その36・鉱夫町の戦場
旅のさなか、思いがけない新たな仲間ができたものの、それは悲しい争いの火種を孕む危険な存在でもあった。厄介者の集団の頭数が増えただけである。
「リーダくんって、わかりやすくて親しみもあるいい名前なのに、どうして……」
「もう諦めろ」
『ゴブリンにゴブリさんって名付けるようなもんだぞ。本人の身にもなれや』
「しくしく」
棒読みで泣くのは見過ごしてもいいが、せめて涙を拭くそぶりくらいはしろ。
「あれが……鉱山の町、リュムレインか」
先遣隊(一匹と一体)に遅れて出発し、昼食も歩きながら適当に済ませ、坂道を登ったり下りたりひたすら繰り返し、そうこうしてるうちにソルティナの恨み節がようやく収まってきた頃、山岳地帯のふもとにある大きな町が視界に入ってきた。
もう夕方も近いはずだが、本格的に暑くなるちょい手前の時期なので、日はまだまだ落ち切っていない。本来ならヤールンスを出て、三回は野宿してようやく夕暮れ頃に到着できる距離らしいのだが、そう考えると俺達の行進スピードはちょっと異常である。
この速度のまま、山岳地帯までの道のりを往復して帰って「早すぎる。近場の町でこっそり何泊か日数稼ぎして、遠出したフリしただけだこれ」とか故郷の連中に思われたら腹立たしいので、どうしても証拠の品もとい土産は確保しなければならぬ。
なんなら帰り道に、ポトカとかいう町か村にでも寄ってもいいな。特産品とかあると、なおいいのだが。
『こんな山奥にあるわりにはデケェ町だぜぇ』
確かに大きい町だ。故郷であるグラッドに毛が生えたくらいかと思ってた。
「私が知るかつてのリュムレインより、心持ち広くなってる気がするわね」
「景気が上向きなんだろうな」
「つまり、それだけ大量に鉄が必要とされているってことかしら。再び西と一戦交えるというのも、あながち絵空事じゃなくなってきたわね」
ようやく諦めがついたソルティナが会話に参加してきた。機嫌が治ってくれて良かった……と言いたいが、再びあの正直者すぎる小型ゴーレムを目にした時、怒りがまた燃え上がることもあり得る。
なんか機嫌取る方法を考えとかないとなー。
……とか思っていると、なんか目的地の雲行きが怪しい。
『ちょっといいか』
「奇遇だな。俺も聞きたいことがあった」
「二人ともそうなの? 実は私もなんだけど……見間違いじゃなければ、町の近くに……凄く大きい人がいない?」
『やっぱ見えるかぁ。けどよ、あの暴れてるの……人間じゃあねぇよな……』
「武装した巨人……いや、場所が場所だし、まあゴーレムってのが妥当なんじゃないか。なぜ町に来てるのかはわかんないけどさ」
『そーだなぁ。俺も同感だわ。それと、あの煙もさ……晩飯の調理とか鍛冶場とかからのもんじゃなくて、あれが暴れてんのが原因なのかねぇ』
よく見ると、煙は町の建物からではなく、巨大な人型の周囲の地面から何本も立ちのぼっていた。もしかしてアレが火炎でも吐いたのか?
「暴れるだけ暴れて、どっか行ってしまうまで待つか?」
「そんな悠長なことしてて町が壊滅させられたらどうするの? 待つのも退屈だから、いっそやっちゃいましょうよ。ただ破壊あるのみね」
握った右拳を掲げ、ソルティナが歯を剥いて笑う。仕草だけなら聖女というより拳闘士だ。
「これからの平穏な人生は捨てるのか?」
ソルティナはかぶりを振った。
「ヤールンスでの一件で、それはもう無理だと心底から悟ったわ。やっぱり私はどこまでいっても聖女なのよ。それに、ポーション販売についても、いつか誰かに嗅ぎつけられてバレるだろうしね。なら助ける相手を選びつつ、楽しく派手にやるだけよ」
『ひひっ、やり過ぎてまた火あぶりになるんじゃねーか?』
「そうなったらそうなったで問題ない。俺が必ず救い出すからな」
「ふ、ふぅん。嬉しいこと言ってくれるじゃない……シオンったらぁ……」
間髪入れず打ち込んだ俺の会心の一言がぶっ刺さったのか、ソルティナが両手をこすり合わせ、身をよじってモジモジしている。
全身の血液が集中してるんじゃないかってくらい顔が真っ赤になっていた。
『な、なぁ、俺は? 俺がピンチのときも、来るよな? ……き、来てくれるよね?』
「いつでも駆けつけるに決まってるだろ」
できるだけ色男っぽい表情をして言ってみる。鏡がないからわからないが、うまくできていたらいいのだけれど。
『ふぃひひひひぃ……! ああ、そうか、そうだよな。駆けつけて、くれるんだぁ。ひひっ、そっかぁ……幸せだなぁ…………』
ナナは酔い潰れたみたいにぐでんぐでんになってしまった。
まあ、この骨抜きされたような様子からすると、俺はそういう表情ができていたんだろう……と思いたいが、でもナナだしなあ……。とりあえず甘いこと言えばすぐスライムみたいになるから参考にならなくて困る。
「……こうして目の前で見ると、やっぱ威圧感あってカッコイイな」
すぐには正気に戻りそうにない二人の聖女をそのままに、俺はリュムレインの町を襲おうとしているゴーレムのそばまで猛ダッシュして接近し、その巨体を見上げていた。
身長は十メートルはゆうにありそうな、石と鉄で構成された巨人。
両手で長く太い鎖を持ち、鎖の両端にある、巨人の頭部と同じくらいの大きさの鉄球をぶんぶん振り回している。鉄球の表面には凶悪な無数のトゲが生えていた。あんなものをまともにぶつけられたら人間などひとたまりもない。
頭部前面には一つ目巨人──サイクロプスの大きな瞳のような水晶っぽい何かがはめ込まれている。まあ間違いなく目玉だろう。つまり弱点だ。
「まあ、もっと巨大な魔物とこないだ戦ったばかりなんだが」
辺りを見渡すと、果敢に戦ったもののあえなく敗れ去ったらしき武装した人々や、撃破されたゴーレムの残骸が散らばっていた。
幸い、死人はまだいないようだが、ほっとくとそうなりそうな者が何人も倒れていて、手足が胴体からバイバイしてる者も少なくない。けど、この大物を相手にしてそれくらいで済むあたり、なかなかの強者揃いだったんだろうな。あ、まだ過去形で語ったら駄目か。
「に、逃げんかい……坊主…………町に、い、行きゃあ、守りの結界が……」
顔中ヒゲだらけの小柄なおじさんが、息も絶え絶えで、俺に町へと逃げろと言ってくる。
これがドワーフ族という種族なんだろう。初めて見た。
右足がおかしな方向に曲がり、頭から血も流しているが、一目でわかるような致命傷を負っているようには見えないし、生命力にも余裕がまだあるように感じられる。この中だと比較的軽傷の部類だ。
多分、ゴーレムが徒党を組んで町に近づいてきたので、警備兵だけでなく腕自慢や血の気の多い輩などが飛び出て迎え撃っていたら、運の悪いことにこんな桁外れの怪物がいて見事に蹴散らされた、その中の一人なのではないだろうか。
結界があるなら大人しく町の中に引きこもっていればよかったのに……と思ったが、よく考えると、こんな巨体のゴーレムがいたら誰でも二の足を踏みそうなものだ。
もしかして、なんらかの魔法でも使ってこの連中の目をごまかしたか、それとも飛んできたか。それは後でじっくり調べよう。
「忠告はありがたいけど、逃げるつもりはないよ」
「その通りね」
背後から俺に同意する声が聞こえてきた。それが誰かなど、確かめるまでもない。
「お早い到着だったな」
ナナと比べて彼女の方は軽症だったので、さっさと立ち直ってこの戦場へと喜んで駆けつけてくるとは思っていたが、それにしても早い。好戦的すぎませんかねえ……
「で、もう一人の聖女さまは?」
「う~ん、あの様子だと、愛欲が脳みそから抜けるまで、まだしばらくかかりそうね。戦力としては期待できそうにないわ。あなたが加減しないからよ」
「正直すまんかった」
「お詫びなんていいから、まずはこいつを叩きのめしましょう。……くふふ、どこからどう見ても堅牢で頑丈そうだし、歯応えがありそうね。心を込めて丁寧にぶっ壊してあげるわ」
「お、おい、聞いとるんか。そこの娘っ子も……早よう、逃げろっ……」
──この時、俺とソルティナに避難するよう忠告していたモンバムおじさん(ドワーフ族・好物はアップルパイ)は聖女とその仲間の荒々しき奇跡を目撃した男として、今後その一部始終を延べ数千人に語ることとなる──
今週は月曜、水曜、金曜の同時刻に投稿します。




