その61・いざ羽休め
「何をしたと言われても……」
質問にどんな意図が含まれてるかもわからないので、余計なことを言わないよう、後手に回って向こうから喋るのを待つことにする。
「僕があのダンジョンを探索する予定だったことは知ってるよね? あの後、実際に潜ってみたんだけど、魔物の姿形はおろか気配の残滓すらほぼなくてね。スタンピードが起きたわけでもないのに、まるで一掃されたかのように中身が空っぽだったんだよ」
「律儀に一番下まで探したんですか?」
「当然さ。乗り掛かった舟だからね。だけど、目ぼしい成果も怪しい痕跡も特になくてね。最下層らしきエリアにあったのは瓦礫や魔物の骨らしきものだけだったよ。同行していたマードラッドの衛兵たちは、何事もなく済んでホッとしてたけど」
瓦礫をどかして調べてないのか。念入りにそのくらいやるかと思っていたけど。
……それとも、リアージュさんの指示で兵隊さん達が瓦礫をどかして階段見つけたものの、嫌な予感がして見なかったことにしたって可能性もありそうだな。特にギムおじさんとか。
なんにせよリアージュさんが納得してるならそれでいい。済んだことを無駄につつく必要もないさ。
「拍子抜けってやつっすね」
「あそこまで何もないと、腕の振るいようがなくて逆にガッカリだったね」
ということは、大悪魔の屍(瘴気入り)も古代の棺桶(ナナ入りだった)も、見つかってはいないし、存在すら気づかれてないんだな……よし、しらばっくれよう。
仮にも帝国のお抱え賢者まで上り詰めたあの片眼鏡のおっさんと争って、最終的に見殺しにしたうえに、加害者が仲間にいるなんて知られるわけにいかないからな。ソルティナやナナがうっかり口を滑らせるとまずいし、そんな遺跡なんて探してないし興味もないで通すのがいいだろう。
「そりゃ無駄骨でしたね」
「退屈な探索ではあったけど、安全かどうか確かめて、危険なものは残さず排除するのが目的だったから、無駄ではないよ。これも英傑として選ばれた者の使命さ」
うわ、正義感すごいな。俺には絶対マネできない。
その純粋さに俺が呆れつつも感心していると、青い顔のメッさんが弟さんと仲良く戻って来た。なんかあったのかね。
「ようやくアリの死骸を埋め終わりましたわ。全く、虫の魔物というのは数だけは無駄に多いですわね。一まとめにしてから油をかけて燃やしたりもしてみましたけど、あれだけ多いと、全て焼ききれないうえに臭いが……うっ」
「うん、腐ったものを獣の革といっしょに焼いたような、ひどい臭いだったね姉さま」
「香木でも持ってくるべきでしたわ……」
自分で言ってて大盛りのアリが焼ける臭いを思い出したのか、メッさんは口元を細かい刺繍入りのハンカチで押さえ、気持ち悪そうに吐き気を堪えていた。
そんな臭かったかな……。茹でたのは別に嫌な臭いとかしなかったが、でも火にくべるのと湯で煮込むのとでは、また違うか。
「お疲れ様。後は町に戻って、脅威を排除できたと伝えるだけだね。そうそう、ポトカにも伝令を送っておかないと」
リアージュさんが、メッさんを労いつつ、次にやるべきことも的確に衛兵さん達に指示していく。そつがない姉ちゃんだな。
「ポトカといえば……噴火の被害とかどうなのかな」
忘れてたがアリよりもこっちのほうがやばい案件だよな。
次から次へと事件や揉め事が舞い込むからいちいち覚えてられないぞ、まったく。
「公式な国の記録によると、かなり昔には、ふもとの村が溶岩に呑まれて消え去ったこともあったみたいですわね。けれど、ポトカとあの火山までは距離があるし、溶岩も届かないと思うのですけれど……」
「火山はそこまで危なくないと。それはそうと、なんで英傑さんが動いてまで、これまで放置してた鉄甲アリの巣を潰すことになったんですか?」
「それには国政に携わる者たちの面倒な思惑が絡んでいてね」
リアージュさんが面白くなさそうな顔をしてるが、あんたやメッさんも将来的にはその腹黒い一員になる立場なんじゃないのか。
「あそこは土地もそれほど豊かではないうえに、隣国エスタガスとの国境線みたいな立ち位置だから、いつ争いのとばっちりで潰されてもおかしくない寂れた場所だったんだけどね。東帝国が西と揉め始めてから、エスタガスとの交流を盛んに行いだしたせいで、重要視されるようになってさ」
「もしかして、それでなし崩し的に町に格上げになったとか?」
リアージュさんが頷いた。
「万が一、西と争うことになった際に、背後を突かれたくないから懐柔しているのかしらね。これだから国と国との付き合いというのは生臭くて嫌ですわ。……臭いといえば、さっきの……うぅ……」
「ね、姉さま、大丈夫?」
また思い出して気持ち悪くなってるよこの英傑さん。
「ひょっとしたら、あの国の聖女の力を借りて、黄昏のシャリサに対抗したいのかもしれないよ。一つだった頃から、帝国において聖女とは特別な存在だからね。西に聖女がいるのに、こちらにいないというのは兵の士気に大きく影響するから」
そんな気軽にホイホイ貸し借りできるもんなのか。
まあ、実際に前線に呼んでなくても「こっちにも聖女がいるぞ」って知れ渡れば、それで兵隊さん達も安心して満足するんだろうな。
……そうなると、ついこないだ奇跡を起こしたソルティナが国に嗅ぎつかれて担ぎ出される展開もあるのでは……
「本格的な戦争にならずに、小競り合いで終わりそうな気もするけど」
「だといいのですけれど……。最悪、同じ英傑である、聖炎のヴァルベットと戦うことになりかねないのは遠慮したいですわね。わたくし達が刃を向けるのは、あくまでも民衆を苦しめる魔物や犯罪者だけにしておきたいものですわ」
「同感だね」
「あのさ……それはともかくとして、ポトカのことなんだけど」
この辺で話の流れを切り替える。
会話がいい区切りを迎えたのを見逃さず、一気にポトカの話に引き戻すことにした。
このまま西との戦争になるかならないかの話を続けて、また聖女の話題になってソルティナにまで飛び火したら困るからな。
「それほどの脅威でもないし、住んでる人も少ないから放っていたけど、交流が盛んになってお隣さんとの行き来も増えたら野放しにできなくなってきた。それで、アリの巣潰しがついに決定された……それで間違いないかな」
「細かいところでは差異があるかもしれませんが、ほぼそれで合っていると、わたくしも思いますわ」
「一応、温泉があるって話だったんだけど、すぐそばに例のアリの巣があってね。それで村の目玉にすることもできなくて難儀していたらしいよ。こんなことなら、もっと早く知っていれば解決も早まったのに……」
「温泉♪」
『うげっ』
これまでずっと黙って話を聞いていたソルティナが、それを聞いて目を輝かせ、ナナが露骨に嫌な顔をした。
温かい水派と冷たい水派の間には理解を拒む深い溝があるのだ。
「いいことを聞いたわね。ここ数日頑張ったことだし、羽休めにそこへ行ってみましょうか。そのついでに火山見物でもしてみるのも楽しそうね」
「ついでにか」
危険と隣り合わせな日常を送りすぎて感覚がマヒしてるのかもしれんが、普通は噴火の真っ最中な火山を見に行くって命がけなんだぞ。
「たかが火山ひとつのお怒りなんて、私達からしたらちょっと華々しい観光名所よ」
「……火山にたかがって言った奴はお前がこの世で一人目だろうな」
『お前らなぁ、火山ってのは神聖なものであって、んなこと口が裂けても言うもんじゃねーんだぞ……大地の心臓舐めんなよ』
あ、またナナが機嫌を損ねだした。
どこでどうヘソを曲げるかわからないから、これからは事前に一通りムカつきポイントを教えておいてくれないかね君達。
今週は、火曜、木曜、土曜の同時刻に投稿します。
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