その48・害虫駆除のお誘い
『……お前もキッツイこと言うなぁ……』
遊び感覚で完勝されたことを言いふらされる辛さに耐えかね、坊ちゃんが号泣しながら走り去っていった方角をじっと見ていたナナが、呆れるようにぼやいた。
俺にというよりは、俺と坊ちゃんの二人に呆れてるのだろうと思う。
「いや面目ないね。冷静沈着な俺ともあろう者がうっかり」
もうね、タメ年で同性の相手とやる勝負って面白いな~~ってさ、その内容を思い出してちょっと浮ついてたな。いつもならあんな煽るようなこと決して言わないよ俺も。
『まともにやったら相手になんねぇから手加減してやったって、笑顔で言うかねぇ……』
「そこが腹芸をこなした経験の無さからくる、無邪気な追い打ちというやつよ。傷口をこじ開けながら薬を塗り込むような所業だったわ」
「違うんだって。つい気分が乗ってて口が豪快に滑っただけなんだって」
<非道>
「ぶっ壊すぞおめえ」
「……あの子にも困ったものですわね…………それはさておき、今後についてちょっと提案があるのだけどよろしいかしら。話だけでも聞いてもらえたら嬉しいのだけれど……」
溜め息をひとつつくと、英傑令嬢がどこか悩まし気に、髪色と同じ金の瞳をきらめかせてこちらへ視線を向けてきた。
暴走した弟にあまり動じてない様子から察するに、よくあることなのかもしれない。
その夜。
「どうする?」
『どうしたもんかねぇ』
お宝の選別も後回しにして、俺達は(英傑の前払いで)借りている宿の一室で、ベッドやソファーにもたれながらダラダラとやる気なく相談していた。
「断る理由もないけど、かといって了承する理由もないのよね」
「……ポトカのアリ退治か……」
そう。
なぜ六英傑の一人が、わざわざこんな煤と汗にまみれた荒っぽい町へ遠出などしたのか。田舎でのんびり羽を伸ばすためではなかったのだ。
『他の魔物より段違いに強ぇってわけじゃねえけど、厄介っちゃ厄介な魔物だぜ、鉄甲アリってやつはよぉ。とにかく数が多くてアホみたいに固ってえし、動きもキビキビしてやがるから、下っ端の兵隊じゃ荷が重すぎる相手だわな』
「私も話に聞いたことはあるけど、直に見たり殴ったりしたことはないわね。地下にこっそり巣なんか作られたりしたら、小さな町なら対処の仕様もなく食い潰されるというし、もし見つけたら絶対に退治しておかないとマズイ魔物だとか」
「ナナは見たことあるんだよな? やっぱり鉄甲アリってくらいだから、いかつい見た目なんだろ? なんかこう、カッコよさ度外視の、丈夫で動きやすい鎧を着込んだようなさ」
『お前はホントそーいうの好きだなぁ……。ま、そんなもんだぜ。なんの面白みもないクソ真面目な外見だよありゃ。見た目だけじゃなくて中身もよ、お仲間が俺に腐らせられても、ビビらず淡々と突っ込んできやがるからな。虫ってのはどういうオツムしてんのかねぇ』
「そんな厄介な虫どもを駆除するためにこの町で揃えていた腕利きが壊滅して、頭数が足りなくなった──そういうことか。猫の手どころか猿の尻尾でも借りたいってやつだな」
「私たちが手を貸せば、その頭数を補うどころかお釣りがくるでしょうね」
「貸せばな」
『あまり活躍して注目されんのも俺としてはなぁ……なんかの弾みでよぉ、これがバレたら、流石にやべぇだろ』
部外者が誰もいないのをいいことに、ナナが一定のリズムを刻むように首を外したり付けたり繰り返す。
「その場合は私が浄化して、その場を強引に収めるしかないわね」
『へっ、馬鹿力の一点張りなお前にできるもんならやってみな』
「………………」
『………………』
敵対心込めた聖なる視線をぶつけ合って、ホントに火花散らすのやめろ。ここ室内だぞ。
せめて二人の間の空間がねじれるような錯覚とかにしてくれ。
もういい。
一向に話が進まないから今回の議題になった魔物についてさっさと説明しよう。
──鉄甲アリ。
その名の通り、鉄みたいに固い甲殻に身を包んだ、人間サイズのアリ型魔物だ。
生息地は、ここみたいな山岳地帯やその周辺、あるいは乾燥した平原などで、川沿いや海辺、湿地帯などの水が豊富な地域はどうやら苦手らしく、それらの地域で姿を現すことはない。
主な攻撃手段は牙や爪による噛みつきや引っ掻き、そして、一番の脅威なのが口から勢いよく吐き出す胃酸である。人間がそれをまともに浴びれば、即死とまではいかないにしても、それなりの重傷を負うのは間違いない。
対策としては、金属製の盾を構えるのが一番安全とされている。なぜかというとこのアリの吐く酸は生き物しか溶かせないからだ。
それと、やはり刃物は効果薄なので、重く固い鈍器でぶん殴るのが最適である。
といった対策を練って事前に準備していれば、それなりに腕のある兵士や冒険者ならあっさり叩き殺すのもそう難しくはないようだ。油断してたら一斉にたかられて死ぬケースも珍しくないらしいが。
だが、何匹倒したところで所詮は使い捨ての駒に過ぎず、大元である女王を倒さないと卵を産んでは兵隊を増やされて、いたちごっこを繰り返すだけとなる。
つまり巣に潜って女王を討伐しないと根本からの解決とは決してならないのだ。
『うちの部族もよ、山にアリが巣をこさえやがったから慌てて潰しにいったことあんだけどさ……前にも言ったけどよぉ、部族の教えってのは鉄とか金とか全部駄目って厳しいもんでさ。仕方ねぇから木の盾使った奴らがゲロぶっかけられてえらいことに……』
「うわ」
多分、俺がいま思い浮かべてるような姿になったんだろうな、その連中。
「そんな大惨事になるくらいなら、妥協して鉄や銅の盾とか使えばよかったんじゃない? 王国の人々と物々交換でもして入手するくらい可能だったでしょ? マイアナ神って融通効かないのね」
『いやぁ、アタマかってぇのは大地の女神さんじゃなくてよぉ、部族のジジババどもだぜ。そんなんだから、時代に付いてけなくなって根絶やしにされちまったのさ。情けねぇ』
「その根絶やしにした王国もまた滅ぼされたんだから、この世は殺し殺されの繰り返しなのかもな……」
などとこの世の真理がわかったような口をきいて、俺は二人に悲しげに微笑んでみせた。
「……やだ、シオンったらかっこいい……」
『こないだ見つけたばっかの心臓が、痛いくらいキュンキュンしちゃう……』
この程度で瞳を潤ませるなよ……
いやもうね、俺だから良かったが、こいつらに出会ったのが野心バリバリの美男子だったらどんな恐ろしいことになっていたかと思うと、考えるだけで肝が冷えるな。
他にも有名どころの聖女があと二人くらいいるけど、そいつらがこんな感じのチョロさで恋心を利用されていいように使われたりしてないことを祈るわマジで。
──なお、薄々お気づきの方もいるかもしれないが、この後、俺は各地の聖女を落としては手駒として意のままに操る『聖女喰い』の異名で、大陸中にその名が知れ渡る有名人となるのだが、今の俺はまだそれを知らないで呑気してるただの男の子なのであった。
あとアリ退治は引き受けることにした。暇だし。
今週は、火曜、木曜、土曜の同じ時刻に投稿します。




