その38・一番いい棒を頼む
かくして鍛冶の町を襲った悪夢は叩きのめされ膝を屈した。
大きなヘコみや傷はついたものの、行動に支障をきたすほどの深刻なダメージを残さず、サイクロプスゴーレムを捕獲して支配下に置くことができて、とても嬉しい。感無量である。
「んー、いい風」
岩肌登りの要領で、このゴーレムの足から背中、そして頭頂部へとソルティナはいとも簡単にスルスルと到達し、高所で風を浴びることで戦いで火照った体を冷やしていた。
さっき吹っ飛ばされた英傑もそうだが、お嬢様というのは高いところに登りたくなる習性でもあるのだろうか。ソルティナも前世がいいとこのお嬢様だったと自分で言ってたしな。
腰まである銀髪をなびかせながら夕日に照らされる美しい姿や、さっきまで負傷者を癒していた慈悲に満ちた姿は、サイクロプスゴーレムに飛び蹴りをかましていた怪力聖女と同一人物にはとても思えない。
「何もしてないと綺麗で可愛いのに……何もしなければなあ…………」
聞かれると面倒なことになりそうなので、小声でぼそっと呟いた。
<説得完了>
一仕事終えて満足したように、俺の足元でロードスが頷いていた。
……洗脳の間違いではないかと思うが、期待通りの結果を出してくれたしそこは良しとしよう。どっちだろうと困らないからな。ゴーレムに人権なんぞないので。
それでも破損した部位はできれば元通りにしておきたい。
傷はあったらあったでかえって歴戦を潜り抜けた猛者っぽく感じられて、迫力が増すから放置してもいいが、ヘコみはどう見てもただのヘコみだ。お古を騙し騙し使ってるようにしか見えないので、なんだかカッコ悪い。
「なあドワーフのおじさん」
さっきまで足も折れてボロボロだったこのおじさんも、ソルティナに神聖魔法で癒してもらい、今では自分の力だけで立って歩けるまで回復していた。
「な、なんじゃい」
豪快そのものみたいなモジャモジャ髭面の小柄な筋肉おじさんが十三歳の栗毛の少年に怯んでいるという不思議な光景だが、理由は自分が一番わかっているので、そこは気にしないことにする。
巨大なゴーレム相手に単純な力比べで勝つ子供なんて、言い訳の余地がないほどに怪物だ。そんなモノと面と向かい合うとか、多少の大らかさや大雑把な精神では中和できないくらい怖いだろう。
まあ、人助けが三度の飯より大好きな善人英雄じゃあるまいし『自分が守った市民に恐怖や拒絶される』ことへの失望とか悲しみとか、そんな感情はこれといって特にない。
そういうのこじらせると人間嫌いの世捨て人になったり、ソルティナみたいにやけっぱちになって自滅願望込みで大暴れしたりすることになるから注意。
「あのゴーレムの修理ってできる? 金ならそれなりにあるけど」
俺の問いに、腕を組んで思案する髭おじ。ビビりの顔から仕事人の顔になっている。
「……そうさな、ワシ以外に何人もの腕利きがいりゃあ、できんこともないな。当然、修理賃はもらうし、質のいい材料も必要になる。見た感じ、お前さんはそんな裕福そうじゃないが払えるんかい? 助けてもらった貸しがあるから、安くしとくがよ」
「修理なんて必要ないわよ?」
話を聞いていたのか、サイクロプスゴーレムの肩に乗っていたソルティナがこちらへとジャンプし、くるっと一回転しながら軽やかに着地した。猫みたいだな。
「よくあんな高いところにいて、こっちの相談話が聞けたな」
「唇の動きを読んだからね」
いろんな特技持ってるねキミ。
「お前の便利な隠し芸についてはひとまず置いといて、それで……なんで修理する必要ないの?」
「だって、これはただの動く人形じゃなくて魔法生物だもの、ほっといても自然の魔力を糧に自動修復するわ。破損がひどければ、修復時間もそれに応じて伸びるけど、見たところ打撃による外表の傷みしかないし、きっと数日で元通りよ。まあ、修理したいならしても、修復が早まるから無駄ではないけどね」
「だったらいいや」
俺はそれを聞いて話を切り替えることにした。そもそもこっちの件が本命なのだ。
「んじゃ、そういうことで修理の話はもうよくなったから、別の要件について話そうか……あのさ、しなやかさも頑丈さも申し分ない金属棒が欲しいんだけど、おじさん、いいアテとか情報ないかな?」
「戦闘で使うものか?」
おじさんの目がぎらりと光った。
なんかソルティナが以前に言ってたよな。ドワーフ族ってのは鍛冶とか工芸が大好きな種族だって。多分このおじさんは、その中でも武器のことになると目の色が変わるタイプなのだろう。
「うんうん。まあ、一から作ってくれるならそれでもいいけど、そうなると時間が相当かかりそうだからさ。金だけでカタがつくなら手早くて簡単だし」
「剣や槍と違ってただの棒なら手間はさほどかからんが、お前さんほどの力持ちを唸らせる逸品ということになると……ここの老舗でも、まず置いとらんだろうな。作るにしても、真鉄を用いるなりすれば可能じゃろうが、まずはこの町のドワーフ族を総動員して、必要な量の真鉄を叩き上げて作り出すところから始めんといかん」
「期間はどのくらい?」
「棒一本分の量となると、早くても半年くらいかの。その後はさほど時間はかからん。ひたすら叩いて伸ばして鍛えれば問題なしじゃ」
半年。
せいぜい一ヶ月くらいかと思ってたが甘すぎる見通しだった。
「金はいざとなればどうにでもなるが、半年は長いなあ……。でも、別にどうしても今すぐ必要だとか、無いと死活問題ってわけでもないし……故郷に帰って完成のお知らせをのんびり待っても構わないんだよな……」
「どうするかはお前さん次第じゃい。それでええならワシはいつでも引き受けちゃる。あとはまあ、噂程度の話でよければ……一つ、心当たりがあるわい」
すっかり俺達への恐怖心や警戒心も抜けてきたらしく、ドワーフおじさんの口調に親しみや余裕が感じられてきた。恐怖心がマヒしただけかもしれないが。
「……ということじゃい。真偽はわからん。ワシも流石にそんな危ない場所には行ったこともないからの。何が巣くっとるか知れたもんじゃないわい」
「なるほどね」
「良かったわね。貴重な情報を教えてもらって」
ドワーフおじさんの心当たりとはこういう内容だ。
『かつて、無数の魔物どもを操ってこの大陸を恐怖に包んだ、かの不死の王の拠点の一つが、ここリュムレインの近辺にそびえる山岳地帯のどこかに存在した』
『毒蛇の尾と呼ばれたその拠点は、忘れられた時代の地下遺跡に不死の王が手を加えたもので、そこには数多くの財宝や魔法の書物が所狭しと積み重なっているというが、いまだ誰一人として、そこに辿り着いた者はいない』
『その財宝の中に、折れず曲がらず砕けずという神秘を宿した、朽ちぬ鉄鞭があるという伝説がドワーフ族の間で囁かれている』
とまあ、こんな感じである。
「……俺の知ってる話と、まあまあ違うな」
拠点の名前も微妙に違うし、ほったらかしで何もなかったはずがお宝いっぱいみたいな夢のある話になってるし、廃坑の奥に作られていたはずが昔の地下遺跡の再利用ということになっている。間違い探しかな?
実際に探索したソルティナの説明のほうが正しいのは、疑いようがないのだが。
「ワシも五年ほど前にここに来たばかりの、いわば新参じゃからな。酒場でこの話を教えてくれたのは、かれこれ三十年はこの町におる古株の同胞よ。本当かどうか知らんが、聖女のお仲間にこの話を教えたこともあるとか……嘘くさいがの」
「そのお仲間って……なんて人なの?」
ソルティナの片眉が吊り上がった。
「はて、なんて名前だと言ってたか……まあワシもあいつもだいぶ酔っぱらってたしのう。よく覚えとらんわい。きっぷのいい女戦士だったとか何とか……」
俺とソルティナが顔を見合わせる。
嫌な感じで話のつじつまが合いだした。そう彼女も思っているに違いない。
その後、モンバムと名乗ったドワーフおじさんは、自分が間近で見た俺達の活躍を伝えるためにこの場を離れ、残ったのはナナを待つ俺とソルティナの二人だけになった。
ナナが正気を取り戻してこっちに来たら、彼女にもさっきの話を伝えておこうと思っていると、やっと見覚えのある幌馬車が近づいてきた。
「なんか、コークスに乗って……いや乗せられてないか?」
人間のようなぐったりしたものが、コ-クスの背に、真横からうつ伏せでアーチを描くような体勢で乗せられていた。失神でもしてるのか、意識があるようには見えない。
「あれ、さっきの金髪巻きじゃないの」
落ち着いたナナの話では、うろ覚えだが、どうやらこれが急に飛んできたらしく、よりによってとろけている真っ最中のナナに命中してしまい、二人とも弾けるように吹っ飛ばされたという。
で、その衝撃ではっきり正気に返ったナナが、地面に転がっている知らない人を見つけ、そのままほっとくのも哀れに思ったから、コークスの背中に荷物みたいに適当に乗せたらしい。
『この姉ちゃんによぉ、なんか心当たりないか? ぼんやりとしか覚えてねぇが、なんかお前らの方から飛んできたみてぇなんだけどよ……』
「知らないわ。ねえ?」
平然とシラを切るソルティナに睨まれ、俺も口裏を合わせるしかなかった。
今週は月曜、水曜、金曜の同時刻に投稿します。




