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その47・誉め言葉の泥沼

アルマーナ「えっ、は、離せっ」


シオン「おまえからいろいろおぼえた。もうおまえにようはない、ガマンしない」




 ということで俺が勝った。


 負けた坊ちゃん本人は敗北したことを認めはしたものの、まだ飲み込みきれないのか、草むらにへたり込んでうなだれている。

 勇者という選ばれしクラスを生まれ持った自分が、真剣に挑んだにも関わらず、遊ばれた挙句にあっけなく負けた。しかも(表向き)何の属性もクラスもない同年代の平民に負けたとあっては、プライドとかもうグチャグチャなんじゃないの~。

 けどまあ、こっちからしたら驚く余地は毛先ほどもなかったりする。

 こんなのやる前から既に決定されていた勝利であって、未定だったのは坊ちゃんがこの勝負でどれだけのダメージを体や心に負うかという点だけだった。

 その結果、肉体はほとんど無傷で済んだが、精神にちょっと大きめの傷がついたのは間違いないだろう。

 敗北を糧にするタイプならいいんだけど、勝ちで伸びるタイプだったら今回の負けで成長性がガタ落ちしたかもわからん。伯爵家にめっちゃ恨まれそうで嫌だなあ。



『そーいや坊ちゃんよぉ、あんたって、歳いくつなんだ?』


「……十三だけど、それが?」


『じゃあ同い年にボロ負けこいたってこったな』


「がふっ!!」


 曲げた膝の上に腕と頭を乗せて、弱々しく座り込んでいた坊ちゃんが、ナナの何気ない一刺しを受けて突っ伏すように草むらに倒れた。

 聖女のくせに傷口に塩を塗り込むような真似やめろってお前。

 ……なんかソルティナも、怪我した兵隊さんに似たようなことやってたな……。悪意のない素直な一撃をみぞおちに叩き込んでた記憶がある。

 それとナナ、坊ちゃんを指でつつくな。弱りきってる虫じゃないんだぞ。


 余談だが、倒れる前の坊ちゃんにナナが聞いた話によると、金髪ロール英傑とナナも同い年(十七歳)になるらしい。後者は享年でもある。



「……な、なにが、無能だよ。あんなふざけた馬鹿力や、気色悪い息を吐く奴がそんな訳ないだろ……ひぐっ、ううっ…………詐欺だよこんなの…………」


 ついに緊張の糸が切れたのか、半泣きになりながら坊ちゃんがガキっぽくぼやきだした。

 お前のどこが無能なんだというのは、ごもっともな文句だとは思う。でも気色悪い息って言い方はひどくないか。歯がガッタガタになってるおっさんの吐く息じゃあるまいし。



 あわれな勇者は一旦置いとくとして、俺はある疑問をずっと抱いていた。


 なぜこの鉄鞭がそのまま放置されていたのか──という疑問だ。


 ドワーフおじさんの先達のほろ酔い話では、廃坑を改造した研究施設の一番のお宝は、この鉄鞭だったはずだ。

 なのに手つかずのまま壁に放置されていた。

 隠し部屋も派手に根こそぎ荒らされたという具合ではなく、いくつかの品や書物は埃をかぶったままだった。まさかあの隠し部屋を見つけられなかったわけもないだろうし、俺達がさっきそうしたように、必要なものだけを見つけてそのまま持ち去ったとみるのが正しい。

 つまり、だ。

 本命の品が別にあったか、この鉄鞭ですらどうでもいいと思えるくらいの桁外れに素晴らしい何かを偶然見つけた──ということなのではないか。

 だとしたら厄介そうだな。

 敵に回った時、こいつで太刀打ちできるといいが。

 俺はやっと出会えた相棒を手に、今後出会うかもしれない脅威について思案を続けていた。



 実際は余裕で太刀打ちできる怪物的逸品だったとわかるのはこの日の夜である。



「はい、一回負けたくらいでグジグジ泣かないの。あなたも伯爵家の子ならしっかりしなさいな」


 ソルティナが年長のお姉さんみたいに坊ちゃんをなだめている。前世を含めて合算したらお姉さんどころかおばさんの領域に足を踏み入れているのだが。


「納得いかないだろうけど俺が勝ったのはゆるぎない事実なんで、大人しく引き下がってほしいんだけど」


「……やだ」


「やだってアンタ」


「再戦する」


「さっきの勝ちは油断してたからノーカンとか、そういうやつっすか?」


「いや、負けは負けだよ。それは………………認めるさ。でも負けっぱなしというわけにはいかないんだ。ウェスター家の名にかけて、そして姉さまの名誉のためにね」


 やっと頭が落ち着いて普段の調子を取り戻したのか、吹っ切れたように坊ちゃんが立ち上がり、涙で濡れた頬を袖でぬぐう。

 あの金髪回転ロールはまだこのことを知らないらしいが、自分の名誉のために弟が無茶な先走りをしたとわかったら、どんな反応するんだろうか。


「今回は君の勝ちだよ。でも次はそうはいかない。僕はもっと強くなるし、武術も魔法ももっと上手に使いこなせるようになる。然るべき時がきたら、僕は再び君に挑むよ」


 俺へと指を突きつけて、そう宣言した。

 ……あのね、潔いとか思った俺が間違ってたわ。なんか爽やかに言ってるけど、それって要するに、勝つまで定期的に挑戦するからよろしくってことだろ。諦めが悪すぎる。


「くふふ、面白いわね。そういう前向きな人は嫌いじゃないわ。いつでも受けて立とうじゃないの」


「おい待てや。だから何でお前に決定権が」


 ……まあいいか。面白かったのは確かだし、たまになら胸を貸すというのも悪くない。





「このおバカ!!」


 英傑の握りこぶしが勇者の脳天に振り下ろされる。


「ぺうっ!?」


 


 それぞれが妥協してひとまず丸く収まったところで、さっさとリュムレインに戻ると、坊ちゃんのお姉さんが町の正門の横になぜかいた。待ち構えるのが好きな姉弟だな……

 どこから持ってきたのか、豪華で場違いな椅子に腰を下ろし、顔の横の金髪縦ロールを面白くなさそうな顔でいじりながら自分の弟のほうに鋭い目を向けていた。

 その様子を見るに、あまり機嫌はよろしくないようだ。

 なぜなのかは容易に予想がつく。きっと坊ちゃんの暴走が原因だろう。

 そばに置かれている、これまた品のよさそうなテーブルに、紅茶のカップが乗っている。恐らく昼くらいから、ティータイムも挟みつつ、ずっと待っていたのではないか。


「お供もつけずにどこに行っていたの……と、それは聞くまでもないわね。質問を変えましょう。なぜ、この方々を追って町を飛び出したのかしら?」


「えっとね……」


 日が傾いてうっすら夕方の気配が漂いつつある中、坊ちゃんの目が面白いくらい泳ぎだした。





 ……で、一通り耳を傾けたところでゲンコツ投下となったわけだ。


 それだけで一度火が付いた感情が収まるはずもなく、説明というか白状した坊ちゃんの襟首を掴んでお嬢様が激怒する。


「なぜそんな恩を仇で返すような振る舞いをしたの! このバカ弟! 彼らはわたくしとこの町の恩人ですのよ!」


「だ、だって、このままだと姉さまの経歴に傷が……」


「不甲斐ないわたくしのために動いたのは確かに嬉しいですわ。けれど、強引に勝負を挑んだだけでなく、そのような八つ当たりじみた私闘で我がウェスター家の宝剣を抜くなど、以ての外(もってのほか)としか言いようがないですわね」


 まあそうだろうな。

 あんな身勝手な理由で家宝をホイホイ使うとか許されざる案件だ。

 この英傑姉ちゃんが常識人で助かった。いやほんとマジで。




「ごべんなさい」


 頭をがしりと姉に摑まれ、こちらに向かって下げさせられる泣き顔坊ちゃん。

 このお叱りがいい薬になるといいな。


「不肖の弟の我がままに振り回された貴方たちには、本当に申し訳ないことをしたわ。改めて、心からお詫びさせてもらうわね」


「いやまあ、その、一方的に挑んできたとは言っても勝負を受け入れたのは確かだし、それに意外と楽しかったんで、別にそこまで謝らなくても」


 納得済みですよと、一応助け船を出しておく。今後も関わりがあるかもわかんないし借りを作っておくのも悪くない。楽しかったのも本当だし。


「……楽しかった、ですの?」


「はい。坊ちゃんはまあまあ実力もあったんで、いい遊び相手になってくれました。もっとこっちが加減していたら、接戦になってさらに駆け引きを楽しめたかもしれないっすね」


 ……初めての男同士の一戦、男友達なんていなかった自分には新鮮だったな……


「ちょっとシオン」


 ソルティナが俺の袖を引っ張って名前を呼んできた。困ったような顔だがどうしたんだろ。


「本気出すと相手にならないから手を抜いて圧勝しました、って言ってるに等しいけどいいの? 目の前に本人いるのに」


「……あっ」


 そこで気づいたが後の祭りだった。

 坊ちゃんがプルプルと震え、屈辱とか怒りとか情けなさとか、もう何もかも色々含んだしかめ面でこっちを睨んでいる。


「あのね、まあその何と言いましょうか……坊ちゃんもですね、やっぱり勇者だけあって鋭い攻撃を何度も仕掛けてきましたよ。危うく当たりそうになったことが数回ありましたし、才能に溺れないで修行も真面目にこなしてたのが、一撃一撃からわかりましたもん。戦ってて感心しましたねマジで。しまいには心の中で『頑張れ、その調子でいけば俺に一太刀浴びせられるぞ』って応援してたくらいですよ。いや惜しかった」


 しどろもどろになりながらどうにか褒めようとするが、上手くいかない。どうなってんだ。これなら巨大な魔物との戦闘の方がはるかに楽だぞ。


『お前よぉ、勇者の坊ちゃんを持ち上げるどころか、ただの余裕勝ちアピールになってんぞ?』


 わかってるっつーの。わかってるけどどうにもならないんだよ。



「………………っ、ひぐっ」


「やべっ」


 黙り込んでいた坊ちゃんが、急にしゃっくりみたいな引きつった音を喉から出し、火にあぶられたように顔を紅潮させてより一層震え始め、そして──




「うわああああああぁぁぁぁんんっ!!」




 号泣しながら土埃を上げて町の中へと失踪、いや疾走していった。やっちまったなあ。

今週は、火曜、木曜、土曜の同じ時刻に投稿します。

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