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その60・アリ汁を作ります

「それはそうと、何でこんなの茹でてたんすか」


 冷めないうちにアリの腕一本を胃袋に収めてから、俺はヒゲの集まりに聞いてみた。

 皆で食べるつもりだったのか、それとも別の意図があったのか。どうにも気になったのだ。


「ん? あぁ……こりゃあな、アリ汁を取るんじゃよ。折角なんでな」


 モンバムおじさんとは別の髭もじゃドワーフおじさんが、物怖じせずに俺に答えてくれた。さっきの俺の食い方にビビってたはずだが切り替えが早い。


「アリ汁?」


 それってつまり、食うんじゃなくて茹で汁を飲む……ってコト?


「こうやって大量にじっくりのんびり煮込んでな、甲殻の色が抜けるまで待つと次第に汁が溶け出て、水より重みのある濁ったやつが底に溜まっていくんじゃい」


「それを飲むの?」


「いやいや違うわい。坊主はなんか勘違いしとるようだが、これはの、食うための下拵えをやっとるわけではないんじゃ。こうやって煮込んで底に溜まった汁を鉄鉱石に混ぜて熱するとな、粘りと強度が高い、ええ鉄になるのよ。わしらはそれをアリ鉄って呼んどる。ドワーフ族なら誰でも一度は作ってみたい優れものでなあ……」


「へー」


 知らんかった。というかこの旅を始めてから教わってばかりだな、俺。


「聞いたこともないわね。そんなに上質な金属なら、もっと有名でも良さそうなものなのに」


 恐怖の聖女ソルティナも話に加わってきた。

 ドワーフ族は金属や装飾品を作るのも語るのも大好きらしく、このおじさんもその例に漏れないようで、ソルティナ相手でも動じることなく熱心にウンチクを続けていく。


「世間にはほとんど出回っておらんからな」


「ふぅん……なぜなの?」 


「単刀直入に言うと、まとまった量の鉄甲アリを捕えるのが単純に至難だからじゃい。今回みたいな機会なんぞ滅多にないからの。だからこうして生きのいいアリを捌いてすぐ火にかけて、汁を作れるだけ作っておきたい……そういうことなんじゃ」


 そうしてできたアリの煮込み汁を、おじさん達の背後にいくつもある壺に入れて持ち帰るということか。そりゃこれだけのアリを狩るとか、荒事に慣れててもしんどいわな。


「成程ねー」


 ソルティナが腕を組んで納得して……いや、違う。これはなんか企んでる顔だ。



「さっきご馳走になったお礼に、私も手伝ってあげる」



 やはり何か怪しげなことを考えていたようだが、一体どうするつもりなのか。

 この場の全員が様子を見ていると、ソルティナは折れてないアリの脚を大鍋に突っ込み、かき混ぜ棒代わりに中でぐるぐると回し始めた。


「な、なんのつもりじゃい?」


「まあ見ててよ。素晴らしいものが出来上がるからね。……粘りがとってもありますように~~、丈夫で長持ちしますように~~」


 うわ出たよ。ソルティナの十八番、祈り混ぜ混ぜだ。


「折れも砕けもせぬように~~、割れもへこみもせぬように~~、無敵の鉄の素となれ~~」


 なんか鍋の底が青く光ってきたぞ……またやばいもの作って注目浴びる流れだろこれ。


『止めなくていいのかぁ?』


「手遅れだ。やるだけやらせておこう。これまで何度も活躍という名のやりたい放題してきたんだから、大陸中に名前が轟くのはもう避けられないからな。このまま続けさせても聖女の楽しい逸話が一つ増えるだけだ」


 功績を積み重ねすぎると、また邪魔者扱いからの処刑コース一直線になるかもしれないから気をつければいいものを、節操がなさすぎる。

 それで俺まで国を敵に回すとかすっげー嫌なんだが……まあ、女の子一人のために東帝国を傾かせるってのも、ワイルドな英雄伝説みたいでカッコイイ話ではある。

 けど、そうなった時に俺の性分からいって、実際にやることは正面から軍勢を叩き潰すんじゃなくて上を根こそぎ暗殺とかになりそうだけどな。



 俺が最悪の未来を想像しているうちにソルティナの手が止まり、黒光りしていたアリの手足もすっかりくすんだ灰色に変わって、煮込みの終了を告げていた。


「なんかキラキラしとるのぅ……。アリから色が落ちるまでよく煮込めば、青銅色の汁が底に溜まると親父から聞いとったが、こんな輝きは話になかったわい」


「綺麗でしょ? これを使えば、きっと強靭極まりない良い鉄が出来上がるわよ」


 それで済むかなぁ……。今までの経緯を見てると、これで作った鉄には絶対とんでもない追加効果があるとしか考えられない。良い鉄なんてありきたりな評価で収まるもんか。

 しかしおじさん達としても貴重なアリ汁を無駄にするのは惜しいのか、搾りかすとなったアリの手足や茹で水を取り払い、大鍋の底できらめく液体をどうすべきか悩みつつもひしゃくで壺へと移していく。

 ソルティナを全面的に信用することにしたのだろう。事実、騙すような言動はこれまで一切やってないし、むしろリュムレインの町への手助けしかしてないからな。

 これを混ぜた鉄で全身鎧を作ったら勝手に動き出したとか、そのくらいは普通にありえそうで怖いが……



「またやってる……」


 いつものように空からリアージュさんが舞い降りてきた。

 文句を言おうかどうか迷っているという風な顔だ。


「これはポーションじゃありません。アリ汁です。なので契約違反ではないので悪しからず」


 先手を取ったのはソルティナだった。


「細かく内容を定めなかったツケがきた、ということかな。けどまあ、僕らの間で交わされた契約はあくまでポーションについてなのは確かだからね。君の言い分が正しいよ」


「でしょ?」


「けれど……偽名でサインしたのは、いただけないね」


 リアージュさんの青い瞳がギラリと輝いた。


「あれは偽名ではなく略名です。それに商品を売り出すとき、販売主が本名ではなく親しみやすい名称を使うというのは、よくある話だと聞きまして」


「それは僕も聞いたことはあるけど、とはいえ正式な書類でやるのは問題だよ」


「ではどうします? 司法の場に突き出しますか?」


「そこまでやりたくはないね。僕としては、君とはこのまま良い関係を築いていきたいんだ」


 多少の無茶や勝手な振る舞いに目をつぶってでも手放したくはないということだな。


「けれど、あまり好き勝手に動かれたら、僕としても黙ってはいられない……という事情もわかってほしい。契約というのは重く尊いものなんだよ」


 穏やかな態度でこう諭されると、荒野のようなソルティナの心にも悪気がチョロっと芽生えてきたのか、少し申し訳なさそうな顔つきになっていた。


「そうですね。今後はなるべくあなたを困らせないように、努力してみましょう」


 断言できないけど検討してみるねという意味しかない、友達からの誘いにあまり乗り気じゃない時にありがちな「行けたら行くわ」と同レベルの薄い言葉だが、言うと言わないとではやはり違うのだ。友達いないから誘われたことないんで、このやり取りも想像だけど。

 険悪にせず、なあなあで済ませたかったのか、リアージュさんもこのお返事で納得してるし今のところはこれでいいか。

 

「この件はここで一旦打ち切るとして、実は、もう一つ……聞きたいことがあってね」


 中性的な整った顔の前に一指し指をピンと立てて、リアージュさんが本題に入る。



「森の中にあった古代の遺跡、覚えてるよね? あそこで君達二人は何をしたんだい?」

今週は、火曜、木曜、土曜の同時刻に投稿します。

面白かったらブクマつけたり星つけたりしてみて下さい。作者の承認欲求が満たされます。

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