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その31・何事も打撃で解決するのが一番だ

「これです」


 ソルティナに導かれる形で村の北へと付いていった俺とナナの前に現れたのは、水の枯れた噴水のように乾いた石で囲まれた、何の変哲もない岩だった。その正面には何か固いもので打ちつけたような亀裂が走っていた。見た感じ最近の傷ではない。


「はあ、これっすか」


「そっけない感想ね」


 だって岩だし。どっからどう見てもヒビの入った岩だし。


『ただの岩じゃん。泉どころか乾ききって一滴の水もないじゃん』


「以前はそこの割れ目から水が溢れ出ていたのよ。私が閉めたからもう出なくなったけど」


「なぜそんなことを……いやそもそも閉めたって何をどうやって」


 聖女っていつから湧き水を司る存在になったんだ。


「それはね……」


 そこから、困惑する俺を諭すように、ソルティナの回想と説明が始まった。




「事の発端は、私が獄獣の巣窟を無力化してノスラッドの後始末を終え、不死の王の隠し施設を探しに山岳地帯へ向かってる途中、この村で一休みしたときに喉がとても渇いていたことにあるの」


 当時、珍しいことにこのあたり一帯の地域は雨が降らず、ちょっとした水不足に陥っていて子供でも薄めてない果実酒で喉を潤していたくらいだった。

 ここの酒は水の良さを生かすため、あまりアルコール度数が強くしておらず、そのまま飲み水代わりにしても(飲みすぎなければ)それほど問題なかったのだが、とにかくソルティナは水が飲みたかった。

 どうしても混じり気の無いただの水が飲みたい。冷たい水を飲みたい。ああ飲みたい。

 たかが果実酒にベロベロに酔った女戦士パルトールに絡まれ、苦虫を数十匹まとめて噛み潰した顔の賢者グラッセオと、そんな酔っぱらいを宥めている困り顔の聖騎士カールを尻目に、ついにソルティナは行動に出た。


「好きなだけ水を飲みたいという思いに突き動かされて、かつての私はこの岩の前に立ったの。そして──」


 手の内から、清浄な水が溢れるイメージを強く心に描く。

 天に祈り、聖なる力をその手に宿し、しなやかに握りしめる。

 そうしていると、次第に握りしめた指の間から、水がさらさらと滝のように流れ落ちていく。


「我が手からとめどなく零れし流水よ、尽きることのない清らかな泉となってこの岩に宿るがいい……………………ぬんっ!」



 濡れた聖なる右拳を岩に打ちつける!



 ピシッ……


 拳を引き、一呼吸したあと、思い出したように岩に亀裂が走り、そこから程よい冷たさの水が静かに流れ出てきた。

 ソルティナはその水を両手で掬って一気に飲み干すと、また掬って飲み干し、さらにもう一回飲み干してから、やっと満足して無邪気に笑ったのだった。




「そんな感じでこの岩は『恵みの泉』と呼ばれるようになったのよ」


『有難みもクソもねえ話だぜ』


 ナナが俺も抱いていた率直な感想をクソだけに代弁してくれた。こんなことで奇跡起こすな。


「で、閉めたというのは?」


「私を取り巻く状況がどうにもきな臭くなってきた頃にね、こっそりこの村に足を運んで、亀裂があるほうの反対側を平手打ちして水を止めたのよ。そのままだと、魔女の泉がある村だとか変な難癖付けられて、最悪、焼き討ちとかされかねなかったから」


「ここも前世のお前にあまり悪印象を持たなかったんだな」


「帝国でも東の遠い地域は、大神殿や王侯貴族の流した私の悪評があまり信じられなかったのよ。私の奇跡を目の当たりにしたり、救われた人が多かったのもあってね。逆に、西は酷い有様だったわ。不快極まりない町や村しか存在してないわね。あいつら見捨てておけばよかったと何度思ったか」


 軽い足取りで、ステップを踏むように岩を取り巻く石のサークルへ入っていく。

 それを見ていた光神教の信徒らしき中年の女性が、やんわりとソルティナを叱った。


「銀髪の可愛いお嬢さん、その中に入ってはいけませんよ。ここは、かの黎明の聖女が、村を救うために奇跡を……」


「知ってるわよ。その伝説も、私の可愛さもね」


 本人だしな。


「ま、閉まってるだけだし、別に祈ってからぶっ叩くだけでいいわよね」


 ソルティナが握った右手の拳に左手をかぶせるように乗せ、前のめり気味になって祈りを捧げている。おそらく目もつぶっているのだろう。


「……そういう訳ですので、再び泉の開放を願いたく……」


 いや、それにしても雑な祈りの文言だなオイ。


『ひょっとしてよぉ、コイツ適当にそれっぽいこと言ってから人間離れした腕力を行使してるだけじゃねぇの?』


「いや、暴力と怪力による解決がソルティナの常套手段だが、まともな奇跡を起こしたことがないわけでもない」


 睨むな睨むな。お前の肩を持ってやってるんだぞ。


「とにかく今一度……!」


 なんか八つ当たりも混じったように思える拳を、岩の古傷へと叩き込んだ。


 ヒュッ……ドゴォッ!


 重く固いものに弾力のある速いものをぶつけた音が、あたりに響く。これがきっかけでまたこの岩から水が湧き出るということなのか……?





 ピッ、ピシッ、パキパキパキッ………………………………バキャアアアアア!!





 岩が真っ二つに割れ…………大量の水柱が噴き上がったぁぁぁ!?


「ええええええええええええええ!??」


「えええじゃねえよ馬鹿! お前がやった大惨事だろうが!? 無敵の聖女パワーで何とかしてくれよ!」


『おいおい、野次馬が集まってきたぞ!』


 俺とナナはビシャビシャになりながら、同じくずぶ濡れのソルティナに事態の収拾を図らせた。その間も水柱は止まることなく数十メートルはあろうかという高さをキープしている。どっから出てるんだこの水。


「あわわわ…………」


 さっきの信徒のおばちゃんは、一連のふざけた流れを目の当たりにして腰を抜かしている。無理もない。少女が腰の入ったパンチで聖女にまつわる岩を二つに砕いたら清流大噴火とかわけわかんないよな。


「え、えっと、わかったやってみる! せーの……!」


 ソルティナは叩き裂かれた岩に手をかけると、聖なる力を放ちながら、力づくでグッと左右から押し込んで元に戻そうと試みた。そんな無茶な。


「……かつての姿を取り戻し、頑強なるひとつとなるべく……早くくっつけ…………」


 強引極まりない力技で押し込まれた断面から煙が上がり、岩が白く輝きだした。うまくいってるのかそうでないのか全くわからない。


「これで、どうかな……?」


 ソルティナがおずおずと手を引っ込めると、そこには、頭のてっぺんから真下まで亀裂が走った岩が、その大きく広がった裂け目から水を滾々と流す姿があった。どうやらうまくいったらしい。



「……き、奇跡だ、今ここに奇跡が再び起こされた! 黎明の聖女の再来だ!!」



 えっ。


「まさか、生きているうちに、また汚れなき清流を拝めようとは……。ああ、ありがたやありがたや……なんとお礼を申せばいいのか…………!」


「恵みの泉が生き返ったぞぉぉぉ!!」


 すげえ喜びようだ。

 ソルティナが聖なる馬鹿力で岩をぶっ壊した時は、吊し上げにされそうになって反撃でこの村を滅ぼすことにまでなるかとヒヤヒヤしたが、結果的にうまく事が運んでよかったよかった。


「なんか感謝されてるし、これでヨシ! ってやつね」


「んなワケあるか」


 急場をしのいで上機嫌のソルティナの脳天に、俺はチョップを喰らわせてやった。

今週の投稿は月曜、水曜、金曜、日曜の同時刻になります。

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