その37・飛翔する英傑
「さあ、どうやって料理しようかしら。大物相手は末端を狙うのがセオリーだけど……」
そんなセオリー初めて聞いた。
「いや、ちょい待ってくれ。試したい一手がある」
「ふーん?」
俺はきょろきょろと周囲に目をやるが、先にここへ向かっていたはずの黎明の聖女の牙とその背の乗客がどこにもいない。まさかやられた……?
いや、そんな無謀なことはしないだろう。町にでも避難しているか、どこかで俺達が来るのを待っているに違いない。でないと非常に困る。
「ウォウゥッ!」
思っていたよりも近くから聞き覚えのある吠え声がした。
「そこにいたか」
「無事だったのね。良かった」
あたり一帯の気配を感知して探そうかと思っていた時、ゴーレムの大きな残骸の陰から、ファングが姿を見せてこちらへ駆けて来た。背中のロードスも無事のようだ。
<現時点、自分を乗せたままファングが町に入るのは、回避すべき。人々に受け入れられないものと予想>
「そうだろうな。ゴーレムが群れを成して攻めてきてるのに、ゴーレムが乗ってる魔物をすんなり入れてくれるわけがない。入れたら馬鹿だ」
「……そろそろ、お喋りはそこまでにしたほうがいいわ。アレはこっちを敵とみなしたみたいよ」
それは俺もわかっている。
ファングが駆け寄ってきたくらいから、サイクロプスゴーレムがこっちからずっと一個だけの目を離さないからな。
「なあに、こっちにはゴーレムを支配できるお方がいる。こいつに全部任せれば余計な戦いなどするまでもない……と思う」
「そんな上手くいくかしらね」
「やってみる価値はあるさ。さあ、我らのロードス先生。よろしく頼むぞ」
<あの大きなゴーレムを操作するのか。了解した。では、三十分……否、あの質量ならその二倍ほど……よって、一時間程度、目標を動けなくしていてほしい。前提条件は以上>
やるせない溜め息が口からこぼれた。
「……仕方ない。こうなった以上、暴力で解決するしかないか」
「今も昔もそれが最善手よ」
このでかいゴーレムを傷つけずにタダで手に入れることができると思ったが、無理難題を叩きつけられたので断念する。短い夢だった。
「後手に回るのは性に合わないわ。先手を取って……そのまま押し切るとしましょうか!」
ドン、という地面を蹴る轟音とともに、ソルティナが嬉々として、今にも鉄球をぶん投げてくる寸前だったサイクロプスゴーレムの目玉へと飛び膝蹴りを入れた。
体重差を鼻で笑うような強力な一撃に、巨体の上半身がたまらずのけぞる。
が、次の瞬間、
バチバチバチバチバチィィィ!!
こちらまで届きそうなくらいの激しい電撃が、ソルティナの体をくまなく襲う!
「ぬうううう!!」
ソルティナが呻いている。
効いてるのか!? あのソルティナに!? すげえ、やるじゃないかこいつ!
「グガガガガガ……」
だが、ゴーレムのほうも当然タダでは済まなかったらしく、その単眼にはヒビこそ入らなかったが、ソルティナの膝が命中した部分がベッコリとへこんでいた。
しかし、そのくらいのダメージでは視界が失われないらしく、ソルティナのほうを睨みつけている。
固いうえに電撃による防御まであるとか、隙がないなこいつ。
「やるじゃない……久しぶりに体の芯までビリビリきたわ……!」
口から煙を吐き、怯むどころか逆にいきり立つソルティナ。全身から放たれる聖なる波動と凶暴な雰囲気が、より一層強く、そして濃くなっていく。気の弱い者なら今のソルティナに笑いかけられただけでおしっこ漏らすだろう。
「ガガガガッ!」
重い鉄球を軽々振り回し、その勢いのままソルティナへ……と見せかけて俺かよ!
息で消すか? いやそれはもったいない。できるだけパーツを多く残して捕まえたいからここはキャッチするしかない!
「うおおおっ……!?」
全身で鉄球を受け止めようとしたが、流石にけっこうな衝撃と重さがあるぞこれ。両足で踏ん張ろうとしてるけど勢いに負けて……!
「と、止まらない、だと? これは思ったより強い……!」
腰を落とし、何とか堪えようとするが、ここまで重さに差があるとそうもいかない。摩擦に耐え切れず、靴が引き裂かれていく。あとトゲトゲが当たって服が破れるのも地味に嫌だ。
「………………ふー、やっと止まったか」
十メートルくらい背後に押されてしまったが、まあ受け止めることには成功した。
ここからは綱引きだ。
「何年ぶりかな。武器の強化とかじゃなく、体に『力』を込めるってのも」
鉄球を手元に戻そうとするサイクロプスゴーレムの強烈な引き寄せに、俺は逆にこちらへと力づくで無理やり引っ張り寄せていく。
五分と五分、ではない。俺が明らかに優勢だ。
サイクロプスゴーレムも不利を悟ったのか、片手だけでなく両手を使って本気で鎖を引っ張りだしたが、それでも、無より生み出した絶大な力の前では焼け石に水である。
「こんな危ない物ブンブン振り回されたら、うっとうしくてたまんないんだよ。だから……さっさとよこせっつーの!」
なんて言われて大人しくよこす奴はいないのだが、集中して馬鹿力を発揮していると、こうやってソルティナみたいに無駄な悪態がつい口から出てしまう。
双方からの引きに鎖が耐えられなくなる前に手を離してくれたらいいんだが、この調子だとそれは髪の毛の先ほども期待できそうにないな……鍛冶屋さんって、こんな太い鎖が壊れても修理とかできるんだろうか。
「な、なんなんじゃあ、この子らは……!? わしゃあ、悪い夢でも見とるんかぁ……?」
片足の折れたドワーフのおじさんが、現実離れした光景に目を白黒させて何が何だかわからなくなっていた。
そりゃそうだよな。誰でも今のおじさんの立場なら絶対そうなる。身長十メートルはあるゴーレムが、俺に力負けしてるんだから。
「不埒な石人形よ、狼藉はそこまでになさい!」
そんな綱引きならぬ鎖引きをしていると、急に何者かが啖呵を切り出した。声の感じからして良家のお嬢様っぽいが誰だこんなときに。見たらわかるだろ今忙しいんだぞ。
「リュムレインから来た伝令に救援の知らせを受け、全速力で馬車を向かわせましたが……おかげで、優雅な旅が最後の最後で台無しになりましたわ。けれど、人の命には代えられませんものね。間に合ったようで何よりですわ」
この場にそぐわないゆったりした口調の方に顔を向けると、そこには、豪華な馬車の屋根に、絵に描いたような金髪ロールのお嬢様が、腰に手を当てて堂々と立っていた。年齢は、見た感じナナよりちょい年上に思える。二十歳前後だろうか。
……なぜ馬車の上に登っているのかとか、何とかと煙は高いところに~~とか色々連想したが、それはそうと、この惨状のどこをどう見たら間に合ったと思えるのか。やはり上流階級ってのは俺達のような庶民とは物の捉え方が違うらしい。
「鉱山と工芸の町に破壊と恐怖をもたらそうとする、命なき不届き者よ! 六英傑の一人たる、この美麗なるメリエレイスが、今ここに天罰をくらわして差し上げましょう!」
演劇が始まったのかと勘違いしそうなくらい気取ったセリフを吐きながら、六英傑を名乗る美少女が、その言動や格好に似つかわしくない黄金色のハンマーを手にして、馬車の上からサイクロプスゴーレムに飛びかかり──
「じゃま!」
「ぶへぁあ!!?」
「ガガガガッッ!?」
ドゴォォオオオオンッ!!
ゴーレムの胸部へ上空から突っ込んできたソルティナの軌道上に運悪くいた、美麗なる誰かさんは、ひとたまりもなく撥ねられ、宙を錐揉みながらあさっての方向に吹っ飛ばされていった。後に残るのは、主人を失った金色の金槌のみ。
やっぱ本物の天罰の申し子は一味違うわ。
サイクロプスゴーレムも、まさかの同士討ちに驚いていたようで、そのまま勢いの衰えないソルティナのショルダータックルをもろに喰らっていた。
よほどの衝撃とダメージだったのだろう。鎖を引っ張る手が離れ、背中から後ろへと倒れ、地面を大きく揺らした。
「うああ、そんなに本気でやるなよ。壊れる壊れる!」
「どおりゃあああぁぁぁ!!」
そんな俺の願いなど全く耳に入らず、ソルティナは高く飛びあがると上空で何回転もして聖なる力と遠心力をみなぎらせると、仰向けになったデカブツの腹へ追撃のニードロップをぶち込んでいく。
さっきの体当たりに負けず劣らずの衝撃音が響き、サイクロプスゴーレムがその巨体を半ば地面にめり込ませ、まともな動きが取れなくなりつつあった。
……これはチャンスなのでは?
「ぬぅうううんっ……! 大人しくしろっ!」
そうと決まれば時間は与えない。
俺はゴーレムの胴体へ飛び乗ると足で踏みつけ、直に『虚像潰し』をかけてさらに地面へ押し込んでやった。本来なら魔法生物や操り人形などには効果薄なのだが、こうして影ではなく本体を踏めばそこそこの重圧を与えることができる。
「来いロードス! お膳立ては整った、今度はお前の出番だ!」
「成功を約束しよう」
自信満々に語るロードスがサイクロプスゴーレムの傍まで近づき、両手を突き出すと、そこから魔力の波動らしきものをゴーレムの頭部へと送り込んでいく。
頭部の突起から魔力の電流でも出すのかと思ったんだが違った。
「ガゴゴゴゴゴ、ゴゴッ、ギゴゴゴゴゴ……!!」
支配に抵抗しているのか、その単眼が赤く光ったり青く光ったりしながら、さっきソルティナに繰り出した電撃を迸らせている。でもここまでは届かないので残念。
ボォンッ!!
とか思っていたら、掌から火炎球を飛ばしてきた。戦場のあちこちで立ち昇っていた煙の原因はこれか。
「そうはいかないわ。無駄なあがきよ」
ソルティナが鼻で笑うと、聖なる力を宿した蹴りでその火炎球をたやすく蹴散らしていく。一切の反撃を抑え込んだ完璧な戦術がここに完成した。
──そうして、時々腕を振ったり起き上がろうともがいたりして抵抗されかかることもあったが、被害を出すことなく抑え込み続け、小一時間後、ロードスはこの一つ目石巨人を完全支配することに成功したのだった。
今週は月曜、水曜、金曜の同時刻に投稿します。




