか。

 小ならまだいいけど大の後片付けする庭師さんかわいそう。


「……貴方だって、その、で、出てる場所をじっと見る必要など、なかったのではなくて?」


 しつっこいなあ……被害とか特にないんだし、もういいだろうよ。

 俺も男の子なんだから目を離せなくこともあるさ。

 ナナなんて尻の穴まで俺にがっつり見られたけど立ち直ったんだぞ。ま、火山と連動するほど恥ずかしがってたけどな! 今度は別の山が噴火とかしたら大変だからこの話は絶対に蒸し返せないぜ!


「悪気はなかった」


「あったらこの場で干物にしてますわ」


 どういう脅し文句だよ。俺は魚か。

 けどまあ、悪意のたぐいが無いってことは理解してくれたようだ。


「納得してくれたんだな。わかってくれて何よりだよ」


「全て丸く収まったような言い方はおやめなさい。女としての生き恥を味わったわたくしの怒りの炎は、そう易々と冷めはしませんわよ」


「生き恥て」


 うぅむ……。

 落とし前をつけろとでも言いたそうな、この物言い。なんか無理難題を押しつけてくる予感がするぞ。


「ところで、逃げられたら困るような口ぶりでしたけれど、貴方、わたくしのことをどこまで知っているのかしら」


 チッ、覚えてたか。


「う~ん……だいたいは、まあ……」


「そう……帝国にも既にわたくしの凶行は伝わっているのね。あれから一ヶ月も経っているのだから、それも当然といえば当然ですわね」


「そんなに過ぎてんだ。……なのに、なんでこんな王国の目と鼻の先でグズグズしてたの? もっと遠くに、例えば南方の国……じゃその格好だと目立つからやめとくとして、いっそここを突っ切って西帝国まで逃げ延びれば良かったのに……」


「……そうしようとしましたわ」


 急にモジモジしだしたけどどうした。


「またおしっこ?」


「違いますわ!!」


 俺が困り顔で聞くと、男爵令嬢(確定)は眉を吊り上げて否定してきた。

 あまり怒り慣れていないのか、その叫びには威嚇の成分が全くなく、表情も怒ってんだか泣いてんだかよくわからない中途半端な具合だ。

 そもそもこんなに感情剥き出しで声を荒げた経験が今までになかったのかもしれない。まあ貴族の娘さんだしそりゃあね。


 だけど中には、メイドだの執事だの格下の子女だのに容赦なく怒鳴りつける手合いもいたりするらしい。ソルティナも前世でそういう困った令嬢がヒステリー起こしてるのに遭遇して、つい『説得』したことがあるそうだが、それが何を意味するかはもうおわかりですね。


「デリカシーのない子ですわね、もう! ……わたくしはね、生まれてから一度もエスタガスの地を離れたことがありませんでしたの。つまり、諸外国については有名な都市や地名くらいしか知りませんのよ」


「ああ、何となくわかったわ。西に向かおうとしたら道が全くわからなくて、しかも自国と東帝国は最近仲良しになってきたから、自分はこっちの国でもお尋ね者になってる可能性があるんで迂闊に人前に出れない。そうこうしてたら自国が窮地に陥り、帝国との関係もなんだかまた冷え込みそうなんで、逆にここでじっとしてたほうが安全になってきた。みたいな?」


「そ、そうですわ」


 思っていたより的を得た答えだったのか、びっくりする男爵令嬢。


「貴方、覗きの趣味があるのはいただけないけど、頭の出来はよろしいのね。その年にしては聡明で、驚きですわ」


「褒めてもらったのは嬉しいけど、そんな趣味ないぞ。俺はただ、あんたが不審な動きをしてたから、怪しいと思って後をつけただけであって……」


「うふふふっ、そういうことにしてあげましょうか」


 やっと機嫌が良くなって一安心したが、それよりもムカつきのほうが勝ったので嫌味の一つも言ってやろう。くらえ。


「外で汚ったない湖を作るのが大好きな姉ちゃんに言われてもな。あれか? 次は山でもこしらえるのか?」





「うおお、やめろって! 周りの迷惑考えろ!!」


「お生憎さま! ここには捨てられた住居と雑草しかありませんわよ!」



 廃屋の裏手で、危険な領域に入りつつある喧嘩が勃発していた。



 まず、俺の露骨な煽りによって一瞬で再燃した令嬢が両手を広げ、まがまがしさを宿した聖なる力を俺めがけて放つと、俺は急に体から力が抜けていくような感覚に襲われた。

 令嬢曰く、一方的に精気を吸っているのだという。


「いかがかしら? わたくしの『死命の砂時計』のお味は?」


 きっと処刑場での殺戮劇や、この廃屋裏まで歩きながらの雑草駆除も、これを思いっきり周囲に使ったに違いない。

 ネーミング的に、逆に精気を与えて弱った者を癒すといった使い道もありそうだな。


「…………悪いが俺の口には合いそうにないんで、返品させてもらうよ。……むっ、ふううぅぅーーーーーーーーーっ!」


 このまま吸い続けられてはたまったものじゃない。俺は腰を落とすと、グッと下っ腹に『力』を入れて、吸われた精気を無理やり引っ張り戻した。


「なんてこと……! そんな乱雑な力技で、この魔法に対抗できるの!?」


「いやいや、このくらい、そこまで驚くほどの芸でもないぞ。パワーで押し通すってやり方なら、もっとえげつない奴が仲間に一名いるからな」


「言ってくれますわね……」


 謙遜したつもりだったのに『お前の神聖魔法なんて俺程度のゴリ押しでも余裕で対処できるぜバーカ』みたいな受け取り方をされたのか、令嬢の真っ赤な双眸がより強く怪しく煌めきだした。



 で、より危険な領域に入ったわけだな、これが。

 俺達二人しかいないのをいいことに、さっきのやべえ魔法を容赦なく手加減無しで広範囲に使い始めやがったよこのボサボサ髪。

 

「よその国でこんな大暴れしていいと思ってんのか!? 国際問題だぞ国際問題!」


「祖国も家名ももう捨てましたわ! 今のわたくしは不動の繁栄を約束する乙女ディアーネではなく、悪しき行いをためらわない永遠の邪聖女ディアーネですのよ!!」


「やけっぱちの開き直りにしか聞こえないなぁ!」


「それで結構ですわ!」




 グラッ……




「んん?」


 なんか背景がちょっと傾いたような……立ちくらみか? まだこの野暮姉ちゃんに力を吸われてはいないし、溜まった疲れが表に出てきたわけでもないんだが……単なる気のせいってことか?


 ピシッ……!


「あっ」


 廃屋の壁にヒビが入った。

 しかも、なんかこっちにじわじわ傾いてきてる。こりゃやばい。


「あらあら……。焦りが見え始めましたけど、ついに限界を迎えたのかしら?」


「いやそうじゃなくてね」


 刻一刻とボロ屋の倒壊の時が迫ってきているのにも気づかず、この世間知らずの箱入り聖女は的外れなお喋りを続けていく。

 俺が後ずさって廃屋から距離を取っていくのを怯えと見なしているようだ。


「うふふ、それも無理はないですわ。わたくしの本気の精気吸収を受けて、ここまで元気なだけでも奇跡ですけど、その抵抗にもいよいよ終わりが見えて来たということなのでしょうね。けど安心なさいな。こんな下らない口喧嘩で命まで奪ってしまうのはあまりに忍びないですわ。だから仮死状態くらいで許してさしあげましょう」


 もうあんたは間に合わないな。


「? あら、何やら急に暗く………………!?」




 バタアアアアァァァァンッ!!




 バッと一気に飛びのいて俺は難を逃れたが、悪どいことをする永遠の邪悪な聖女ナントカさんは、そのまま倒れてきた廃屋の下敷きとなった。





「……生きてるかー?」


「え、ええ、無事ですわ」


 野次馬が集まる前に、崩れてきた壁や柱や屋根を虹色の吐息で消し去り、ぐったりしたモジャモジャ頭の令嬢を背中に背負って、俺は大急ぎでこの場から離れた。

 潰れていたらソルティナに治してもらうしかないなと思ったが、廃屋は手入れもなくずっと放置されてて半壊手前だったのと、令嬢の魔法をもろに受け続けて朽ちかけていたこともあり、そこまでの重量にはならなかったので大丈夫だった(それでも普通の人間なら助からなかったのは間違いない)

 聖女ってどいつもこいつも無駄に頑丈だな……


「調子に乗るからこうなるんだぞ」


「……返す言葉もありませんわね。わたくしの完敗ですわ」



 勝手に自滅して勝手に負けを認めているが、とにかく、しおらしくなってくれたのでよかったよかった。

 わだかまりも解けたことだし、このままソルティナやナナに引き合わせて今後の処遇について考えるとしよう。


「あ、そうだ」


 気になっていたことが一つあったんだ。この際だから聞いてみるか。


「あんたってさ、猫令嬢ってあだ名だったんだろ? それってもしかして、その真っ赤っかな丸い瞳が由来なのか?」


「えっ、いえそれは背筋が……」


「くりっとして、鮮やかな真紅の色だもんな。確かに猫のそれみたいな綺麗な瞳で、そんなあだ名で呼ばれるのもわかる………………あれ、どしたの? 顔まで赤くなってんぞ」


「な、何でもありませんわ。これはその、暑くなってきただけですわよ。もう夏も近いもの」


「さっきまで汗一つかいてなかっただろ」


「し、知りませんわ!」


 ヘコんでたと思ったら唐突にむくれるし、わけわからんな。もしかして、ありきたりな理由だが、気分がコロコロ変わるのがあだ名の由来だったのかもしれん。

 そんな他愛もないことを考えつつ、俺は新たな聖女を背に乗せ、とりあえず野次馬の目から逃れるために森の中へ身を隠したのであった。

今週は、火曜、木曜、土曜の午後五時に投稿します。

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