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その25・見つめるイービルアイ

 地図は便利だが信じすぎないほうがいいというのは、旅慣れした商人や冒険者なら誰しも口をそろえてそう語る。

 街道をただなぞるように旅するならともかく、未知の領域に足を踏み入れたり遠回りや近道をしたいというのであれば、地図がないと地獄を見ることになるのは常識だ。でも正しいことしか書いてないわけじゃないんだなこれが。

 神の視点から地上を眺めながら書いてるなら正確だろうけど、あいにく人間にそんな真似はできないので、現地の長老とか猟師とか警備隊とかに聞き取りしたり、あるいは実際に探索して調べた結果をかき集めて、できるだけ詳しく書き記しているのが実情だ。

 だから、この地図だと半島になってるのにこっちの地図だと単なる大きな島だとか、町の名前が違うとか、川の枝分かれしてる場所がおかしいとか、そういった差異がよくあったりする。しかもどれが正しいのかさえもよくわからない。


 だいたい合ってるから程々に参考にしようね。それが地図との上手な付き合い方だ。




「……地図だと、ヤールンスって村はとりあえずこっから北ってなってるけど、これって実際の距離としてはどのくらいなんだ?」


「途中で一回くらい野営するくらいの距離かな。昔はね、その辺りまで行くとノスラッドって小さな町があったから良かったんだけど、ダンジョンの魔物がなだれ込んできて潰されちゃったのよ。ほら、地図のここ、折れた標識が描いてる部分ね」


「スタンピードってやつか……」


『なんだそりゃ?』


 幌馬車の中でくつろいでいたナナが、聞きなれない言葉に食いついてきた。

 開き直って薄着のままの可能性もありえると思っていたが、合流したときはちゃんと衣服を着込んでいてくれた。外を歩くときのために顔を隠すベールも用意してある。死人そのものの肌を露出させるのはまずいからな。

 ちなみにパンツのあるなしはソルティナが確認した。穿いてたみたい。


「知らないのか? ダンジョンとか遺跡とか森とか、魔物がウヨウヨしてる場所から一斉にそいつらが溢れ出て暴走することなんだけどさ」


 詳しい理由は不明らしい。

 ダンジョンに蔓延している邪悪な『気』が溜まり過ぎて濃さがやばいことになり、それにあてられた魔物たちが凶暴になり過ぎると起きるとかなんとか。同士討ちしてろボケ。

 他にも、とんでもなく強力な魔物が発生して、それにビビった他の魔物が慌てて蜘蛛の子を散らすように逃げまくるケースもあるという。


『あー、魔噴流のことか。わかったわかった、今はそんな洒落た言い方すんだなぁ』


「年寄りくせえ……」


『誰が年寄りだ誰が。ババア扱いすんじゃねーよ。俺はよぉ、十七で死んだ時のまま変わらず、ピチピチなんだからな…………って、し、知ってるだろ、お前だってよぉ……』


「落ち着け。そこで出火されたら本当に困る」


 一度こうなった以上不安なので、ナナを幌馬車から引っ張り出すことにする。


『やぁ、どこ触ってんだよ、もぉ……』


「感じてるところ申し訳ないけど、触ってるのは私よ」


『ちぇー』


「頭は俺が持っててやるから、そうむくれるな」


 口論の末にとうとうやっちまった現場だと勘違いされそうだな、この状況。


『そ、そうか。ひひっ、なんかいいな……自分以外にこうやって持たれてるのもよぉ……。だ、抱っこされてるよーな気分でさぁ。悪くねーな、これ……』


「あら、抱っこなら私もお風呂場でしてもらったわよ。お互い生まれたままの姿で、後ろから、あんなに優しくしてもらって、嬉しかったわあ……」


「感極まって泣いてたもんな」


「泣いてない」


 一気に冷たく切り捨てる口調になったから深入りはやめとこう。


「さあ、先は長いぞ。さっさと進むとしようか」


『……裸で抱っこかぁ…………それいいなぁ……ひひひっ、うひひひひひ…………』




 それから、向かっている方角からやってきた夫婦っぽい二人組の旅人とすれ違いそうになって、慌ててナナが自分の頭を首の上に置いてごまかしたりすることもあったが、他には特にこれといってトラブルは起きてはいなかった。


「水が綺麗で有名な村か……どのくらい綺麗なのかな。期待外れに終わらなきゃいいが」


「一番の見どころにはがっかりすると思うけど、私が行くからそれも問題ないわよ」


 どゆこと?


「もしかして行ったことあるのか?」


「あるというよりも、かつての私の所縁の地よ、あそこ。その様子だと知らないみたいね。黎明の聖女の逸話でも、かなり有名なはずなんだけど……」


「そんなこと言われたら、なんか聞き覚えあるような気もしないような感じが」


「ふっ、なにそれ、くふふっ。……答えが出そうにないから教えてあげる。ヤールンスにあったのは『恵みの泉』よ。ここまでいえば思い出すでしょ?」


「…………すまん。最初から記憶になかったわ」


「……そう」


 なんか変な空気になった。


「ウォウ」


『どしたぁワン助、ウサギでも出たか…………って、なんだぁ、こいつら?』



 前後の物陰から、こっちを挟みこむように何人もの男が現れた。

 よく見ると、そのうちの二人には見覚えがある。さっきの夫婦だった。ああ、獲物を物色する係だったのか。道理で幌馬車の中をチラチラ見てたわけだ。

 人数は六人。前と後ろに弓持ちが一人ずついる。矢の先っぽが青紫みたいな嫌な色をしてるけど、きっと毒でも塗ってあるんだろう。それくらいの用意がなきゃ、ファングみたいな怖い護衛がいる相手に手出しするわけがない。

 だとしても、まったく無謀な奴らだ。

 襲っても実入りがあんまりなさそうで、しかもこんな迫力ある番犬引き連れた獲物を狙うかね。痛い目に合うことなく行き当たりばったりで悪事を重ねてきて、調子に乗ってるって感じか?

 こんな雑に強盗やる連中がいるんなら新品の荷馬車でもよかったな。



 一人だけ武器を鞘に収めたままのおっさんが、こっちに数歩踏み出して交渉してきた。


「へへへ、俺達がなにもんだか、ガキの頭でもわかるだろ? 大人しくすりゃ金だけで済ましてやるよ。……まあ、そっちの厚着の姉ちゃんには、身体も差し出してもらうかもしれねえがなあ。ぐへへへへ……」


「けどよぉ、とんだ期待外れの不細工かもしれないぜ、そのベールの姉ちゃんよぉ」


「けっ、そんときゃ顔をまた隠してやっちまえばいいのさ」


 威勢のいいことだな。俺達が何も喋らないで棒立ちだからビビってるとでも思ってるんだろう。こっちは後始末のことまで考えてるってのに。


『なあ、あんたがこいつらのリーダーかい?』


 数回前後をキョロキョロしたナナが、一人だけ無事な男に声をかけた。

 首がずり落ちないように押さえながらの動作なので、見た感じ、怯えてるようにしか思えない仕草だったろう。


「おうよ。オロオロしてた割には、肝の座った喋りだな姉ちゃん。へへ、見た目がよけりゃ俺が一番手で突っ込ませてもらおうかね」



『……最初もなにも、もうてめえしかまともに動ける奴ぁいねえぜ』



「ああ? …………お、おい、おめえら、どうした? どうしちまったんだ!? おい、バスラ! ネド! なにボサっと突っ立ってやがるんだ!」


 名前を呼びながらおっさんが肩を掴んで揺さぶるが、誰もが少し呻くくらいでまともな反応が帰ってこない。

 バスラと呼ばれてた男は、揺さぶられてバランスを崩し、そのままの姿勢で横に倒れこんだ。

 おっさんを除き、他の五名はたまに震えるだけで、指一本動かせなくなっているようだった。


『寝ぼけてるんじゃあるまいしよぉ、そんな揺さぶっても無理だっつーの。俺の麻痺の邪眼は、そう簡単には解けねぇぜ? ひひひひひっ』


「へえ、便利な能力ね。魔法というより、それってもしかして……その体になったことで身につけたスキルなのかしら」


『せーかい』


「な、なにぃ? なんだ、何なんだ、てめえら……!」


 手下が役に立たないカカシになったとやっと理解し、おっさんが腰の曲刀を抜いて威嚇するように切っ先を突きつけてくるが、当然誰も動揺などしない。


「あーあ……土下座でもしてひたすら命乞いしたほうが良かったのにな。おっさんさ、今更そんなの持ちだしたって、もう何もかも手遅れってもんだぜ?」


「う、うっせえぇ! 舐めるなガキがぁぁ!!」


 進退窮まったとばかりに、おっさんは泡のような唾を飛ばして叫びながら、血走った目でこっちに斬りかかってきた。

 場数を踏んでいるのか、それなりに鋭さのある刃を勢いのまま振り下ろし、一番大人しそうな見た目のソルティナを肩から斜めに両断しようとしたが、


「ちぇい」


 ソルティナは蚊でも潰すように、手の平で挟みこんでその一撃をキャッチすると、そのまま力づくでおっさんの得物を奪い取った。


「こんな安物の武器で聖女を真っ二つにしようだなんて、図に乗り過ぎね」


 ソルティナはつまらなそうに曲刀を地面に放り投げると、ずっと手元を呆然と見ているおっさんの両手首を掴んで引っ張り寄せる。


「は、離せっ──」



 そのまま、おっさんを布切れのように軽々と振り回した。



「ふんふんふんふんっ」


「うげげげええええええぇぇ~~~~~~~!」


 遠心力で千切れるんじゃないかってくらい上下左右に振り回され、おっさんが自分ではどうすることもできない恐怖と加速に悲鳴をあげて苦しんでいる。


「そうそう、こうやって振りを速めながら捩りを加えていって……」


 何かを試すようなことを言いながら、聖なる力を高めていく。こんな野盗相手にそこまでやるのか……。

 ま、まあ、とにかく思いっきり捩じるような腕の動きで、ソルティナはそばの樹木めがけておっさんを投げ飛ばした。


「ぎぇぐええええっ!」


 バキバキメキャドギャアアアアアアッッ!!


 死の恐怖による絶叫と、高速で人間をぶつけられた木の悲鳴のような破壊音。

 そのまま何本もの木をへし折っていくが、聖なる回転を帯びた突撃はどこまでも勢いは衰えず、最後は他よりも一際太い大木にぶつかってちぎれ飛ぶ形で、おっさんの五体と生命はようやく止まったのだった。



「うん、軽くやってみたけど、いい感じね。昔のカンが戻ってきたわ」


 手応えがあったのか、ソルティナが正しい動きを体で確かめるように、投げ飛ばす仕草を繰り返している。

 いくら悪党でも試し斬りならぬ試し投げは酷いと思うが、そんな情けや常識がソルティナにあるわけもなく、俺達を獲物に決めたおっさんはあまりに運が悪かった。


「なんか満足できたようだし残りの奴ら片付けようぜ。誰かにこんなところを見られるのも嫌だから、ちゃっちゃとやるぞ」


 俺はそう言って、動けないまま絶望に染まった目だけをギョロギョロ動かす哀れな下っ端どもの人生を終わらせることにした。




 かくして、聖女たちの活躍により悪党は滅んだ。


 それと同時期に、この街道をたまに荒らしていた野盗の一団がぱったりと姿を見せなくなったらしいのだが、それとこの件が関連しているのかは、俺にはわからない。

今週は隔日投稿で、日曜、火曜、木曜、土曜の同時刻に更新します。

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