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その24・旅立つ怪物たち

 動く死体洗いの件を俺が了承したのはともかく、ナナにいいお知らせがあったのをすっかり忘れてた。洗いっこの約束や熱い湯の気持ちよさについ気が抜けてたらしい。


『なんかよ、お前らのほうで色々揉め事があったみたいだが、これで俺の奪われた心臓を見つける旅に出発できるってこったなぁ』


「そうそう、それなんだがな」


 素性を知らない人間が聞いたら、本当の自分探しとやらのもったいぶったキザな言い回しだと勘違いしそうだが、ナナにとってこれはマジの話だ。


「まだ見つける前の下準備の段階だけどな。とりあえず町を離れて冒険してもいいってお許しは出たよ」


 俺の聖騎士スーパーヒットを目の当たりにした町の人々は、それから誰一人として俺のことをあざ笑ったり哀れんだりすることがなくなり、それどころか恐怖という感情を心に植え付けられたようだ。

 うちの両親も「あんな大当たりを見せられたら首を縦に振るしかない」と、俺の実力を認めてくれたし、ソルティナの両親や意識を取り戻したティエルさんも渋々頷いていた。

 噂では、グラッドの町の怪物が一体から二体に増えたと裏でささやかれているらしい。


「それとね──ナナに朗報があるのよ。あなたもきっと喜ぶと思うわ」


『んん?』





「ちゃんと屋根があるな……」

 

 入浴の約束が済んで行水の約束が決まったその翌日。

 俺の目の前にはティエルさんが用意してくれた、まあまあ年季の入った幌馬車があった。

 

「私を見事倒した褒美だと思ってくれればいい。遠慮せず自由に使っていいぞ。高価な代物などではない、見ての通りの中古品だからな」


 などと太っ腹なことを言ってるが、俺は知っている。

 この幌馬車は、ソルティナが旅の途中で雨風にさらされることがないよう、ティエルさんが馬車や車輪等を取り扱ってる商人に掛けあって急いで取り寄せたのだ。新品もあったのだが、野盗や冒険者崩れにできるだけ狙われにくくなるように、あえて古めを選んだのだという。

 別に狙われたところで、むごたらしい死体の山を築くだけなのだが。

 それに、この幌馬車を引くであろうコークスや、どっからどう見ても魔物であることを隠せなくなってきたファングを見て、誰が襲う気になるのかという話だ。

 ……で、どうして俺がそんな裏事情を知ってるのかというと、自分の両親からそんな姉の心情をこっそり教えられたソルティナが、事前に面白おかしく全て話してくれたからだ。




「あのオンボロ荷馬車で遠出はなぁ……って思ってはいたから、まさに渡りに船だな」


「新品のほうが綺麗だから良かったのにねー」


 一から十まで説明を終えると、ソルティナは不満げにため息を吐いた。


「わかってると思うが言うなよ。なら取り替えるとか言い出されても、なんか申し訳ないし。こっちは銅貨一枚分も自腹切ってないんだからさ」


「言わない言わない。幌があればそれで充分よ。私達もそうだけど、ナナもこれで結構助かるでしょ。太陽がウザイってしょっちゅうこぼしてたし。本来なら、無理やりあの荷馬車に棒と布で屋根作る予定だったんだから」


「それもあるが、あの衝撃的な見た目を晒すことなく旅ができるのは大きい」


「首がね……」


「首がな……」


 ナナが自分の首を鞄みたいに小脇に抱えて人前に出ようものなら、良くてその場から逃げ出されるだけだが、悪くて冒険者や兵隊を呼ばれて交戦状態になるのは避けられない。

 俺達にとっては仲間みたいなもんだが他の連中には危険な魔物でしかないのだ。

 言動こそ荒っぽいが、あれで可愛いところもたくさんあるのにな。


「ところで、お前の姉さんっていつまでここに里帰りしてるんだ? 帝都かその近辺のでかい町で騎士の任務についてたはずだろ?」


「……確定はしてないんだけど、こっちと西との関係がどうもこじれてきてるみたいでね。表向きは里帰りってことで、実際は、最近よそから来た不審者がいないかとか妙な噂が町に広まってないかとか、警備隊から情報収集してるようなのよ」


「あー、戦争やる前に、相手の国内を混乱させる下地作りしとくってやつか? 西と国境が近いわけでもない、こんな田舎町でやる意味あるとは思えないけどなあ」


「私もそう思うけど、小さな火種でもほっとけば大火事の元になりかねないしね。中で反乱が起きてるのに外に注力するとか、割れる前の大帝国でもなければそんなの無理よ。もしかしたら、あの蒼風のお姉さんが森の遺跡を調査するって言ってたのも、それが西の策略を疑ってのことだったのかもね」


「だとしても、いきなり田舎町から生えてきたポーション売りと荷物持ちに、そんな真相明かすわけがないか」


「そういうこと。まあ、その真偽はいずれわかるでしょ」


 怖い含みを持たせた発言をするソルティナだった。




 森から頼れる荷物運び役のコークスを連れてきて、幌馬車とハーネスで繋ぎ、準備は整いつつあった。

 前日のうちに出発の用意は済んでいる。ナナにも町で購入しておいた厚手のローブや手袋、ロングブーツなどを渡しておいた。素直に着込んでくれていたらいいんだけど……


「……んじゃ行ってくるよ。お土産楽しみにしててくれ」


「わしゃ酒がいいのう。鉱夫の町ってのはたいてい度の強いええ酒があるからなぁ。……死なないことを第一に、引き際をわきまえて旅するんじゃぞ。まあ、わしの孫であるお前が、そんな簡単に死ぬわけないがな。ふぁっはっはっは」


「当然さ」


「気をつけるんだぞ、シオン。ソルティナさんのことを守って……まあ、頑張りなさい」


 そんな必要ないなとか言うかと思ったが踏みとどまったな父さん。


「生水には気をつけなさい。行ったことのない地域で飲むなら、薄い果実酒のほうが安全だったりするのよ?」


「ふーん。まあ覚えておくわ。果実酒だね」


 俺の息があればきったない泥水でも透き通る清水になるから別になぁ……と思ったが、心配してくれてる母さんにそれは明かせないので、素直に助言を受け取っておく。



「お前の姉を一撃で倒したあの子なら、心配はいらないだろうが……いいか、言っても無駄とは思うが……無茶だけはするんじゃないぞ。特に顔には傷を負わないようにな」


「冒険に嫌気がさしたらいつでも戻って来なさい。そのほうが私達も安心できるわ。無駄に危ない橋を渡ることなんてないのよ?」


「もう決めたことだもの。いまさら怖気つくわけないでしょ? それじゃ、行きましょうかシオン。ファングもね」


 俺に体をすり寄せ、家族への挨拶もそこそこにソルティナが出発を促してくる。


「……シオン…………くん。人前でそのいちゃつきはどうかと思うが……いや、言うまい。ソルティナのこと、くれぐれもよろしく頼むぞ」


 目の前で妹が甘える姿を見て、ティエルさんが苦虫を噛み潰した顔で俺に最後の念押しをしてきたので、


「俺に何かあっても、この子は絶対に守るんで問題ないっすよ」


 簡潔に返すと、ソルティナの肩を掴んで抱き寄せ、自信満々に微笑んでみせた。

 俺からは見えないけどきっとソルティナの顔は真っ赤に緩んで、溶けたリンゴみたいになってるんじゃないかな。



「ウォオンッ!」



 出発の号令代わりにファングが吠えた。

 あとは町を出てしばらく経ってから厚着姿のナナと合流だ。どんな旅になるのやら。

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