その59・黎明の聖女は歯が命!
聖女の活躍とアイデアによってリュムレインは救われた。
……そういう風に言えば聞こえはいいが、実際は悪ふざけがたまたま吉と出ただけの結果論である。増えやすい魔物の大家族が現地解散して各地に散らばる可能性もあったんだから、内情を知る者は手放しで喜べるはずもなく。
「怪我人や死人が出なくて良かったわね」
その本人はヘッドバットと双方向からのお叱りを受け、禊を終えたと言わんばかりの顔でスッキリしていた。反省の色などこれっぽっちもない。
コイツきっとまたやるな。
そういう負の信頼を積み重ねていく聖女ソルティナであった。
『何やってんだありゃ』
生き残りのアリに地道に止めを刺して全滅させたのだが、そのまま死骸を放置してたら、腐って悪い病気がここ一帯に発生しそうなので後片付けすることになった。
金髪英傑コンビや英傑候補の坊ちゃんもその中に混じって率先して動いている。真面目なことだ。きっと精神面でも貴族なんだろうな。
そんな中、明らかに死骸処理とは違うことをしてる人たちがいる。
「なんか料理してるように見えるが……」
『ああ、俺にもそー見えるな』
この草原の真ん中付近で、例外なく髭もじゃなドワーフおじさん連中や、硬そうな髭を伸ばした人間おじさん連中が、何かを集めてはまとめて茹でていた。
使っているのは、コークスに引かせた荷馬車に乗せていたあのクソデカ大鍋、それに薪や炭である。何に使うのかと思ってたが、このためか。
「あれってアリの手足よね?」
水を満たした大鍋の中に投げ込まれている異常に節くれだった手足は、まぎれもなく鉄甲アリのそれだった。
おじさん連中のそばには、手足を切り落とされたアリの胴体が転がり、両手持ち用のマサカリがいくつも食い込んでいた。それを使って死骸を力づくで解体したのだろう。
「ああ、俺にもそう見えるよ。けど、なんでそんなもの茹でてんだろ。……まさか、食べるため……とか?」
「カニじゃないんだから」
『こいつらって、まずくはねぇけど大味だから、わざわざ危険を冒して巣を襲ってまで食うモンじゃねぇよ』
「え、食ったことあんの」
『魔物も大地の恵みの一つって教えを受けてきたんでなぁ。食えそうなのは一通りたいらげてるぜ』
それって、食えるものは食っとけってだけでは……いやそれも正しいっちゃ正しいか。畑とか作らないで狩りだけの生活送ってたんだしな。
「大抵は食いでがあまりないか毒持ちで、狩って食べるメリットないけど……中には美味しいのもいるのよね。豚とか山羊の魔物とかが狙い目よ」
豚の魔物って、それオークのことだよな。食ったことあるって言ってたもんな……
俺の脳内に、とんでもない不細工のデブ親父を頭からバリバリ喰らう筋骨隆々な聖女のシルエットが浮かんできた。
『お、よく知ってんな』
「植物系もだいたい食用に向くんだけど、キノコ系の魔物はほぼ危険ね。特にルビーパラソルっていう、真っ赤な斑点がいっぱい傘についてる歩きキノコがいるんだけど、これがまたエグいのよ」
『ああ、赤吹茸のことか? あれ食うと数時間後に全身の穴から血ぃ吹いて死ぬんだよなぁ。発作も痛みもなくて、いきなり血がダラダラ出まくってよ。……それだけは絶対食うなって教えられてんのに、度胸試しで食いやがった馬鹿がいてな……クソが。あん時は助けるかどうか本気で迷ったぜ』
「いつの時代も、無謀なヤンチャする人っているのね……。私も前世でそういう馬鹿を何人も救ったけど、中には、なぜか助けられたことが気に入らなかったのか反発する奴までいて、本当に不快だったわ」
『それでムカついて癒しの手を抜いてやったりとかなぁ』
「そうそう」
嫌なあるあるネタで意気投合してんなこの聖女ども。
「見てたらお腹すいてきたし、分けてもらいましょうよ」
「えっ」
戸惑っている俺をよそに、ソルティナが迷いなくスタスタと鍋のほうに歩いていく。
『味はともかくよぉ、腹の足しにゃなるしな。俺らも行こうぜシオン』
ナナが俺の手を引いてソルティナの後を追いかけようとするので、やむなく付いていくことにした。聖女ってのは食い意地が張ってるんだな。
「ねぇおじさん達、お腹すいたからそれ一本頂戴」
大鍋を指差してソルティナが可愛く微笑んでおねだりする。
「あ、ああ。欲しけりゃ好きなだけ持ってきな。気にせんで、え、ええぞ」
断ったら自分が鍋の中にぶち込まれるかもしれないとでも思ったのか、どもりながらおじさんの一人が、おすそ分けどころか食い放題を許可してくれた。
「あら、ほんとに? 優しいのね、おじさん達」
ソルティナ……お前は自分の愛嬌で食い物ゲットしたと思っているだろうが、それは違うんだ。それは恐怖による強奪なんだ。後ろで手を組んで笑顔で体をかしげて可愛さアピールしても、むしろ逆に得体のしれない威圧感が生まれて余計怖いんだ。
その真実を告げたいが、それをやると絶対に拗ねるので言うに言えない。
──こうしてソルティナの勘違いは正されることなく、本人だけが、おねだり成功している真の理由がプリティではなくバイオレンスだと知らぬまま、これからも恐るべき笑顔を呑気に振りまくんだろうが俺にできることはない。誰でもいいから別の人がソルティナのやつに真実を教えてやってくれ。頼む。
「ほら、二人の分ももらったわよ。熱いうちに食べよ?」
「……ああ、そうだな」
両手でアリの腕(熱々)の端と端を掴み、小枝をへし折るようにバキリと二つに折ってみると真っ白な身が露わになった。川ガニの脚と違って腕一本でこの大きさとか、見るからに食いでが凄そうだ。
「見た目は悪くないが……んぐんぐ………………ああ、これはまあ確かに大味というか、旨味が弱いな……」
鶏の一番おいしくない部分をいっぱい頬張ってるような気分だ。ナナの言う通り、これは危ない橋を渡ってまで食いたいもんじゃないわ。
「……信じられん。あの坊主、アリの腕を軽く折りおったぞ……」
「いくら茹でてるとはいえ、子供の腕力でどうにかなる硬さじゃないぞい」
「それもそうだが……沸騰した湯に浸かってたもんを普通に掴んでやがる……」
やっべ。
気を抜いていたのもあって、ついうっかり頑強さと怪力を見せてしまった。
おっさん連中がナナを見る時のような目が俺にも向けられている。変に怖がられるのってあんまり気分のいいもんじゃないんだよな……
『だろぉ? これで味も良ければ言うことねぇんだけどな……世の中、うまくいかねぇぜ』
「ぶぉりぶぉり」
俺と同じく腕をへし折って中身を食うナナのぼやきに頷きながら、ソルティナが甲殻ごとアリの脚を噛み砕いてほっぺた膨らませていた。ドラゴンの顎を持つリスかお前は。
今週は、火曜、木曜、土曜の同時刻に投稿します。
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