その32・珍獣の逸話
再来した黎明の聖女の御一行ということで、俺達は村をあげての高待遇を受けていた。
……そうはいっても所詮は田舎の村なので、そこまで派手な歓待もできるわけがないとタカをくくっていたのだが、豚の一匹丸焼きをメインに、その豚の内臓の煮込み、地元の様々な果物、川魚の香草焼きといった結構な料理を振る舞われている。
ソルティナは当然として、俺やナナ、なんとファングやコークスまでもが思いがけないご馳走に舌鼓を打っていた。
『あー食った食った。やっぱ都会の洒落た飯よりよ、こういう豪快な味つけのほうが俺ぁ好きだな。部族の祝い事や祭りを思い出して懐かしくなっちまったぜ』
ひとしきり食べ終え、まだまだお代わりを持ってこようとした村人をやんわり制止し、俺達三人は宿側が用意してくれた一番いい部屋で羽を伸ばしていた。
ファングとコークスにも、宿の物置小屋を寝床としてタダで貸してもらっている。しかも幌馬車の警備に村の警備隊の人が朝まで付いてくれるという。至れり尽くせりだ。
「懐かしい味、か。それってもしかして、さっきのご馳走ってのがヤールン族の伝統的な調理法が、現代まで途切れなかったものだったから……とか?」
「ありえないことも無いわよね。あの焼き魚に使われていた香草も、私が知る帝国の魚料理では見たことないものばかりだったわ。とは言っても私も料理人ではないから偏った知識による勘違いかもしれないけど」
『俺もああいうご馳走ってのは滅多に食えるもんじゃなかったからよぉ。はっきりと舌で憶えてるわけでもねーし、もうわかんねぇな』
ナナがふかふかのベッドに仰向けに倒れ込み、感触を楽しむ。
『けど、よその部族のことであっても、何かが現代までずっと受け継がれてるかもしれねぇってのは悪い気分じゃないぜ。俺みてぇに美談仕立ての嘘っぱちがまっとうな素性として残ってんならアレだけどなぁ』
「あなたの場合、実話ってよりは、知る人ぞ知るおとぎ話だけれど」
『二百年も経ちゃそうもなるさ』
「言えてるな」
エルフみたいな長命種からしたら、二百年の月日もついこないだくらいの感覚らしいが、俺達にしてみたら昔の出来事というよりはもはや歴史だ。
「むしろ二百年もよく語り継がれたわね。よほど民衆の琴線に触れたのかしら。帝国だと歴史好きしか知らないような話だけど、よその国だとそこそこメジャーみたいなのよね」
「きっと、清純な乙女が人々のために『自発的に』命を捨てるってところがいいんだろ。強制じゃないから聞いててそんなに嫌な気分にならないし、悲劇的だから手軽に感動もできる。いいとこだらけだ」
「私はもうやらないけどね。呆れ果てたし」
『俺も俺も』
火あぶり未遂と斬首プラス心臓えぐりだもんな……。
まあ、お前らは身を粉にして人々に尽くすとか、二度としなくていいと俺も思うよ。やるなら別に止めないけどそれなりの報酬や我が儘は要求すべきだ。
「だけどさ、結局はお前もタダで人助けしてるよな」
「昼間の湧き水復活のこと?」
「そうそう。ここに立ち寄りたいってずっと一貫して言ってただろ。恩返しにしては過剰じゃないかと思ってさ」
「……あの廃墟の墓地にいた魔物が気になってね」
『あのクソミミズがどうかしたのかよ。お前が投げ飛ばして跡形もなく粉微塵にしたじゃねぇか』
「なんであんな危険な魔物がいきなり湧いて出たのか、ずっと考えていたのよ。ワーム自体は豊かな土地にたまに発生する魔物だから、この辺にいても変ではないけど、あの強さや凶暴さは明らかに偶然の発生ではありえないわ」
『んじゃ、誰かの仕業ってことかよ』
「それなんだけど……シオン、グラッセオの奴の主導で行われた国家繁栄の儀式の件について、覚えてる?」
「あのライオン悪魔の死体を使って景気が良くなるための儀式したら、地底のエネルギーの流れが呪いで汚されて病気が~~って話だっけ」
一回しか聞いたことないし、そこまで興味ない話だったから、細かいところで間違いはあるかもしれないが大筋はこれであってるはずだ。
「うん、おおむねその通りね。で、私はその呪いの悪影響が生み出したのが、あの突然変異のワームだったんじゃないか……と推測してるの。地脈の影響を受けやすい魔物ということもあるし、そう考えるほうが自然よね」
『いつの時代もよぉ、権力と絡んでる魔術師ってのはろくなことしねぇなぁ……』
「知識欲だけで動いているような輩だもの。それがやりたい放題できる立場になればあとはもう言うまでもないわね。倫理観? なにそれおいしいの? ってことよ」
そばのテーブルに置かれた水差しを手に取り、ソルティナがグラスに中身を注ぐ。
「話を戻すわね。……で、そうなると、また似たような魔物が生まれたり変異したりする可能性もあるのよ。私としては、いたちごっこをする気はないから今回で止めておきたい。そこで……」
水で満たされたグラスを自分の眼前に掲げ、言葉を続ける。
「……この村の清浄な水を利用しようかな、ということよ」
「つまりだ、あの岩から湧き出てくる清らかな水が地面に滲み込むことで、この辺一帯の大地の流れが浄化されることを期待したのか」
『この村の連中も泉が復活して喜ぶし、いいことずくめだなぁ』
「他はそうもいかないと思うけどね」
「それってつまり、他の地域でも同様の事が起きてるって言いたいのか?」
ソルティナは黙って頷いた。
「……やばくないか」
あのレベルの魔物があちこちに潜んでいるなら、国を挙げて対処しないと取り返しのつかない事になるぞ。こっちまで飛び火しなけりゃ別にいいけど。
「起きているかもってくらいの弱い予想だけど……。まあそうね、あの変異ワームみたいな危険な魔物が、少なくとも二、三匹はいても不思議ではないわね」
『んじゃよ、そいつらもやっちまうのか?』
「あくまでも私達の手の届く範囲ならね。西なんて無視よ無視。自分たちの生活に支障が出そうなら多少の遠征はしてもいいけど、基本は地元と親切だった地域のカバーね。後はご立派な六英傑さんたちに任せておけばいいのよ」
「蒼風の姉ちゃんが聞いたらカチンときそうだな」
あのとにかく真面目そうな僕っ子さんが片眉を吊り上げている絵面が脳裏に浮かぶ。
「勇者だの英傑だの聖女だの、言い方が違うだけで、とどのつまり名声があるだけの便利屋だもの。そういう陰口を叩かれるのが嫌ならやめちゃえばいいだけよ」
「やめた身としては気楽か」
「うん。もうね、すっげえ気楽」
でも聖女の再来って認知されてるけどいいのか。いやホントに再来なんだけどよ。
『だけど結局また聖女扱いされてるじゃねぇか』
「夜中にでもこっそり岩叩きやればよかったものを、なんで日の昇っている時にしたんだ?」
「あんな程度で騒ぎになるとは思わなかったのよね。既に一回叩いて水が出てるんだから、別の誰かが…………っていうかまあどっちも私なんだけど、なんにせよ、二回目やったくらいであそこまで驚くこともないでしょ?」
「どういう理屈だよ」
『こんなの選んだ天はイカれてんのか』
「あったかいお風呂の良さもわからない野獣に言われてもねぇ」
──この後、聖女同士の言葉のやりとりは徐々に過熱し、やがて飛び交うものが罵倒から枕に切り替わるといよいよ止めようがなくなり、最後は流れ矢ならぬ流れ枕が部屋の壁に穴を開けてしまい、俺はバカ二人と並んで宿のおやっさんに頭を下げることになった。
「いやその、久しぶりの旅で二人ともはしゃいでいたみたいで、本当に申し訳ない。壁の修理費はそちらの言い分で払いますんで、宿賃に乗せといてください」
「いえいえ、むしろ新たな聖女様の逸話として、この宿で末永く語らせていただかせてもらいますので、修理費についてはどうかお気になさらず……」
ということで壁の穴はそのままとなった。
余裕で弁償できるだけの金は無論あったけれど、二人への罰ということであえて宿側の要求を受け入れたのだが、のどかで娯楽の無い村という事もあり、あっという間に今回の馬鹿騒ぎは広まりきってしまっていた。
なので二人は村にいる間ずっと、ありがたい珍獣を見るような目を向けられる事態に陥り、それが気恥ずかしくて仕方ないとゴネられたので、早々に村を出発することになった。ここから先は目的の無いマジの観光である。
今週の投稿は月曜、水曜、金曜、日曜の同時刻になります。




