その23・ノーパン・ノーライフ
オーガの目にも涙ということわざをご存じだろうか。
俺が言えるのはここまでである。なぜ冒頭でいきなりそんな質問をしたのかは各自で考えてほしい。ヒントの類もお断りさせていただく。
「ふー、いい湯だった。汚れと一緒に疲れまでごっそり抜け落ちた気分だわ」
人生で数える程度しか経験してないが、やっぱり入浴って格別だ。ソルティナが異様に風呂にこだわっていたのがよくわかる。こんなの毎日やってたら中毒になるぞ。
『マジ理解できねえ…………』
上半身を大きめのタオルで拭きながら、俺が秘密基地の居間にさっぱりとした顔で現れると、ナナが俺の格別な体験を真っ向から否定してきた。
『人間はスープの具じゃねえんだぞ。お湯に浸かって気持ちいいとか、信じらんねぇよ。そんなの体を清めるとかじゃなくて、ただのアク抜きだろ……』
これだから冷たい水派は困る。それに、清めるとか言い出してるけど、それはもう汚れた体を綺麗にするというより神官とかが儀式の前段階でやるやつだろ。
そんな仰々しいことしたいわけじゃないんだよ。あったまりながら爽やかになりたいの。
「アク抜きか。はは、面白い例えだな。……でも、残り湯とか案外いい味が出てるかもしれないけどな。少年少女の汗と乳くさい味とかどうよ?」
『うわあ…………聞きたくねぇ……………………おえぇ』
ナナさ、吐きそうな顔でドン引きしてるけど、普通の人間はお前のほうを見て引くんだぞ。
テーブルに生首がポンと置かれてて、そばの椅子に持ち主だと思われる頭部の無い女性が座ってるとか、殺人鬼が一仕事終えて逃げたあとの光景だろ。
それにさ、なんでそんな薄着なの?
シャツの裾を胸元ギリギリまでまくってそのまま縛って、スカートは横の切れ目を深くしすぎて前と後ろに布を垂らしてるだけみたいになってるし、お腹とか太ももとか好きなだけ見ろってくらい剥き出しになってるじゃん。もしかして見られることに興奮する人?
『やっぱよ、こう、布が多いとどーにも落ち着かねぇんだ。肌で空気が感じられにくいし、体をくるまれてるみたいで窮屈でよぉ』
「じゃあ元々裸でいるのが大好きだったんだ。やらしい女の子だなお前。もしかして、見られたい願望もあったんじゃないのか?」
『そ、そんなわけないだろ、馬鹿っ! 変なこと言うなよ、もぉ……』
軽くつついただけでナナがもじもじし始めた。口は荒っぽいが奥手すぎる。他人にはエロネタでいじってきたりするくせに本人の防御力はからきしだ。
『……まあお前になら、ど、どうしてもって言うなら、見せてやってもいいかな、ひひっ。もう、穴が開くくらい、大事なとこ見られちゃってるし……そ、それに、俺みたいな死人の裸なんて、お前くらいしか、やらしい目で見てくれないしな……。た、ただれた関係ってやつだもんなぁ、俺たちってよぉ。ひひっ、ひひひひひっ』
俺に女として見てもらえて心地いいのか、嬉しそうにナナが笑う。
大事な部分に穴が開くも何もそこは最初から穴が開いてるだろ、とか思いついたが発想が下品すぎて言うのをためらわざるを得なかった。
「ただれるどころかまだ湿気ってるくらいじゃないの」
『今はまだそれくらいでも、お互いになぁ、痛いくらい擦り合ってさぁ……血とか汁とか、色々と滲んで、そんでそんで…………』
くねくねと体を揺らす頭の無い死体と、口からとろみのある水を垂らす頭だけの死体。
「涎をふけ涎を」
涙は血液そのものだったが、唾液はちゃんとした唾液なんだな……とか思っていると、ジュルリ……という粘着音を立ててナナが唇から流れる涎の線を吸い戻した。
死者っぽい点もあれば生前と変わらない点もあるとか、アンデッドの仕組みはわからん。
「もっとこう、初対面のときは怖さというか、鬼気迫るものがあった気がするんだが……。もうね、俺の中ではさ、聖女ってのは男に騙されるための生き物って認識になりかけてるんだけど」
『うぅん、そんなこと無いと思うけど、だけどぉ……お前に苛められたら、だ、駄目なんだって俺。すぐにね、頭の中がグズグズになっちゃうんだってばぁ……』
火照った顔で右目の空洞に赤いハート型の炎を宿し、耳や口から黒煙を吹いているナナ。
その胴体が立ち上がり、頭部のこぼした涎溜まりを拭おうとするも適当な布がなかったので、ほとんど前垂れと化しているスカートで代用しようとしたのか、恥ずかしげもなくめくり上げた。
「おいおい冷静になれって。脳みそ茹で上がりすぎだろ、そんなことしたら下着が見え……!?」
見えなかった。
そこにあったのは何度も拝見したナナのむき出しの隙間……ってなんでやねん。
「ナナさん、ちょっとお聞きしますが、下着は?」
『そんなの無いよぉ』
「無いで済むかぁ!」
地下神殿であれだけ炎を噴いて恥じらっていたのに今はノーパンとか何もかもおかしいだろ。ゾンビには無理な相談だろうが理屈で動いてくれ頼むから。
「珍しいわね、シオン、あなたが大声を出すなんて。どうしたの……!? な、何をやらせてるの! 風呂上がりのお楽しみってこと!? 自分でめくれって命令したの!?」
「違うわ! ややこしくなるから黙っててくれ!」
濡れた銀髪の手入れなどをようやく終え、頭をタオルでくるんだソルティナがどうしようもない色ボケ勘違いをかまして事態を悪化させようとしていた。
「お前の部族の風習とか、個人の性癖とかはこの際おいといて、現代の世の中では尻とか股間とかはこういう布で隠すのが当たり前なんだよ。いいな?」
俺はソルティナから貸してもらった女物のパンツを指でつまんでナナに見せて説得していた。何してるんだろうか俺は。
『でもよぉ、裸ってんならマズイだろうけどさぁ、前垂れがありゃあこの通り問題ないし、それに風通しだって──』
「換気より風紀を優先しなさいと言ってるの」
『気が進まねぇなあ……』
そんな感じで愚痴をこぼしてはいたが、絶対にこっちは譲らないという構えを俺達が示していたので、わりと早くナナは下着の着用に同意してくれた。
享年十七歳の年上アンデッドにパンツはいてくれって説得するとか聞いたことないぞ。
『その代わり、と言っちゃなんだけどよ、今度はさ……』
全然食い下がらないからおかしいと思っていたが、交換条件を持ち出すハラだったのか。
『あのさ、俺の、俺に、俺と、その………………み、水浴びに付き合えよなぁ。何なら、わざとらしく手が滑ってアレコレしたって、別に俺としてもさ……ひひっ、ど、どんなことされちゃうんだろ……あぁ困るなぁ…………シオンってやらしいからなぁ……』
「アクシデントが目的になってないか?」
俺の疑問は無視された。
二百年前の聖女の遺体を洗うとか、ナナに加護を与えた女神マイアナの信徒なら泣くほど喜ぶであろう光栄な話なのだろうが、残念ながらこれが現実である。




