その63・聖水を作ります
「うわぁ…………」
人気のない廃屋。
その裏手に、俺と、とある女性がただならぬ状況に置かれていた。
「ひゃああっ、やだ、じっと見ないで下さいましぃぃぃ!」
「いやあの、恥ずかしがる前にまずそれ止めてくれないかな……」
……なんて言ってはみたがそれは難しいよな。俺もやろうとして酷い目にあったことあるからわかる。
こうして、女性の悲鳴などなんのそのという風に、それの勢いは衰えることもなく、全く止まる気配はなかった。
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とまあ、冒頭の件だが、何がどうしてこうなったのか順に説明しよう。
まず、聖女とゆかいな仲間たち──つまり俺達のことだが──は、ここ最近ずっと戦いっぱなしなんで何もしないでのんびり観光を楽しみたい、そんな意見が一致して、ポトカへと向かうことになった。
英傑コンビも誘ったのだが、武具の貸出料についての細かいやり取りや、今後のリュムレインの防衛策についての話し合いなど、まだやることがあるからと断られた。
「アル、貴方は彼らに付いていっても別に構いませんわよ? 私達も一段落したら後ほどポトカへ向かうつもりですし、一足先に温泉でも堪能してらっしゃい」
「けど、僕は結局なにもしてないし、姉さまたちを差し置いてというのも……」
「そこまで遠慮しなくていいよ。君だって色々と大変な目にあったらしいじゃないか。向こうの温泉が使い物になるなら、そこで心身を癒してくるといいさ」
「……わかりました。お言葉に甘えて、先にリフレッシュさせてもらいますね」
そんな会話があったらしく、アルマーナ坊ちゃんがおもしろ聖女一行に加わってきたので快く受け入れてポトカへ出発し、野営を挟みつつ、何事もなく二日後の昼過ぎに到着した。
それとサイクロプスゴーレムとロードスだが、ポトカの住民が大騒ぎになったりしたら事情をいちいち説明しなきゃならないから面倒なので、リュムレインに置いてくことにした。モンバムおじさんがいるし、ロードスのやつも話相手には困らないだろう。
「見事に最低限のものしかないな……」
『人も家畜もシケてんなぁ』
俺じゃなくてもポトカに着いた時に誰でも受けるだろう、『悪い意味で控えめ』という第一印象は、結局このまま最後まで覆ることはなかった。
ここを町と呼ぶのは無理があり過ぎるぞ。
「そうね。故郷のグラッドもこれといって目玉がなかったけど、ここはその上を行くわね」
『上を行くっつーか、下に落ち込んでるってほうが正しくねぇかな』
グラッドが地味な硬パンだとしたら、ここは食えないことはないが何の栄養も味もない野草みたいな場所だな。目を引くものが無さ過ぎて、けなす気にもならない。
隣国との交流場所として活発になるはずが、その隣国が大ポカをやらかして潰れるかもしれないので、そうなるとここも再び寂れた村へ逆戻りになるだろう。
あちこちに資材が積まれていて、施設を建造する準備はあるのだが、その作業が本格的に動き出すかどうかはお隣さんの今後にかかっている。
メニューの品数などほとんど無いに等しい食堂で昼飯を食べると、昼下がりのおやつタイムまでそれぞれ自由行動となり、俺は適当に散歩しながら適当に村人に話しかけて適当に聞き込みをしてみた。
もしかしたら、怪しい女性を目撃したって話がポロッと出てくるかもしれないからな。
ソルティナと坊ちゃんは、温泉について役場に聞いてくると言っていたが……ついこないだまでアリの縄張りだった地域を、もう人間が危なげなく行き来できるようになってるとは、考えづらいんだけどな。
ナナは火山を遠くから見物して様子を伺ってみると言っていた。ファングを連れていくので、何か異常なものがあれば即座に俺かソルティナの元にかっ飛んで知らせることになっている。
コークスはお昼寝だ。
「へえ、子供だけでリュムレインから来たのかい。度胸のある子らだな。末は将軍か英雄かね」
「お隣と仲良うなって、ここもちっとは栄えてくれたらええんじゃけどのう……」
一応、エスタガスとの交流を密にするという話は村人にも届いているようで、何人かはそれに多少の期待を持っているらしい。
スプラルク山の噴火については思っていたよりも大事ではないようだ。距離があるせいか、火山灰が飛んできて洗濯物が駄目になるくらいしか被害もなく、しかも数年に一度は軽めの噴火が起きていたらしく、もう慣れっこなんだとか。
それより鉄甲アリのほうが怖かったと口を揃えてボヤいていた。こっちに来るかと思うと気が気ではなかったと。あの数で来られたらこんな村なんて一呑みだったろうしな……
「市場が必要になるだの警備兵の詰め所を広くするだので、マードラッドからわざわざ引っ張られて来たってのによぉ……。さあ、いっちょ建てるかって意気込んだ次の日に、お偉いさんたちが待ったをかけてきやがってな。んなもんで、何もできずにかれこれ二週間も待ちぼうけさ」
「へへ、朝から晩まで何もしねぇでいるから身体がなまっちまうぜ。おかげで震え蛙なんぞに痺れさせられちまった」
「そりゃお前が普段からだらしねぇだけだろうよ」
「ぬかせ!」
袖を限界までまくり上げて日焼けした両腕を見せつけている、いかにも大工という感じのおっさん達が、暇を持て余して仲間と狩りにでも行ってきたのか、野ウサギや震え蛙──ハウリングトードという魔物などを背負っていた。
果たしてこのおっさん達がトンカチ片手に活躍する日は無事来るのだろうか。
「わかってたけど、地元の人間と大工しかいないな……」
お隣の国の人々は、鮮やかに染めた獣の革でできた上着やコートなどを誰もが常に羽織っているとリアージュさんから聞いていたが、今のところ誰一人としてそんな人いねえ。
と思っていたら。
「あれ………………?」
なんかおかしな気配がかすかに感じられたので、そっちに行ってみるとくすんだ色のフードを着た女性っぽい人物が、人気のない方向へと進んでいく。
多分、あれはきっと色が落ちた獣の革なんじゃないかな。で、そんなものを、日差しが強くなる手前のこの時期に好き好んで着ている……つまり、あの女性はエスタガス人だ。
「これはもしや、本命を引き当てたんじゃないの俺」
周りの目から隠れるようにコソコソとしている。女性。なんかエスタガス人っぽい。
「例の男爵令嬢だったりしてな」
……なんておどけて言ってるけどさ、もうそうなんだろうなという嫌な確信があるんだよね。これまでの出会いの経験から何となくわかっちゃうんだなこれが。
男爵令嬢(仮)は何の目的があるかわからないが、村の端にある廃屋へとどこかゆったりとした雰囲気で歩いていく。その歩みは、メッさんのそれを思わせる優雅さがあった。いよいよド本命だこれ。
女性は迷うことなく廃屋の裏手へと進んでいく。
おかしなことに、なぜか彼女が歩く範囲にだけ雑草が全く伸びておらず、不自然なくらい綺麗になっていた。踏み固めながら歩いているようにも見えないし、なにより地面がはっきりみえるくらい草がない。どういうことだ?
──いや、そうじゃない。
歩いた後を凝視してわかったが、草が枯れ果てて地面とほとんど同化しているのだ。
「…………はぁ」
何度も周囲をキョロキョロ見渡した後、溜め息をつく謎の女性。
(誰かと待ち合わせでもしているのか?)
そうなると協力者がいることになる。もしそうなら、そいつがこの雑草キラーな姉ちゃんをうまいこと煽って処刑場で大暴れさせた可能性も……………………ん?
いや待てよ。
これって……国を揺るがすデカイ陰謀に、俺が今まさに巻き込まれようとしてる一歩手前なのではないだろうか。
一般市民が知ってはいけないことを一から十まで聞く展開なのか?
とか頭を悩ませていたら女性はおもむろにしゃがみ込んだ。具合悪くなったのかな?
(こっちに気づいてないようだし、もっと接近しよう)
もし倒れこんだりしたら助けないとますいよな……なんて思いながら、なるべく音を立てずにそばの物陰まで近づいていくと、女性はフードとその下のやけに豪華なスカートをまくりあげ、そのまましばらく動かなくなっていたが、一度頷いて意を決したのか、パンツを脱ぎ、
「ふう……」
シャアアアア………………
安堵の声と共に黄色い聖水を地面に零し始めた。
(……知らんかった)
俺はこれまで他人のそういうシーンを目の前で見るのは、十三年の人生で初めてであり、しかもそれまで思いもよらなかった事実を目の当たりにして、驚きのあまり不覚にもつい声が出てしまった。
「うわぁ…………そっから出るんだ………………」
「っっっ!!???」
口を押さえて後悔しても、もう後の祭り。
びっくりして顔を上げた女性と、物陰から頭だけ出してる俺の視線がぶつかった。
どこか寝不足そうでいて、けれどくりっと丸っこくて、不思議なきらめきもある真紅の瞳。
フードからはみ出ているモジャモジャの黒髪。
いいとこのお嬢様とは思えない野暮ったさだが、本当にこの女性がその殺戮令嬢なんだろうか。
そんな感じで俺が品定めしてる間も、彼女の聖水はいまだ安定して放出されていた。
「ひゃああっ、やだ、じっと見ないで下さいましぃぃぃ!」
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──どれだけ我慢していたのだろう。放出が終わると、彼女の尻の下には聖なる水たまりができていた。
「ううっ、最後まで逃さず見るなんて、なんて鬼畜な子なの……」
「そうは言われても、目を離した隙に逃げられるかもしれないし、下手に近づいてひっかけられるのはお断りだったから、こっちとしては眺めてるしか打つ手ないんで」
「かけませんわよ!!!」
めっちゃ怒られた。
こうして、悪しき永遠の聖女ディアーネと、この俺、無能のシオンは下品すぎる最悪の出会いを果たしたのだった──
今週は、火曜、木曜、土曜の午後五時に投稿します。




